アレスの天秤編
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「グリットオメガ、フェーズ1」
ボールを持ち先頭を走る野坂の宣言と共に王帝月ノ宮イレブンは一斉に走り出す。
そこへ雄叫びを上げながら灰崎が突っ込んで来て、彼は斜め後ろから野坂の足元を狙った。
ファウルギリギリのその行動に、野坂に合わせて走っていた皆は慌てて足を止める。
「野坂ァァ!!」
叫び野坂を倒して灰崎はボールを奪う。
野坂は頭を抱え受身を取ったようだが、大丈夫だろうか……。
『……って、心配もだけどボール!』
ゴールに向かって来る灰崎を足止めと彼の方へ向かえば、後ろで起き上がった野坂が追いかけてきているのが見えた。
私を抜く気でいるのか、灰崎はペロリと舌なめずりをした。もうすぐそこまで、彼が来ているのに気付かずに。
「さっきのプレーちょっと強引じゃない?灰崎くん」
追い抜いてきた野坂を見て、灰崎はなに!?と驚くと共に方向転換をする。
さすがに私の野坂に挟まれるのはやばいと思ったのだろう。
だが、野坂はそこにチャージを仕掛けた。
それに、灰崎は負けじとチャージをやり返したが、何回かのぶつかり合いの後、もう一度チャージをすると見せかけた野坂のフェイントに灰崎が引っかかり、その隙にボールを奪い返した。
そして奪い返したボールを野坂は容赦なく野坂の顔面にシュートした。
「目には目を、だよ灰崎くん!」
野坂は倒れた灰崎にそう捨て吐いて、跳ね返ったボールを回収し、もう一度前言をした。
「グリットオメガ、フェーズ1!!」
もう一度、王帝月ノ宮イレブンは全速力で雷門側のフィールドへと走っていく。
《おっと!これは星章学園戦でも見せたタクティクスだ!》
「フェーズ2!」
その合図で一同が旋回をし始め、生まれた竜巻が雷門イレブン立ちを宙へ巻き上げる。
「フェーズ3!」
その合図で我々が動きを止めれば、竜巻が途端に消え雷門イレブン立ちを急落させた。
グリットオメガにより11人全員が倒れ、空いたゴールへと野坂が軽くボールを蹴るとピピッーとホイッスルが鳴り響いた。
《決まったーー!!王帝月ノ宮の先制点!》
自分が参加しといてなんだが、相も変わらず胸糞悪いタクティクスだ。
《しかし王帝月ノ宮の恐ろしいタクティクスにスタジアム全体が言葉を失っているぞ!?》
点を決めたと言うのに静かな観客席に実況の声だけが響いている。
たとえ非難されても、これが限界の近い野坂にとって最良である。だけど……。
『大丈夫かな………』
深刻な怪我に繋がる者が居なければいい、と倒れたままの雷門イレブンたちを見つめる。
「まともにくらったようですね」
一矢がそう言えば野坂は、ああと頷いた。
「最大レベルのグリットオメガを受けては試合続行は不可能だよ」
「そうですね………」
なんとも言えぬ気持ちで地に伏す雷門イレブンを見下ろす。
「まもなく雷門の監督は棄権を申し込んでくるでしょう」
「だろうね」
2人の会話を聴きながら、雷門側のベンチへ視線を移せば、その監督は携帯ゲーム機で遊んでいる様子が見えた。
嗚呼、
『やっぱり彼らは雷門なのか……』
「水津さん?」
近くに居た奥野にはつぶやきが聞こえたのか、彼はこちらを見て首を傾けた。
「でも、野坂さん。これで良かったんでしょうか?」
一矢の問いかけに、野坂は答えず。
まともなサッカーがしたいと自覚した王帝月ノ宮イレブン達の表情は暗い。
『良くないよ』
野坂の代わりにそう言えば、みんなの視線が私に集まった。
『だって、まだ、試合は終わってない』
雷門の監督が余裕そうにゲームをしてるって事はそういうことだ。
私は真っ直ぐ、雷門イレブン達の方を指さした。
「うぐ……!」
「何とかなったな………」
いてて、と言いながら雷門イレブン達は身体を起こしはじめていた。
「な……!」
『立ち上がってくるよねぇ。雷門なら!』
「見てみろよ。アイツらの驚いた顔!」
起き上がった雷門イレブンの中で剛陣が小僧丸に言うように、我々王帝月ノ宮イレブンは私と野坂を覗いて、今まで見たことのないほど驚きの表情を見せていた。
「どういう事だ!グリットオメガを喰らって平気でいられるとは!?」
慌てたようにうちの無能と名高い監督が立ち上がった。
「フフフフ。同じ手を何度も喰らうかよ!」
ニヒルに笑いながら灰崎が立ち上がる。
「俺はグリットオメガの瞬間、地面スレスレに真空波を撃った。それによって起こった小さな竜巻が空気のクッションを作ったってワケだ」
なに、と野坂が灰崎を睨む。
……あれ?さっき驚いてなかったのに、そこは反応するんだ。
「それに、俺たちは全員グリットオメガに対する受け身の特訓をしたんだ!」
「見たかよニヒル野郎!」
熱弁する服部に続き、剛陣が野坂に向かって拳を突きつける。
「まさか、グリットオメガを攻略するとは……!」
草加の言葉に野坂が静かに、ああと頷く。
「でもこれで……グリットオメガを使わずに済む」
「野坂さん?」
『……ここまでが作戦?』
監督に聞こえないように近づいてコソッと訊ねる。
「まさか。ただ、梅雨さんと神代の話から雷門を相手にそう簡単にはいかないとは、思っていましたが」
『ふーん』
本当にそれだけかな。明らかに予想してた感じだったけど。
それに、星章戦以外グリットオメガは使ってないのに、あの1試合だけのデータでグリットオメガの攻略法を見つけたの?だとしたら雷門の監督凄すぎるんだけど?
暗躍が好きな子だから何かしたんじゃないの?と野坂を疑いの目で見ていれば、ずんずんと灰崎が歩み寄って来た。
「さあ、どうするね?戦術の皇帝さんよぉ」
野坂は何も言い返さず、試合再開の為にポジションに帰って行き、その背中にチッと灰崎は悪態をつく。
『随分と野坂の事が嫌いだね?』
「あ"?当然だろ。あんなもん使ってる奴ら」
『なるほど。存外、』
キミとは仲良くできるかもしれないね
そう言えば、「奴らっつってんだろ。オメーも嫌いに入ってんだよ」とキレられた。