アレスの天秤編
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買い占めた観客席の最後尾の真ん中で、いつものように椅子の背の部分に腰掛けた野坂に、ただいまと声をかける。
「もうすぐ試合が始まるよ」
うん、と頷いて野坂の隣をひとつ空けて座れば、西蔭はいつものように椅子の後ろに周り控えるように立った。
「影山監督が復帰してからこれまで練習試合は全て非公開。対戦相手はそれ以降調子を崩しています」
「フッ、帝国学園監督影山零治。侮れないよ。汚れた英雄と言ったとこかな」
あんなことをしておいて堂々とサッカー界に戻ってきて影山は何食わぬ顔でベンチに座っている。
『今までやってきた事は正直どうかと思うけど、鬼道や帝国の子達を見てると影山の選手育成能力は凄く高いんだよね』
「底知れない実力を秘める2人の監督。この試合面白くなりそうだね」
もうすぐ始まるかな。フィールドに集まる雷門、帝国の両選手たちの様子を見て、アレと首を傾げる。
『誰だアレ』
ベンチ周りでなにやらスパイクを履き直している帝国学園の選手達の中で、ゴールマウスを蹴っている少年が居るのだが...。見たことがないが1年生だろうか?
長袖のユニフォームを着てることからGKだと言うことは分かるが。
『源田を使わないのか』
まあ源田は3年生で来年には卒業するわけだし後任のキーパーを育てる為に入れるってのはあるのだろうけど...。
『雷門に固執してる影山が手を抜くような事をするか...?』
「確かに今大会、これまで帝国はずっとキーパーは源田幸次郎だったはずですが、ここで急に新しいキーパーの導入とは何か意図があるんでしょうか」
「意味のないような事をする人には思えないけどね」
野坂の言葉に、そうね、と頷く。
その意図が嫌なものじゃないといいけどなぁ、そう思って再びフィールドに目を移せば、新人キーパーの周りに帝国選手が集まりなにやら揉め合いをしている様子で、強化委員として帝国に入った風丸が止めに入っていた。
風丸が佐久間に何か言って、佐久間は渋々といった様子でキャプテンマークを、その新人キーパーに渡していた。
『は?』
もしかしてあの新人がキャプテンマークをよこせとか言って揉めてて、風丸はそっちの味方についたの?
佐久間に取ってそのキャプテンマークは鬼道から受け継いだ大事なものだって分からない風丸じゃないはずだ。
やっぱり影山と接したことで闇堕ちしてんのかな...。風丸メンタルよわよわだからなぁ。
両選手がフィールドに並び、大型モニターにはスターティングメンバーの発表がされる。
『湿川陰』
帝国の新人キーパーすっごい陰湿そうな名前だな。
《雷門中対帝国学園、今キックオフ!》
帝国学園からのキックオフ。
寺門が横にボールをちょんと蹴れば、おっとっととよろけたように見えた。そんな勢いよく蹴ってないのにどうしたことだろうか。
寺門からボールを受け取った、不動。その不動もどこか走りずらそうに、蹴り辛そうにボールを蹴って佐久間にパスを出した。そのボールを受け取ってドリブルする佐久間も転けそうになっている。
この3人だけでない。フィールドで走る帝国の10名が皆、おかしな動きをしている。
《これはどうしたことでしょうか!?帝国学園の動きが鈍い。足に重りでもつけられたようだ!》
実況の通り、動きの鈍い佐久間から雷門の奥入が簡単にボールを奪い取ってしまった。
それをチャンスと思ったのか雷門はどんどんと上がり、奥入から日和にパスが通り、日和から小僧丸へとボールが回った。そしてボールを高く蹴りあげた小僧丸はファイアトルネードを放った。
そして、あろう事か帝国の新キーパー湿川は頭を守るように抱え、ゴールの前でしゃがみ込んだ。
『は...?』
《ゴール!!開始早々雷門が電光石火の先制ゴールだ!!》
なんであんなの起用してるんだ。
しかも、全体的に動きが鈍いのはなんだ。......、直前にスパイク履き直してたな?えっ、例えスパイクだったとしてもわざわざ動きを鈍くする必要あるか。
世宇子中の事があるから、影山ならドーピングぐらいするだろうけど、これは意味がわからない。
試合再開後、ノロノロと走る帝国からボールを再び奪い取って雷門選手たちはどんどん攻め上がる。
FW、MFにつられてかDF陣もどんどん上がっていく。雷門ゴール前にはGKののりかちゃんとDFの服部だけが残っている。
『あ、れ?これ...前の試合で見たな。もしかして影山はわざと雷門に攻めさせてる?』
「どうでしょうね?」
ほぼ全員で上がる雷門中に、帝国側はゴール前で湿川の胸ぐらを万丈が掴んでおり揉めている様子。
しかし、ゴールの真ん前で壁になるように大野と鳴神が並べは、万丈は湿川を突き放してその横に並んだ。
雷門の日和がシュートを蹴れば、湿川はビビったように尻もちを着いて、万丈が顔面で身を呈してゴールを守る。
跳ね返ったボールをすかさず奥入が蹴れば、今度は大野がその大きな身体をボールを弾く。
万作が蹴り、鳴神が守る。道成が蹴れば万丈が、氷浦が蹴れば大野が。雷門からの猛攻を身を呈して守る。
『まるで、逆だな』
「逆、ですか?」
首を傾げた西蔭に、うん、と頷く。
『去年雷門中が最初に帝国と戦った試合。あの時はうちがサンドバッグにされてたのに』
それでもボロボロになっても守りきり点を決めさせないのは、さすが帝国学園と言ったところか。
でもこのままじゃ選手を潰しかねないし、影山はなんであんな無能をGKにしているのか。湿川は未だビビって腰を抜かして自分の頭を守っている。
跳ね返ったボールを何とか洞面が拾うが、それも3人同時に狙われて簡単に奪われてしまう。
なんだか、可哀想だ。
そして、雷門側は雷門側で、俺が決めると躍起になって仲間内でボールの取り合いになっている。
雷門を仲違いさせて潰すという作戦なのだろうか。
『あっ、』
跳ね返ったボールを拾おうと走る風丸の前で稲森がイナビカリダッシュですかさず奪い取ってその勢いで放ったシュートは帝国DF陣の間を綺麗に縫ってゴールへと突き刺さり2対0で前半戦が終了する。
そして、後半戦開始早々帝国の動きが明らかに変わった。まるで重りが取れたかのようだ。
それとは反対に雷門選手たちは足取りが重いように見える。
『前半飛ばしてたからなぁ...』
「雷門はスナミナが切れかかっていますね」
「しかし、冷静さを失った彼らはそれに気づいてない。雷門の持ち味は適応力の高さ。どんな状況にも柔軟に対応できるのが最大の強みだ」
「それを逆手に取ったのが、スパイクでわざとスピードを遅くする作戦というわけですね」
「敵チームの得意分野を殺し調子を崩す。影山監督が帝国学園に戻って持ち込んだ戦略さ。それこそが帝国の対戦チームが続々と調子を崩すカラクリというわけだ」
『でも、それに趙金雲が気づかないかな...?今までの作戦の感じからしてあの監督なら選手が飛ばしすぎないように指示を出してもおかしくないでしょう?』
趙金雲は相も変わらずベンチでスマホを両手持ちしてゲームをしているように見える。
「そうですね。今回も何か策があるのでは」
フィールドを見れば、ちょうど佐久間が口笛を吹きペンギンを呼び出した所だった。佐久間が蹴ったボールにペンギン達がついて飛んでいき、それを寺門と不動が一緒に蹴り飛ばした。
皇帝ペンギン2号。のりかちゃんに何かをさせる間もなく雷門ゴールへと突き刺さった。
『後半開始早々得点か』
「ふふっ、もしピッチャーが投げたスローボールがミットに入る直前に豪速球に変化したらどうなると思う?」
「スピードの変化についていけず...、なるほど」
えっ?その例えで分かった?サッカーなのに野球で例えられてもじゃないか?
まあ、言いたいことは不変的なリズムは取りにくいって事かな。
『さっきまでの帝国の動きに慣れた状態で、ましてや自分たちは気づいていないがスタミナを切らしている状態で、同じように動いても着いては行けないよね』
しかも帝国側は枷が外れて確実に調子を上げていて、完璧な連携とフォーメーションを維持している。
雷門側はそれに翻弄されて、前半戦が攻めの体制だった影響か、攻められているにも関わらず前線を上げすぎている。
雷門中のDFでまともにゴール前にいるのが、服部だけだ。彼だけは前半でもゴール前を守るDFとしての仕事を全うしていた。
疾風ダッシュで風丸が日和を抜き去り、寺門にパスを出す。受け取った寺門はすぐさまシュート体勢に。
放たれた百烈ショットを、のりかちゃんはウズマキ・ザ・ハンドを繰り出し受け止めようとしたが、押し負けボールはゴールへ。
2対2。ついに帝国が追いついた。
センターに戻ったボールは雷門のキックオフで蹴られ試合再開するも速攻で帝国の必殺タクティクス、インペリアルサイクルで雷門ゴールまで運ばれ佐久間のシュートが決まる。
咄嗟の事に雷門側は誰も着いては行けぬまま3点目を取られてしまった。
「一方的な試合になってきましたね」
「フフっ、どうかな?」
なんかこの試合、野坂楽しそうだなぁ。やはり戦術の皇帝と呼ばれるだけあって、巧妙な作戦を使ってくる2人の監督の試合は心打たれるものがあるのだろうか。
まあ、まだ趙金雲の方は真価を発揮してはくれないが。
「まだ雷門にはカードが残っているように見えるけど。あの監督の顔、あれはまだ何か企んでいる顔だ」
『まあ、何もしないまま終わるなんてことはないだろうけど』
フィールドを見れば、ラインを越えたボールを稲森がスローインの為に拾いに出ているところだった。やはりずいぶんとヘトヘトのようだ。
そんな彼らのベンチからやっと立ち上がった趙金雲が頭上で手を鳴らして選手達に何か指揮を執っている。言われるがままに雷門選手たちは試合開始前の正しいポジショニングにつく。
『前線上げすぎてたから、ポジション守れって指示かな』
にしては指示するのが遅すぎる気もするが。
稲森がスローインして、そこから雷門イレブンはパスで繋いでいく。途中で取られ、不動がドリブルで攻め上がっても無理に突っ込まず、見送る。先程までの雷門だったら皆で取りに行ってはずだ。どういうことだろうか。少し動きがおかしい。いやしかし動きは良くなっているのだ。
ドリブルで進む不動のボールを服部がスライディングで蹴り飛ばしそれを拾った稲森はパスで道成に繋いだ。
『もしかして...一定の範囲しか動いていない?』
「選手それぞれの動く範囲を制限してるみたいだね」
無駄な動きを省き、選手を休憩させる。そういう意図かな。
《雷門の選手は何故か一定の範囲内しか動いていない。これはサッカー盤戦法とでも言うのか!?》
『サッカー盤戦法ね』
言い得て妙だね。サッカー盤ってあの横に長い取っ手がついてて押したり回して動かすやつだよね。確かにあれは固定されてるから一定の範囲しか動けない。
そんな戦法にペースを崩された帝国は小僧丸のファイアトルネードを決められてしまう。これで3対3、再び同点になった。
白熱する戦術対決
なんとなく影山と趙金雲の戦術の組み立て方が似てる気がするのは気のせいだろうか。