世界への挑戦編②
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審判の掲げた交代札に点滅する17と8の数字を見て、ああ、俺かと落胆する。
仕方がない。あの状態でシュートを決められなかったのだから。
サイドラインまで駆け足でよってラインの縁で待つ不動とハイタッチを交わして入れ替わる。
ベンチへ戻れば、水津が俺にドリンクのボトルとタオルを差し出した。
『あの場でよくシュート打ったよ』
「ああ。けどなぁ……」
ほぼほぼゴールネットの真横からだったが、あの状況じゃ、カテナチオカウンターで押さえられてセンターに上がれる奴がいないからセンタリングを上げることもできなかったし、バックに戻してもまたカテナチオカウンターをやられるのが分かってたしな。
無理やりでもシュートを打つしかないと判断したのだが、
「決まんなきゃ意味ねぇだろ」
ボトルとタオルを受け取りながらそう言えば、水津は、いや、と呟いてフィールの方を見た。
『おかげで正面からパワーで押し切らないとシュートが決まらないって分かったでしょ』
「分かったって言っても正面はカテナチオカウンターを攻略しないことには……」
『そのための交代だよ』
つまり、それは……
「不動ならどうにか出来るってことか?」
『いや、どうにか出来るのは鬼道しかいないよ』
「は?」
いつものように確信めいたように言っているから本当にそうなんだろうが、だとしたら不動はなんなんだよ。
そう思っていれば、もしや、とベンチに座る目金が小さく手を挙げ話に割り込んできた。
「不動くんが、先程水津さんに質問していた事が答えなのですか?」
「質問?」
「ええ。鬼道くんとフィディオくんが同じだとか何とか」
「同じ……」
言われて見れば何となくフィディオのプレーは鬼道と似ている気がする。
『不動は染岡と似てんだよね』
どこが、と言い返したかったが、振り返った水津があまりにも愛おしそうに笑うものだから、思わず息を飲み込んだ。
『嫌いな人の事よく見てる』
そう言ってまたフィールドの方へ向き直る水津に、ああ、としか返せなかった。
確かに俺もそうだった。
嫌いだったからこそ誰よりも見ていた。
だから不動も本人より先に気づいた。
嫌いだったからこそ、か。
最初は水津のことも気に食わなかったもんな、俺。
今は誰よりも見てるなんて、本当、皮肉なもんだぜ。
不動が入ってからの展開はあっという間だった。
不動によってフィディオのプレーがおのれに似ていると分かった鬼道は自分ならどう動くかの予想でフィディオを突破しカテナチオカウンターを打ち破った。
そこから豪炎寺と虎丸に繋ぎ、2人の必殺技であるタイガーストームでブラージのコロッセオガードをパワーで押し破ってゴールを決めた。
2-2の同点に追いついたところで前半戦が終わり、ハーフタイムへ入った。
みんながベンチに戻って来て、カテナチオカウンターを打ち破った事に喜びこれなら勝てると勇んでいれば、鬼道からあの難易度の高い必殺タクティクスをあそこで完成させたチームだから侮るなかれと諭され、皆、気合いを入れ直す。
そんな中、急にイタリア側の観客席がザワザワとしだした。
その理由はすぐに分かった。
ソフトモヒカンの頭に黒い長袖をきた中学生が中に入ってきて、イタリア代表ベンチへ近づいて行ったからだ。
『ヒデだ……!』
「キャプテン!」
「キャプテンだ!」
「「「キャプテン!!」」」
オルフェウスの選手が、そのキャプテンと呼ばれた男を囲う中、こちらは困惑していた。
フィディオがキャプテンではなかったのか、と。
それに、と水津を見る。
オルフェウスの選手たちと同じタイミングで水津はコイツの名前を言っていた。
その顔は、キラキラとしていて心踊っているといった感じだ。
「なんだよ……随分と嬉しそうにしやがって」
『そりゃあキャプテンが戻ってきたら嬉しいでしょうよ』
「あっちじゃねぇよ。お前が……」
そう言えば水津は一瞬キョトンとしたように俺を見つめた後、恥ずかしそうに頬に手を置いて顔を背けた。
『あー、いや、だってね、』
「もしや、推し、ですか!」
キラリンと目金がメガネを光らせて水津に詰める。
「なんだよ、推しって……」
「水津さんが元々僕らの事を知っていたということは、オタクである彼女にとって僕らの中に推しがいないはずないのです!」
びしっと、指さす目金に水津は困ったように笑っている。
『うーん、推しというか、ヒデは私の世界の私の世代の少年たちの憧れというか……』
「まさか!そんなに凄いプレイヤーなのですか!」
『うん。いや、まあこの世界のヒデがというか……私の世界のというか……。まあ、人気のある選手だね』
憧れの選手と、ヒデと呼ばれるやつの方を見れば、オルフェウスの選手たちに慕われているのがよく分かる。
影山と話を交わしていたヒデが急にスタジアム内の入口を振り返った。
それにつられて皆が振り返れば、豪炎寺んとこの夕香ちゃんと変わらないくらいの歳の金髪の女の子と俺たちと変わらないくらいの歳のグレーの髪色の少年が立っていた。
「ルシェ!?どうしてここに……!」
どうやら影山はあの女の子のことを知ってるようで随分と驚いている。
「中田!これはどういうことだ!ルシェをここに連れてくるなど……!」
「お言葉ですがミスターK。これはルシェの願いなんです。目が見えるようになったら、最初にあなたのサッカーを見たいってね」
「だからと言ってこんな所に……」
「これが最後なんじゃないですか」
「なに?」
「今日を最後にあなたの試合は見られなくなる。違いますか?」
ヒデの言葉に鬼道が最後、と驚く。
『……だろうね』
そう呟いて水津は、あの女の子の方へ歩いていく。
「前半の戦いを見て分かりました。あなたはもう過去のあなたではない。今日で全てを償うつもりではないのですか?もう自分から逃げることはない。自分の犯した罪からも」
ヒデの言葉に影山は何も返さない。
「あなたはサッカーへの恨みを晴らすために手段を選ばなかった。その手に掛かって多くの選手たちがチャンスを奪われ、ルシェはその策略の巻き添えで怪我を負ってしまった。サッカーとはなにも関係がないのに。そのことが心のどこかに引っかかってたんでしょう?だから病院にいるルシェを見舞ったんですよね?そこで彼女の目の病気のことを知った。その手術には莫大な費用がかかる事も」
ああ、水津が妙に影山を警戒しなかったのは、これを知っていたからなのか。
水津は女の子の元へたどり着き、こんにちはと挨拶している。
「あなたはルシェの怪我が治った後も手紙を送り続けた。治療費と共に。どうしてそんなことを?」
ヒデの問に影山は背を向けた。
「ただの気まぐれだよ」
「そうでしょうか?ルシェの為に何かをしてやる事で、少しだけ救われていたんじゃないですか?闇の世界に入り込んでしまったあなた自身の心が。あなたの心は闇の世界を抜け出したがっていたんです!」
「お前はそんなことを調べる為に旅をしていたのか?」
「いえ。旅の途中、偶然知ったことです。俺はそんなお人好しではありませんよ」
『ルシェをここに連れてきた時点でだいぶお人好しだと思いますけどね。ね、影山さん』
そう言って水津は女の子の手を引いてヒデの隣に立った。
「おじさん?」
女の子が背に投げかければ、影山は振り返った。
「ルシェ……」
「その声!やっぱりおじさんだ!」
「見えるのか?」
「うん!おじさんのおかげで私の目、見えるようになったんだよ!」
今で影山がやってきたことを知っていれば衝撃的だった。
ヒデの言う通り本当に手紙と治療費を送り続けていたのか。
「そうか、よかったな」
「おじさん、ありがとう」
そう言って女の子が近寄ろうとするのを影山は片手を前にだして制した。
「え?」
「ルシェ、私はお前に感謝されるような人間ではない」
「そんなことないよ!おじさんは私に手術を受けさせてくれた!手紙で励ましてくれたもの!」
ルシェの言葉に影山は言い返せなくなる。
それを見て水津が優しく笑っている。
『プレゼントも送ってくれてたもんね』
「うん!おじさん、ありがとう。私、サッカー勉強する!おじさんともっといっぱい話したいから!」
そう言ってルシェは満面に微笑むのだった。
天使の笑顔
これを作れる人だから、水津は影山を憎めなかったんだろうな。