お家へ帰ろう
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高校2年の春の事だった。
去年と同じく学級委員長に選ばれた私は、その責務を全うするため、代表会議に参加していた。
会議とは言っても、生徒会が決めた事の報告を受けるだけで、あとはそれを自分のクラスに持ち帰り生徒たちに伝えるだけなのだが、年度初めの代表会議だったので、最初に自己紹介タイムが挟まり、いつもよりも会議が長引いてしまった。
下校時間が差し迫っており、急いで、だけど走らず自分の教室へ荷物を取りに帰った。
部活動の子達がぞろぞろと帰るのとすれ違いになったので、教室にはもう誰も残っていないだろうと思っていた。
だが、扉を開けた教室の1番後ろの窓側の席に白黒頭が突っ伏して居た。
眠っているようだが、こんな時間まで誰も起こしてくれなかったのだろうか?
しょうがないと自分の荷物を回収した後、彼の席へと歩み寄る。
『佐竹くん』
声を掛けるが反応がない。
肩に手を伸ばして揺すってみる。
『佐竹くん。下校時間ですよ』
「う、」
呻き声がしたと思ったら彼は頭だけ上げた。
そしてぼんやりとした様子で少しだけ開いた目で私を見ていた。
「……一凛……」
いちか?誰かと間違えているのか、寝ぼけた様子の佐竹くんの目の前で、パンッと大きく手を叩く。
「うわっ、」
大きな音に驚いた佐竹くんはぱちくりと目を見開く。
「え、あ、委員長……?」
ようやく目の前の人間か誰か理解できた様で身を起こした彼は、口元のヨダレを袖で拭いて顔を少し赤くしている。
『下校時間ですよ』
もう一度そう伝えれば、佐竹くんは日の落ち出した窓の外を見たあと教室の壁に掛けられた時計を目にした。
「マジかよ」
慌てて立ち上がった佐竹くんを見て少し笑って、帰りましょうか、と声を掛ける。
ああ、と返事をした佐竹くんがカバンを持ったのを見て、教室を出る。
向かう方向は当然一緒なので並んで廊下を歩いて行く中、気まずさに耐えられなかったのか佐竹くんの方から口を開いた。
「その、起こしてくれてサンキューな。委員長が居なきゃそのまま学校に閉じ込められ……」
『佐竹くん?』
途中で言葉も足も止めた佐竹くんにつられて私も足を止めた。
振り返って見た佐竹くんの顔はサッと血の気の引いたような青さをしていた。
そしてその口ははくはくと空いたり閉じたりを繰り返し、音とも空気とも言えないものを吐き出している。
彼の視線の先に一体何が……。少しの恐怖を覚えながら、振り返れば同じ吉志舞高校の制服を着た胸までの長さの黒髪の女の子が廊下の先の階段がある踊り場の所に立っていた。
「い、……」
ちか。掠れてほとんど聞こえなかったが、口の動きがそう語っていた。
いちか。先程、寝ぼけた佐竹くんが呟いていたのと同じ名前だ。
まるで幽霊でも見たかのような顔をしている佐竹くんを、先にいる少女は冷たい真っ赤な瞳で見下ろしている。
「一緒に死んでくれる?」
凛とした声で少女はそう言ったあと、階段を駆け上がって行く。
「ひっ、まっ、……!」
待ってと佐竹くんは手を伸ばす。手を伸ばすだけで、追いかけることはしない。怯えた様子の彼は伸ばした手を自分の頭に置いてしゃがみ込んだ。
『どうして、あいつが……!なんで……!』
ガタガタと小さく震えているクラスメイトを放置することが出来ず、その場で悩んだ事を酷く後悔した。
それから、追いかければ良かったとか、なんで今窓の方を見てしまったのだろうか、とか……。
大きな窓に影が差した。見なければ良かったのに、見てしまった。
黒髪の少女が頭から下に落ちて行く姿を。
『「うわああああああ」』
どちらが先だか分からない。私も佐竹くんも悲鳴を上げていた。
そして、私は思い出していた。
飛び降り自殺が自分にとって禁忌であったことを。
自分が高校生じゃないことを。
「お前たち下校時間だぞ。何を騒いでいる」
男性教員の声が聞こえて、パニックになっていたのが少し落ち着いて、声の方を振り返る。
『先生、今、女の子が……、ひっ!?』
近づいてきた教員の姿を見て悲鳴をあげる。
頭部がじゃみじゃみとデジタルノイズのような物に見えた。
「女の子がどうした?」
『え、あ、窓の外っ、上から落ちて、』
「女の子が上から落ちた!?」
なんだってと教員は慌てて窓の傍に駆け寄り下を覗き込んだ。
その様子を横に佐竹くんの方を見れば、先程の女の子の落下を見て腰を抜かした様子だった。彼の頭部は普通に見えていて、目をこすってもう一度教員の方を見た。
先程と変わらないノイズの走った姿をしている。
『な、なんなの……』
「おい、誰も居ないじゃないか。2人して先生を騙そうとしたな?」
『え、誰も、居ない?』
そんな馬鹿なと、私は恐る恐る窓に近寄って下を見た。
血溜まりや手足の折れた少女の姿を想像して、目を細めて見たが、地面には血の跡どころか少女の姿すら無かった。
おかしい、おかしい。
だってさっきの少女は確実に窓の外にいて頭から落ちていた。
「全く。ふざけていないでさっさと帰りなさい」
先生もおかしい。頭がこんなじゃみじゃみだなんて、今までそんな風に見えたことなんてなかったのに。
世界がおかしい。
そう思った私は、同じように変なものが見えたのであろう佐竹くんの元へ駆け寄った。
『佐竹くん、立てる?』
「ど、どうして……なんで……」
声を掛けるが、先程のショックのまま呆然とどうしてとなんでを繰り返し呟き続けている。
こんな状態の彼をこんな変な世界に置き去りにするわけにはいかない。何より、1人では心細い。
佐竹くんの後ろに周り、両足を肩幅に広げてしゃがみこみ抱きつくように彼の胴に腕を回す。
それから後ろに倒れつつ、おしりを上に上げれば斜め後ろに力が働いて、自分よりも身体の大きい佐竹くんを持ち上げ立たせる事ができた。
それから胴に回していた手を離して、今度は彼の手を掴む。
『帰ろう、佐竹くん。先生、失礼します!』
そう言って、呆然としたままの佐竹くんを引っ張って昇降口へ向かう。
先生は姿こそ変だが、気をつけて帰れよーと先生らしいことを言って見送ってくれる。
昇降口へたどり着けば自分たちのクラスの下駄箱から自分の靴を取り出して上履きと履き替える。
依然佐竹くんは呆然としているので、彼の下駄箱から靴を取り出して履き替えさせる。
介護に慣れていてよかったと、思い出した記憶に心が痛む。
佐竹くんの家の方向が分からないし、呆然としていて返事もないので、とりあえず駅の方へ向かった。
駅に着けば、μが派手な格好の金髪の男のキーボード伴奏者と路上ライブをやっていた。
そこには私たちと同じ制服の学生達が集まっていた。
その姿に、小さく悲鳴を上げて足を止めた。
彼らの中の何人かの頭が先生のとはまた違ったうねうねとしたデジタルノイズに覆われていた。
悲鳴のせいか、キーボードを引いていた男が私たちを指さした。
「お前、気づいてるな?」
男がマイク越しにそう言ってこちらを指刺せば、ノイズ頭の生徒が一斉にこちらを見た。
そしてそのままゾンビ映画のように呻き声を上げてこちらに向かってくる。
『ひっ、』
本能的にヤバいと感じ、佐竹くんを引っ張って走る。
ぞろぞろと追ってくるノイズ頭に悲鳴を上げながら走るが、元々運動が得意ではない上に、大柄の男子を引っ張りながらでは体力の限界が来ていた。
『はっ、はあ、はぁ……』
もう無理だと、足を止めて息を吐く。
諦めるしか、そう思った時だった。
「あなたたち、こっちよ」
長い茶髪の女の子が私の手を取って走った。
「もう少し頑張って!」
その子に引かれるがまま、限界の足を動かす。
人気のない路地裏に入り、追っ手を巻くことに成功した。
ぜーはー、と情けなく息を吐く私に、大丈夫?と女の子が背中をさすってくれる。
息を整えて、ありがとうと礼を告げて彼女を見れば、彼女は優しく微笑んだ。
凄い美人さんだ、と見惚れていれば、彼女は佐竹くんの方を見た。
「そっちの彼は大丈夫?」
連れ回したが佐竹くんの息は私ほど乱れていない。
女の子が様子を伺うように近づけば、佐竹くんはヒッと悲鳴を上げた。
「っ、だ、大丈夫だ」
そういった声は震えているが、先程までと違い意思の疎通が取れるようになったようだ。
「そう?男の子なんだからあなたが彼女を守らなきゃ。しっかりしなさいよ」
まるで母親のような口調でそういう少女に慌てて否定する。
『彼女じゃないです』
「あら、そうなの?てっきりそうなのだと……」
そう言って少女の視線は繋がれた私と佐竹くんの手に注がれた。
『あっ、』
引っ張る為に繋ぎっぱなしだったことを思い出して、パッと手を離す。
『ごめんね』
「あ、ああ、いや。俺の方こそ……」
ゴニョゴニョとそういう佐竹くんの頬は少し赤い。
『あの、助けてくれたってことはあなたもあのじゃみじゃみが見えてるのよね?』
「じゃみじゃみ?ああ、あのノイズみたいなのなら見えてるわ。この世界が偽物だって気づくと見えるようになるみたい」
偽物。やっぱり現実じゃないんだ。
「さっき、μの傍に楽士がいたでしょう?彼にあなたたちがホコロビが見えてるってバレたから襲われたんだと思うわ」
『楽士って、μに曲を提供してるバーチャドールPの事でしょう?どうして……』
「そうか、委員長は本当にさっき、気がついたんだな」
どういうことと佐竹くんを見る。その言い方じゃまるで佐竹くんはもっと前からこの世界が現実じゃないと知っていたみたいだ。
「この世界はμが創った世界。メビウスっつーらしい。本人がそう言ってた」
本人ってμ本人!?と驚いて佐竹くんを見上げる。
「今日昼に俺の前に現れたんだ。メビウスに満足してるか、欲しいものはないかって」
ユーザーアンケートみたいなことしてるんだ、と思ったが口に出さず佐竹くんの話を聞く。
「俺は結構前からこの世界が偽物だって気づいてたけど、どうせ引きこもってるならメビウスも現実も関係なかったからな……不満はなかったし。強いて言うなら酒やタバコが無いことくらい?って会話して……。それなのに、なんで、急にアイツが、どうして……」
そう言って、佐竹くんはまた顔を青くし、ガタガタと震えだした。
「とにかくこの世界を維持するために、楽士たちμに曲を与えてその歌でこの世界にいる人を洗脳してるのよ」
話の途中で様子がおかしくなった佐竹くんの代わりに少女がそう続けた。
『えっ、じゃあさっきは洗脳しようと……!』
軽く身震いすれば、少女はそうでしょうねと頷いた。
「前に、あなたみたいに気がついた人を、ヘッドホンみたいなのを被せて洗脳してるところを見たもの」
『ひぇ……』
洗脳されたら、記憶が戻る前みたいに何もかも忘れてこの世界で生活する事になるのだろう。
それは……
『ダメだ。……帰らないと』
「帰らないと……?そうか、帰る……」
様子のおかしかった佐竹くんが私が言った言葉を繰り返すように呟いた。
「そうだ!帰ろう!ここに居たら頭がおかしくなりそうだ……!」
「帰るって、あなた達……どうやって?」
『分からない。けど帰らなくちゃいけない。私には待ってる家族がいるから』
私と同じように弟に置いていかれた、母と妹。私がこんな所に来て、2人はいったいどうしているんだろうか。
「家族……」
少女はそう呟いて胸に手を置いた。
「そうね。私も家族の元へ帰らないと。ねぇ、私たち協力しない?一緒に帰る方法を探しましょう」
彼女のその言葉に、私たちは救われた。
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