アレスの天秤編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「3対0。この結果がどういう事か分かるか?」
前半戦が終了し、ベンチに戻り皆の水分補給が終わった所で監督は我々を集めそう聞いた。
「ネットにこう書き込まれているぞ。実にいい試合だとな」
ならいいじゃん。
「ライオンが猫といい試合をするか?蛇とカエルがいい試合をするか!お前たちは崇高たるアレスの威光に傷をつけるつもりか!」
いや、意外といい試合するかもしれないじゃん。ライオンと猫が戦うとこお前は間近で見たことあんのかよ。
「凡人相手に何を手間取っている」
監督のその言葉に、意外にも野坂が表情を歪ませた。
「お言葉ですが、監督。星章イレブンは凡人なんでしょうか」
「なんだと!」
珍しく口答えした野坂に、監督は怒りを顕にした。
野坂さん、と彼の隣にいる西蔭が窘めるように小さく声をかける。
鬼道を凡人だと思ってるんなら見る目ないなぁ。
てか、そもそも何も無いとこからペンギン出したりとか凡人にはできないって。この世界のサッカーやる人、大概超人だと思うんだけど。
監督はどう返すのかと思っていれば、そのまま彼はチッと舌打ちをするだけだった。
「まあいい。とにかく後7点は取れるはずなんだ」
それってアレスの予測でしょ。
後半だけで後7点は普通のサッカーじゃまあ無理だけど。5分に1点取れってことでしょ?
「分かったな!分かったらさっさと行け!」
怒鳴るようにそう言われ、分かるつもりはないが適当に、はい、と返事をして皆と共にフィールドへと向かう。
「凡人はお前だ」
去り際に小声でそう言って離れた野坂を見て、おや、と思う。
珍しく、子供らしい反抗的な態度。
試合中もだが、今日は相当イラついているようだ。あんまりストレスは良くないんだけどなぁ。
《星章学園灰崎!強引に切り込んで行くぞ!》
後半戦も開始して早々、ボールを持った灰崎が突っ込んできて、その前に奥野と花咲が立ち塞がる。
「うぉら!」
こちらが言えたことではないが、ラフプレイで2人をはじき飛ばした灰崎はそのまま抜けてシュートに入る。
「オーバーヘッドペンギン」
彼の指笛で呼び出されたペンギン達と共にボールがゴールに飛んでいく。
『西蔭』
「不要です」
こちらがゴール前の壁として1枚入ろうかと聞くよりも先に、答えられる。
「ふん。はぁっ!」
西蔭は握っていた拳をガっと開いて力を溜めた後、もう一度握り直し、両拳を胸の前でぶつけて、それから右手を掲げた。
「王家の盾!」
右足を1歩大きく後ろに引いて体を反らせて、腕を大きく振って月の紋章の入った盾を飛んできたボールにぶつけて威力を殺し、両手でボールをキャッチした。
《止めたァ!!》
実況の声と共に観客たちの歓声が、わぁああっと上がった。
《星章学園の攻撃は尽く潰されていきます!》
まあね、ウチのキーパー今んところ無失点と優秀だからね。誇らしく思っていれば、野坂が西蔭の元に駆け寄って来た。
「凌いだね」
「この程度、ゴールを許すことなどありません。しかし、なかなか敵も食い下がってきますね」
ああ、と野坂は頷いて後ろを振り返る。
「予想外だ」
『鬼道がこちらの攻撃パターンを読んできてるのが大きいね』
消耗させる為に意図的に、ボールをぶつけていたのも後半戦からは鬼道の予測で避けられている。
『相変わらず頭がキレる』
鬼道の方を見れば彼は、こちらを睨みつけるように見ている。
「...グリッドオメガを使おう」
目を伏せて野坂がそう言った。
「一気に片をつける」
「それは...」
西蔭が伺うようにこちらを見た。
『.........』
...、ついに、か。
ひゅっ、とひとつ息を吸い込む。
「目的達成の為には手段を選んでいられない。僕はこの大会で結果を出さなきゃいけないんだ」
真っ直ぐこちらを見て言う野坂から、目を逸らすことが出来なかった。
『...やろう』
そう言えば、野坂も西蔭も驚いたように目を見開いた。
「できるのか、アンタに」
西蔭がそう言うのも仕方ない。
前回がアレだったし。正直、わからない。
「梅雨さん。香坂と交代でも」
そう言った野坂にフルフルと首振る。
『やるよ、私が。そうじゃなきゃ、ダメな気がする』
ベンチで見てるだけ、なんて余計にしんどいに決まってる。子供達が手を汚すのに、私だけ見ているなんて都合が良すぎる。
「...。分かった。よろしく頼むよ梅雨さん」
うん、と頷いて、前を見据えた。
「本当にいいんですか、野坂さん。禁断のタクティクスにしようと言ったのは貴方だったじゃないですか」
西蔭の言葉に、え?と野坂を見る。
グリッドオメガを使うこと、何とも思ってなかったんじゃないのか?
野坂は何故かチラリとこちらを見た。
「ああ。だが、勝つために、やるんだ」
そう言って野坂は、他の子達に伝えるため走って行く。
『野坂...?』
やるんだと言った野坂が震えているような気がした。今、他の子達に指揮を執っているその背からはそんな風には見えないが...。
『西蔭。禁断のタクティクスって?前はそんな事言ってなかったでしょう』
「あの後以降、野坂さんがそう決められた。野坂さんは理由は話されなかったが、恐らく......」
そう言って西蔭は私を見下ろした。
『......、そっか』
あれ以降、前半戦にしたような攻撃はあれどグリッドオメガを使わなかったのはそういう事。
私が言った言葉が、彼を動かしたのか。
いや、自分に腫瘍が出来て、初めて命の危機と言うものがどういうことなのか分かったからなのかもしれない。
真相がどうだか、分からないが、あの野坂が震えてたのは、今の彼はこのタクティクスを使うのが怖いって事なのだろう。
アレスの天秤は確実だと口で言っておきながら、その裏の真実を知ってしまっているから。
試合が再開すればセンターラインに立つ野坂は直ぐに指揮を執った。
「グリッドオメガ、フェーズ1!」
その合図でまず、皆一斉に敵陣に突っ込むように走る。
走るのは2人1組となり、間に星章選手を挟み込むようにして吹き飛ばす。
「フェーズ2!」
そのままぐるぐると渦巻くようにフィールド全体を駆ければ、大きな竜巻が起こり巻き込むように星章選手を吹き上げた。
「うぉおおお、なんだ!?」
「これがっ、タクティクスなのか...!」
竜巻に飲み込まれた灰崎と鬼道がそう叫ぶ。
「フェーズ3!」
野坂の合図で、王帝月ノ宮の選手達がピタリと動きを止めれば、巻き上がった竜巻は途端に消え、宙へ投げ出された星章の選手たちは重力に従ってフィールドの上に叩き落とされた。
《これは...!なんということでしょう...!》
実況の角馬さんも戸惑っている様子で、観客席からも悲鳴や畏怖の声が上がる。
『.........』
フィールドに転がったままの星章イレブンを見下ろせば、辛うじて意識はあるのか、鬼道と灰崎がぴくぴくとしている。
頼む。動かないでくれ。
そう思っている内に、星章側のベンチの久遠監督が動いた。
その横では春奈ちゃんが、両手で顔面を覆って泣いていた。
「ぅ...、ぐっ、...あっ、う...!」
灰崎が唸り声を上げながら、仰向けになったまま頭を上げた。それから、腕を前に出し、起き上がろうと踏ん張る。
そんな中ちょうど、ピッピッピーと試合を終わらせる笛が鳴り響いた。
《試合終了!星章学園が試合の棄権を申し出た為この試合は王帝月ノ宮中の勝利となります》
一斉に会場からブーイングされる。
うん、それでいい。これで拍手でもされてみろ。気持ち悪くて反吐が出る。
「水津さん。戻りますよ」
とん、と西蔭に肩を叩かれた。
静かに頷いて、フィールドを出た。
禁断のタクティクス
勝利した我々を上出来だと褒めたたえたのは監督だけだった。