サブストーリー
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喉が乾いたから、なにか飲み物を取ってきますと野坂さんに伝えて部屋を出て、食堂に向かった。
開放されている入口付近で、思わず足を止めた。
広い食堂の中には、水津さんと析谷さんが居て、2人は隣同士の席に座って、向かいあっていた。
自分のでかい図体を隠すように、壁に寄り息を潜めて中を覗く。
堂々と入って、水を取るなりなんなりしてくれば良かったものの、析谷さんが水津さんの手を握っているのが見えてしまい、2人の雰囲気に思わず隠れてしまった。
2人は何か話をしているようだが、それは小声で話しているし、広い食堂の奥の方の席にいるのでハッキリとは聞こえてこない。そっと耳を澄ませる。
水津さんは析谷さんに手を握られるのを好きにさせているし、真剣な表情で析谷さんを見ていた。
じわり、と胸の奥がまるで焦げるような感覚に陥る。
しかし、あまりにも水津さんの手をベタベタと触り過ぎではないだろうか。水津さんはきっと嫌なら、セクハラだぞ、とハッキリ言うタイプなので嫌なら手を振りほどいてるはずで......。考えれば考えるほどモヤモヤとしたものが心を支配していく。
『............ですか?』
水津さんが、何か質問しているようだ。
それに対して析谷さんは、笑って頷いて、そして、
「好きだよ」
そう言ったのが、ハッキリと聞こえた。
「梅雨もだろう」
そう言って析谷さんは、握ってた片手を離して水津さんの頭に手を乗せた。
嗚呼、何故だろう。野坂さんが梅雨さんと呼ぶ事はなんとも思わないのに、析谷さんが彼女の名を呼ぶと無性にイライラとする。そんな中水津さんがその手を退けるのを見て少し、ホッとした。
だけど次の言葉で、心境がまた一変する。
『まあ、好きですよ』
はにかんだように水津さんが言って、心臓が握り潰されたようだった。
いたたまれなくなって、その場から逃げる様に走り出した。
『あれ、今の...』
「...政也?」
2人が気づいたのも露知らず、部屋まで全速力で走った。
我ながら女々しい。水津さんの事を好きだと自覚してから、彼女の言動に一喜一憂、振り回されてばかりな気がする。
普段なら野坂さんが部屋にいる時は声をかけて入るが、そんなことを考える余裕もなく、扉を開けて中に飛び込む。
「びっくりした。西蔭か」
あまりの勢いに、椅子にまた変な格好で腰掛けていた野坂さんは、驚いたようにこちらを見た。
「は、...すみません」
すう、と息を吸っては吐いて、全速力で走った息を整えようとするが、上手く呼吸が出来ない。吸っても吸っても、胸が苦しい。
「西蔭キミ、飲み物取りに行ったんじゃなかった」
「わ、忘れました」
「何かあった?」
野坂さんが椅子から降りて、近づいてそう聞いてきて、先程の光景が目に浮かぶ。
「...何も」
そう、何も無い。ただ、2人が話していただけで。
「何もって顔ではないようだけど。僕にも話せない事?」
「そんなことは...!ただ、」
「ただ?」
思わず、口を噤んでしまう。そんな俺を見て野坂さんは何か考える素振りを見せる。
「梅雨さん関連?」
「なんで...!」
「いや、西蔭はわかりやすいよね」
そう言って野坂さんはフフ、と笑っている。
「そう、梅雨さんか。何があったの?」
野坂さんに詰め寄られて、仕方なく先程の見た光景の話をする。
「好きだって言い合ってたの?2人が?」
頷きたくないし、認めたくないが、見てしまった聞いてしまった事実で、はい、と頷く。
何故だか野坂さんは、おかしいな...と呟いている。
「水津さんは、精神年齢が大人ですからきっと析谷さんのような、大人の男の方がいいんですよ」
自分で言っていて苦しくなる。
けれど、中学生である俺よりも、ずっとお似合いなのは確かだ。さっきの2人の雰囲気も入っていけないものがあった。
野坂さんはまだ、うーん、と何かに悩んでいるようだった。
「僕は恋愛に関してはよく分からないんだけど、西蔭はそれでいいのかい?」
「いいも何も...」
コンコン。2回、背にしたドアからノックの音が鳴った。
はい、と野坂さんが返事をして、扉がゆっくり開いてその隙間から、西蔭いる?と水津さんがひょっこりと頭だけ覗かせる。なんだこれ、可愛い人だな。
『あ、居るね』
「梅雨さん、西蔭に用ですか?中に入っても大丈夫ですよ」
『じゃあお邪魔します』
そう言って部屋に入ってきた水津さんは手に何かチューブ容器を持っている。
「何か飲み物を持ってきますね」
そう言って野坂さんが椅子から立ち上がったので、慌てて自分がと声をかける。野坂さんに行かせるなんてとんでもない。
「俺が取ってきますよ」
「いや、梅雨さんは西蔭に用があるんだから、君はここに居なきゃダメだろう」
「それは...確かに」
しかし、正直このタイミングで水津さんと二人きりなるのはなんというか...。
「梅雨さん、紅茶派でしたよね」
『うん、そう』
「西蔭も同じでいいよね?」
野坂さんの問に、はい、と頷く。
「それじゃあ、ちょっと行ってくるよ」
そう言って野坂さんは扉に手をかける前に、ポンと俺の肩を叩いて、小声で頑張ってね、と言ってから部屋を出ていった。
頑張るって何をだ。わからない。
とりあえず、水津さんを入口で立たせたままなのは良くない、と思うので、自分のデスクの椅子をベットの近くに持って運ぶ。ここなら野坂さんが帰ってきた後も邪魔にならないだろう。
「どうぞ、座ってください」
『ありがとう』
そう言って水津さんは椅子に腰掛ける。
『西蔭も座って』
そう言われ、少し距離を取ってベットに腰かければ、もうちょいこっち、と手招きされる。こっちこっちと手招きされるがまま、移動すれば、水津さんの真正面に座らされた。
『西蔭、片手出して』
「はあ...?」
よくわからないが言われるがままに、右手を差し出せば、水津さんは片手に持っていたチューブ容器から白いクリームを右手に取って、左手で俺の手を掬って、そのクリームを俺の手に塗りたくり始めた。
「え?...あの、水津さん?」
水津さんの小さな手が俺の無骨な手に優しく触れていて、触れられた指先だけでなく、顔にもどんどんと熱が集まっていく。
『さっき食堂来てたでしょ?何か凄い勢いで走り去ったの見えたけど』
そう言われて、またあの光景を思い出す。今の俺みたいに水津さんが析谷さんに手を握られて居た。この俺に今触れている手が、アイツに握られて居たと思うと、ふつふつと言い難い感情が湧き上がってくる。
「あれは...、急用を思い出して」
『ふーん』
水津さんの親指が俺の手のひらの手首から親指の付け根のラインをグッと力強く押していく。今度は手首から小指側に向けてグッと押されて、これは押すと言うより揉むに近いのかも知れない。
「あの、水津さんこれ...もしかしてマッサージしてくれてますか?」
『そう。さっき析谷さんに習ってきたの』
ああ、パズルのピースとピースがパチリとあった感覚だ。嫌がりもせずに析谷さんに手を握らせてたのは、そういうことか...。
「けど、なんで俺に」
喋っている間も水津さんはにぎにぎと俺の手を親指で押している。
『え、キーパーだから手酷使するでしょう?』
...ああ、キーパーだからか。
「それなら別に海腹や円堂さんでもよかったのでは」
そう言えば、水津さんの手がピタリと止まった。
『そうね』
そう言って水津さんは考える様に顎に手を置いた。
『別にのりかちゃんでも良かったよね。円堂...は多分大人しく座ってられなさそうだけど。あと西蔭さらりと砂木沼の事スルーしてない?』
砂木沼の名前を出さなかったのは、まあ、わざとだ。
うーん、と水津さんはまだ考えていて、思いついたと言わんばかりに、あっ!と声を上げた。
『1番近くで見てたからじゃない?』
そう言って微笑みを浮かべて水津さんは俺の手を両手で包み込んだ。
1番近くで...。きっと水津さんの発言に他意はない。王帝月ノ宮生ということで俺と野坂さんと純粋に一緒にいる事が多いだけの意味だろうけれど。水津さんが俺を見ていてくれた、しかも気にかけてくれているという自分勝手な解釈に、どくどくと鼓動が加速する。
『私は、ちゃんと西蔭が頑張ってるの知ってるよ』
水津の指がぐにぐにと俺の手を押すのを再開する。
「ありがとう、ございます?」
こういう場合、なんと返すのが適切なのかわからないな。礼でよかったのだろうか。
『どう?気持ちいい?』
「え、あ、そうですね。気持ちいいです」
そう答えれば、それは良かったと水津さんが嬉しそうに笑った。
『じゃあ、次は反対側の手を貸して下さーい』
はい、と今度は左手を差し出せば、水津さんは膝に乗せていたチューブ容器を手に取ってまたクリームを出した。
「それハンドクリームですか?」
『うん。あ、勝手に塗りたくったけど、もしかして匂いダメだった?シトラス系だから男の子でも気にならないかな、と思ったんだけど...』
水津さんの手を取って、顔に近づけて、すん、と匂いを嗅ぐ。微かに爽やかな柑橘系の香りがする。
「俺はこの匂い、好きですよ」
そう言って手から水津さんの方へ視線を戻せば、水津さんの頬が真っ赤に染まっていた。
『いや、あの、西蔭...』
しどろもどろな水津さんの反応に、ハッと気がついて慌てて掴んでいた手を離す。
「す、すみません!!」
さっき塗りたくられたんだから自分の右手を嗅げばよかったのでは。わざわざ水津さんの手を取って嗅ぐ必要はなかった。
水津さんは離された両手で赤くなった頬を押さえている。こんな反応する水津さんが珍しくて、思わず黙って凝視してしまっていると、身長差的に上目づかいになるその目とかち合った。それから水津さんは、はあ〜、と大きなため息をついた。
『あのさ』
...水津さん、怒ってるのか。
「はい」
『西蔭はもっと自分の顔の良さを自覚して欲しい』
「は、はあ...?」
...???褒められた、のか??いや?雰囲気は怒ってるみたい、だが。
『それと、野坂はいつまでそうやってんの』
「あれ、バレてましたか」
そう言っていつの間にか開いていたドアの隙間から野坂さんが顔を覗かせた。
『さっさと入っといで、紅茶冷めるでしょうよ』
「いや、中々に入りずらい雰囲気でしたよ。西蔭も、好きですよ、なんて愛の告白しているし」
そんな事を言いながら、小さな盆にティーポットとティーカップを乗せた野坂さんが部屋に入ってくるが、思わず、は?と口に出す。
急に何を言ってるんだこの人は!?
『ふふ、愛の告白って。ハンドクリームの匂いが好きって話だよ』
先程の様子と打って変わってケラケラと水津さんは笑い出す。
「なんだ、僕の早とちりか。じゃあ、さっき西蔭が言っていたのも、早とちりかな?」
ん?と水津さんは首を傾げ、野坂さんはにっこりと笑っている。
「析谷さんと水津さんが好きだって言い合ってたって」
「野坂さん!?」
慌てて声を荒らげる俺の前で水津さんがキョトンと俺を見て、それからくすくすと笑いだした。
『ああ、それで走り去って行ったの。もう、西蔭は可愛いなぁ』
「やっぱり早とちりですよね」
そうだと思ったと、野坂さんは言って、ティーカップを水津さんに渡している。
『というか、凄いとこだけ聞いてんね。あれはあの人なんかいろいろ出来るじゃない?そういう知識を得るのが好きなんですか?って話をしてて』
ああ、つまるところ、あの析谷さんの好きだよも、水津好きですの返事も知識を得るのがと言う話で、野坂さんの言うように俺の早とちりで。
思わず自分自身にため息を吐いて頭を抱える。
『そっか、そっか、それでかぁ。西蔭は可愛いなぁ』
多分この人今めっちゃニヤついてるな。さっきまで真っ赤だったくせにもういつものペースだ。
「...、可愛いはやめてください」
「ふふ、西蔭。早とちりで良かったね」
「...野坂さんまで」
これは2人に散々からかわれるパターンだな。いつも通りと言えばいつも通りだが。
まあ、水津さんと析谷さんがそういう関係ではないと言う事に安堵して、今は2人のからかいも今の俺らの関係だからあるものだと、享受するとしよう。