アレスの天秤編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
試合が終わり観客達が客席を後にするのを見て、私達もそろそろ帰ろうかと席を立つ。
「西蔭、彼らを連れて先に帰ってて」
野坂の指した彼らというのは、護衛の為に連れてこられた二軍の子達。試合中もずっと立って警備に当たってくれてたので、ストーカーの話が嘘なのが申し訳ない。
「野坂さんは?」
「僕は水津さんを病院に連れていかなきゃ」
そう言われて、今日は検診の日だったか?と頭の中のスケジュール帳を確認するが、違う気がする。
「ならば、自分もお供します」
「いや、いいからキミは他の子達を連れて帰って」
「しかし、何が起こるかわかりませんし」
「大丈夫だよ」
食い下がる西蔭に突き放すように言った野坂を見て、どうにも野坂は私とだけ話したい事があるようだと察する。
『西蔭ってば、野坂のお願い断るの?』
野坂のアシストをすればいいのか、と思いそう言えば西蔭は、えっ、と驚愕の顔でこちらを見た。
『西蔭だから他の子達を寮まで引率するの安心して任せれるのにね、困ったね野坂』
そう話を振れば野坂は、ええと頷いた。
「西蔭が引き受けてくれないんじゃどうしようか、一旦僕らも寮まで帰って...」
話に乗ってきた野坂を見て、西蔭が俺が!と声を上げた。
「俺が、全員寮まで送り届けます。野坂さんのお手を煩わすまでもないです」
「そう?じゃあお願いするね」
はい!と力強く頷いた西蔭は、帰るぞと2軍の子達を集めて回る。
『...ちょろいなー』
「ふふ、扱いやすくて助かるよね」
それではお先に失礼しますと頭を下げて、二軍の子を率いて帰る西蔭に手を振りながら、大丈夫かなこの子と少し心配になる。
『それで...、なんのお話かな?』
完全に西蔭達が見えなくなってから野坂に訊ねる。
「ああ、実は...」
真剣な顔をして野坂が口を開く。
まさか...彼自身の前回の検診の結果が良くなかったんじゃ...。
「入院してる女性にはどんなお見舞いが適切かな?」
『は...?』
「女性の好みはよく分からないから梅雨さんに聞こうと思って」
淡々と話を続ける野坂に、深読みしすぎた自分に、はあ、とため息を吐く。
にしてもお見舞いか。
『好みは人それぞれだから何とも言えないけど、入院患者ならそうだね...』
野坂と話し合った結果、花を贈ろうと言うことで花屋さんでブーケを作ってもらい、病院へと向かう。
一緒に着いてきてしまったんだけどいいのだろうか。そう思いつつ、目当ての病室へと的確に向かっていく野坂の後ろをついて行く。
「ここだよ」
そう言って野坂は病室の扉を開いた。
どうやら個室のようだ。ここがイナズマイレブンの世界ということもありなんとなく豪炎寺の妹の夕香ちゃんや剣城京介の兄、優一の事が頭に過ぎり嫌な予感がする。
「茜ちゃん」
病室に入り花束を後ろに隠すようにして野坂が声をかけると、ベットに上半身だけ起こしていたおさげの少女がこちらを見た。
野坂の後ろから控えめに会釈をすれば、少女は表情を動かす事もなくただぼうっとこちらを見つめた。
「お見舞いに来たよ」
そう言ってズカズカと病室内に野坂は入っていく。
この少女の虚ろ目の感じ。とてもよく見るな。まるで王帝月ノ宮の...。
「あれ、これどうしたの?茜ちゃんクマなんてもう好きじゃないのにね」
少女のベットの傍に寄った野坂は棚に置いてあったクマのぬいぐるみを軽く持ち上げて見た。
「こっちでしょ」
そう言って、後ろ手に隠していた花束を差し出すが、少女はまるで人形のように動かない。
それをみて野坂は嗚呼、と呟いた。
「大丈夫だよ。この人は梅雨さん。僕の協力者だ」
野坂がそう言えば、少女は恐る恐ると言った様子で私の方へ首を向けて、ぺこりと頭を下げて、野坂の方に向き直し差し出された花束を受け取って笑った。
『えっと?』
どういうことだろうか。
「梅雨さん」
こっち、と野坂に手招きされるがまま近くに寄る。
「彼女は宮野茜さん。アレスの天秤の被害者だ」
手に持ったクマを棚に置きながら野坂が少女の紹介をしてくれる。
さっきの虚ろな、人形のような彼女を見ればやっぱり、といったところなのだが...。如何せん野坂がわざとらしく言った、大丈夫と、協力者。そこから虚ろだった彼女が反応を示しあまつさえ笑った。
『どういうことだか、説明してくれる?』
そう言えば、もちろんと野坂は頷いた。
『はーーー...』
なるほどね。この子、茜ちゃんはアレスの天秤の教育プログラムを受けて、感情を失くし人形のようになり、他人の介助なしでは動けない状態になった、と。以前、野坂から聞いたアレスの天秤の欠陥の部分がこれか。
で、介助なしで動けないはずの彼女が現に動いているのは、彼女の決死のリハビリのおかげであるのだが、野坂の計画の為に普段は治っていないフリをしていると...。
『とんでもないことさせてんね...』
いや、脳腫瘍抱えたままサッカーやってる野坂だもんな。他人にもそのくらいのこと強いるか。
被害者からの証言ほど強い証拠はないが...、
『一介の少女に強いるには結構酷だよこれ』
親を騙して、要介助者のフリをしてるんでしょ。せっかく感情を取り戻したのに罪悪感で精神病みそうだな。
「分かってますよ。だからこそ僕は失敗できない。そのために念には念を重ねています」
念には念、と言うのが脳腫瘍の件って事か。
『あー...もう!』
話すのに並んでベットに腰掛けている、野坂と茜ちゃんをまとめてギュッと抱きしめる。
『2人ともまだ中学生なのに』
聞けば茜ちゃんは中学1年生だそうだ。野坂だってまだ中2だし、こんな子供達が大人の悪事を暴くために、身を呈している。このイナズマイレブンの世界が子供に厳しいのは知ってたけれど。本当にえげつないなこの世界。
『...私も出来るだけの事はするよ』
ぽんぽんと2人の頭を撫でる。
「梅雨さん、花が潰れてしまうよ」
『あ、』
困ったように言った野坂の言葉に、慌てて2人を腕から離す。
『茜ちゃんごめんね。お花潰れてない?』
彼女が抱いたままの花束を見れば、茜ちゃんはくす、と笑った。
「大丈夫です」
『そう、良かった...。また潰しちゃいけないから飾ろうか。花瓶あるかな?』
「はい、そこに」
茜ちゃんが指さした棚に花瓶が置いてあり、それを持ち上げる。
『お花生けてくるね』
花束を茜ちゃんから受け取って、室内の洗面所に向かう。
「そうだ、今日試合を見に行ったんだけどね」
そんな風に野坂が話を切り出すの聞いて洗面所の扉を閉めた。
被験者達の密会
また来るね、そう言って手を振れば茜ちゃんは少しだけ口元に笑みを浮かべた後、スッと顔から表情を消したのだった。