アレスの天秤編
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フットボールフロンティア本戦開会式から王帝月ノ宮中に戻ってきた一同はバスを降り、監督から明日に向けての準備を怠らないようにとの言葉を向けられて、皆それぞれ宿舎に向かって歩き出す。
「後ほどミーティングルームで会議をするから...梅雨さん、聞いていますか?」
『え?ああ、うん』
不思議そうに梅雨を見つめた野坂は顎に手を置き、ふむ、と唸った。
「水津さん、円堂さんに会った後から上の空ですね」
「これは...、相当深刻かな。西蔭、僕は1度シャワーを浴びてから行くから、梅雨さんの事よろしくね」
え、と困惑した西蔭を置いて野坂は先に部屋に戻っていく。
はあ、と溜息を吐いた西蔭は仕方がないと梅雨の肩を叩いた。
「水津さん、とりあえずミーティングルームに向かいましょう。こんな所で立っていては邪魔です」
『あー、うん』
とりあえず歩き出した梅雨にほっとして、西蔭は隣を歩く。
沈黙のまま廊下を進んでミーティングルームの前に付き扉に手をかけた時だった。
「水津先輩、西蔭さん!」
そう言って、どこか慌てた様子で香坂が走ってきた。
普段王帝月ノ宮中の子供たちが廊下を走るなんてことはない。なにか異常事態だと梅雨もぼんやりしていたのをやめて彼に話に耳を傾ける。
『どうしたの』
「それが、竹見さんが...」
「留守中にまた何かやったのか」
開会式は一軍だけが向かったから二軍の竹見は他の子達と練習だった筈だ。
数日前に、他の子達と言い争いをしたというばかりなのに今度はなんだ。
「それが...、練習にも現れなくて部屋にも居ないそうで」
『え?つまり、練習から逃げ出したってこと』
「今みんなで探してるらしいんですけど、見つからないみたいで」
アイツは...、と西蔭が頭を抱える。
『とりあえず、西蔭は野坂に報告。二軍の子たちの方が詳しいことが分かるだろうから私はそちらに話を聞きに行くわ』
「はい」
『香坂、行きましょう』
「はい。こっちです」
香坂と共に二軍の子達に話を聞けば、どうやら居なくなってまだそんなに経っていないらしい。
学校周辺、サッカー部の宿舎周辺を手分けして探した結果、宿舎の庭に隠れていたのを見つけてとっ捕まえた。
思っていたよりも早く一軍が帰ってきた事に慌てて逃げ出すよりも隠れてしまったらしい。
「君がこんなことをするなんてね」
そう言って野坂は椅子の背面を前にしてもたれ掛かるように座り、拘束され床に膝をつかされた竹見を見下ろした。
私と西蔭は野坂の両サイドに立ち、他の王帝月ノ宮メンバーは竹見が逃げ出さないように、彼とミーティングルームの出入口の間を塞ぐように横一列に整列して待機している。
「こんなこと...?」
「君は自分のやった事の重大さを分かっていないようだ」
「ただ自由になりたかっただけだ!何が悪い!」
そう言って竹見はキッと眉を釣りあげて野坂を睨んでいる。
その目は死んでなんかおらず、感情がハッキリと出ていた。
「アレスの天秤は人の育成を完全に管理するシステムなんだよ。君がやるべき事を決めるのは君じゃない」
そう野坂に言われれば、拘束されたまま竹見は身を乗り出した。
「俺の事は俺が決める!システムに決められるなんて耐えられるかよ!!梅雨さん!梅雨さんならわかるでしょ!」
そう言って縋るような目で竹見は私を見た。
まあ、感情のある人間なら正常な反応で、正論だ。さて、どう答えるべきか。
悩んでいれば私よりも先に野坂が口を開いた。
「チャンスをやる」
え?と竹見は野坂を見上げる。
「今ならまだ目を瞑ってもいい。僕だって上には報告したくない。心を入れ替えてチームの為に力を尽くしてくれるかい?」
優しい声色で野坂がそう言うが、竹見は嫌だ、と下を向いた。
「俺は漫画だって読みたいし、テレビだって見たい。アレスプログラムで全てを禁じられるなんてもうたくさんだ!!」
「そんな小さな事の為に君は全てを失うつもりかい?」
まあ逃げ出す理由にしては小さいことだよなぁ。義務教育と言えど施設育ちでもちゃんと学校に通わせて貰えて、管理されることによってきちんとした健康な生活を送ることができる。確かに漫画やテレビが見れなかったりネット出来なかったり、オタク故にそれに全く不満が無いわけではないが...厳しい寮制の学校なら漫画やテレビ禁止は割と普通だと思うんだけどなぁ。
食事だって栄養バランスの考えられた物が出ているし、それぞれ一人部屋の上、各部屋にバストイレも付いてる寮だしそこまで悪くないはず。
「僕達は人の未来を背負っている。僕達が結果を出せば世界は変わるんだ」
「どう変わるって言うんだ!!」
噛み付いた竹見に、野坂はほんの一瞬驚いたような表情を見せた。
あれで竹見が納得すると思ってたのかなこの子は。
「優秀な人間が生まれるだけでどう変わるって言うんだ!!」
「人の頭脳と精神の進歩はあらゆる事を変える。多くの技術確信は世界の経済を変える。医療は進化し多くの難病に苦しむ人たちを救える。有能な政治家たちは戦争という浪費を無くし人の憎しみも消えることだろう」
西蔭の説明する理論は確かに間違ってない。まあ、戦争云々に関しては賢いものほどしたがりそうな気もするが...。でも多分、こうやって感情を抑制することで、憎しみでの争いが減るのは確かであろう。
「いいかい?僕達がやっていることは世界をいい方向に導くための事なんだ。アレスの天秤は世界を変える。僕達はこの手で世界を変えるんだ」
そう言って野坂は自身の右手を見つめている。
「そんな事は俺の知ったことじゃない!野坂くんは何も感じないの!?もっと色んなことをやりたくないの!?サッカー以外の遊びをしたり、ゲームをしたり!す、好きな子とデートをしたり...」
最後の言葉は尻すぼみになりながら頬を少し染めて言った竹見に、死んだ目をしたまま野坂が淡々とデート?と聞き返す。
「正直言うと、俺、会いたい人が居るんだ!」
前に部屋で話してくれた女の子の事か。
「だから、こんな所に居たくないんだ」
中学2年生なんて思春期真っ盛りだもんなぁ...。確かに、エロ本なんか以ての外だろうし、その上漫画もゲームもダメは少し可哀想かもなぁ。
「君はその子の事が好きなのかい?」
「そうだよ。好きだ。彼女と会いたいんだ!なんていうか...死ぬほど会いたいんだ!!」
わぁお、熱烈じゃん。
けどその感情論は野坂には通用しないんじゃないかなぁ。そう思い野坂をみれば、何かにハッとしたように目を見開いて竹見を見た。
「死ぬほど会いたい?へぇ、でもおかしな言い方だね。死んだら会えない。そうだろ?」
竹見は悔しそうに、ぐっと歯を食いしばって、俯いてしまった。
言うて今2年生だし、もう1年半、卒業するまで辛抱するしかないだろう。
そう声をかけて励まそうかと思っていれば、野坂が椅子から立ち上がって竹見の後ろに回った。
「え...?」
野坂は竹見の拘束を解く。
「行っていいよ」
え?と困惑したまま竹見は立ち上がって、興味無さそうに背を向けた野坂を見て、逃げるように駆けて行った。
『えっ、良かったの...?』
「どういうつもりですか、野坂さん」
「彼はもう、使いものにならない」
そう言って野坂は椅子に座りなおして窓の外を見つめた。
「僕はそう判断した。ここに居ても同じだ」
確かにここの所練習に集中出来てなかったし、ずっとここに居ても恋煩いで彼は心ここに在らずだっただろう。
「みんな、ミーティングは中止だ。まあ僕達は明日もいつも通りの力を出すだけだ。今日は色々あって疲れただろう。明日に備えてゆっくり休んでくれ」
解散、との野坂が言えば竹見を捕まえるために集まってくれたみんなは順に部屋を出ていく。
『野坂、大丈夫?』
何となく、表情が暗く重いような気がしてそう聞く。
「梅雨さんは...、誰かを好きになったことがある?」
急にどうした...?竹見の言葉がなにか引っかかるのかな。
同じように残っていた西蔭も、どうしたんだと言わんばかりに野坂を見つめている。
しかし、好きと言う感情が野坂にもあるのかは私も気になるところだ。親に捨てられた彼にとって愛だの恋だのは、まやかしだと思ってそうだけど。
『...そりゃあ、人並みには』
まあ人並みと答えたが、3次元だけじゃなく2次元への恋もある。
「死にたいほど会いたかった?」
そう聞かれて、うーん、と悩んだ。
『そうねぇ...。私の場合は竹見のように相手と距離があった訳では無いから』
ここと違ってメールでのやり取りとかも出来たしね。
『死にたいほど会いたいはなかったけれど...。でも、その人の姿が見れて幸せってのはあったかな』
「姿を見るだけで、幸せ...」
そう復唱して、野坂は何かを考えるようにじっと動かなくなった。
こんなことを聞いてくるとは一体どういう心境の変化なんだろうか。
首を傾げて野坂を見つめていれば、しばらくして彼は椅子から立ち上がった。
「少し出かけてくるよ」
「野坂さん、どちらに?」
自分もお供します!と西蔭が言えば野坂は首を振った。
「少し確認したいことがあるだけだから。西蔭も梅雨さんも明日に備えてきちんと休息を取るんだよ」
「...はい」
渋々と言った感じで西蔭が頷く。
体を休めることも選手の勤めだもんね。
『分かったけど、野坂も気をつけて行ってらっしゃいね』
ええ、と頷いて野坂はミーティングルームを出ていく。
確かめたい事が。話の流れ的に、会いたい人、好きな人って事だろうけど...。野坂がわざわざ会いに行くってなると...、茜ちゃん?
彼女と話してる時は、普段より朗らかな感じしてるもんなぁ...なるほど。
「...何ニヤついているんですか?」
西蔭に言われて、えっ、と口元を手で隠す。
「野坂さんが居ないからと、なにかよからぬ事でも...」
じろりと睨みつけてきた西蔭にいやいやと手を振る。
『思わぬ子供の成長に喜びを噛み締めてたとこなんだけど』
「はい?」
何言ってんだコイツ?と首を傾げた西蔭の背をポンとひとつ叩く。
『大丈夫。君の時も同じように喜んで上げるからさ』
「どういう意味ですか?」
『そのままの意味よ』
首を傾げたままの西蔭を笑って、部屋に戻るのだった。
情の変化
会いに行ったところで、野坂がどういう情を抱くのかは結果は分からないが、検証しに行くまで心が動いたってのは竹見の功績である。