アレスの天秤編
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ありがとうございます、と深々と頭を下げたと同時に、ガラガラと病室の扉が開かれた音がして顔を上げた。
『西蔭』
扉の向こう側に居た逆だった亜麻色の髪の少年は、少し不思議そうな顔をこちらへ向けていた。
「迎えか。それじゃあ、俺はもう行くが、くれぐれも無理するんじゃないぞ」
そう言って病室内に居た男が部屋を出ていく際に、西蔭が軽く会釈をしていた。
「水津さん、今のは……医者ではないですよね」
『ああ、うん。私のこっちでの身元引受人みたいな人。心配して様子を見に来てくれたんだ』
「そうなんですか」
余程気になるのか西蔭の視線は、開けられたままのドアの向こう側だった。
『そうだ!試合見たよ。道端いい動きだったね』
私の代わりにDFに入った1年生の道端が、バッチリブロックする所が昨日見た映像には映し出されていた。
「ええ。悪くありませんでした。ですが……」
そこまで言いかけて西蔭は黙った。
『どうしたの?』
「いえ。いつもと見える背中が違うのは少し変な感じがしたな、と………」
おや?
「なんというか、アンタの背中が見えないのは………」
自分でも話す内容がまとまっていないのか、探り探りというように西蔭は言葉を紡ぐ。
「不安……?いや、そんなはずは………野坂さんがいるのに…………」
ぶつぶつと西蔭は小さく呟いている。
『要するに、頼もしいお姉さんが居なくて寂しかったんでしょ?可愛いとこあるじゃないか』
よしよし、とその頭を撫でようと腕を伸ばす。
「栄養失調で倒れるような方は全然頼もしくありませんが」
頭を撫でられながら西蔭は真顔でそう言った。急に可愛くなくなるな。
頭から手を離した私を見て、西蔭がそのまま真顔でベッドの方へ視線を移した。
「とりあえず荷物まとまってるんなら帰りますよ」
『あ、うん。帰ろう』
短期入院だから大した荷物もないけれど、ベッドの上に置かれたカバンを私が何を言うまでもなく、西蔭が持って病室を後にしたのだった。
病院を出て、王帝月ノ宮中目指して歩いて帰る中、私が話す準決勝の感想を西蔭は黙って聞いてくれていた。
『あ、ちょっとそこ寄ってもいい?』
そう指さしたのは1軒のスポーツショップ。
いいですよ、と西蔭の返事をもらって中に入る。
「何が必要なんですか?」
『プロテイン』
「部のはまだありますが」
『個人用。どうせ味わかんないから栄養価高いのにしようかと思って』
「アンタあんなにココア味がいいだのなんだの言ってたのに……」
半年前の話じゃない?良く覚えてんね。
「まだ味わからないんですか」
『うん。病院食がいくら味薄いからってインゲン豆の青臭さが全くないなんてありえないもんね』
それくらい味が分からない状態だからプロテインの味がなんだろうが関係ないので、今はとにかく栄養が多く取れるものにしたい。
せめて、また栄養失調で倒れないように。
「そう、ですか」
西蔭は静かにそう呟いたあと、沢山のプロテインが並べられた棚をまじまじと見だした。
「………これはどうですか、23種類の栄養素と書いてあります」
『どれどれ?』
西蔭の傍に寄って、彼の指した商品にじっと目を凝らして見る。
『へー、いいじゃん。これにしよ』
そう言って商品を手に取った。
「そんな即決でいいんですか?」
『うん。筋トレ好きの西蔭がひと目見て良さそうと思ったんでしょ?その勘を信じようかな、と』
味覚治って味が好みじゃなかったら残りは西蔭にあげればいいし。
「別に筋トレは好きでやっているわけでは……」
『そうなの?』
いつもトレーニングルームいるのに??
「野坂さんにお仕えするのに必要だからしているだけです」
『そっか』
まあ私も筋トレするけど趣味かと言われたら違うもんな。
『とりあえずコレ買ってくるから待っててよ』
「では、表で待ってます」
そう言った西蔭と一旦別れてレジに向かう。
『あ、』
途中でウェアコーナーが目に入って足を止める。
『えー、新作ウェア可愛い〜』
いいじゃんと思って伸ばした手を値札を見た瞬間に止めた。
うん、良い奴は高いよね〜。
お財布状況的にまた今度、と諦めてレジに向かいなおすのだった。
プロテインを購入し終えて、店を出て待っているはずの西蔭を探す。
『おっと、アレは……』
電信柱の前で待つ西蔭に話しかけている少女が居た。ファンの子かな。
西蔭は、いつもの調子で少女に、俺は野坂さんにお仕えする立場だとか言っている。
野坂のファンサしながらも上手く距離を置く能力を少しは見習って欲しい。
しょうがない、助け舟を出してやろうと、西蔭!と手を振った。
『お待たせ』
「水津さん」
西蔭が私の名を呼ぶのと共に少女がこちらを振り返って目を丸くした。
私の方も少女の顔を見て驚いた。
『あら、杏奈ちゃん』
「水津先輩!?あ、もしかして、私デートの邪魔を………、すみませんそういうつもりじゃ……!」
なんかとんでもない勘違いをして、杏奈ちゃんは顔を青くしている。
そんな彼女を西蔭は何を言ってるんだと睨みつけている。
『デートじゃないない。病院帰りでね』
「まさか、野坂くんの様態が!?」
杏奈ちゃんはもっと青い顔になり、ん?と西蔭が眉を顰める。
『違う違う。私が入院しててね』
「あ……!そういえば、準々決勝での試合後、倒れたって……」
『うん。まあ、今は回復してこの通り。本日退院してきたとこよ』
グッと拳を握って腕を持ち上げて見せる。
「野坂くんも、水津先輩も病気になってまでどうして……?」
杏奈ちゃんは心配するように私に言ってきた。その後ろで西蔭が、え?っと困惑したような表情を浮かべ視線を送ってきた。
『大義成すには病を押してもでもやらなければならない。私も彼もそれだけだよ』
「そんなのおかしいです」
私も最初はそう思ったよ。たけどあの馬鹿、人の言う事聞きゃしないんだ。止められないなら、傍に立って支えて上げるしかないじゃん。
『まあ、ウチの心配より、##RUBY#雷門中#そっち##心配した方がいいんじゃない?次、利根川東泉………円堂の所でしょ?頑張ってね』
それじゃあ、と杏奈ちゃんに別れを告げて歩き出す。
「待って下さい」
慌てて西蔭が追いかけて来た。
「待って下さい、水津さん」
歩きながら、何?と後ろを歩く西蔭を振り返って見る。
「今の話どういうことですか?あの女の言い方。あれじゃあまるで野坂さんが何かの病気を持っているような………」
『そう。やっぱり君には言ってなかったか』
私も杏奈ちゃんも知っていて、自分だけ知らなかったということに西蔭はショックを受けた様子で、彼は足を止めてしまった。
『西蔭……』
私も歩みを止めて彼の目の前へ少し戻った。
『野坂は、他人から自分がどう見られているのか、客観的に見ることが出来る子だよ。だからキミが、自分をヒーローのように思っていることも理解してる。だからこそ、西蔭、キミには言えなかったんだと思うよ。理想のヒーローでいるために』
そっと手を伸ばして西蔭の頭を撫でる。
俯いた西蔭はぐっと下唇を噛んだ。
「野坂さんは………何の病気なんですか」
『脳腫瘍。私が彼のそれを聞いたのは、神代が私達を病院送りにした時。たまたま医師と話してるタイミングで起きて聞いてしまったの。その時には、できるだけ早く手術をしたほうがいいと言われていた。あれから半年経ってるし、野坂は私に変わりないなんて報告をあげてくるけれど、頭痛の頻度や、薬を飲む回数が増えてるようだから、相当悪くなってると思う』
それこそ、若いからこそ病気が侵攻するのが早い。
「頭痛や薬………!」
西蔭はハッとした様子だった。心当たりがあるのだろう。誰よりも近くにいたのだから。
恨むべきは
気づかなかった自分か、話してくれなかった彼か。