アレスの天秤編
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ピッピッピーッと試合終了を告げるホイッスルが鳴り響いた。
《勝ったのは王帝月ノ宮中!巧みな戦術により大量得点差をつけての勝利です!》
実況の角馬の声を聞きながら、目の前に転がった相手選手達を見た。
悔しそうする者、涙を流す者、そして痛みを訴える者。
そんな相手選手達に目もくれず、我が王帝月ノ宮の選手達は監督の集合の声に集まる。
「水津!」
『...今、行きます』
現状に目を伏せて踵を返した。
集められた王帝月ノ宮選手一同はそのまま監督の指示に従いバスに乗って王帝月ノ宮の寮に戻りその場で解散、自分の部屋へと帰っていく。
「梅雨さん」
自分も戻ろうと、歩き出して直ぐに野坂に声をかけられ、大きくため息をついて立ち止まった。
『.....なに?ミーティングなら明日にして』
「...。分かりました。資料だけ後で届けますね」
それ以上は何も言わず、互いに別れて部屋に戻った。
スポーツバッグをベッドの上に投げ捨てて、身につけていた王帝月ノ宮のジャージも脱ぎ捨ててバスルームに向かった。
ユニフォームを着たままバスルームに入り、シャワーの水を捻った。
ザァザァと勢いよく流れるシャワーを頭の先から全身に浴びる。
『...何が、大量得点差をつけて勝利だ...』
そりゃあ前半であれだけ相手の身体をボコボコにすれば、大量得点も無失点も余裕でしょうよ。
観客達は戦術の皇帝と呼ばれる野坂が考えた策にハマり相手選手が動けなくなったのだと思っているのだろうが、実際は違う。##RUBY#アレスの天秤#アレスシステム##により弾き出された効率の良い敵戦力の削ぎ方を監督の指示により野坂が指揮を執って行っているに過ぎない。そしてその効率の良い戦力の削ぎ方とは、相手選手の足を積極的に狙い動けなくするというもので...。雷門中に居た時は被害者側として見た光景を今度は加害者側として行なう立場になっている。
『...うっ、』
シャワーで頭を冷やせ。感情的になるな。
見知らぬモブ達相手にこの調子じゃ、知っている子や、同じ雷門イレブンだった子達に当たった時に耐えられるはずがない。このままでは心を壊しかねない。感情を殺せ。
脳腫瘍を患ったままプレイする野坂の負担を減らすのに、この策は1番適している。
相手を早期にダウンさせてしまえば、野坂の手を煩わせずとも残りのメンバーだけで、点を取り彼に無理なプレイをさせる心配もない。
そう、これが1番無理せず着実に勝利へと向かっていく方法だ。これまでの試合でも、試合中だけの消耗で相手校の選手で大怪我をして試合後動けなくなった者は1人としていない。
大丈夫だ。冷静でいれば、##RUBY#アレスの天秤#アレスシステム##の計算通りに動ければ、最小限の被害で済む。酷く傷つける心配はない。大丈夫。
ギュッ、と取手を捻りシャワーを止める。
ぽたぽた、と髪から雫が垂れる。
それをぼんやりと見つめていると、バスルームの外からコンコンと扉を叩く音が聞こえた。
バスルームの扉を開けて、そのまま部屋の入口へと向かう。
部屋の扉を開ければ、西蔭が立っていて、彼は切れ長なその目を大きく見開いた。
『なに』
「え、は?いや、アンタそれ」
どういう状況だ?と混乱した様子の西蔭に、ああ、この格好で出れば驚くか、と納得する。
『ちょっと頭冷やしてただけだから気にしないで』
「頭を冷や...?」
え?とこちらを見てきた西蔭に冷たく何の用、と言えば、彼はあっ、はい、と言って姿勢を正した。
「野坂さんに言われた資料を届けに来たんですが...」
『そう。わざわざありがとう』
チラチラとこちらを伺うように見ながら言う西蔭に対し、資料を受け取ろうと手を出すが、一向に渡してこない。
『西蔭、資料』
「いや、アンタびしょ濡れじゃないですか」
資料が濡れます。そう言われて、あーと濡れたままの指先を見る。
「そもそもなんで全身濡れて...、」
途中で言葉を区切った西蔭は、まさかと言った様子で頭の先からつま先まで見てきた。
「頭冷やすって、水被ってたんですか!」
西蔭が資料を持っていない方の手で二の腕を掴んできた。
「冷たっ。アンタ顔色相当悪いですよ、何分水被ってたんですか」
『え、さあ...?部屋帰ってから直ぐだけど...』
「部屋帰ってって...、野坂さんと別れてからでも20分は経って...!」
ドアを挟んで廊下に出ていた西蔭は部屋に踏み込み、掴んでいた手を二の腕から腕に滑らせそのまま引っ張って部屋の中に進む。
『え、ちょっと』
ずいずいと西蔭に引っ張られ、バスルームに放り込まれ扉が閉められる。
「唇真っ青だし、そのままじゃ風邪ひくからさっさと温かいお湯でシャワー浴びてください」
じゃないとここから出さないといった様子で仁王立ちしてる西蔭の影が扉越しに見える。
『...わかったよ』
そう言って、ビシャビシャに濡れて張り付いたユニフォームを脱いでいく。
まあ、こちらから西蔭の影が見えるのだから、向こう側からも見えているわけで、慌てたように西蔭の影が後ろを向くのが見えて、ふふ、と笑みがこぼれる。
「...笑ってないでさっさと入ってきてください」
『はーい』
衣服を全部脱いで浴室に入り、今度はシャワーのお湯を捻った。
ああやって西蔭も驚いたり怒ったり、照れたりして、完全に感情を失っているわけではない。野坂だって目は死んでるけど笑うし、花咲や岡野はクラスメイトとしてもチームとしても心配してくれるし、谷崎には悪戯心があるし、一矢は王帝月ノ宮一熱い子だし、桜庭と奥野はクールだけど優しいし、実は草加はめっちゃサッカー好きだし、香坂と道端と竹見は先輩先輩と慕ってくれてる。
そんな子供達はこんなことをしてて何も感じていないのだろうか。いや、それこそ耐えられない子ほど心を閉ざし、茜ちゃんのように生き人形になってしまうのかもしれない。
ここの子達はどんな気持ちで居るんだろうな...。似たような事を過去にしてた帝国学園の子や、世宇子中の子なら分かるのかなぁ。
シャワーを止めて、髪の水を軽く絞る。
浴室を出て体を拭いて、それからバスタオルを体に巻き付ける。
バスルームの扉を開けてひょいと半身だけ出す。
あれ、びしょ濡れのまま入口まで行ったせいで床濡れてたはずなんだけど乾いてる。
『もしかして西蔭、床拭いてくれた?』
どこ行った?と部屋の中を見れば、いつも私の部屋でミーティングする時に座ってる席に座っていて、こちらを見たまま西蔭は固まっていた。
『西蔭?』
呼びかければ、はっ!と意識を取り戻したように自身の腕で目の前を隠し出した。
「な、なんでそんな格好で出てくるんですか。服を着てください」
『いや、服全部そっちのタンスにあるし』
「言ってくだされば、入口まで持っていきますんで中に戻って『下着もだよ?』...下...っ、」
珍しく顔を耳まで真っ赤かに染めて西蔭は下を向いた。
それを見て梅雨はくつくつと笑う。
『取ったら戻るからちょっと目瞑ってて』
「...はい」
小さな声で返事して頷いた西蔭は、ぎゅむっと目をつぶった。
随分と初心で可愛らしい。目は死んでるし表情筋も恐らく死んでるけど、やっぱり西蔭は感情的だよね。
かと言ってあんまりからかってても可哀想だから、さっさと服取って着替えるかな。
ひたひたと、素足で部屋を歩いてタンスの前まで行って必要な衣類を取る。
戻る際に、西蔭の前でピタリと足を止める。やっぱりちょっとからかいたいな。
「...もしかして、今前に居ますか」
『うん』
「遊んでないでさっさと着替えてください!風邪引きますよ!」
強い口調でそう言われたので致し方なく、へーい、と返事をしてバスルームに戻っていく。
しかし遊ばれてる自覚があるの面白いな。
バスルームに戻って、服を着て肩にタオルを掛けて再び部屋に戻ると西蔭はまだ目を瞑ったままで、面白いのでそっと足音を立てずに近寄って、つんつんと頬をつつけばビクリと肩を揺らした。
『着替え終わったよ』
「...本当ですか」
目を瞑ったまま疑わしそうに西蔭は聞いてきた。信用なくて笑うんだが。
『ほんとほんと』
そう言えば、西蔭は恐る恐る目を開けて、ホッと息をついた。
「資料は机の上に置いたんで」
『うん。あと濡れた床も吹いてくれたんでしょ?ありがとね』
「いえ、勝手に椅子にかかってたタオル使いましたけど」
『ああ、いいよいいよ。で、なんで律儀に待ってたの』
「アンタがまた水浴びないようにですよ」
『ああ、そっか』
そう言えば西蔭は大きく、はあ、とため息をつきながら立ち上がった。
『大丈夫。今度はちゃんとお湯被ってきたからね』
「なんで水被ってたのか知りませんけど、馬鹿なんですか?風邪をひきますよ」
『いや馬鹿は風邪ひかんよ』
「屁理屈ですよ」
西蔭は私の首にかかっていたタオルを取って頭に乗せて力強くわしゃわしゃとした。
「髪もちゃんと乾かしてください」
『ちょっと、犬じゃないんだから、』
わしゃわしゃとされるがままにしていたら、気が済んたのか頭からするりと肩にタオルを移される。
『もう...ボサボサじゃんか』
「ふ、似合ってますよ」
『お。喧嘩売ってんのか?』
「それだけ元気ならもう大丈夫ですね」
何がよ、とは言い返さなかった。
西蔭側から水被ってた理由も聞いてこないし、何となく察してくれたのだろうか。
「じゃあ、俺はもう戻ります」
そう言って部屋の出口に向かった西蔭は、あ、と足を止めた。
「明日の雷門対御影専農戦は観に行かれますか?」
『うん』
「わかりました。野坂さんに伝えておきます」
そう言って失礼しましたと出て行った。
雨晴
結局、翌日風邪をひいて1人寮で留守番した