DQ3 夜明けの果てに君と
ピラミッドの二階へと続く階段を上りきると、そこには一階とはまた違った造りの通路が広がっていた。
壁には古びた石が隙間なく積み上げられ、長い年月を経て傷んだ石材の表面には、細かなひび割れがいくつも走っている。ところどころに設置された松明が、薄暗い通路をぼんやりと照らしていた。
天井は低く、通路の幅も狭い。場所によっては、一人が通るのがやっとというほどだった。
「ずいぶん細い道ね」
フレミアが周囲を見回しながら呟く。
壁に手を触れると、ひんやりとした石の感触が指先に伝わってきた。外の砂漠の熱気とはまるで違う、冷たく湿った空気が肌にまとわりつく。
「一列になって進むしかなさそうだな」
ジゼルが先頭に立ち、後ろを振り返った。
「私が先に行く。ライザ、その後ろを頼む」
「分かった」
ジゼルに続いてライザが歩き出す。
その後ろにはフレミア、カエデ、シオン、アレルの順に並んだ。
狭い通路を進むため、自然と隊列は長く伸びていく。前を歩く者の背中がすぐ目の前にあり、後ろからは仲間の足音が絶えず聞こえていた。
「迷路みたいだね」
カエデが前方を覗き込む。
通路はまっすぐ続いているように見えても、少し先で左右に折れ曲がっている。壁には目印になるものもなく、同じような景色が延々と続いているようだった。
「道が細いだけでなく、曲がり角も多い。注意して進もう」
アレルの声が後ろから聞こえた。
「分かってるわよ」
フレミアはそう答えながら、前を歩くライザの背中についていく。
やがて、通路の先に何かが転がっているのが見えた。
「……ん?」
フレミアの足が止まる。
薄暗い床の上に、白く変色した骨が散らばっていた。
人の形をした骸骨だった。
「……いや」
フレミアは小さく呟いた。
目の前の骸骨は、長い年月を経ているのか、ところどころ骨が崩れている。それでも頭蓋骨だけは形を保ち、空洞になった目の部分がこちらを向いているように見えた。
その周囲には、肋骨らしきものや細くなった腕の骨が散乱している。誰かがここで命を落としたのだろうか。
そう考えた途端、フレミアの背筋にぞくりとしたものが走った。
「フレミア?」
前を歩いていたライザが振り返る。
「……ちょっと待って」
「どうした?」
「そこに……骨があるでしょ」
「骸骨だな」
「見れば分かるわよ!」
フレミアは声を少し荒らげた。
ライザは骸骨を一瞥する。
「踏まなければいいだけだろう」
「簡単に言わないでよ!」
フレミアは一歩も動こうとしない。
通路は狭く、骸骨を避けて通る余裕もなさそうだった。先へ進むには、どうしてもその上を跨ぐ必要がある。
「……早く来い。後ろがつかえている」
ライザが促す。
「分かってるわよ。でも……」
フレミアは骸骨を見つめたまま、ためらっていた。
頭では、ただの骨だと分かっている。動くわけでもなければ、襲いかかってくるわけでもない。
それでも、暗い通路の中でぽつんと横たわる骸骨は、どうにも不気味だった。
その様子を後ろから見ていたカエデが、少しからかうように声をかける。
「フレミアちゃーん。後ろ、混んでるんですけど~」
「分かってるってば!」
シオンも続けて口を開いた。
「そんなに怖いなら、俺たちが先に行ってやろうか?」
「この通路でどうやって追い越すのよ!」
「そりゃそうだな」
シオンは悪びれる様子もなく笑った。
「いいから、さっさと進め」
ライザの声には、少し呆れた響きが混じっている。
最後尾のアレルは、フレミアの様子を見ながら静かに口を開いた。
「目を閉じて進めばいい」
「目を瞑ったら踏んじゃうでしょ!」
即座に返された言葉に、アレルは少しだけ首を傾けた。
「それもそうか」
「もう……!」
フレミアは深く息を吐いた。
どうやら、すぐには進めそうにない。
アレルは小さく息をつくと、腰の剣に手をかけた。
このまま待っているより、剣の状態を確かめておいた方がよさそうだ。
砂漠を越え、魔物との戦いも続いている。刃に傷がないか、柄に緩みがないか。こういう時間に確認しておくのも大切だった。
鞘に手を添え、ゆっくりと剣を抜く。
――カチャリ。
金属の触れ合う音が、狭い通路に響いた。
「うわっ!」
突然の音に驚いたシオンが、思わず前につんのめる。
「おい、ちょっと――!」
シオンの身体がカエデにぶつかった。
「わあっ!」
不意に押されたカエデは、前にいたフレミアへ倒れ込む。
「ちょっと、何なのよ!」
フレミアもバランスを崩し、そのまま床へ倒れた。
狭い通路の中で、三人が折り重なるように倒れ込む。
「いてぇ……」
「重いわよあんたたち!」
「私は好きで倒れたんじゃないよ!」
カエデはどうにか身体を起こそうとするが、上からシオンの身体が覆いかぶさっていて身動きが取れない。
「シオン! どいてよ!」
「分かってる! 今、起きようとしてるんだ!」
前の三人が突然床に転がったことで、視界が開けたアレルは、自然と前方に立つライザと目が合った。
二人は一瞬だけ互いの顔を見つめ、それから揃って呆れたようにため息をつく。
「本当に何をやっているんだ……」
アレルはそう言うと、剣を鞘に戻した。
完全に二人に巻き込まれてしまっただけのカエデには手を貸してやろうと、少し身を屈める。
しかし、そのときだった。
フレミアの目の前に、白いものがあった。
空洞になった二つの目。
ひび割れた頭蓋骨。
倒れた拍子に、骸骨の顔がすぐ目の前まで近づいていたのだ。
しかも、フレミアの頬が触れそうなほどの距離だった。
「――いやあああああっ!!」
フレミアは悲鳴を上げた。
次の瞬間、彼女は三人分の身体を押しのけるようにして跳ね起き、骸骨を勢いよく飛び越えた。
その勢いは凄まじく、杖を握ったまま数歩先まで駆け抜ける。着地した足が石床を滑り、慌てて壁に手をついて身体を支えた。
「はあっ……はあっ……!」
フレミアは胸に手を当て、荒い息を繰り返した。
前方では、ジゼルとライザが後続をずっと待っていたのだった。
「……何があった?」
ジゼルが尋ねる。
「いや、別に……何でもないわ」
フレミアは髪を整え、何事もなかったように言った。
しかし、顔は少し青ざめており、肩もまだわずかに上下している。
ライザは床に倒れたままのカエデとシオンを見て、それからフレミアへ視線を戻す。
「……そうか」
納得しているようには見えなかったが、それ以上は何も尋ねなかった。
「ほら、早く行きましょう」
フレミアは少し早口で言い、先へ進み始めた。
カエデとシオンも起き上がり、服についた埃を払う。
「……何だったんだ、今の」
シオンが服の砂を払いながら呟く。
「まぁ、一件落着ってことかな……」
カエデは苦笑した。
アレルは床に散らばった骸骨を一度だけ見下ろし、それから静かに各々進み始めた仲間たちの後を追った。
*
二階の細い通路を抜け、さらに階段を上る。
三階へたどり着いた一行は、周囲を警戒しながら奥へ進んでいった。
上の階へ進むにつれて、空気はさらに重くなっているように感じられた。
壁に並ぶ松明の炎が、時折、風もないのに揺れる。石壁の隙間からは冷たい空気が流れ込み、どこか遠くで水滴の落ちる音が響いていた。
「この先に何があるか分からない。警戒を怠るな」
ジゼルが槍を構え直す。
「分かっている」
ライザも剣の柄に手をかけた。
そのとき、通路の先から不気味な物音が聞こえてきた。
ずるり。
ずるり。
何かを引きずるような音。
石床を擦る音が、静まり返った通路の中で妙に大きく響く。
「……魔物か」
シオンが短剣を抜く。
やがて、通路の向こうに複数の影が現れた。
腐敗した身体を引きずる、くさった死体。
包帯に覆われた身体をぎこちなく動かす、マミー。
そして、その奥には大きな身体をした魔物が一体。
太い四肢に、湿ったような皮膚。大きく開いた口には鋭い歯が並び、丸い目がこちらをじっと見据えている。
「あれは……だいおうガマ!」
カエデが声を上げた。
巨大なカエルの魔物は、周囲の魔物に守られるようにして立っている。
くさった死体とマミーが前方に陣取り、こちらの接近を阻んでいた。まるで、奥にいるだいおうガマを守るために壁を作っているようだった。
「だいおうガマか。何か厄介な攻撃をするのか?」
アレルが尋ねる。
「うん。ラリホーを使うよ。眠らされると動けなくなるから、気をつけて!」
カエデの言葉に、シオンが一瞬だけ眉を寄せた。
「ラリホーだと?」
「そう。眠りの呪文だよ。戦っている最中に眠らされたら、かなり危ないからね」
「……エビチリの再来はごめんだな」
シオンがぼそりと呟いた。
「えっ?」
カエデが振り返る。
「いや、何でもない」
シオンは短剣の柄を握り直した。
以前、シャンパーニの塔でカエデがおばけキノコの甘い息を受けたときのことが頭をよぎったのだろう。
あのときのカエデは、アレルの腕の中で眠りながら、大きなエビチリを食べる夢を見ていた。寝言で三皿目にまで手を伸ばし、最後にはアレルの分まで残していると言い出したのだ。
思い出しただけで、シオンは少し遠い目になった。
「今度は俺が寝言を聞かされる側じゃないだろうな……」
「シオン?」
「何でもないって」
アレルは二人のやり取りを見ていたが、すぐに敵へ視線を戻し、敵の陣形を見渡した。
正面から全員でぶつかれば、周囲の魔物に足止めされる。その間に、だいおうガマがラリホーを唱える可能性もある。
敵の配置を見れば、だいおうガマは前に出て戦うつもりがないようにも見える。周囲の魔物を盾にして、後方から呪文を使うつもりなのだろう。
「だいおうガマを先に倒す。周りの魔物は足止めしてくれ」
アレルが短く指示を出す。
「了解した」
ジゼルが槍を構える。
「道を開けばいいんだな」
ライザが剣を握り直した。
「任せて」
フレミアは杖を構え、魔力を集中させる。杖の先端に淡い光が集まり、周囲の空気がかすかに震えた。
「俺は横から回る」
シオンは敵の側面へと目を向けた。
「私も援護する!」
カエデはブーメランを手に取る。
アレルは一度だけ全員を見渡し、頷いた。
「行くぞ!」
ジゼルが先陣を切った。
槍を突き出し、迫ってきたくさった死体の動きを押さえる。穂先が腐った腕を弾き、魔物の身体が大きく傾いた。
そこへライザが踏み込む。
両手で握った剣を力強く振るい、敵の陣形を崩した。重い一撃を受けたマミーが後ろへよろめき、隣にいたくさった死体とぶつかる。
「今よ!」
フレミアの魔法が飛び、複数の魔物の動きを妨げる。
その隙にシオンは敵の横へ回り込み、短剣で攻撃を加えながら注意を引きつけた。敵の攻撃が自分へ向いた瞬間には、素早く身をかわして側面へ抜けていく。
カエデもブーメランを投げる。
弧を描いて飛んだブーメランが、アレルの進路を塞ごうとするマミーを捉えた。包帯の巻かれた腕に当たり、魔物の身体がわずかに傾く。
「今だ、アレル!」
カエデの声を合図に、アレルが走り出す。
くさった死体の腕が伸びてくる。
アレルは身を低くしてかわし、横から迫るマミーの攻撃を剣で受け流した。
刃と包帯に覆われた腕がぶつかり、乾いた音が響く。
そのまま足を踏み込み、敵の肩を蹴るようにして跳び越える。
着地と同時に剣を振るい、進路を塞ぐ魔物を押し返した。
周囲では仲間たちが必死に敵を押さえている。
ジゼルの槍が敵の動きを封じ、ライザの剣がその隙を作る。フレミアの魔法が敵の足を止め、シオンは側面から攻撃を仕掛けていた。
カエデのブーメランも、アレルの進路を切り開くように飛んでいく。
アレルはその隙を逃さず、だいおうガマへと距離を詰めていった。
だいおうガマが大きく口を開く。
「アレル、気をつけて!」
カエデが叫ぶ。
しかし、わずかに遅かった。
だいおうガマの口から、眠りを誘う呪文が放たれる。
「ラリホー!」
淡い光がアレルを包み込んだ。
「……っ!」
アレルの動きが止まる。
剣を構えたまま、身体がゆっくりと傾いた。
「アレル!」
カエデが声を上げる。
アレルはその場に膝をつき、やがて横になった。
「……寒い……」
小さく呟くと、彼は赤いマントを身体に引き寄せた。
まるで布団のようにマントをかぶり、そのまま丸くなってしまう。
「……え?」
カエデは一瞬、目を疑った。
さっきまで敵陣の中を駆け抜けていたアレルが、今はマントにくるまって、すっかり眠り込んでいる。
その姿は、妙に無防備で、少しかわいらしくも見えた。
けれど、周囲ではまだ魔物たちが動いている。眠っている場合ではない。
――って、今はそんなことを考えている場合じゃない!
「アレル、起きて!」
カエデは駆け寄って肩を揺さぶる。
しかし、アレルは目を覚まさない。
まぶたは固く閉じられ、呼吸もすっかり落ち着いている。まるで安全な場所で休んでいるかのようだった。
「おい、ふざけんな。起きろ!」
シオンも敵を押し返しながら近づいてきた。
彼はアレルのマントを掴み、容赦なく引き剥がす。
「おい、アレル!」
肩を揺すってみるが、反応はない。
アレルは眠ったまま、わずかに身じろぎしただけだった。
「……まったく、どうなってるんだ」
シオンが呆れたように息を吐く。
「ふふっ。息子を起こしてる母親みたいね」
フレミアが戦闘の合間に声をかけた。
「誰が母親だ!」
「はいはい。そんなに怒らないの」
「怒ってるんじゃない。呆れてるんだよ!」
シオンはもう一度アレルを見下ろした。
いくら肩を揺すっても、マントを引き剥がしても起きる気配がない。普段の落ち着いた姿からは想像もつかないほど、眠りに深く沈んでいる。
「……こいつは任せた。俺は向こうを片づけてくる」
そう言い残し、シオンは再び戦線へ戻っていった。
カエデとフレミアは、眠り続けるアレルのそばに残る。
「どうしよう……。全然起きないよ」
「うーん……」
フレミアは腕を組み、アレルの顔を覗き込んだ。
頬を軽く叩いてみても、肩を揺すってみても、目を覚ます様子はない。
その表情が、ふと変わる。
「……そうだわ」
「何か思いついたの?」
「カエデ。ちょっと大きな声で叫んでみて」
「叫ぶ?」
「ええ。『助けて、アレル!』って」
「それで起きるの?」
「試してみる価値はあるでしょ」
カエデは半信半疑だった。
けれど、ほかに方法も思いつかない。
彼女はアレルのそばに膝をつき、思い切り声を張り上げた。
「アレル! 助けて!!」
その瞬間だった。
「カエデ!」
アレルが勢いよく起き上がった。
寝ぼけた様子など微塵もない。すぐさま剣を手に取り、周囲を見渡す。
「どこだ!? 無事なのか!?」
「えっ……あ、うん! 大丈夫!」
カエデが答えると、アレルは彼女の姿を確かめるように視線を走らせた。
怪我はないか。敵に囲まれてはいないか。
その姿を目にして、ようやく表情が緩む。
「……よかった」
安堵したのも束の間、アレルは周囲の戦況に気づく。
少し離れた場所では、シオンが複数のマミーに囲まれていた。
「シオン!」
アレルはすぐに立ち上がり、駆け出した。
アレルは迫るマミーの攻撃を剣で弾き返し、反動で距離を離した。そして、シオンを庇うように前に立ちはだかる。
「助かった。礼は目覚まし時計でいいか?」
「は?」
アレルは真面目だが、冗談が通じない人間ではなかったはずだ。つまり、何も覚えていないのだろう。
シオンは呆れたように息を吐く。
「……お前、後で覚えてろよ」
「……何のことだ?」
アレルは本気で分からないという顔をしていた。
その様子に、シオンはもう一度深く息を吐いた。
「もういい。今は目の前の敵を片づけるぞ」
「ああ」
アレルは剣を構え直す。
その後は、六人が互いの動きを確認しながら連携して戦った。
ジゼルが槍で敵の動きを止め、ライザが力強い剣撃で押し返す。フレミアは魔法で複数の敵を牽制し、シオンは隙を見つけて側面から攻撃を加えた。
カエデのブーメランが敵の動きを乱し、その隙をアレルが逃さず突いていく。
それぞれが自分の役割を果たし、互いの死角を補い合う。
前に出る者が敵の攻撃を引きつければ、後ろにいる者がその隙を狙う。誰かが押されれば、すぐに別の仲間が援護に入った。
戦いの中で、六人の動きは少しずつ噛み合っていく。
やがて、最後のマミーが床へ崩れ落ちた。
包帯の切れ端が石床に散らばり、通路には再び静けさが戻る。
「……終わったか」
ライザが剣を下ろす。
「ああ。全員、怪我はないか?」
アレルが仲間たちを見回した。
「問題ない」
ジゼルが答える。
「私も大丈夫よ」
フレミアは杖を下ろし、カエデの方へ目を向けた。
「それにしても、さっきのは驚いたわね」
「さっきの?」
カエデが首を傾げる。
「アレルの起こし方よ。あんなにすぐ飛び起きるなんて」
「本当だな。俺が何をしても起きなかったくせに」
シオンがアレルを睨む。
「……俺は眠っていたのか?」
「やっぱり覚えてないのかよ……」
「ラリホーを受けたところまでは覚えているが……」
アレルは少し考え込むように眉を寄せた。
「その後は、何も」
「マントにくるまって本格的に寝てたわよ」
フレミアが笑う。
「……そうなのか?」
アレルは自分のマントを見下ろした。
どうやら、本当に覚えていないらしい。
「それで、カエデが助けてって叫んだ途端に飛び起きたんだよ」
「俺が?」
「そうだ」
シオンは肩をすくめた。
「信じられないな……」
アレルは困ったように呟いた。
カエデはそんな彼を見て、思わず小さく笑った。
「でも、起きてくれたからよかったよ」
「当然だ。カエデに何かあったのかと思った」
アレルはそう答え、彼女の顔を確かめるように見つめた。
カエデは少し照れくさくなり、視線を逸らす。
「よし。先へ進もう。ここで長く留まるのは危険だ」
ジゼルの言葉に、一行は頷いた。
*
戦闘で乱れた隊列を整える間もなく、一行は先へ進むことになった。
通路は先ほどよりも広くなっていたが、壁の向こうには何があるか分からない。誰もが周囲を警戒しながら歩いている。
気づけば、先ほどの戦闘の流れで隊列は変わっていた。
前列を歩くのはアレル、ライザ、シオン。
その後ろに、カエデ、フレミア、ジゼルが続いている。
松明の明かりが、先頭を歩く三人の影を石壁に長く映し出していた。後ろを歩くカエデたちの足音も、一定の間隔で通路に響いている。
「それにしても、お前は本当にすごかったな」
シオンが隣を歩くアレルに声をかけた。
「何がだ?」
「ラリホーを食らって、あれだけ深く眠っていたのに、カエデの声を聞いた途端に飛び起きたことだよ」
「……まだその話をしているのか」
「当たり前だろ。俺が何度起こしても起きなかったんだぞ」
「そう言われてもな……」
アレルは困惑したように眉を寄せる。
「マントを布団代わりにして、すっかり寝入ってたじゃないか」
「そんなことをした覚えはない」
「覚えてないから余計にたちが悪いんだよ」
シオンは呆れたように笑った。
「本当に、そんなことがあったのか?」
アレルはまだ信じられない様子だった。
「カエデに聞いてみればいい。後ろにいるだろ」
「そうだな」
アレルは歩きながら、後ろを振り返った。
「カエデ。今の話は本当なのか?」
しかし、返事はなかった。
聞こえてくるのは、自分たちの足音と、松明の火が小さく爆ぜる音だけだった。
「……カエデ?」
アレルは足を止めた。
そこにいるはずの三人の姿が、どこにもなかった。
カエデも、フレミアも、ジゼルも。
つい先ほどまで、確かに後ろを歩いていたはずなのに。
アレルは通路の奥を見た。
誰もいない。
少し前まで聞こえていたはずの三人分の足音も、いつの間にか消えていた。
「……おい。どうした?」
シオンが振り返る。
アレルは答えなかった。
ただ、誰もいない通路の奥を見つめていた。
後列にいた三人は、跡形もなく姿を消していた。
