アレスの天秤編
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野坂さんに先に行っててと言われ、水津さんと2人で彼女の部屋に向かった。
どうぞ、と通された部屋は俺達と全く同じ構造の部屋で、綺麗に片付けられている。
女子の部屋にこんなあっさり入っていいものだったのだろうか。
同じ構造の部屋のはずだが、なんとなくいい香りがする、気がする。入寮してそんなに経っていないから、新居の香りが残っているのだろうか。
『とりあえず...そこの椅子座ってなよ』
入口で突っ立ったままの俺に水津さんは、部屋にひとつだけ用意されている椅子を指さした。
言われるがままに椅子に座ってみれば、水津さんは備え付けのミニ冷蔵庫を開けていた。
『お茶とかコーヒーとか出せれば良かったんだけど、申し訳ない。ミネラルウォーターとスポーツウォーターしかないわ。どっちがいい?』
寮で食事の制限があるのだから、そういったものがないのは仕方がないのに、わざわざ謝る必要はないのではないのだろうか。
「お気になさらず」
『でも、部活で汗もかいたし喉も渇いたでしょう。水分補給は大事だよ』
そう言って、ミネラルウォーターとスポーツウォーターのボトルをひとつずつ計2本のペットボトルを渡され持たされる。
『好きな方選びな。もう一本は野坂にね』
そう言って水津さんは、自分の分のスポーツウォーターを取って、ミニ冷蔵庫の扉をパタンと閉めた。
野坂さんはどちらがいいだろうか...。
よっこいしょとオッサンみたいな掛け声を上げて水津さんは自分のベッドに腰掛けて、ペットボトルのキャップを外した。
フットボールフロンティアという少年サッカーの大会で優勝した学校から強化委員として来た彼女は、すんなりと王帝月ノ宮サッカー部に受け入れられていた。野坂さんは最初は強化委員という者がアレスクラスターに良くない影響を及ぼす事も危惧していたようだが、彼女は意外にも
野坂さんも彼女を危険視するのはやめて、すっかり強化委員として彼女を丁重に扱っているため、俺もそのように振舞ってはいるが...。
ぼんやりと、ごくごくと勢いよくスポーツウォーターを飲んでいる姿を見ていれば、水津さんはピタリと動きを止めて、ペットボトルから口を離した。
『あの、そんなに見られると穴が空くかな』
「ああ...すみません」
そう言って、手に持った2本のペットボトルに視線を移す。
水津さんは基本的に真面目で、明るいとはまた少し違うが外向的である。サッカーのプレイスタイルは、フリースタイラー、自由な姿と言うだけあって飛んだり跳ねたり、座ったり、うちの選手には居ないタイプである。
だが、選手として起用するには、やはり元マネージャーであったり、女子であることもあって体力面が劣る。
そんな彼女をリベロに起用すると計算を弾き出したAIの考えは分からないが、アレスの天秤がそちらに傾いたのならそうなる他ないのだ。
数分の沈黙が続き、コンコンというノックの音がそれを破った。
水津さんは、はい、と返事をしてベッドから立ち上がって、扉に向かった。
野坂さんが入ってくるので俺も椅子から立ち上がっておく。
水津さんは、俺にした時と同じように、どうぞ、と言って野坂さんを部屋に入れた。
「許可下りましたよ」
『流石』
その言葉に俺も頷く。
他の生徒だったら下りなかっただろうが、流石野坂さん、教師陣からの信頼も厚い。
『じゃあ、早速見よう』
そう言って、水津さんは俺の側まできてデスクの上に置かれたノートパソコンに手を伸ばした。
どうぞ、と先程まで座っていた椅子を少し押せば、『ああ、ありがとう』と言ってそこに座りPCの電源を付けた。
「西蔭それどうしたの」
そう言って野坂さんが俺の手に持ったペットボトルを指さす。
「これは野坂さんと分けるようにと水津さんから頂きました。野坂さん、どちらがいいですか?」
「そう。水津さん、いいんですか?」
どうぞ、そう言いながら水津さんはデスクトップ画面から検索フォームに飛んで、カタカタと素早いタイピングでイナチューブの文字を入力していく。
「じゃあ、僕はミネラルウォーター貰おうかな」
「はい、野坂さん」
野坂さんにミネラルウォーターのペットボトルを渡し、俺は残ったスポーツウォーターのキャップを空けて飲んだ。
水津さんはイナチューブのトップページからマイページをクリックした。
投稿動画と書かれたその下にひとつの動画のサムネイルが表示されている。
「雷門中優勝祝い...」
サムネイルの上に表示されていたタイトルを読む。
「これがその動画ですか?」
『ええ。再生するね』
そう言って、サムネイルをクリックし開いた動画の真ん中の三角形を押した。
まず最初に映っているのはグラウンドだった。
《それでは参りましょう。本日のメーンイベント。雷門サッカー部のフットボールフロンティア優勝祝いに、フリースタイルフットボールを見せてくれるのはこの女、水津梅雨~!!》
そんなナレーションと共に音楽が鳴り始め、歓声が聴こえる。
そして、画面の中央に水津さんが現れて、フリースタイルフットボールのショーが始まった。
王帝月ノ宮で勝負した時とは違う、実に楽しげな表情を浮かべ水津さんはボールをまるで身体の1部のように自在に操っている。
そんな姿に魅入っている間に今日も終焉に近づいて、最大の盛り上がりを見せる。
ラスト、ボールを真上に蹴り上げた水津さんはバク宙をして、そしてそこから蒼く光るボールを叩きつけるように蹴り落とした。
パチパチパチと凄まじい拍手の音が鳴って動画が終わった。
「なるほど...。御堂院はこれを見たのか...」
そう言って野坂さんは考えるように、顎に手を置いた。
『うわ、知らん間にまた再生数伸びてる...』
一、十、百、千、万...20万再生...?普段こういったものを見ないので詳しくは分からないが閲覧が多い方なのだろう。
水津さんは画面を下の方に動かし、コメント欄を読み出した。
日本語で、凄い!や雷門ってあのフットボールフロンティア優勝校の?とか、はたまた、水津さんに対して可愛いなどとのコメントがついている中結構な数、英語や、ロシア語、その他の言語のコメントも付いている。
「外国の方も見ているんですね」
『ねー。バルセロナオーブのクラリオにもこれを見たって言われてびっくりしたわ』
「スペイン代表の」
『そう。親善試合の時に、選手として戦えると思ってたって言われてね。女子選手も次回のフットボールフロンティアからOKになったのは、その時に日本は遅れているって言われたのがあってね。サッカー協会が規定を変えたんだよ』
そんなことがあったのか。
それでマネージャーだった、水津さんも選手入というわけか。
「海外の選手も一目置いた、この動画。特にあの最後の技...。水津さん、もう一度最後の所再生してください」
了解と、水津さんは動画の画面に戻して、シークバーを動かす。
『この辺かな』
ぽち、と再生ボタンをクリックする。
途中から動画が流れ出す、ボールを上に上げ、バク宙。そして叩きつけるようなキック。
「水津さん、これもう少し大きい画面に出来ますか?」
『うん。もう一度途中から流すね』
「はい」
真剣な顔で野坂さんは、動画を見つめる。流れる動画を見てうん、うんと唸っている。
「よし。わかりました。これを必殺技にしましょう」
『おー』
水津さんは、必殺技かぁ、等と他人事のように呟いた。
「ピンとこないですか?」
『んー、いや必殺技になるならこれだろうなと思ったから動画見せたんだけど、そっか、私が必殺技か...』
「プログラム通りに練習をやれば使えるようになりますよ」
『...そうかねぇ』
疑心という言葉が当てはまる気がした。水津さんはぼんやりと、もう一度再生した動画を見ている。
リフティングなど得意な事は揚々と、苦手な練習は意気込んでやる姿しか見たことがなかったので、自信がなさそうな姿は初めて見た。
「大丈夫ですよ。僕と西蔭で特訓のサポートに付きますから」
...さりげなく巻き込まれた。
『ホント!?』
水津さんはPCを見ていた顔をこちらに向けてパッと輝かした。随分と嬉しそうな顔に、野坂さんは真顔でええ。と頷いた。
「チームを強くする為ですから」
『そうか。よろしく頼むね』
嬉しそうに笑う彼女に、俺も野坂さんも淡々と頷いた。
仲間意識などではない
目的に利用できるというだけの。
きっと彼女は気づいていない。