オリオンの刻印編
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今日は日本対韓国の試合の日であるが、私は趙金雲監督の命でとある市民体育館に来ていた。
『入口で待つようにってことだったけど……』
監督曰く技術指導をしてくれる人が来てくれるそうなのだが、名前は伏せられるうえに監督からの指名ということは黙っておいてくださいとの事だった。
指導依頼はあくまでサッカー協会からの依頼ということに相手側にはなっているらしいが……。
『いったいどんな人が来るのか……』
その答えは約束の時間丁度に現れた。
市民体育館の前に黒い外車が止まって、その後部座席から1人の男が降りてきた。
『貴方は……!』
グレーの髪をひとつに束ね丸いサングラスをかけた細身の男性。
帝国学園の総帥、影山零治だった。
「久しいな、水津梅雨よ」
『え、ええ、お久しぶりです』
私の指導を行うのが影山だということにも驚いたが、何よりも穏やかそうな様子に驚いた。
『なんだか雰囲気が変わられましたね』
「貴様も随分と変わったな」
それはやはり"
影山も去年のフットボールフロンティアの決勝で逮捕された後更生プログラムの一環で受けさせられたと聞く。
もしかしたらサッカーの憎しみや執着といった感情をアレスの天秤で消されたのかも知れない。
この世界線では影山はイタリアの白い流星に会うことは無いのかも知れないな……。
だけど、それでは彼の憎しみと共に抱えてたサッカーへの愛は気づかず終いなのではないだろうか。
『私の知る世界では無くなってしまいましたからね』
「世界が変わったから貴様が変わったか……。だが、それは特異点である貴様が世界を変えてしまったとも言えよう」
『特異点……。恐らくそうなんでしょうね。私という存在が原因でタイムパラドックスが起きた』
でもまさか私がこっちに来る前に起きた事であろう吹雪や基山の生い立ちとかがマルっと変わっているのは不思議である。宇宙人の襲撃がないのとかは私がこっちに来た後のことだから分かるんだけど……。
「もしくはこの結果も無数に枝分かれしたパラレルワールドのひとつに過ぎないのかもしれないがな」
『そこは神のみぞ知るってやつですかね』
「信じていないんじゃなかったか」
フッと鼻で笑った影山に、そうですよと笑い返す。
「さて、雑談はここまでとして本題に入ろう」
その言葉にまっすぐに背筋を正す。
この人悪どいことを散々してきてはいるが、私個人的には指導者としては優秀だと思っている。
きちんと指示は聞くべきだ。
「水津、フリースタイルの技を磨く前に、貴様には基礎から学び直してもらう。その為に今日はこの体育館を指定した」
行くぞと、影山は声をかけ進んだ先にある体育館の扉を開いた。
その背を追って後ろから中をのぞき見れば、3、4歳くらいの小さな子供から同年代……と言っていいか中身的には分からないが、中学生くらいの子供たちがマット運動や跳び箱、鉄棒、トランポリンなどを行っていた。そんな彼らの傍には何人かの大人がついて指導している。体育館の壁側には親御さんだろうか、複数人が並んで子供たちを見守っている。
『体操教室?』
「そうだ。先ずはアクロバットの基礎からだ。お前のそれは我流だろう」
やっぱり見る人が見ればわかるんだなぁ。
『はい。一応、近所の体育大学に通うお兄さんに教えてもらいましたけど、それも彼が実家に帰ってきた時だけだったんで』
後はインターネットの動画で見よう見まねで練習した。
「やはりな」
そう呟く影山の元に、子供たちを指導していた大人のひとりが駆け寄ってきた。
「影山総帥、お待たせいたしました。こちらの子が今回の……」
ペコペコと影山に頭を下げた男は、ちらりとこちらを見た。
「水津梅雨だ」
『えっと、よろしくお願いします』
「はい。フリースタイルフットボールの選手だと総帥からお伺いしています。なので本日はアクロバットとトランポリンを中心に指導させていただきますね」
よろしくお願いしますと頭を下げたあと、指導者はこちらへどうぞとマットのある方へと誘導してくれる。
ちらりと影山を見れば、他の保護者たちとは随分と離れた壁側に向かって行っていた。見守ってくれるんだ……意外。
パパー!っつって手振ってみたら怒られるかな。
いや、悪ふざけはやめて置こうか。
マットの前に到着すれば先生の指示で、前転や後転から始まり、開脚前転、倒立、側転からロンダート、倒立前転など順々にやっていき動きを見てもらった。
それから回転、バク転、前宙、バク宙なども行って間違って癖づいたフォームを直してもらったりした。
それらの反復練習を行って入れば桜色の髪の小さな女の子がポテポテとした足取りでこちらに近づいてきた。
「すごい、すごい!」
たどたどしい発音でそう称えてくれたのは3歳くらいの女の子で、母親と思わしき人物が慌てて駆け寄ってきた。
「こら、さくら!今日は見るだけだと言ったでしょう。すみません」
そう言って母親が子供を抱き抱えながらこちらに謝罪してくる。
『さくらちゃん?はここの生徒さんじゃないんですね』
「ええ。通っているのはあそこにいる親戚の子供で……さくらがどうしてもついて行くと聞かなくて。一番になれない子を見に行ったって意味がないのにね」
ポツリと彼女が最後に呟いた言葉に、少し引っかかる。
あそこにいる親戚という子供はさくらちゃんより年上で小学1年生くらいに見える。鉄棒をやっているようで、確かに凄い上手な子ではないが随分と楽しそうに見える。
だからこそ、さくらちゃんはついて行きたがったんだと思うけど……。
「よろしければさくらちゃんも少しやってみませんか?うちは体操教室もやってるんですよ」
ニッコリと笑って先生がさくらちゃんに声をかける。
「さくらもやるー!」
そう抱えあげられたさくらちゃんが手を上げれば、母親は少しだけよ、と子供を床に下ろした。
「野崎さんと同じ鉄棒がいいかな?」
先生がしゃがんでさくらちゃんを親戚の子の方へ案内しようとすれば、彼女は何故か私の方へやってきて足にしがみついた。
「おねーちゃ、といっしょ!」
私がさっきやったアクロバットがやりたいということだろうか。
うーん、流石にそれは危ないのでは、と思っていれば、私の足からさくらちゃんは離れて、マットの方へ向かっていった。
そして彼女は見事な飛び込み前転をして見せた。
驚く大人達を他所に、マットの上の子供はケタケタと楽しそうに笑っていた。
恐れず楽しむこと
それが上達のコツかもしれないな、と小さな女の子に教えられるのだった。