アレスの天秤編
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フットボールフロンティアスタジアムに到着した時には、既に試合は終わっていた。
帰ろうとする観客達とは反対に中に進む我々には目的があった。
いつもの様に座席の一部を買い占めたのだろう。がらんとした一角に私服姿の2人の少年が居た。
「野坂さん、話があります」
彼らの背に向かってそう切り出したのは谷崎だった。
「お前たち、なぜここにいる!勝手に動いていいと思ってるのか!」
振り返り驚き、そして西蔭は怒った。
「アンタもなんでコイツらを……!」
西蔭がギロリと私を睨んだ。
全く、昨日の可愛さはどこいったよ。
『今の王帝月ノ宮に必要な事だからだよ』
「何を言って……!」
西蔭、と名を読んで、野坂が彼を窘めた。
「話を聞こうじゃないか」
耳を傾ける野坂に、谷崎が口を開く。
「野坂さん、俺たちアレスの天秤を抜けたいんです」
その言葉に、野坂は聞いたこともないような低い声で、はあ?と呟いた。
「俺たち、まともなサッカーをやりたくなったんです」
一矢がそう言えば、野坂は怖い笑を浮かべた。
「今がまともじゃないとでも?」
「くっ」
「アレスの天秤に縛られた、勝つためのサッカー。確かにアレスは俺たちをこんなにも強くしてくれました」
事実、彼らは無失点で準決勝まで勝ち抜いてきた。
私自身も、アレスの天秤の育成制度がなければ、星章戦で鬼道と当たった際に簡単に負けていたと思う。
野坂の脳腫瘍や茜ちゃんやみんなの感受性が失われたりと悪い面が目立つが、計算され尽くされた練習は効率が良く実際に私も短期でレベルアップしたと思う。
だけど……と桜庭が言い淀む。
「だけどなんだい?」
「他のチームの試合を見る度に、胸が苦しくなるんです」
ぎゅっと握った拳を草加が胸に当てると、野坂は口を噤んだ。
「俺達も何にも縛られず走りたい。ボールを蹴りたい。そう思うんです!」
草加が力強くそう言えば、野坂はみんなから顔を逸らし、下に見えるサッカーフィールドに視線を落とした。
「くだらない」
「本当にそう思うんですか?野坂さんだって分かっているはずだ!」
谷崎がそう叫ぶと、野坂は黙り込んでしまった。
分かってるだろう。
だって、この子はサッカーの戦術を考えている時、いつも楽しそうだ。自分の組み立てる作戦でも、他の試合を見てその戦術を考察している時も。
『野坂。私は、今から御堂院に話を着けてくるわ』
彼らを解放してもらえるように。
「なんと言うつもりです?」
『そりゃあ、強化委員の権限で……』
「無駄です。貴女はアレスの天秤を受けることを了承して王帝月ノ宮中の強化委員となった。契約違反として貴女が首を切られるのが落ちですよ」
まあ、そりゃあ強化委員の権限だけで、そう簡単に上手く行くとは思ってないさ。
『それでもどうにか交渉すれば……』
「貴女じゃダメです。この話は終わりです。西蔭。先に皆を連れて王帝月ノ宮に帰ってくれ」
野坂は冷たい目でこちらを見ながら西蔭にそう指示を出した。
「はい、野坂さん」
帰るぞお前たち、と西蔭が皆を促しながら、私の手首を掴んだ。
「貴女も戻りますよ。タダでさえ、数日抜けていたのに練習サボってどうするんですか」
『いや、サボろうと思って来たわけじゃ、ってちょっと力強いな!?』
西蔭にグイグイと引っ張られて歩かされる。
「お前たちも早く来い」
皆はしょんぼりとした様子で渋々西蔭の後に続く。
野坂を置いて、ずんずんとフットボールフロンティアスタジアムの出口へ西蔭が私を引っ張っていく。
「やっぱりダメだったか……」
肩を落としたまま、花咲が呟き足を止めた。
「そう簡単にはいきませんよね……」
道場も花咲の隣で足を止め、しょぼくれた様子で零す。
「どうして……野坂さんだってきっと………」
一緒のチームで試合をしてきたのだから、同じ気持ちのはず、だと思っているのだろう。
「いい加減にしろ、お前たち」
進まない皆に痺れを切らし西蔭が怒る。
「西蔭さんだって、気づいてるんじゃないですか?アレスの天秤がおかしいって」
自分よりも遥かに大きな西蔭に対し香坂が堂々と言い返す。
「………俺は、あの人の、野坂さんの信じたものを信じるだけだ」
そう言って私の手首を掴んだままの西蔭の手にグッと力が入った。
『痛いよ西蔭』
「ああ、すみません」
ぱっと手を離されてやっと手首が自由になる。
『まあ、みんな、しょうがない。気持ちを伝えられただけでもいいとしようよ』
そう言って歩きだせば、みんなはアンタが焚き付けたのに?と言うように黙ったまま私の背を見つめた。
『帰るよ、みんな』
「水津、諦めるのか?……アレスの天秤に従った結果、お前は倒れたんだぞ」
また、同じことになると丘野が言う。
『諦めてなんかないよ。信じてるだけ』
「信じてるって、何を……」
『思いは伝染するって』
イナズマイレブンはいつだって、みんなが心折れたって、1人が立ち上がれば伝染したように、みんなも再び立ち上がる。
野坂にだって、みんなの思いが伝わってるって信じてる。
そもそも、子供が残されてるからって火災現場に飛び込むような、勇敢で優しい子が、みんなの思いを無下にするとは思わないし。
それに、御堂院との交渉をダメだと言った時、彼は、私じゃ、と言っていた。それはつまり私じゃない……野坂なら、どうにか出来るってことじゃないか?
まあ、あくまで推測だから、野坂が交渉に動いてくれるとは限らないんだけど。
彼が交渉に行かなかった、または御堂院が交渉に乗らなかったとしても、まあ、最悪、次は決勝戦。今更急に10人のメンバー変更は出来ないだろうし、決勝戦の舞台で、みんなには好きに自由なサッカーをしてもらえばいい。今はみんなに意思があるから、たとえ監督が命令を出してきても無視してしまえばいい。
そして本気の本当のサッカーで、御堂院を分からせてしまえばいい。
ボールが繋ぐ思いの力
それが凄く強いものだって私は知っているから。