アレスの天秤編
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「...本当に超次元ですね」
ざっくりと、説明すれば流石の野坂も驚いたようだった。
隣で喋ってる1学年上の先輩が本当はアラサーで別世界から来て14歳になっているなんて、超次元だろうね。
『冗談、とか言わないんだね』
「貴女はこういう時にそういう事を言うタイプではないでしょう」
『おや、まあ』
そう、思われてるのか。悪い気はしないね。
「つまるところ僕らに接触してきたアレは水津さんをこの世界に連れてきた元凶って事でいいんですよね」
『恐らくね。なんで連れてきたかとかを私が王帝月ノ宮で優勝したら教えてくれるって話だったんだけどなぁ...。正直なところ、あのタクティクスを使ってまで優勝して得たいほどの情報ではないね』
ただ、元の世界に帰る方法までアイツが知っているだろう、というのが少しネックだが。
「貴女は...」
隣に座った野坂がじっと見つめてきた。なんだ?と首を傾げる。
「僕が自分を犠牲にしようとしたら批難したのに、貴女も結局僕と同じじゃないですか」
『いや君とは違うでしょう。君のは自分の命で、私のはただの情報だよ』
「一緒ですよ。自分の事は諦めてる。そうでしょう」
この子はもう。ああ言えばこう言う。それに、
『諦めるなよ。野坂はまだ13歳だろう。君が犠牲になる必要はないだろう』
「いいえ。貴女が僕の立場なら、きっと同じようにするでしょう。貴女も、他人を犠牲にする気はないから」
そう言われてしまえば黙る他なかった。この子の口には敵わないな。本当に13歳か?私と同じように若返ってたりしない?
「それに水津さん。分かっているでしょう。サッカーを辞めるという選択は、またアイツがきて今度はその足を折っていくはずですよ」
『...っ、そうだね』
「何が情報だけだ。貴女だって、自分の身を犠牲にするつもりじゃないか。あの時、嫌だって言っていたのに」
そう。嫌だ。サッカーが、フリスタが出来なくなるのは私にとっては死と同義だ。
『私は、良いんだよ。だって足が動かなくなるのもサッカー出来なくなるのも始めてじゃないから。2回目だから、きっと大丈夫。君の人生は1回だけでしょ』
「2回目...。前の世界で、ですか」
『そう。大会前の練習のし過ぎでオーバーワーク。アクロバット失敗して頭から落ちて脳震盪。挙句麻痺が残って左足がほとんど動かなくなった』
その時は、相当絶望した。生きる意味を失った。
まあそんな入院生活の時に、同じ病院内の小児科に入院してた男の子がやってたゲームでイナズマイレブンを知ったわけなんだけど...。
『だから私はいいんだよ。元の生活に戻るだけ』
「けど、本心ではボールが蹴れなくなるのは嫌だと言っていたじゃないですか」
『じゃあ、君の本心は?』
目を見て聞けば、彼の生気のない瞳が揺らいだような気がした。
そっと彼の頬に右手を伸ばす。
『さっきは自分の事は諦めてる、そう言ったよね。他の子を犠牲にしたくない、これは君の本心。でも本当に自分を犠牲にしていいの?』
頬に触れていた手をこめかみから頭にかけてずらす。
『次のフットボールフロンティア開催から決勝戦まであと何ヶ月かかると思ってるの?脳震盪も手術が遅かったら命が助かっても私のように麻痺が残って動けなくなるかもしれない。そもそも、命も助からないかもしれない』
若いから侵攻度が早いはずだし、何よりアレスの天秤のせいならプログラムを受け続けている限り侵攻は止まない。
「リスクが高いことも理解してます」
『そうじゃないよ。怖くないのかって話』
彼の目をじっと見れば、またその瞳が揺れた。
『私は君がどんな幼少期を過ごしてきたのか、王帝月ノ宮のキャプテンを任され、どんな重圧を抱えてどんな思いで生きてきたかなんて知らない。私の知る野坂悠馬は13歳のただの子供だよ』
「、」
野坂の頭を肩口に抱き寄せてその後頭部を撫でる。
『弱音も吐いていいし、わがままだって言っていいんだよ』
「僕は...」
そう言って野坂は、私にされるがまま固まっている。
「......分からない」
『うん?』
「こういう時、どうしたらいいか分からない」
そうか。ネグレクトを受けていたと言っていたなぁ。どのくらいの程度のものか分からないが、小さい頃から親に甘えることもできなかったんだろうなぁ。そして親に捨てられた事により、キャプテンとして自分が求められる事が彼の存在意義になってしまったのかもなぁ。
『思ったことをそのまま口に出してしまえばいい。感情的になって怒っても泣いてもいいよ』
「、不安がないかと言えば嘘になります」
可愛くない言い回しだが、きっとこれが野坂なりの本音の伝え方なのだろう。
『そっか』
「でも、僕はここで折れる訳にはいかない」
はあ。どうにもこの石頭に手術を受けさせる事は難しいようだ。
『分かったよ。それだけ君の意志が硬いってことは。そこまで言うんだったら、フットボールフロンティア優勝しよう』
「水津さんサッカー部辞めるんじゃ」
『辞めないよ。足折られるのヤダし。それに、どこぞのバカがその身体で無茶しないように見張る人間がいるでしょ』
「バカは酷いな」
『バカだよバカ。途中敗退してみろ。即病院送りにしてやるからね』
そう言えば野坂は私の背中に腕を回して肩口に顔を填め、ふふ、と声を漏らした。
「水津さんは優しいなあ」
『君が自分に厳しすぎるんだよ』
ぽす、とその頭に手を置いた。
(西蔭視点)
検査室に行ったっきり、同じ部屋に入院になった野坂さんが病室から帰って来なくて、コールで呼んだ看護師に聞けば、とうに検査を終えて出ていったらしい。そして先程水津、さんの部屋にいるのを見た、とそう言ってナースはなんだか分からないが微笑みを浮かべていた。
しかし何故、指示も守らないし辞めると言い出すし、何より俺達を病院送りにしたあの侵入者と知り合いの、あんな女の所に野坂さんがいるのか。いや、野坂さんの事だから、恐らくあの侵入者の事を聞いているに違いない。
そう思い真隣のその病室のドアをノックしてみるが返事はない。
「俺です、西蔭です。入りますよ」
そう言って、そっと扉を開けて驚いた。
そこには、野坂さんと水津さんが隣合って座ったまま、野坂さんが彼女の胸元に頭を埋めている形ですやすやと寝息を立てていて、水津さんはその身体が倒れないように野坂さんの肩を持って支えたまま、瞳を閉じていて眠っているようだ。
まるで母と子のようだ。あの看護師はこれを見たことを思い出して微笑みを浮かべていたのだろうか。
薄らと見える表情は、安堵の表情で、誰かの側で眠るこんなこの人を見たのは初めてだ。
なんでこんなことになってるんだ。わけが分からない。とりあえず野坂さんを起こそう。
「野坂さ、」
声をかけようとして、止めた。
野坂さんを抱いていた水津さんの片手が、彼女の口元まで動いて、唇に人差し指が触れた。
静かに、のポーズだった。
俺を見て静かに目を細め、口元に弧を描く。それだけの仕草が妙に色っぽくてドキリとした。
『もう少しだけ寝かせてあげて』
聞こえるか聞こえないかくらいの音量で発せられたその言葉に、静かに頷く。きっと野坂さんはおつかれなんだろう。
『西蔭、怪我は大丈夫?アイツ容赦なくやってたから...』
「問題ない。おい、」
なるべく小声になるように注意を払う。
「アンタ、あの侵入者とどういう関係だ」
そういえば、困ったように眉を下げた。
『関係は特にないと言いたいんだけど...。アイツ、ストーカーなんだよね...』
ストーカー...。
「なるほど」
水津さんの見た目なら変なやつが湧きそうなのは確かだ。
水津さんを見れば、先程まで俺の方を見ていた顔を下げていて、野坂さんを抱えた腕が、肩がプルプルと震えていた。
俺を仕留めたあの速度、異常だった。医者の話では、足や頭を強い力で握られた後があると言っていたしあの後そのストーカーから酷いことをされたのかもしれない。
「すみません...。思い出したくない事を思い出させてしまって」
『ン″っ...』
水津さんは、喉を鳴らして、手で顔を覆った。
肩はプルプルと震えたままでいて、きっと恐怖を蘇らしてしまったのだろうと焦る。
「あ、あの...」
きっとここに居たら余計なことを言ってしまうだろう。
「野坂さんの事、お願いします」
失礼します。と頭を下げて、病室を出た。
ホントウソ
「いつまで笑っているんですか」
西蔭の去った病室で野坂が言った。
『ふふ。野坂、起きてたの。だって西蔭が、なるほど、って』
「信じるの早かったですね」
『もう、なんか面白いくらいに君の考えた嘘にハマってたね』
あれがストーカーなんて嘘は野坂が思いついたものだ。
「僕らは嘘つきの共犯者だ。これからよろしくお願いしますね」
『そうだね、よろしくね』
私たちはこれから3つの嘘をつき続ける。
1つは、今の神代ストーカー説。
1つは、野坂の脳腫瘍の事。
1つは、自分達の本音に。