短編


 夏という季節はどうしてこうもだるくなるのだろう。まばゆい太陽に照らされて草木や花も、はしゃぐ子供も輝いて見えるというのに私の視線は影のかかった地面を向いている。

 暑い。直射日光に当たっていなくてもどうしようもなく暑く、歩幅は自然と狭まる。隣で歩く彼は暑いと思わないのだろうか、とちらりと横を見ればきっちりとマスクをあげているいかにも暑そうな風貌にこちらまで暑くなってしまいそうで、さりげなく日陰に彼を引き寄せるように横にずれる。
 妙にずれた隙間を埋めるように彼は一歩、私に近づく。その些細な一歩で私は少し嬉しくなって、彼と遊ぶように歩幅を少しだけ広げる。すると彼はやれやれ、と目を細めて私よりも長い脚で距離を縮める。

 そんなくだらないことをしてれば当然体力は暑さに吸い取られてしまうわけで。

「ちょっと休憩しない?」

 そう言って彼が指さしたのは氷と書かれた暖簾が下がった茶屋だった。

 運ばれてきたのはフルーツやクリームまでもが乗せられた豪華な苺のかき氷。
 夏といえばかき氷!豪華で可愛いかき氷が流行っている、と前に話していたのを彼は覚えてくれていたらしく、お店に入ってからは流れるような手つきでかき氷のメニュー表を差し出してくれた。
 私が迷わず苺にする、と決めると彼はそれにすると思った、なんて当然のように笑った。
 
「美味しい?」

 冷たくて甘いかき氷を一口ずつ味わう私に彼は向かいの席で頬杖をつきながら私を見つめていた。
 そのしわの少し寄った目が妙に優しく、私は思わず息が止まった。
 彼の顔はほとんど隠されている。それなのにその目元だけで感情が伝わってくるような不思議なときめきに私は思わず顔を逸らした。

 それからというもの、私は彼の目を見ることが癖になりつつあった。
 もちろん今までも彼の目を見て話していたつもりだったが、もっと細部を見ている。目の細め方や開き方、目元のしわの寄り方なんかも気にしてしまっている。

 暑そうにしている時はマスクや額当ての隙間から汗をかいて、どこでもない場所をただぼーっと見ている。
 予想外のことで驚けば、いつも細くて眠たそうな目が見開かれ、くるりと丸くなる。
 愛読書を読んでいるとき。面白いシーンなのか、下瞼を持ち上げるように笑っているような目。
 敵と戦っている時のいつものだらしなさがほんの少し抜けた、キリッとした眼光。

 上げればキリがないけれど、その細かな違いを見つけることが最近の私の喜びだったりする。見つけられるだけ、それだけでも一つ彼を理解できたような気分でいられた。
 そして、今日とて今日も彼の目を見つめていたのだが。

「最近よく目が合うね」

 悪戯をしているつもりはないのだが、指摘されれば確かに彼を盗み見ていたのかもしれないと私は少し焦って人の目を見て話すのは当たり前のことだ、と言い訳のようにはぐらかす。

「そうじゃなくて、話してない時でも見てるなって」

 見ているのがバレてしまい恥ずかしくなって下を向く。確かにジロジロ見られるのは忍としても嫌なんだろうと思い素直に謝れば、別にいいけど何を見てたの?と彼はさらに深く聞き込んできた。

 仕方なく私は白状した。顔のほとんどが見えないのに目だけで確かに彼の感情が動いてる、とわかること。それに気づいてつい無意識に見ていたことを。

「え、わかるの?」

 そう言って目を丸くする彼。想定外のようで驚いてるようだ。……と、こんな感じでちょっとした違いに気づける程度で何を考えているかなんてことには気づけないけど、といえば彼は気まずそうに視線を泳がせる。……照れているのだろうか。

「なんか気恥ずかしいな。オレ、そんなにわかりやすい?」

 わかりやすいか、と聞かれればわかりにくいと思う。実際飄々としていて顔の半分以上を隠されているとなればそりゃあ何を考えているかなんてわからないし、今までの私も気付けはしなかった。
 けれど観察していると徐々にわかることも増えてきて、今は嬉しいんだな、とか、今は眠いのだろうか、と想像する程度のことはできている。

 きっかけは私がかき氷を食べていた時の目が妙に優しかったからだと思う。
 彼は普段から誰に対しても本心をひた隠しにするように振舞っているのに。しっかり閉じられたカーテンが風で揺れるその瞬間の、そこから見える何かを私は見逃したくないと思うのだ。
 あの時一瞬見えたそのなにかが私の脳裏にずっと焼き付いている。

「じゃあさ、その時のオレはどんなことを思ってたと思う?」

 そう聞かれて私はうーん、と腕を組んだ。楽しい、だとか気分がいいとかだろうか?とその場に合わせたありきたりなような答えをいえば、どうだろうね、と曖昧なことを言われてしまった。おそらく外れているのだろう。



 その後も私は彼の目の観察をしていた。なんだか凝視するのも悪い気がして目が合ってしまうと少しだけ恥ずかしくなるのだが、彼は私と目が合うたび嬉しそうに目を細めるのだ。

 あの時私に向けていたあの目の奥がどんな色をしているのかもう一度知りたくて私はずっと彼の目を見ていた。

 そんなある日、任務帰りに忍犬たちと里に帰ってきたところに鉢合わせた時だった。
 彼はしゃがみ込んで忍犬たちを労るためによしよしと撫でながら怪我がないかチェックしてるようで、私も他の忍犬たちを撫でさせてもらいながらその様子を眺めていた。

 その時の微笑み方と忍犬たちを見る目が、可愛くて愛おしくてしょうがないと語っているようで私の心も癒された。
 その一瞬だった。私に向けてくれたあの目だ。
 もしかしてあの時も忍犬たちを見ている時と同じ感情でいたのだろうか。そう気づいてしまえば唐突に顔が熱くなるのを感じて思わず一歩後ずさる。
 自意識過剰だ、そう吹き飛ばそうにも一度上がったこの熱は冷める気配はない。

 その私の動きに気づいた彼がしゃがみ込んだ状態のまま私を見上げた。

 彼の目がなにやら機嫌良さそうにニヤリと下瞼を持ち上げる。からかってるだけじゃない、さっきの柔らかい雰囲気も混ざっている。今は気づきたくないことも自然に見つけてしまうせいでどんどん逃げ場がなくなっていく。

 わかった?

 そう言われてるみたいだった。
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