フットボールフロンティア編
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この状況は一体なんなのであろうか。気が付いたら、目の前には横長のデスクを挟んだ先のオフィスチェアに腰掛けた、上唇の上から顎にかけて特徴的な髭を伸ばしていて、眼鏡を掛けた中年男性がいた。
「それでは、全ての手続きがこれで完了だ」
男性はそう言いながら、トントンと手に持った紙の束を立てにして机で整えた。
「夏未」
「はい、理事長」
男性が声を掛けたのは、傍に控えていたウェーブかかった茶髪の女の子で、彼女は理事長と呼んだ男性から1枚だけ紙を受け取りそれを手に持っていたA4の封筒に入れて、こちらへと近づいてきた。
「水津梅雨さん。こちら編入手続きの控えと、この学校の生徒手帳が入ってます。詳しい校則等は全て生徒手帳に記入されていますから確認しておいてください」
そう言って差し出された封筒を見て首を捻る。
編入手続き?学校??そもそも少し待って欲しい。目の前にいる可憐なこの少女と、デスクの先の男性には見覚えがあるし、男性が呼んだ少女の名にも覚えがある。
「ちょっと、貴女聞いていて?」
『は、はい!』
少しキツめのトーンで言われて思わず返事をした。
「ははは、そう緊張しなくてもいい。夏未は君と同じ2年生でクラスも一緒になる。仲良くしてやってくれると嬉しい」
「ちょっと、お父様!!」
焦ったようなそんな声で彼女は先程まで理事長と読んでいた男性をお父様と呼んだ。
やはり親子ということは、先程から何となく察してはいたが確定であろう。
「とにかくこちらに編入に当たっての詳しいことが入ってるから、一読しておいてちょうだい」
そう言ってさらにズイッと封筒を突き出して来られたので、それを両手で受け取って、糊付けされてはいない封筒の口を開けて、手続きの控えと言うのを少しだけ引っ張って上部を見た。
右上には日付、左上には水津梅雨様、と私の名前が記入されており真ん中には他の文字より大きめに、雷門中学校編入手続きと書かれている。
『雷門中学校...』
ボソリと呟き思案する。私の推測が間違ってなければ、ここは約10年ほど前に流行ったコンテンツ、超次元サッカーで有名なイナズマイレブン。そしてその主人公たちが通う学校...。
そして目の前にいるこの女の子はその学校理事長の娘...。
『雷門夏未ちゃん』
「な、夏未、ちゃ、ちゃん...!?」
彼女は切れ長の目を大きく広げてクリクリとさせた。
あー、ちゃん付けで呼ばれ慣れてないんだっけ?
それよりも、夏未ちゃんのお父様である理事長が、同じ学年って言ったよな??
何を言ってるんだ??夏未ちゃんは中学生。私はそんなものはるか昔に過ぎ去ったアラサーおばさんだぞ??
「さっそく夏未と仲良くしようとしてくれて嬉しいよ」
理事長は嬉しそうに笑っているが、すまない、ちゃん付けで呼んだのはイナイレのオタクをしていた頃の名残なだけである。
「この年齢で、親元を離れて一人暮らしというのは大変だろうから、何かあれば私や夏未を頼りなさい」
『は、はぁ』
いやぁ、高校卒業してから直ぐに一人暮らししてたんでもう十年近く一人暮らしなんですけどねぇ...。
「ああ、そうだ。学校から木枯らし荘へ帰る道もこちらへ引っ越して数日ではまだ覚えてないだろう。夏未、場虎に伝えて送って帰りなさい」
『え、』
「はい、お父様」
えっ、何って言った?木枯らし荘??私、木枯らし荘に住むの???木枯らし荘ってあれだよね、続編のGOに出てきた主人公の住んでるとこよね???
「それじゃあ、水津さん行きましょう」
そう言って夏未ちゃんは、どうぞ、と言ったように扉を手のひらで指す。
『あ、はい。それでは、失礼します』
とりあえず考えても分からないし、流れに乗ることにする。
渡された封筒を小脇に抱え直し、理事長に向かいお辞儀をし、扉へと向かう。その後を夏未ちゃんも付いてくる。
『失礼致します』
もう一度お辞儀をしてから、そのまま身体を少し横に向けドアノブを捻って扉を押した。それから素早く身体をドアの間から抜いて反対のドアノブを掴んで開けたまま待つ。
「それではお父様、お先に失礼します」
そう言って会釈をして夏未ちゃんも部屋を出たので、そっと扉を閉めた。
「さて、昇降口に向かいましょうか」
そう言って先陣切って歩き出した彼女の後ろ姿を見ながら、1つ、確認したいことがあると思い出した。明らかに見てアラサー女の私を夏未ちゃんと同じ中学生だと言ってくるのはおかしいのだ。
『あの、夏未ちゃん!』
先ゆく彼女に思い切って声をかける。
「な、夏未ちゃん...」
足を止めて、慣れないのか彼女は呼ばれた名を小声で反復する。
スっと息を吸って、くるりと振り返った。
「...なにかしら?」
『あの、帰る前に御手洗に寄ってもいいですか?』
「えぇ、構いません。そういうことでしたらこっちよ」
そう言ってまた、夏未ちゃんはてくてくと歩き出したので、ありがとうと投げかけて、雛鳥のように後を追った。
案内された御手洗に入り、いそいそと手洗いの前に向かう。
夏未ちゃんは、表で待ってます、とのことなのでありがたい。
お小水などをしに来たわけではないが、ここまでの流れで鏡を見たら大仰な反応をしてしまう気がしていた。
そっと、正面の鏡を見た。
そこには何度と見た自分の顔があった。だが違和感があった。
『なんだ、この色』
ショートポニテになっている髪は日本人古来の色より少し青みかかっているし、瞳の色に至ってはアメジストのような色になっている。
奇抜な色に目を引いて、瞬時には気づかなかったが、よく見れば顔が随分と幼い。たしかに中学生ぐらいに見える。
もしかして、若返ってる???
理事長室で話をしてる時に、視線の高さや胸の大きさで気づくものではないか?と問われるが、良く考えれば、中学から身長はほとんど伸びなかったし、胸の発育は中学生当時からかわれるほど(まあそこから成人してもそんなに変わらなかったが)大きい方だったので、成人の身体と遜色なくて全く気が付かなった。
と、いうか当時は他の子より成長早いのすっごい嫌だったけど、私ナイスバディじゃない??え、胸張って歩こ。
いやてか、そうじゃなくて、なんだこの状況。
夢か?
頬を抓るが、まあ、痛いね。
夢じゃないのか??
所謂トリップとかだと超次元すぎるんだが???
まあ、無い頭で考えてもしょうがないか。
「貴女、鏡の前で何百面相してるの?」
『うわっ!?』
急に後ろから声をかけられて、ビクリと肩が上がる。
『な、夏未ちゃん!』
振り返れば、御手洗の入り口で眉をしかめた夏未ちゃんが立っていた。
『あ、いや、表情トレーニングをちょっと?』
「なぜ疑問形なのかしら...。とにかく、なんでもいいけど早くしてくださらない?」
そうだった、御手洗の前で待たせてたんだった。
『ああ、ごめんね。もう大丈夫です』
「そう」
そう言って外に出た夏未ちゃんを見て、もう一度だけ鏡を見る。
うん、色に違和感はあるけど、やっぱり中学生の頃の私だ。
よく分からからないが、夢落ちの可能性だってある。とにかく木枯らし荘に行って寝て起きてみよう。
そう決めて、私は御手洗を後にした。
夏未ちゃんに連れられて昇降口を出て、校門までの校庭を並んで歩く。
そこから見えるグラウンドには陸上部や野球部などが活動していた。
『サッカー部...は活動してないのか...』
グラウンドにサッカー部の姿がない、となると私が知るストーリー的に言えば序盤か始まってすらいないか...
「貴女、サッカーに興味があるの」
私の呟きを拾った夏未ちゃんの言葉には少し、あんなものに興味があるのかといったニュアンスが伺えた。
『こう見えて、少しかじってたんだよ』
まあ、学生時代の話だが。
「そう、それは残念だったわね」
おっと、そうだった。初期の夏未ちゃんはアンチサッカー部だったわ。
「うちのサッカー部はまともに練習もしていないし、近々廃部になる予定なのよ」
『そう』
驚きも、残念がりもしない私の淡々とした反応に夏未ちゃんは首を傾げた。
いや、むしろ先の展開を知る私は少しニヤついていて、それを不思議に思ったのかも知れない。
「貴女、サッカー部に入りたいんじゃないの?」
『興味があるってだけだよ』
入ったって必殺技とか超次元サッカーできる気がしないし。
この学校でひっそりとモブとして、彼らを応援するのが愉しいかもしれないなぁ。
なんだかんだ話しているうちに校門をくぐり抜ける。
出た先の公道に、黒の高級車が止まっていてその前に、黒服の年配男性が立っていた。所謂執事さんだろう。たしかこの人が元...いや、まあ今はいいか。
「ご主人様から連絡を頂いております。お嬢様、水津様、どうぞこちらへ」
そう言って後部座席の扉を開かれる。
「どうぞ、水津さん」
夏未ちゃんがお先にどうぞ、と言ってくれたので、ありがとうございますと黒服さんにもお礼を言って後部座席の運転席側に座る。
高級車なんか初めて乗った。凄くない?窓の縁金色なんだけど。
夏未ちゃんが私の隣に座ったら、執事さんはそっと扉を閉めてから運転席に入った。
それでは出発致します、と言って車がゆっくりと進み出す。
「車の内装に気を取られていないで、外の風景を見て覚えた方が良くってよ。月曜日には1人で来ないといけないんですからね」
夏未ちゃんの言葉にそうだった、と窓の外を見る。
車は雷門中の外周をぐるりと回って学校の裏の道に出る。
右手側には川が流れていて、どうやらここがあの河川敷のようだ。
ゲームをやった時のマップは全然覚えてない。河川敷って割と学校すぐなんだなぁ。
しばらく河川敷横の道路を道なりに進んで、途中で左に曲がって住宅街を抜けた先に木造建築のアパートがあった。
着きました、と車が停められ後部座席の扉が開かれる。
慌てて封筒を持ち、車を降りる。
『送って頂きありがとうございました』
お礼を言えば、執事さんは軽く会釈をして、後部座席の扉を閉めた。それから直ぐに窓ガラスが開けられる。
『夏未ちゃんもありがとう』
「ええ。道順は覚えられて?」
『...たぶん?』
そう自信なさげに返事をすれば夏未ちゃんはため息を吐いた。
「月曜日の朝7時半頃にここの前で待っていてちょうだい」
『え?』
「迎えに来ます。さぁ、帰るわよ場虎」
「はい、お嬢様。それでは水津様、失礼致します」
そう言って、執事さんは深深と頭を下げた後に運転席に乗り込んた。
『え、あ、はい』
「では、御機嫌よう」
そう言って夏未ちゃんの乗っている後部座席の窓ガラスが閉まり出す。
『え、あ!またね!』
窓越しに優雅に手を振る夏未ちゃんが乗った車が走っていくのを見送って、あれ、と首を傾げる。
またね、なんて
まるで、夢オチじゃないことを期待してるみたいだ。