フットボールフロンティア編
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鏡の前に座り、自身の髪をブラシでといてから後ろに纏めてシュシュでとめてショートポニテを作っていると、下の階から、あう!というヨネさんの大きな声と、どさりと何か重たいものが落ちる音が聞こえて、何事かと慌てて部屋を出て、共有スペースに向かう。
『ヨネさん!?』
そこには大きなダンボールの上に被さるようになり、いたた、と腰に手を当ててるヨネさんが居た。
『大丈夫!?』
「アイタタ...梅雨ちゃん...ごめんよ、オバサンちょっと腰をやっちゃったみたいでね...」
『動ける?』
「ちょっと、無理だねぇ」
ぎっくり腰だろうか。
救急車は大袈裟かな...、タクシーかな。スマホを取り出して、タクシー会社に連絡して1台お願いする。
『ヨネさん、今タクシー呼んだから病院まで行こう』
1番近くは稲妻総合病院だ。総合病院だし整形外科もあるはず。
『手を貸すからゆっくり玄関まで行こう』
悪いね、というヨネさんに、ううんと首を振る。
困った時はお互い様である。
学校があるから付き添いはいいよ、とヨネさんに断られ、タクシーに乗っていくその姿を見送って、学校までの時間がやばいと慌てて私も家を出た。
お昼休みに夏未ちゃんに招待された理事長室のソファーにゆったりと背を預けてスマホを開けば、メールが一通来ていた。
それはヨネさんからで、そのまま入院になったから申し訳ないが、自分の部屋から着替え等一式持ってきて貰えないだろうか、と言うものだった。
いいですよ、と返事を送って、向かいで作業をしている夏未ちゃんに声をかける。
『夏未ちゃーん。今日の監視出来なくなった』
「どういうことかしら?何か急用?」
『うん、うちの大家さんが今朝ぎっくり腰してね、病院に送ってきたんだけどどうにも入院になったらしくて、着替えとか持って行ってあげることになったから』
「まあ。入院なんて相当悪かったのかしら...。そういう事なら仕方ないわ。そっちを優先なさい」
『ありがとう』
理不尽に勝手に監視員にしたわりにはそういう所融通が効くのね。
「今日は一緒に観に行こうと思ってたのに...」
夏未ちゃんがボソッと呟いたのが聞き取れず首を傾げた。なんだろうか?まあ、いいや。
『秋ちゃんにも伝えてくるわ』
「ええ、わかったわ」
失礼しました。と言いながら理事長室の扉を閉めて2年の教室へ向かう。
『木野秋ちゃん居ますかー?』
そう言って教室を覗けば、ちょうど中に半田が居た。
「水津じゃん珍しい。マネージャーならさっき1年の新聞部の子に呼ばれて行ったぜ」
『そうなの』
あー、恐らく春奈ちゃんがマネージャーになりたいって話かなぁ。
『言付けお願いしてもいい?』
「おう」
『今日諸事情で練習観に行けないから手伝いもできなくなったって伝えておいて』
「わかった」
それじゃあ、よろしくね、と自身の教室に戻っていく梅雨を見て半田は思った。
「なんだかんだ水津もすっかりサッカー部だよな」
正式入部してないものの、監視員と言いつつ毎日来てるし、木野が大変そうだからとマネージャー業も手伝ってるし、走り込みも壁山達後方組に合わせて一緒に走ってるし、1年生達とパス連なんかもやってるし。
今も律儀に休みの連絡してくるし。もう正式に入っちまえばいいのになぁ。
学校帰りに百均により吸い飲みとメラミンカップを買ってから木枯らし荘に帰った。
自分の荷物を置いて、私服に着替えてヨネさんの部屋に向かう。朝方のあの騒動のまま入院なので鍵も掛かって居ないので、お邪魔しますとだけ声をかけて中に入る。
勝手にクローゼットを開けさせてもらって、その中にあったバッグに必要そうな着替えを幾つかと、先程買った吸い飲みとカップを詰めて、木枯らし荘を出た。
稲妻総合病院は学校のすぐ側なので、先程通った道を再び戻っていった。
整形外科のある階層にエレベーターで進んで、すぐの受け付けで部屋を教えてもらう。
表に秋風ヨネの名があるのを確認して、病室に入り手前のカーテンをそっと捲る。
『ヨネさん来たよ』
「ああ、梅雨ちゃんありが、アイタタ...!」
『起き上がっちゃダメだよ。入院なんて相当悪いんでしょう?』
起き上がろうとしたヨネさんをそのままベッドに寝かせる。
『荷物はここに置くね。服とかタオルとか適当に持ってきた。あとコップも買ってきたよ。これね。それと起き上がれないくらい酷いならこっちのがいいかと思って一応吸い飲みもあるよ』
「悪いねぇ。助かるよ」
『ヨネさん、食事制限とかは別にないよね?』
「ええ。腰を痛めてるだけだからねぇ」
じゃあ、大丈夫かと立ち上がる。
『ずっと病室だと、暇だろうからテレビカード買ってくるよ。あと雑誌とか適当に』
「え、いいのかい」
『いいよいいよ』
「じゃあ、お金を...」
そう言ってベッドテーブルの上にあるお財布を取ろうと起き上がろうしたヨネさんを、こらっ!と怒ってベッドに戻す。
なるほど、入院になったのはヨネさんが無理して動こうとするからだな。
『お金はいいよ。お見舞金だと思って』
「そうかい...、子供から貰うなんてなんだか気が引けるねぇ」
気にしない気にしないとヨネさんに声をかけて病室を出て、1階の購買へ向かった。
テレビを見るためのテレビカードを複数枚と、女性向け雑誌を2冊と、同じところに並んでいた小説を1冊、それからイヤホンと小腹がすいた時ように、お菓子と飲み物も買って、もう一度整形外科に向かおうと、エレベーター前で待機する。
チンという音と共にエレベーターの扉が開かれて、乗っていた人が先に降りてくる。
『あっ、』
「あ、お前...」
降りてきた中に居た、白髪の少年が同じように降りてすぐに固まった。
乗ろうと私と同じようエレベーターを待っていたオジサンがチッと舌打ちしたのが聞こえて、慌てて彼の腕を引いて、エレベーター前から避けてすみませんと頭を下げる。
そうしているうちにエレベーターは扉を閉じて上に登って行ってしまった。
しくった。コレに乗るんだったのに。
「乗るんじゃなかったのか」
『いや、そうだったんだけどね』
乗れなかったのは君が目の前に現れたせいだよ、豪炎寺修也くん!!!
「......」
なんで無言なんだよ、喋れよ。
豪炎寺は学校から直に来たのだろうか制服姿のままだった。
「どこか悪いのか?」
『え?』
何が?どういうこと??
「いや、今日は河川敷に居ないと思ったら病院に居るから」
ん?河川敷...????
『ああっ!サッカー部の!』
コクリと豪炎寺が頷く。
って事はもしかして染岡の必殺技が出て、豪炎寺が俺やるよって言ったのが今日あったって事か!!!
順調に話は進んでるな。よかったよかった。
「怪我をしてるのか?こないだの試合も変な走り方をしていた」
え、と思わず驚愕する。
『どんな風に?』
「足を引きずる、というか変に庇うような、そんな感じだ」
ああ、と思わず頭を抱える。
『昔の怪我の...』
なるほど、向こうの世界での癖がそのまま出てるのか。これ気をつけないとこれで筋を痛めたり、骨盤歪んだりするなぁ...。
「昔?」
『ああ、うん、昔ね怪我した時の癖かも。この身体はピンピンしてるから飛んだり跳ねたり平気だし忘れてたわ』
なるほどと豪炎寺は頷いた。
『そういう君こそ怪我?木戸川のエースだった子がサッカー部入んないなんてそういう事でしょう?』
なんて聞いてみたものの、本当はそうじゃないのを知っている。木戸川の名をわざわざ出したのはちょっとした意地悪である。
「...円堂から聞いてないのか」
『ん?』
何のことと、とぼけてみる。恐らく数日前に円堂が豪炎寺のことを尾行して彼の秘密を知ったこと、なんだろうけれど。
「怪我ではない。ここには...、妹の見舞いで来ている。...ついてきてくれ」
そう言って豪炎寺に案内された、病室に、失礼しますとお邪魔する。
そこには一つだけベッドが置いてあって、その上にまだ幼い少女が眠っていた。
「妹の夕香だ。お前、前年のフットボールフロンティアに詳しいみたいだし、知っているんじゃないか」
うん、知っているよ。
「木戸川清修が敗退した試合」
『君が出なかった試合だ』
いつの間にか豪炎寺は学ランの下からペンダントを取り出してサッカーシューズの形をしたチャームをぎゅっと握っていた。
「...ああ」
苦虫を噛み潰したような顔をした彼の頭をぽんぽんと撫でる。
『出られなかったんだね。妹さんに何かあって』
「...事故だった。俺の試合を見にスタジアムに行く途中だったんだ。あれから夕香は目を覚まさない。俺が、サッカーさえしていなければ、こんな事には...」
そんなことない、とは言いきれない。確かに、試合を見に行かなければ事故に合わなかったかもしれないが...。
「それで、夕香が目覚めるまでサッカーはやらないと誓ったんだ」
『それで、この子が喜ぶの?妹さんは君の試合を応援しようとしてくれてたんでしょう?』
「今日、雷門にも言われたよ。サッカーをしなければ妹への償いになるのか、と」
あの帝国戦の後、夏未ちゃんは夏未ちゃんでちゃんと調べあげたんだなあ。私は豪炎寺についての情報は元木戸川清修のエースだったとしか教えてないし、夏未ちゃんの情報収集能力はすごい。
『それで、君の答えは?』
「やることにした。きっと夕香ならかっこいいシュートを打たなきゃダメだと言うはずだからな」
『そっか。そりゃあ、夕香ちゃんが思わずお兄ちゃんかっこいい!って飛び起きるぐらいのシュート決めなきゃね』
ああ、と豪炎寺は静かに、力強く頷いた。
稲妻総合病院にて
炎が灯る。