DQ3 夜明けの果てに君と
ピラミッドの外へ出た六人は、ジゼルの案内で西側へと向かっていた。
朝の光が砂漠を照らし、巨大な石造りの建造物の壁に長い影を落としている。夜の冷たさは少しずつ薄れ、砂の上を吹き抜ける風にも、わずかな温かさが戻り始めていた。
「地下へ続く階段は、この先だ。」
ジゼルがピラミッドの外壁に沿って歩きながら告げた。
建物の西側には、周囲の砂に半ば埋もれるようにして石造りの階段が口を開けていた。入口の両脇には古びた柱が立ち、奥へ続く階段は暗闇の中へと沈んでいる。
「ここが地下への入口か」
シオンが階段を覗き込む。
「ああ。この先については、まだほとんど分かっていない」
ジゼルは表情を引き締めた。
「地下は、いまだに未踏の領域だ。内部の構造も、どこまで続いているのかも把握できていない……」
「まだ気は抜けねえってことか」
シオンは短く息を吐き、腰の短剣に手を添えた。
「ああ。何が待ち受けているか分からない。全員、十分に警戒して進もう」
アレルが仲間たちを見回す。
彼の右手は、まだ完全には回復していなかった。指を動かすことはできても、強く握り込もうとすると痺れが走る。剣を振るうには、まだ不安が残っていた。
それでも、アレルは仲間たちの前で弱音を吐くことなく、左手で剣の位置を確かめた。
「無理はしないでね、アレル」
隣にいたカエデが、小さな声で言う。
「ああ。分かっている」
アレルは彼女に目を向け、穏やかに答えた。
そのやり取りを見ていたシオンが、わずかに口元を緩める。
「じゃあ、行くぞ。足元にも気をつけろよ」
ジゼルを先頭に、六人は地下へと続く階段を下り始めた。
隊列は、先頭にジゼルとシオン。その後ろにアレルとカエデが続き、最後尾にはライザとフレミアが並ぶ。
階段を一段下りるごとに、地上の光が遠ざかっていく。
外から吹き込んでいた風の音も、次第に小さくなった。
やがて、階段の先に石造りの通路が現れる。
壁には古い傷跡がいくつも残り、床には細かな砂が積もっていた。ところどころに設置された松明は、長い間手入れされていないのか、弱々しい炎を揺らしている。
「ここが地下かー……」
カエデは周囲を見回した。
地上のピラミッドとは違い、装飾らしいものはほとんどない。壁も床も無骨な石で造られており、どこか閉塞感のある空間だった。
「まだ先があるようだな」
シオンが前方を確かめる。
「ええ。私もここから先へ進んだことはありません」
ジゼルは槍を構え直した。
「何があってもおかしくない。慎重に進みましょう」
六人は再び歩き始めた。
*
地下の通路を進んでいくと、やがて前方からかすかな物音が聞こえてきた。
ずるり。
ずるり。
何かを引きずるような音が、壁に反響している。
ジゼルが片手を上げた。
「止まって」
全員が足を止める。
「……魔物か?」
シオンが短剣を抜いた。
通路の奥、松明の明かりが届かない場所で、いくつもの影がゆっくりと動いている。
やがて、その姿が明らかになった。
全身に包帯を巻きつけたミイラ男。
腐敗した身体を引きずるように歩くマミー。
そして、その背後には、黒い影のようなものが壁に張りついていた。
「あやしいかげ……!」
カエデが小さく声を漏らす。
「魔物がいるのか」
アレルが剣の柄に手を伸ばす。
しかし、痺れの残る右手では、まともに握ることができない。
指先に力を込めても、柄がわずかに滑る。
「くっ……」
アレルは悔しそうに手を見つめた。
「アレル、まだ無理するな」
シオンが横目で彼を見る。
「分かっている。だが……」
そのとき、後方でフレミアが杖を構えた。
「だったら、私がまとめて吹き飛ばしてあげるわ!」
フレミアは杖を掲げ、魔力を集中させる。
「イオ!」
しかし、何も起こらなかった。
杖の先に光が集まることも、周囲の空気が揺らぐこともない。
「……え?」
フレミアはもう一度、杖を構え直した。
「イオ!」
やはり、呪文は発動しない。
「嘘でしょ……!?」
彼女の表情が一変した。
「どうして!? 呪文が使えない!」
「何だと?」
ライザが振り返る。
「もう一度試してみろ!」
「分かってるわよ!」
フレミアは何度か呪文を唱えようとした。
しかし、魔力は集まらず、杖はただ静かに彼女の手の中にあるだけだった。
カエデはその様子を見て、一瞬だけ表情を強張らせた。
やっぱり。
地下では呪文が使えない。
ゲームで知っていたことだった。
けれど、ここは未踏の領域だ。まだ誰も戻ってきていない場所について、最初から知っているように振る舞うわけにはいかない。
カエデは驚いたように周囲を見回しながら、すぐに声を張り上げた。
「っ!地下では呪文が使えないんだ!」
「そんな……!」
フレミアが悔しそうに杖を握る。
「ライザ、フレミアちゃんをお願い!」
カエデはすぐにライザへ声をかけた。
「分かった!」
ライザは大剣を構え、フレミアの前に立つ。
「今は俺の後ろにいろ。無理に呪文を使おうとするな」
「分かってるわよ。でも、魔法が使えないなんて……!」
フレミアは唇を噛み、悔しそうに杖を握り直した。
アレルも剣を握ろうとしたが、右手の痺れが強く、柄をしっかりと掴めない。
普段なら迷わず前に出るところだった。
しかし、今はそれができない。
「アレル、後ろにいろ。ここは俺たちで何とかする」
シオンが短剣を構えたまま言う。
「……ああ。頼む」
アレルは悔しさを押し殺し、カエデの近くへ下がった。
まともに戦えるのは、ジゼル、シオン、カエデ、ライザの四人。
六人全員が普段どおりの力を発揮できる状況ではなかった。
「来るぞ!」
ジゼルの声と同時に、ミイラ男たちが一斉に動き出した。
先頭の一体が両腕を伸ばし、ジゼルへと襲いかかる。
ジゼルは半歩横へ移動して攻撃をかわすと、槍を大きく振り抜いた。
「はあっ!」
鋭い槍の柄がミイラ男の身体を横から捉える。
続けて、もう一度大きくなぎ払う。
複数のミイラ男がまとめて打ち倒され、石床の上へ転がった。
「カエデ!」
ジゼルの声に、カエデはすぐに反応する。
「うん!」
風のブーメランを握り、倒れた魔物たちへ向けて投げ放った。
ブーメランは風をまといながら弧を描き、床に倒れていたミイラ男たちを次々と切り裂いていく。
包帯が舞い、魔物たちの身体が大きく揺れた。
やがて、ミイラ男たちは力を失い、その場に崩れ落ちた。
「良い援護だ、カエデ!」
ジゼルが声をかける。
「ありがとう、ジゼルさん!」
カエデは戻ってきたブーメランを受け止めた。
しかし、その直後だった。
「カエデ!! 後ろだ!」
ジゼルの叫びが通路に響く。
カエデが振り返るよりも早く、別のミイラ男が背後から迫っていた。
両腕を大きく広げ、カエデの肩を掴もうとしている。
「えっ……!」
カエデの身体が硬直する。
ジゼルは槍を構え直し、助けようと駆け出した。
だが、その動きよりも早く、一人の影がカエデの横を通り抜けた。
「させるか……!」
アレルだった。
剣を握れない右手をかばいながらも、踏み込んだ勢いをそのまま脚へと伝える。
鋭い蹴りがミイラ男の胴体に叩き込まれた。
魔物は大きく吹き飛び、石壁へと激突する。
「カエデ! 大丈夫か!」
アレルはすぐに彼女へ向き直った。
「う、うん! ありがとう、アレル!」
カエデは驚いた顔で彼を見つめた。
「無事ならいい。後ろにも気をつけるんだ」
「あっ、うん!」
アレルは右手をかばうように身体の横へ下ろした。
剣を使えなくても、カエデを守るためにできることはある。
その思いだけは、少しも揺らいでいなかった。
「おい、まだ来るぞ!」
シオンの声が飛ぶ。
壁に張りついていたあやしいかげが、音もなく床へ滑り降りていた。
黒い影は松明の光が届かない場所へ移動し、壁と床の境目に溶け込むように姿を消す。
「どこに行った……?」
シオンは短剣を構え、周囲を見回した。
次の瞬間、背後の壁から黒い影が飛び出す。
「そこか!」
シオンは素早く身をひねった。
影の攻撃をかわし、すれ違いざまに短剣を振るう。しかし、あやしいかげは床を滑るように移動し、刃を避けてしまった。
「ちょこまかと……!」
ジゼルも槍を構え、影の動きを追う。
「無理に追うな。明かりのある場所へ誘い込む!」
ジゼルは通路の中央へ移動した。
松明の光が届く範囲に立ち、槍を横に構える。
あやしいかげはしばらく暗闇の中を移動していたが、やがて獲物を狙うように床を滑り、ジゼルへと飛びかかった。
「今だ!」
ジゼルの槍が鋭く伸びる。
穂先が影を捉え、魔物の動きが止まった。
「シオン!」
「分かってる!」
シオンはすぐに踏み込み、短剣を振り抜いた。
刃があやしいかげを切り裂き、黒い身体が床へと散るように崩れ落ちる。
一方、残ったマミーたちはライザへと向かっていた。
ライザはフレミアを背にかばいながら、大剣を横に構える。
「来るなら来い!」
迫ってきた一体の攻撃を大剣の腹で受け止め、力任せに押し返す。
もう一体が横から腕を伸ばしてくる。
ライザは身体をひねってかわし、そのまま大剣を振り下ろした。
重い刃が魔物の身体を捉え、マミーは床へと崩れ落ちた。
「ライザ、右!」
フレミアが叫ぶ。
残る一体が、ライザの死角から迫っていた。
「分かっている!」
ライザは振り返りざまに剣を振るう。
魔物の腕を弾き、そのまま横薙ぎに切り払った。
マミーの身体が大きく揺れ、壁際へと倒れ込む。
しばらくして、通路から魔物の気配が消えた。
「……終わったか」
シオンが短剣を下ろす。
ジゼルは周囲を確認し、槍を構えたまま最後の影が動かないことを確かめた。
「どうやら、片づいたようだな」
ライザも大剣を下ろし、フレミアの方を振り返る。
「怪我はないか?」
「私は大丈夫よ。でも、まさか本当に呪文が使えなくなるなんて……」
フレミアは杖を見つめ、悔しそうに息を吐いた。
「今は仕方がない。無理をするな」
「分かってるわよ」
フレミアは不満そうに答えながらも、ライザの後ろから離れようとはしなかった。
アレルは自分の右手を見つめていた。
先ほどカエデを助けるために蹴りを放ったものの、剣を握れない状態は変わっていない。
「……すまない。俺が剣を使えれば、もっと早く片づけられた」
アレルが静かに口を開く。
「何言ってんだ」
シオンが彼の肩を軽く叩いた。
「さっきカエデを助けたのはお前だろ。剣が使えなくても、できることはある」
「シオン……」
「それに、俺たちだって普段どおり戦えたわけじゃない。全員で補い合えばいいんだよ」
ジゼルも頷いた。
「カエデとの連携は見事だった。私も助けられた」
「うん。ジゼルさんが敵を転ばせてくれたから、ブーメランを当てられたんだよ」
カエデが笑顔で答える。
ライザはフレミアを一度振り返った。
「俺たちも何とかなった。今は無事に進むことを考えよう」
「……そうね」
フレミアはようやく杖を下ろした。
「ここでは、私も別の方法を考えなきゃいけないみたいね」
そう言って、彼女は自分の道具袋を確かめた。
魔法が使えなくても、できることはある。
それぞれがそう考え始めたところだった。
*
再び通路を進み始めた六人は、しばらくして足を止めた。
遠くから、かすかな声が聞こえてきたのだ。
「……誰か……」
弱々しい声だった。
壁の向こうから聞こえてくるようにも、通路の奥から響いてくるようにも感じられる。
「……助けて……」
その声を聞いたジゼルの表情が変わった。
「今の声は……!」
彼女は槍を握り直し、声のする方向へ走り出す。
「待って!」
カエデたちもすぐに後を追った。
通路の先には、少し広い部屋があった。
壁際には古い木箱がいくつか置かれ、床には長い間積もった砂が広がっている。
その隅に、一人の女性が座り込んでいた。
服は汚れ、髪も乱れている。顔色は悪く、頬はやつれていたが、こちらに気づくとゆっくりと顔を上げた。
「……ああ……」
女性の目に、かすかな光が戻る。
「助けに……来てくれたの……?」
「もう大丈夫です。私たちはあなたを助けに来ました」
ジゼルが女性のそばへ膝をついた。
「怪我はありませんか?」
「私は……大丈夫。でも、あの人が……」
女性は震える手で、部屋の奥を指さした。
そこには、壁にもたれかかるようにして座っている人物がいた。
イシスの兵士らしき服装をしている。
「まさか……!」
ジゼルはすぐに立ち上がり、その人物のもとへ駆け寄った。
「おい! しっかりしろ!」
肩に手を添え、身体を支える。
しかし、返事はなかった。
顔は青白く、身体にはすでに力がない。
ジゼルはそっと首元に手を当てた。
しばらくして、その手が静かに離れる。
「……もう、こと切れている」
その声は、ひどく小さかった。
アレルとカエデも、兵士のそばへ近づいた。
彼の手は膝の上に置かれ、指先にはわずかに力が残っているようにも見えた。
そのすぐ隣に、一枚の紙切れが落ちていた。
シオンが拾い上げる。
「……何か書いてあるぞ」
紙は古びており、端には折り目がついていた。
シオンはそこに書かれた文字を読み、ジゼルへ差し出す。
ジゼルは受け取ると、紙面に目を落とした。
そこには、短い言葉が残されていた。
――女王様、ジゼル兵士長、どうかご無事で。
「……」
ジゼルは何も言わなかった。
ただ、その文字を見つめ続けている。
自分たちが事件の真相を突き止めるために動いていた間も、部下たちはここで助けを待っていた。
最後まで女王と自分の身を案じながら、帰ることのできないまま命を落とした者もいる。
紙を持つジゼルの手が、わずかに震えていた。
「……ジゼルさん」
カエデが心配そうに声をかける。
しかし、ジゼルはすぐには顔を上げなかった。
そのとき、シオンがそっと彼女の肩を叩いた。
「行こう。まだ生きている人がいる」
ジゼルの手が止まる。
「……ああ」
彼女は短く答え、メモを大切にしまうと、ゆっくり立ち上がった。
シオンは部屋の隅にいる女性へ視線を向ける。
「ライザとフレミアは、あの女性のそばにいてくれ。俺たちは奥を調べる」
「分かった」
ライザが頷き、女性のそばへ移動した。
フレミアもすぐに駆け寄り、道具袋から薬草と聖水を取り出す。
「少し失礼するわね。まずは身体の状態を確認するから」
女性の腕に触れ、傷の有無を確かめる。
薬草を使って手当てを始め、聖水を少しずつ口元へ運んだ。
「ゆっくり飲んで。急がなくていいから」
「ありがとう……」
女性はかすれた声で礼を言った。
「お礼は元気になってからでいいわ。今は休んでいて」
フレミアはそう言って、女性の肩に上着を掛けた。
ライザはそのそばに立ち、周囲を警戒する。
「ここは俺たちに任せろ。必ず無事に外へ連れていく」
ジゼルは二人に頷いた。
「頼んだぞ」
そして、アレル、カエデ、シオン、ジゼルの四人は、さらに奥へと進んでいった。
*
地下の通路は、進むにつれて少しずつ広くなっていった。
壁に並ぶ松明の数も減り、足元を照らす明かりは次第に弱くなる。
時折、どこか遠くから人の声のようなものが聞こえた。
しかし、近づこうとすると途切れてしまう。
「……本当に、この奥に人がいるのか?」
シオンが周囲を警戒しながら尋ねる。
「先ほどの女性が、ここまでたどり着いていた。なら、まだ他にも捕らわれている人がいるはずだ」
アレルが答える。
ジゼルは前方を見据えたまま、槍を握り直した。
「兵士たちも、ここにいる可能性が高い。必ず見つけ出す」
カエデは二人の後ろ姿を見つめながら、歩みを進めた。
どれほど進んだだろう。
やがて、通路の突き当たりに大きな扉が現れた。
左右に開く重厚な石の扉だった。
表面には古い模様が刻まれ、中央には大きな取っ手が取り付けられている。
「ここが最奥か……」
シオンが扉を見上げた。
「中に何があるか分からない。警戒して開けよう」
ジゼルが槍を構える。
アレルとシオンが扉の左右に立ち、力を込めて押した。
ゴゴゴ……。
重い石が擦れる音が響き、扉がゆっくりと開いていく。
その先に広がっていたのは、広々とした石造りの部屋だった。
天井は高く、壁際にはいくつもの松明が並んでいる。
そして、部屋の中央には――。
「……何だ、あれ」
シオンが目を細めた。
そこには、巨大な棺が置かれていた。
普通の人間が入るにはあまりにも大きい。石造りの台座の上に据えられ、表面には奇妙な紋様が刻まれている。
そのときだった。
「誰か来たのか!?」
棺の中から、声が聞こえた。
「助けてくれ! こちら側からは開けられない!」
四人は顔を見合わせた。
「中に人がいる!」
カエデが駆け寄る。
ジゼルもすぐに棺へ近づいた。
「全員で開けるぞ!」
アレルが声をかける。
四人はそれぞれ棺の四隅に回り、蓋に手をかけた。
アレルは左手を中心に力を込める。右手はまだ痺れが残っていたが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。
「せーの……!」
シオンの掛け声に合わせ、四人が一斉に力を込める。
しかし、蓋はびくともしない。
「くっ……! 思ったより重いな!」
「もう一度だ!」
ジゼルが歯を食いしばる。
四人は足を踏ん張り、再び蓋を押し上げた。
わずかに石が動いた。
「動いたぞ!」
アレルが声を上げる。
「そのまま押せ!」
シオンの声に合わせ、四人はさらに力を込めた。
重い蓋が少しずつずれ、やがて大きな音を立てて横へ滑り落ちた。
中から、何人もの人々が顔を覗かせる。
「……外だ!」
「助かった……!」
棺の中には、アッサラームやイシスで姿を消した住民たち、旅人、そしてイシスの兵士たちが閉じ込められていた。
長い間閉じ込められていたのだろう。
顔色の悪い者、身体を起こすことさえ難しい者、互いに肩を支え合う者。
それぞれの表情には、安堵、恐怖、困惑、そして助けが来たことへの感謝が入り混じっていた。
「本当に……助かったのか?」
「もう、外へ出られるんだな……?」
「ありがとうございます……!」
あちこちから声が上がる。
その中で、イシスの兵士たちはジゼルの姿を見つけると、驚いたように目を見開いた。
「兵士長!」
「ジゼル兵士長、ご無事だったのですね!」
兵士たちはふらつく身体を支え合いながら、彼女のもとへ駆け寄ってきた。
「申し訳ありません……! 我々は事件の真相を突き止めることもできず、こんな場所に閉じ込められて……!」
「何を謝る必要がある」
ジゼルは兵士たちの肩に腕を回した。
「お前たちが生きていてくれただけで十分だ」
「兵士長……!」
兵士たちの顔が、安堵に崩れる。
ジゼルもまた、彼らの肩をしっかりと抱き寄せていた。
その姿を見て、アレルとカエデはようやく胸を撫で下ろした。
「よかったね、アレル……」
カエデが小さく言う。
「ああ。本当に間に合ってよかった」
アレルも静かに頷いた。
「みんな、まだここにいたんだね。助けられてよかった……」
「そうだな。だが、まだ安心するのは早い。全員を外へ連れ出すまでが俺たちの仕事だ」
「うん!」
カエデは顔を上げ、棺の中にいる人々を見回した。
一方、シオンはすでに動いていた。
棺から出てきた人々の中には、足を負傷している者や、自力で立ち上がれない者もいる。
「怪我をしている奴はいるか? 歩けないなら無理をするな」
シオンは一人の男性の腕を肩に回し、ゆっくりと身体を支えた。
「すまない……」
「謝るな。外へ出るまでは、こっちで支える」
別の負傷者にも目を向け、状態を確かめる。
「こんなところ、早く出よう」
シオンが一同に声をかけた。
「ここに長居する理由はない。まだ魔物が出るかもしれないからな」
「そうだね!」
カエデは大きく頷いた。
「動ける人は、私のところに集まってください!」
カエデの声に、人々が少しずつ集まり始める。
「一人で歩くのが不安な人は、近くの人と一緒になってください。二人か三人で手をつないで、列になりましょう!」
戸惑いながらも、人々は互いの手を取り合う。
カエデは先頭に立つアレルの隣へ移動した。
「アレル、先頭をお願い」
「ああ。道は俺が確認する」
アレルは左手で剣の柄に触れ、周囲を見回した。
右手の痺れはまだ残っている。それでも、先頭に立って人々を導くことはできる。
カエデは列の先頭に集まった人々へ、もう一度声をかけた。
「焦らなくて大丈夫です。隣の人の手を離さないでくださいね。ゆっくり進みましょう」
こうして、脱出のための隊列が整えられた。
先頭にアレルとカエデ。
その後ろに、失踪していた住民や旅人たち。
列の中央後方にはシオンとジゼルが並び、さらにその後ろに負傷者たちが続く。
最後尾には、イシスの兵士たちがついた。
「全員、準備はいいか?」
アレルが振り返る。
何人もの人々が不安そうに頷いた。
「行こう。必ず外へ出る」
その言葉を合図に、一行は来た道を戻り始めた。
*
地下の通路を進む一行の足取りは、決して速くはなかった。
長い間閉じ込められていた人々の身体は弱っており、少し歩くだけでも息を切らす者がいる。
そのため、アレルとカエデは何度も立ち止まり、列の様子を確かめながら進んでいた。
「大丈夫ですか? もう少しですよ」
カエデは隣を歩く女性に声をかけた。
「ありがとう……。あなたたちが来てくれなかったら、どうなっていたか……」
「もう大丈夫です。みんなで一緒に帰りましょう」
カエデは笑顔で答えた。
その後ろでは、シオンが負傷者の一人を支えながら歩いている。
「足元に気をつけろ。段差があるぞ」
「ああ……すまない」
「だから謝るなって。無事に出ることだけ考えろ」
シオンは相手の歩調に合わせ、ゆっくりと進んでいた。
ジゼルも後方を確認しながら、兵士たちへ声をかける。
「列を崩すな。負傷者を優先して支えろ」
「はい!」
兵士たちは互いに声を掛け合い、負傷者の歩みを助けていた。
やがて、一行は先ほど女性を発見した部屋へと戻ってきた。
そこでは、ライザとフレミアが待っていた。
「戻ってきたわね!」
フレミアが声を上げる。
「みんな無事?」
「ええ。奥に捕らわれていた人たちを全員救出した」
ジゼルが答えた。
ライザは列の人数を確かめ、安堵したように息を吐いた。
「かなりの人数だな。全員を連れていくとなると、慎重に進む必要がある」
「そうね。負傷者もいるから、急がせないようにしましょう」
フレミアはそう言って、先ほど治療していた女性の様子を確かめた。
女性は顔色こそまだ悪かったが、先ほどよりもしっかりと立てるようになっていた。
「もう歩けるのか?」
ライザが尋ねる。
「はい。おかげさまで……」
「無理はするな。辛くなったらすぐに言え」
ライザは女性の身体を支えられる位置に立った。
そのとき、ジゼルはふと足を止めた。
先ほど兵士の遺体を見つけた場所だった。
壁にもたれかかったままの兵士は、今も静かにそこにいる。
ジゼルはしばらく彼を見つめていた。
そして、ゆっくりと近づくと、膝をついて身体を抱き起こした。
「……この者も連れていく」
兵士の身体をそっと横抱きにする。
「こんなところに置いていけない」
その声には、迷いがなかった。
兵士たちは何も言わず、静かに頭を下げた。
シオンも一度だけジゼルを見つめ、それから前方へ視線を戻す。
「行こう。出口はもうすぐだ」
「ああ」
救えた命と、救えなかった命。
ジゼルは兵士の遺体を抱いたまま、再び歩き始めた。
*
やがて、通路の向こうに明るい光が見えてきた。
「……光だ!」
列の中から誰かが声を上げる。
地下へ降りてから、どれほどの時間が経っただろう。
薄暗い石壁と松明の明かりばかりを見ていた人々にとって、その光はあまりにも眩しかった。
「もう少しです!」
カエデは先頭から振り返り、声をかける。
「出口が見えています。あと少し、頑張りましょう!」
アレルも周囲を確かめながら、ゆっくりと歩みを進めた。
階段を上り、地上へ続く出口をくぐる。
その瞬間、朝の太陽が一行を明るく照らした。
地下の冷たい空気から解放され、柔らかな風が頬を撫でる。
空には雲ひとつなく、砂漠の向こうまで澄んだ青が広がっていた。
人々は次々と足を止め、空を見上げた。
「……外だ」
「本当に、外に出られたんだ……!」
誰かが両手を広げる。
別の者は、その場に膝をつき、砂を握りしめた。
「生きて帰れるんだ……」
涙を流しながら、そう呟く者もいた。
長い間、暗い地下に閉じ込められていた人々にとって、太陽の光も、風の感触も、すべてが懐かしく、かけがえのないものだった。
カエデはその光景を見つめ、静かに息を吐いた。
「……よかった」
隣に立つアレルも、空を見上げていた。
「ああ。みんな、無事に戻ってこられた」
カエデはアレルの横顔を見つめる。
彼の右手はまだ完全には回復していない。それでも、最後まで人々を導き、ここまでたどり着いた。
「アレルも、お疲れさま」
「カエデもな。よく頑張った」
アレルは穏やかに答えた。
その後ろでは、シオンが負傷者たちの様子を確認している。
「歩ける奴は無理をせず、近くの人と一緒に進め。まだ町まで距離があるからな」
「分かった」
ライザとフレミアも、負傷した人々を支えるように動いていた。
ジゼルは兵士の遺体を抱いたまま、しばらく砂漠の空を見上げていた。
そして、兵士たちの方へ顔を向ける。
「これより、イシスへ戻る。負傷者を優先し、全員で帰還するぞ」
「はい、兵士長!」
兵士たちの声が重なる。
ジゼルは小さく頷き、再び歩き始めた。
こうして、アッサラームとイシスで失踪していた人々は、長い地下での時間を終え、ようやく地上へ戻ることができた。
朝の太陽は、砂漠を黄金色に照らしている。
かつては旅人たちの体力を奪い、行く手を阻むものだったその光が、今は彼らの帰る道を明るく照らしていた。
アレルとカエデを先頭に、シオン、ジゼル、ライザ、フレミア、そして救出された人々が続く。
一行は、イシスの町を目指して歩き始めた。
長い夜は終わった。
その先には、ようやく取り戻した朝が待っていた。
