アレスの天秤編
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大会後、1度王帝月ノ宮中に戻って着替えた私と野坂は、みんなのことを西蔭に任せて月光エレクトロニクスの会長室を訪れていた。
「失望したよ」
夕日に照らされた部屋の中で、デスクを挟んだ椅子に足を組んで座った御堂がそう言った。
「水津よ、まさかお前が契約違反をするとはな。せっかくお前の才能を活かす場を与えてやったというのに」
選手として選んだことを言っているのか、それとも出来レースのフリスタの大会を用意してくれたことを言っているのか知らないが、どちらにせよ宣伝広告の1部にしようとしていただけのくせに。
『契約違反だなんて人聞きの悪い。私は言われた通り、私の指揮権で野坂にチームの指示を取らせただけ。それに、元より野坂が指示を出すのがこのチームでは最適だと
「減らず口を。まあいい。残念ながらお前たちは負けた。よって、お前たちのアレスから抜けるという望みは叶わないことになるな」
そう言って御堂院はニヤリと笑う。
「しかし、今回の件でアレスシステムは疑問視され、かつてのような支持は得られなくなる」
野坂がそう言えば御堂院は高笑いした後、ゆっくりと椅子から立ち上がり、夕日が入ってくる大きな1面のガラス窓の方へ歩いていく。
「キミは情報操作という言葉を知っているかね?我社の権力をもってすればどうとでも出来るのだよ」
「そういうと思ってましたよ」
なに?と御堂院は横目で野坂を睨んだ。
「だからこそ僕はこの計画を進めてきた。あなたはアレスシステムのエラーによって精神が崩壊した宮野茜という少女をご存知ですか?」
「宮野……茜?……それがどうした」
御堂院はピンと来ないようだった。
その"情報操作"で消した相手の事も覚えていないのか。
「あなたはアレスの被害者たちを隠蔽してきました。圧力をかけてね。しかし、宮野茜は地道なリハビリによって正気を取り戻しました。そして僕の提案で彼女には病気が治っていないフリをしてもらっていたんです」
そう、私が最初に茜ちゃんにあった時もそうだった。
『大人の目を欺くそれは素晴らしい演技でしたよ』
「なんだと!?」
わざわざそんな事をした理由には察しがついたのか、御堂院が勢いよく振り返った。
「僕らは彼女の協力を得ながら、病院内にある証拠を集めてきました」
「僕ら……!まさか水津貴様も!」
『都合よく病院に行き定期検査が必要な異常がありましたからね。まさか、後々私にもアレスの副作用が出るとは思っていませんでしたが。でも、お陰で十分な証拠が集まった』
「ええ。アレスシステムの危険性を証明出来る証拠」
「それでアレスを潰すとでも言いたいのか!」
ハハッと御堂院は鼻で笑った。
「貴様の病状など、環境の変化や強化委員としての重責によるストレスなど原因はいくらでも作り出せるのだよ。それに不正な方法で得た証拠など効力はない!」
「確かにその通りです。元々、僕が証拠となるデータを集めたのは、アレスを潰すためではなく、真実を確かめるため」
……確かに、野坂はアレスの天秤が作り出す未来を希望とし信じていた。
「アレスは世界に光をもたらすものなのかどうか。残念ながら、アレスは諸刃の剣だった。アレスは効率的に人の精神と身体の能力を上げる代わりに人の精神を蝕む副作用がある。これは決定的なシステムの欠陥だ!」
「そんなことを誰が信じる。世論などどうとでもなると言っただろう」
先程私に言ったように、精神疾患などストレスからだと言ってしまえばどうとてもなるもんね。
「精神疾患の証拠だけではないんですよ」
なに?と御堂院は野坂に詰め寄る。
「決定的な証拠がある」
ハハハッと御堂院は愉快そうに笑う。
「何処にそんなものがある」
「それは……、ここです」
野坂はは自分のこめかみを指さした。
「僕の頭の中に出来た腫瘍はアレスシステムで使用さる薬物によるものです。僕はこの腫瘍を摘出せずにアレスとの関連性があることを調べてもらっていました」
若いから進行が早く、小さいうちに取っておいた方がリスクが少ないというのに、彼は私の言うことを聞かず、来る時のために腫瘍を育ててきた。
「この僕の頭に残る腫瘍こそがアレスを潰すための生きた証拠なんだ!」
「命をかけてこの私を陥れようというのか」
「さすがに手術の出来る限界が残り3ヶ月と言われ、少し焦りましたけどね」
そう野坂が余裕そうに笑えば、御堂院は額に汗をかき、逆上した。
「貴様ァア!!」
『野坂!』
御堂が野坂に掴みかかった瞬間、会長室の扉が勢いよく開いて、何かが飛んできた。
「ぐえっ!!」
勢いよく飛んできたそれは、御堂院の体を軽々と吹き飛ばした。
壁に叩きつけられる形で御堂院が倒れ、コロコロとサッカーボールが床に転がった。
『殺人シュート!』
誰だ、と振り返れば入口に褐色肌に灰色の髪を持つ少年が立っていた。
「殺してねーよ」
「貴様……!」
少年、灰崎が言った通り、御堂院は生きており、倒れたまま呻き声を上げたあと、入口の灰崎を睨みつけた。
「アンタの連れが来てるぜ」
そう言った灰崎の後ろからドタドタと大人たちが入ってきた。
「水津!無事か!」
『鬼瓦さん!』
鬼道がちゃんと伝えてくれたお陰だろう。
刑事である鬼瓦さんが、警察官を引き連れて来てくれた。
『今ここであったこと、バッチリ録音してありますよ』
そう言ってスマホのボイスレコーダーの録音を止める。
「なっ……!」
「これでアレスの天秤は終わりだ!」
灰崎の言葉と共に、警官たちが御堂院の身柄を確保するのであった。
ここからは大人の仕事だと、追い出された私たちはエレベーターに乗り1階のロビーに降りる。
受付カウンターの前に出たら傍の壁に見知った女の子が立っていた。
「オレ、先に行くわ」
灰崎がそう言えば野坂は、ああと返事をした。
『私も先に帰るね』
「はい」
頑張れ、と野坂の事を待っていたであろう杏奈ちゃんに口パクで言って手をふれば、彼女は慌ててぺこりと頭を下げた。
それを見て私も小さく会釈した後、慌てて灰崎を追いかける。
『まって』
自動ドアをくぐり抜けようとしていた灰崎に追いついて、その隣を歩く。
「なんだよ」
『助けてくれてありがとうね』
別に、と呟いた灰崎はツンと澄ました顔のまま月光エレクトロニクス社を出て行く。
『でも、なんで?』
あんなに嫌っていたのに。
サッカーを通して野坂と分かり合えたとして、あんないいタイミングで助けにくる?
『いや、そもそもなんで場所や時間が分かって……』
「なんでってそりゃあ茜が……」
『えっ?』
茜って?宮野茜ちゃん?
私が灰崎の口からその名前が出たことを疑問に思った瞬間、前方からザッと1歩進んだ足音が聞こえた。
「凌兵!」
会社の前の植木の傍に立っていた子が、灰崎の名前を呼んだ。ちょうど今、話題に上がった茜ちゃんだった。
「あっ!梅雨さん、大丈夫でしたか?」
『うん、大丈夫だったけど………えっ?キミら知り合い!?』
驚いて2人の顔を見れば、茜ちゃんがニッコリと笑った。
「はい。幼なじみなんです」
『あー、なるほど。なるほどね』
そりゃあ灰崎がアレスの天秤使用者、肯定者に噛みつきますわ。
幼なじみをあんな目に合わせたものを認める訳にはいかんわなぁ……。
「ところで、野坂くんは……?」
『ああ。茜ちゃんが灰崎寄越してくれたお陰で無事だよ。今は大事なオトモダチとお話中』
「よかった、無事で……」
ホッと茜ちゃんは息を吐く。
「まあ、いらない世話だったみたいだけどな。ケーサツ、アンタが呼んだんだろ?」
『うん。あ、そうだ。その件で鬼道に色々助けてもらったからお礼言っといて』
「ハッ、なんでオレが。テメェで伝えろ」
鼻で笑ってそう言った後、灰崎はじゃあなと歩いて先に進み出す。
「凌兵!」
「茜、置いてくぞ」
「もう!すみません、梅雨さん」
ペコペコと頭を下げた後、待って!と茜ちゃんは慌てて灰崎を追いかけて行って、灰崎も茜ちゃんが追いつくようにかゆったりとしたスピードで歩いていて。
茜ちゃんが追いつけば、2人は並んで話をしながら去っていった。
『……悲しいな』
野坂には杏奈ちゃん。
灰崎には茜ちゃん。
『私も美少女のお迎えが欲しかったなァ……』
「………すみません」
欲にまみれた発言の後に、後ろから謝罪の声が聞こえた。
驚いて振り向けば、気まずそうな顔をした西蔭が立っていた。
「すみません、美少女ではなく……」
『うわぁー!そんなことないよ!!』
2度も謝罪した西蔭に慌てて駆け寄る。
『あんな空気に当てられた後、ぼっちで帰るんけ!と思ってたから救世主だよ!!』
「そう、ですか……?」
『そうだよ!!』
本当にそう。
来てくれてめちゃくちゃ嬉しい。
「あれ、西蔭、来たんだ」
そんな声に振り返れば野坂と杏奈ちゃんが揃って月光エレクトロニクス社から出てきたところだった。
「野坂さんすみません。せっかく皆の事を任せていただいたのに、水津さんがまた無茶をしていないか心配になってしまい……」
え?2人を心配して、じゃなくて私、名指し?
「来ちゃったんだ」
「はい」
真顔で西蔭が返事をすれば、仕方ないねと野坂は笑った。
「水津さん!野坂くん、手術を受けてくれるって……!」
少し涙目の杏奈ちゃんが嬉しそうに私を見てそう告げる。
『そっか。まあ、本人が嫌だっつっても大会終わったら無理やり病院連れてく気だったけどね』
「ふふ、約束でしたからね、わかってますよ」
野坂は楽しそうに笑った後、さて、と声を上げた。
「じゃあ、僕は彼女を送っていきますね」
「えっ?えっ!?」
杏奈ちゃんは顔真っ赤にして慌てているが、野坂はいつもの様子で、さあ行こうかとエスコートする。
「あっ、西蔭。ちゃんと梅雨さんの事、送るんだよ」
「はい」
思い出したようにそう言った後、野坂は困惑したままの杏奈ちゃんを連れて行ってしまった。
『良かった。良かったね、西蔭。野坂、手術してくれるって……!』
「はい、って、水津さん!?」
西蔭は私の顔を見てギョッとしたような顔をした。
『ごめ、ん。大会は負けちゃったけど、御堂院も捕まって、やっとあの子の苦労が報われると思って……。うぅ、でもまだ手術は成功するか分かんないけど……』
べそべそと大人気なく泣き出した私の目元の雫を西蔭が親指で払った。
「成功しますよ、絶対に」
『うん、うん。そうだね』
すん、と鼻を啜ったあと、袖口で目元を拭って、西蔭を見上げる。
『いい顔で笑うようになったね』
「オレ、今、笑っていましたか?」
『うん』
野坂さんなら当然成功する!と確信めいた笑みだと思っていたのだが、本人は笑っていたことに気づいてなかったらしい。
なるほど……と呟いて、西蔭は少し考える素振りを見せる。
「…………あなたのお陰ですよ」
『はい?』
西蔭がボソリと呟いた言葉が聞き取れなくて聞き返えせば、また西蔭は小さく笑った。
「皆が待ってます。帰りましょう、」
王帝月ノ宮へ
出会えてよかった。見知らぬ君達に。