アレスの天秤編
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タンカーに乗せられて傘美野の子達が救急車に乗せられていくのをただ呆然と見送る事しか出来なくて、気がついたら王帝月ノ宮中へと戻っていた。
恐らく帰りのバスには花咲と岡野が引っ張って乗せてってくれたのだろうけど、あまり記憶にない。
バスを降りてすぐ解散になり、皆ぞろぞろと寮へ帰っていく中、1人、足を動かす事が出来なかった。
「水津さん、」
傍に野坂が来て、その後ろにはいつものように西蔭がいる。
「顔色が悪い。今日は早く休んでください」
今までだったらきっと、心配してくれてありがとうと返していただろう。淡々と感情のない言葉は今の私の胸には染みなかった。
「さ、水津さん」
おそらく行きましょうと声をかけようとした野坂の前に、西蔭が半歩踏み出した。
「アンタ、なんであの時止まった」
そう言った西蔭の声は、少し怒りを含んでいるような声だった。
あの時というのは恐らくグリッドオメガの発動時だろう。
「西蔭、」
咎めるような声で野坂が彼の名を呼ぶが、西蔭はそのままキッと私を睨んだ。
「いくら強化委員でアレスの天秤で定められたからって、指示通りに動けないならチームには不要だ」
ああ、やっぱり。グリッドオメガの発動後誰一人と動揺していなかったのは、みんなああなる事を知っていたからなんだね。
『どうして、教えてくれなかったんだ』
そう聞けば、野坂は大きくため息をついた。
「言えば、貴女はグリッドオメガに参加しないでしょう」
『当然でしょう!!あんな、ただ、相手選手を傷付けるだけのタクティクスなんか!!』
感情的になり、思わず野坂の胸ぐらを掴んで引き寄せる。
「お前っ!」
西蔭が引き剥がそうと手を伸ばしたのを、野坂が片手を突き出し制した。
『あの子達が二度とサッカー出来なくなったらどうするつもりなの!』
「アレスの天秤が弾き出した試合に円滑に素早く勝つ為の最良のタクティクスです。確かに使った後の試合で相手選手はしばらく動けないでしょうが、きちんと計算されていて二度とサッカーが出来なくなる程の怪我を負わす心配はありません」
胸ぐらを掴まれたまま、野坂は淡々とそう言った。
『そんなの、絶対に大丈夫とは言えないじゃない』
「アレスの天秤は絶対だ。そのために僕がいる」
『何を...』
何を言っているんだこの子は。
相手に怪我を負わせて、強制的に試合を終わらせる事が正しいとでも?そんな事を提示してくるアレスの天秤はおかしいよ。
彼の胸ぐらから手を離す。
『おかしい、よ。こんな酷いサッカーしないといけないなんて。こんなサッカーなら私は...』
私がこの世界に来た理由を知るには、王帝月ノ宮で優勝しないといけない。けど、他の子達をあんなふうに傷付けてまで、知らなきゃいけないことでは無い。
『王帝月ノ宮サッカー部を』
「辞める、なんて言わないよね、梅雨」
野坂のものでも西蔭のものでもないその声に振り返ればいつの間にか、私と同じ青っぽい黒髪のアメジストの色の目をした中性的な人物が立っていた。
そして、この喋り方を私は知っている。神代とかいうアイツだ。
「誰だアンタ。ここは関係者以外立ち入り禁止だ」
西蔭がそういえば、神代はクスッと笑った。
「うるさいなぁ。黙っててよ」
そう言って神代は、一瞬のうちに西蔭の頭を掴んで、地に叩きつけた。
『西蔭っ!?』
「大丈夫。気を失わせただけだから」
そう言って、叩きつけられた衝撃で意識の飛んだ西蔭を神代は適当に転がした。
「水津さん、お知り合い、ですか」
神代の異質さに気づいたのか、じり、と距離を置くように野坂が後ろに下がる。
『残念ながら、ね』
「酷いなぁ僕は君の保護者なのに」
確かに、雷門の転入手続きなどの保護者は神代になっていた。
「保護者...」
『優勝するまで会いに来ないんじゃなかったの』
「そう。その予定だったのに、君が辞めるなんて言おうとするから。君にこのチャンスの場を与えるのにどれだけ俺が頑張ったのか分かってないみたいだから」
ニコニコと顔は笑っているが、言葉の端々から伝わる感情は怒っているようだった。
「辞めるならもう、その足はいらないよね」
いつの間にか神代は私の前にしゃがんで両足を、両手で掴んでぐっと力を入れた。
『いっ、』
「大丈夫、元の世界の時と同じで、歩けない程にはしないよ。ただ、二度とボールは蹴れないけどね」
くつくつ、と笑って神代は手に力を込める。足を引いて逃げたいけれど物凄い力で掴まれていて動かすことが出来ない。
痛い、イタイ。ポロポロと涙が溢れる。
『い、嫌だ...また、蹴れなくなるなんて、...』
「ああ、そうだ、アレは確か脳震盪からの麻痺もあってそうなったんだよね。じゃあ頭もやらないと」
そう言って神代は急に立ち上がってガっと頭を掴んだ。
あまりの素早い行動の恐怖に、ぷつり、と意識が切れて、梅雨の手も足も宙ぶらりんになる。
それを見てニタリと神代が口角を上げた瞬間だった。
「待ってください」
そう、野坂が言った。
「貴方の目的は、王帝月ノ宮で水津さんを優勝させる事なんですか」
神代は梅雨の頭を掴んだまま、野坂の方に顔を向けた。
「そうだよ。なのにこの子は私の期待を裏切った。やる気がないなら要らないだろう?」
「なら、彼女に再びやる気を与えて、僕が優勝に導きます。だから、手を離してください」
神代に対し堂々とそう言った野坂を見て、神代は楽しそうに笑った。
「そうかそうか。君は主人公だなぁ。いいよいいよ。気に入った。あたしもせっかくの苦労を水の泡にしたくないし、この子にもう一度チャンスをやろう」
そう言って神代は、野坂に向かって梅雨をぶん投げた。しかも超速球で。
野坂がキャッチしたというよりもぶつかったそれは人間1人分の質量×スピードを持った威力で、彼の身体を巻き込んで後ろの壁に叩きつけられた。
「ぐ、」
壁から、ぐったりと、ずるりと梅雨を抱えた野坂の身体が落ちた。
「うっ、あ、」
野坂は、打ちどころが悪かったのか、片手で頭を押さえた。
それを見て神代はまた、くつくつ、と笑った。
「楽しみだなぁ」
全て神代の
お気に召すまま
しばらくして警備員がその惨状を発見し慌てて救急車を呼んだ。