アレスの天秤編
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ぼんやりとした頭が起動する。
重い瞼をゆっくりと開けば視界が霞んでいて、もう一度静かに目を閉じた。
ふと、誰かが喋っている声が聞こえてくる。
聞いた事のない男性の声と、もうひとつは...野坂の声だ。
「ここに小さいが影が出来ているのが分かるかい」
「脳腫瘍というやつですか」
「ああ。まだ陽性か悪性か分からないが、出来れば早めに嫡出したほうがいい」
男の言葉に野坂は沈黙した。
男の方は医師だろうか。脳腫瘍って誰が...。
もう一度瞼を上げ、ぱちぱちと二度まばたきを繰り返した。
クリアになった視界で見えたのはしろい天井で、少し頭を動かせば自分が白い板の上にいることがわかった。
背中に若干のクッション性があるが、板っぽいこれは恐らく診察台のようなものだろうか。
もう一度頭を動かして見る。頭上に見えたのドーナツ状の、真ん中に穴の空いた大きな丸い機械。ああ、これMRIの機械だ。前に入ったことがある。
これは検査が終わった所なんだろうか。
あれ?待って、MRI検査が終わってて、医師が脳腫瘍の話してる??それってまさか私が?
三度頭を動かして、今度は声のする方に向けば、MRIの画像を貼ったテーブルの前に医師の野坂が座っているようだった。
「...、脳腫瘍はどのくらいまでなら放って置いても大丈夫ですか?」
「何を言っているんだい!できる限り早く嫡出するべきだ」
「それは分かりますが、これはチャンスなんです。この腫瘍はアレスの天秤の危険性を世に示す事のできる唯一の希望だ。先生も御堂院のあのやり方はおかしいと言っていたではないですか」
普段、淡々と喋る野坂にしてはとても熱弁だった。
「僕はこの腫瘍を育てて、証明してみせます」
「君の命がかかっているんだぞ」
「わかっています」
脳腫瘍は私ではなくて、野坂の事なのか。
『なんで、』
思わず声に出していた。
ぎり、音を立てて回転式の椅子がこちらを向いた。
「水津さん」
「目が覚めたようだね」
医師が立ち上がって近づいてきた。
起き上がっていいのか悩んでいれば、起き上がって大丈夫だよ、と言われゆっくりと身体を起こす。
「強い力で頭と足を掴まれていたようだが、MRIの結果異常はなかったよ」
検査着から覗く足を見て思い出す。
そうだアイツが現れて、足を折ろうとしてきたはずだ。
『足、折れてないんですか』
「ああ、問題なく歩けるよ。ただ足の方は少しアザになってしまっているけど...」
結局あいつは脅すだけ脅して折っていかなかったのか。何がしたかったのか。
脳の方も異常なしって...やっぱり、脳腫瘍の話は野坂自身の事なのか。
「1日様子見で、今日は用意した病室で休んでもらうことになっているから、今案内の看護師を『あの、』
途中で口を挟めば医師は、はい?と首を傾げた。
『さっきの話、野坂の事なんですか?』
「聞いていたんですか」
そう聞いてきたのは医師でなく野坂自身。
うん、と頷けば、彼は変わらぬ表情でそうですか、と言った。
医師は何も言わない。個人情報だし、勝手には言えないわな。ただその表情は困ったように野坂を見ていたので、彼に脳腫瘍があることは間違いないだろう。
『脳腫瘍、取らないの』
「はい」
『早くに取れば後遺症とかもないですよね?』
医師に聞くように声をかければ、ああ、と頷いた。
「私は野坂くんの将来を考えるなら早期摘出を勧めたい」
「摘出はしません」
「この通りでね」
医師はやれやれと肩を竦めた。
「本人許可が降りないと手術も出来ないし、参ったよ」
『未成年なんだし、親御さんの許可が得れれば出来るのでは』
そう言えば、医師は困ったように眉をひそめた。
「僕は幼少期に、まあ、所謂ネグレクトですね、育児放棄されて英才子供センターという児童施設に預けられたんです。それ以降、親とは会ってません」
『は...?』
「僕は親に捨てられた。そういう訳で、許可を得るも何も連絡がつかないんです」
淡々と野坂は言ったが、とんでもない内容じゃないか?初期の鬼道有人や基山ヒロト及びエイリア学園の子みたいな子だとは何となく思っていたけど、なんなの、捨て子?木暮夕弥の要素に、病気?一之瀬一哉の要素って設定盛りすぎだわ。
「さ、この話は終わりです。水津さんの病室は僕の隣です。帰るついでなので案内しますよ」
そう言って、野坂に背中を押されて歩かされる。
「待ちなさい野坂くん。まだ話は」
「先程充分な理由を説明してます。無論、定期検診は受けに来ますから安心してください」
それじゃあ、失礼します。と野坂は私をずいずいと押して検査室を出ていく。
歩くから押すのやめてと言えば野坂は助かりますと返してきた。いや君が勝手に押してるんだからね。
『なんで、手術受けないの』
道案内に先を歩く野坂の背中に投げかける。
「聞いていたんじゃないんですか」
『聞いてたよ。アレスの天秤の危険性を示すためにでしょう。君はアレスの天秤を信じてるんじゃなかったの』
だから、グリッドオメガなんて酷いタクティクス使えるんじゃないのか。
「僕は英才子供センターで同じような境遇の子を沢山見ました。この##RUBY#アレスの天秤#アレスシステム##で教育を受ければ高レベルの能力によって余裕を持った生活を送り、家庭にも時間が与えられるようになり、僕は自分たちの様な不幸な子が出ることはないと思っていました。アレスの天秤を広めて世界を変える、それが僕の目的だ」
けれど、と野坂は続ける。
「アレスの天秤には欠陥があった。プログラムを受けたものの中には、感情を失う者や、僕のように脳腫瘍の出来た者もいる。御堂院はそういったものをいままで情報操作や圧力で揉み消している」
精神と身体能力の向上になんのリスクもないなんて、そんな訳なかったということか。アレスの天秤は完全にエイリア石と同種と考えて良さそうだな。
「王帝月ノ宮がフットボールフロンティアで優勝し、アレスの天秤を世間に知らしめ注目を集めた中、アレスクラスターの中に脳腫瘍を患っている者がいるとする」
『アレスの天秤の有用性を広めると共に、御堂院の悪行を暴こうっての』
「そういうことです。着きましたよ」
野坂が足を止めて、扉を開ける。
扉の横には私の名の書かれたネームプレートが貼ってある。
『病院生活か...』
いや、まあたった1日だけど。
部屋に踏み込むと、野坂も一緒に入ってきて扉を閉めた。
「水津さんに聞きたいことがあります」
『...、そうだろうね』
よいしょ、とベッドの上に腰を降ろして、隣に座りなと横をポンポンと叩けば、失礼しますと野坂は大人しく座った。
『野坂もMRI受けたって事はアイツ、君にも何かしたんでしょう』
「気絶した水津さんを豪速球で投げつけてきましたよ」
ヒエッ、なんつうことしてくれてんのアイツ。
「まあ、おかげでこうして脳腫瘍があることがわかりましたけど」
『いや、わかりましたけどじゃないんだよ』
病気が見つかってラッキーみたいなこと言わないで欲しい。
「あの人は何なんですか?保護者だと言ってましたが」
『知らない。勝手にこの世界での私の保護者を名乗ってるみたいだけど』
「この世界...?」
首を傾げる野坂を見て、ああ、と思い出す。
『ごめんごめん。君と喋ってると鬼道と喋ってる気分になるから、すっかり説明した気でいたわ』
「鬼道さんですか、あの天才ゲームメイカーと言われる」
そうその鬼道さんだ。
『とりあえず今から超次元な話するけどいい?』
そう聞けば、野坂はコクリと頷いた。
我が身の話
野坂になら話してもいいだろうという謎の安心感はやはり鬼道に似てるからだろうか。