DQ3 夜明けの果てに君と
イシスの街を出発したのは、既に日が沈んだ後だった。
昼間は容赦なく照りつけていた太陽も、今は砂丘の向こうへと姿を消している。空には星が瞬き、頭上には大きな月が浮かんでいた。
昼の熱気が嘘のように、砂漠には冷たい風が吹き抜けている。
六人は月明かりを頼りに、北へと続く砂地を進んでいた。
先頭を歩くのはジゼル。その後ろにはアレルとライザが並び、少し間を空けてフレミア、カエデ、シオンが続いている。
砂を踏む音と、装備が触れ合う小さな音だけが夜の静寂に響いていた。
「それにしても、夜の砂漠ってこんなに寒いんだね」
カエデは両腕を軽くさすりながら、隣を歩くシオンへ顔を向けた。昼間の暑さを思い出すと、同じ砂漠とは思えないほどの変わりようだ。
「昼間の暑さを考えれば、これくらいで済んでいる方だろうな」
シオンは前方に目を向けたまま答えた。いつもと変わらない落ち着いた声だった。
「砂漠は昼と夜の寒暖差が大きいからな。油断していると体力を奪われてしまう。」
先頭を歩くジゼルが、振り返らずに言った。夜道でも迷いのない足取りで、時折、槍の石突きで砂地の様子を確かめている。
「そうそう。宿屋の人も言ってたもんね。夜は冷えるから気をつけろって」
カエデがジゼルの背中に向かって返すと、すぐ後ろを歩いていたフレミアが、横から彼女の顔を覗き込んだ。
「それにしても、あなたって本当に旅慣れていないのね」
「え?」
突然の言葉に、カエデはフレミアへ顔を向ける。
「砂漠を歩くのも大変そうだし。さっきから周りをきょろきょろ見てばかり。ひよっこちゃんには、ちょっと刺激が強かったかしら?」
フレミアは口元に小さな笑みを浮かべ、からかうようにカエデを見ていた。
「ひよっこって……」
カエデが困ったように眉を下げる。
「だって、そう見えるんだもの。まさか本当に遊びに来たわけじゃないでしょうね?」
少し前を歩いていたアレルが、二人の会話を聞きつけて振り返ろうとした。
そのときだった。
「お前は人を見た目で判断するのが好きだな」
アレルより先に、後方からシオンが口を挟んだ。
フレミアが肩越しに振り返り、眉を上げる。
「あら。あなたには関係ないでしょう?」
「あるさ。カエデの凄さは今にわかる」
シオンは淡々と言い切る。カエデの方を一瞥したものの、それ以上は何も付け加えなかった。
「へえ。随分と自信があるのね」
フレミアは興味深そうに目を細める。
「事実を言っただけだ」
「ちょっと、二人とも」
カエデが慌てて二人の間に声を差し込んだ。フレミアとシオンを交互に見て、小さく首を振る。
「私は大丈夫だから。そんなに言い合わなくてもいいよ」
「……本人がそう言っているんだから、もういいわ」
フレミアは肩をすくめ、再び前を向いた。
シオンもそれ以上は何も言わず、視線を進行方向へ戻す。
その様子を少し前から見ていたライザが、隣を歩くアレルへ顔を向けた。
「ところで、アレル」
「ん?」
アレルが横目でライザを見る。
「君は何者なんだ? さっきから見ていて思ったんだが、相当腕がたつように見える」
ライザの視線は、アレルの腰にある剣へと向けられていた。歩くたびに揺れる鞘と、そこに添えられた手。その構えには無駄がない。
「特別なところで学んだわけじゃない。旅をしながら、剣を振るってきただけだ」
アレルは前を向いたまま、穏やかに答えた。
「それだけで、その身のこなしを身につけたのか?」
「俺より強い人はたくさんいる」
「謙遜するな。剣を扱う者なら、君の実力が並外れていることくらいわかる」
ライザは感心したように笑った。戦士として、アレルの剣の腕には興味があるらしい。
「今度、手合わせしてみたいものだな」
「機会があれば」
アレルは短く答え、ライザへ小さく笑みを返した。
二人の会話を聞きながら、カエデは少しだけ笑みを浮かべた。
そのときだった。
「止まって」
先頭を歩いていたジゼルが、片手を上げた。
その合図に、後ろを歩く五人も一斉に足を止める。
ジゼルは槍を構え、前方の暗がりに目を凝らした。月明かりの届かない砂丘の陰で、何かが動いたように見えたのだ。
「魔物だ!」
ジゼルの声が響く。
砂丘の陰から、複数の影が姿を現した。
大きな鋏を持つ甲殻の魔物――じごくのはさみ。
そして、その周囲を飛び回るのはキャットフライだった。
「じごくのはさみに、キャットフライ……!」
カエデの表情が変わる。
じごくのはさみは守備力が高い。普通の剣ではなかなか傷をつけられない相手だ。
一方、キャットフライは呪文を封じるマホトーンを使ってくる。
まずい組み合わせだった。
カエデは敵の数と位置を素早く確かめると、仲間たちへ向けて声を張った。
「フレミアちゃんは安全な場所から、じごくのはさみに攻撃呪文をお願い! みんな、キャットフライを押さえて! 絶対にマホトーンを使わせないで!」
「わかった!」
アレルがすぐさま剣を抜いた。月明かりを受けた刃が、鋭く光る。
「任せろ」
シオンは短剣を構え、ライザも肩に担いでいた両手剣を下ろした。
ジゼルは槍を前に突き出し、敵との距離を測る。
「フレミア、後方から頼む!」
ライザが振り返らずに声をかける。
「言われなくてもわかってるわよ!」
フレミアは杖を握り直し、カエデの指示に従って少し後ろへ下がった。
カエデも風のブーメランを手に取り、前方へと駆け出す仲間たちの背中を見送った。
最初に動いたのはキャットフライだった。
羽音を立てて低空を滑るように飛び、アレルたちへと襲いかかる。
「来るぞ!」
アレルの声と同時に、剣が横へと振り抜かれた。
飛び込んできた一匹の爪を受け流し、そのまま横薙ぎに斬り払う。
しかし、別の一匹がすぐさま背後へ回り込んだ。
「後ろだ!」
先頭から戦況を見ていたジゼルの声と同時に、槍が鋭く伸びた。
穂先がキャットフライの進路を塞ぎ、体勢を崩したところへシオンが踏み込む。
短剣が月明かりを反射した。
「一匹!」
シオンが短く告げる。
その間にも、じごくのはさみが鋏を大きく振り上げていた。
「させるか!」
ライザが真正面から受け止める。
重い衝撃が腕に伝わり、砂が足元から舞い上がった。
「こいつ、硬いな!」
鋏を押し返したライザは、すかさず両手剣を振り下ろす。
鈍い音が響いたものの、じごくのはさみの甲殻にはわずかな傷しかつかなかった。
「無理に正面から攻めないで! フレミアちゃん、お願い!」
カエデが後方から声を張る。
「わかってるわよ!」
フレミアは杖を掲げた。狙いを定めるように、じごくのはさみへと杖の先を向ける。
呪文を唱える声が夜の砂漠に響いた。
「ヒャダルコ!」
次の瞬間、冷気が一気に広がった。
鋭い氷の塊がじごくのはさみへと降り注ぎ、硬い甲殻を打ち砕くように襲う。
魔物たちの身体が大きく揺れた。
「効いてる!」
カエデが思わず声を上げる。
じごくのはさみは動きを鈍らせ、今にも倒れそうになっていた。
しかし、そのうちの一匹が最後の力を振り絞るように鋏を持ち上げた。
「……ギギッ!」
甲高い鳴き声が砂漠に響く。
「何だ?」
アレルが剣を構えたまま、鳴き声のした方へ目を向ける。
直後、遠くの砂地が動いた。
新たなじごくのはさみが、砂の中から姿を現す。
「仲間を呼んだのか!」
ライザが舌打ちする。
その瞬間だった。
前衛が新たな敵へと意識を向けた隙をつき、キャットフライが一匹、低く身を滑らせるようにして彼らの間をすり抜けた。
向かった先は、後方にいるフレミア。
「フレミアちゃん!」
カエデが叫ぶ。
フレミアが振り向くより早く、キャットフライの口から呪文が放たれた。
不気味な光がフレミアを包み込む。
「きゃっ……!」
杖を構え直したフレミアが呪文を唱えようとする。しかし、魔力がうまく集まらない。
「嘘でしょ……!?」
「フレミア!」
ライザが声を上げ、彼女の方へ振り返る。
フレミアは悔しそうに唇を噛んだ。
「呪文が……使えない!」
カエデの顔から血の気が引いた。
じごくのはさみには攻撃がほとんど通らない。唯一まともにダメージを与えられるフレミアが、呪文を封じられてしまった。
一気に形勢が傾いた。
「くそっ、数が増えてる!」
ライザが新たなじごくのはさみの鋏を受け止める。
アレルとシオンもキャットフライを追い払おうとするが、敵の数が多く、後衛へ近づかせないだけで精一杯だった。
「フレミアちゃん、下がって!」
カエデはブーメランを構えながら、必死に周囲を見渡す。
何か方法はないか。
何か、別の手段が――。
そのとき、ふと昔の記憶がよみがえった。
じごくのはさみ。高い守備力。呪文でなければ倒しにくい敵。
確か、バギ系の呪文も有効だったはず。
「……そうだ」
カエデは自分の手にある風のブーメランを見つめた。
本来、このブーメランは攻撃に風をまとわせるもの。
ならば。
「フレミアちゃん!」
カエデはブーメランを手に、彼女のもとへ駆け寄った。
「これを使って!」
「はあ!? 何を言ってるのよ!」
フレミアは驚いたように目を見開き、カエデの手元を見た。
「いいから、受け取って!」
カエデは風のブーメランをフレミアに投げ渡した。
フレミアは戸惑いながらも、それを受け止める。
「呪文が使えないって言ったでしょ!」
「わかってる。でも、もしかしたらできるかもしれない!」
カエデはじごくのはさみを見据えたまま、言葉を続けた。
「このブーメランは、もともと攻撃に風をまとわせるものなの。だったら、魔法使いのフレミアちゃんが魔力を込めて投げれば、呪文と同じことが起こるかもしれない!」
「そんなの、聞いたことないわよ!」
フレミアは手の中のブーメランと、カエデの顔を交互に見た。
「私だって、試したことはないよ。でも、今はほかに方法がない!」
カエデは真剣な眼差しでフレミアを見つめる。
フレミアはブーメランを見つめた。
魔法使いとして、呪文を封じられたことは屈辱だった。
けれど、今は迷っている時間などない。
「……失敗しても知らないわよ!」
「うん。お願い!」
フレミアはブーメランを両手で握り直した。
杖を持つときとは違う感触。
それでも、魔力を扱うことには慣れている。
彼女は目を閉じ、手の中に意識を集中させた。
風のブーメランが、かすかに震える。
「いくわよ……!」
フレミアが腕を大きく振り抜いた。
ブーメランは夜空へと飛び出し、じごくのはさみの群れへ向かっていく。
その瞬間、周囲の空気が大きく揺れた。
「なっ……!?」
砂が巻き上がり、激しい風が渦を巻く。
ブーメランを中心に生まれた旋風は、瞬く間に大きくなり、鋭い風の刃となって魔物たちを包み込んだ。
まるでバギマが巻き起こったかのような、凄まじい風だった。
「ギギィィッ!」
じごくのはさみの甲殻に風が叩きつけられる。
硬い身体が大きく揺れ、砂の上へと倒れ込んだ。
やがて旋風が収まり、ブーメランが弧を描いて戻ってくる。
フレミアは驚いた表情のまま、それを受け止めた。
「……何、今の」
「やった……!」
カエデが思わず声を上げる。
「本当にできた……!」
フレミアは自分の手元を見つめ、それからカエデへと視線を移した。
「あなた……これを考えたの?」
「うん。でも、フレミアちゃんが魔力を込めてくれたからだよ」
その言葉を聞いたフレミアは、一瞬だけ目を丸くした。
だが、まだ戦闘は終わっていない。
「話はあとだ! 残りを片付けるぞ!」
前方で敵を押し返していたライザの声が飛ぶ。
アレルは最後のキャットフライへと駆け寄り、剣を振り抜いた。
シオンも別の一匹を短剣で仕留める。
ジゼルは槍を構え、砂の上に残ったじごくのはさみの動きを封じた。
「今よ!」
フレミアがブーメランをカエデへ返す。
カエデはそれを受け取ると、勢いよく投げ放った。
風をまとったブーメランが最後の魔物へと飛んでいき、鋭い一撃を浴びせる。
その直後、ライザの両手剣が振り下ろされた。
大きな音とともに、じごくのはさみが砂の上へ沈む。
しばらくして、周囲から魔物の気配が消えた。
ようやく戦闘が終わったのだった。
「……ふう」
カエデは息を吐き、ブーメランを握り直す。
「今のは驚いたな」
ライザが剣を下ろし、カエデの方へ歩み寄ってきた。
「まさか、そんな使い方があるとは思わなかった」
「私もびっくりしたよ。うまくいくかどうか、確信はなかったから」
カエデは苦笑しながら、手の中のブーメランを見下ろした。
「それでも、あの状況で思いついたんだ。大したものだよ」
ライザは素直に感心した様子だった。
フレミアも、手に残るブーメランの感触を確かめるように見つめている。
「……あんた、なかなかやるじゃない」
フレミアはブーメランから顔を上げ、カエデを見た。
「最初はひよっこちゃんだと思っていたけど、少し見直したわ」
「ありがとう。でも、みんなが戦ってくれたからだよ」
カエデは仲間たちを見回した。
「前でキャットフライを押さえてくれたから、フレミアちゃんが攻撃できた。ジゼルさんも敵の動きを見てくれていたし、ライザさんやシオンも隙を作ってくれた。アレルも……みんながいたから、あの方法を試せたんだと思う」
「なるほどな。自分一人の手柄ではない、ということか」
ライザが小さく笑った。
「そういうところも、悪くないわね」
フレミアはそっぽを向きながら言った。
「ふふっ。カエデ、あなたって案外面白い子ね」
「案外って何?」
カエデが首を傾げると、フレミアは悪戯っぽく笑った。
「そのままの意味よ」
カエデもつられて笑う。
その様子を少し離れたところから見ていたアレルは、ほっとしたように表情を和らげた。
「無理はするなよ」
アレルがカエデへ声をかける。
「わかってる」
カエデは彼の方を向いて頷いた。
アレルは小さく頷き返し、再び前方へ視線を向けた。
一方、フレミアはカエデの隣へやってくると、何気なくその手を取った。
「さ、行くわよ」
「え?」
突然手を握られ、カエデは目を瞬かせる。
「何よ。置いていかれたいの?」
「そういうわけじゃないけど……」
「ならいいでしょ」
フレミアはカエデの手を引き、歩き始める。
カエデは少し驚いたものの、すぐにその手を握り返した。
女性の仲間と手を繋いで歩く。
それはカエデにとって、初めての経験だった。
今までの旅では、アレルやシオンたち男性陣と行動することが多かった。こうして同じ目線で話せる女の子の仲間ができたことが、なんだか嬉しかった。
「ねえ、カエデ」
「なに?」
フレミアはカエデの方へ顔を向け、ふと思いついたように尋ねた。
「アレルとシオン、どっちが好きなの?」
「えっ!?」
思いがけない質問に、カエデの足が止まりかける。
しかもフレミアは、声を潜めるどころか、前を歩く二人にも聞こえるくらいの声量で言っていた。
「ちょ、ちょっとフレミアちゃん!」
カエデは慌ててフレミアの手を引き、彼女の耳元へ顔を寄せる。
「あら、何よ?」
「声が大きいってば!」
「別にいいじゃない。気になるんだもの」
フレミアは悪びれる様子もなく、少し前を歩くアレルとシオンの背中をちらりと見た。
「それにしても、シオンって本当にイケメンよね。カエデが羨ましいわ」
「えっ?」
カエデが思わず聞き返す。
「でもアレルも、系統は違うけど整った顔立ちだし。さっきの戦いでわかったけど、天才的に強いし、いいと思うわよ」
「だから、そういう話を大きな声でしないでってば!」
カエデは繋いだ手を引き、フレミアに小声で訴える。
すると、少し前を歩いていたライザがとうとう振り返った。
「……いい加減にしろ、お前は」
ライザは呆れた顔でフレミアを見ていた。
「あら、何よ?」
フレミアは涼しい顔で首を傾げる。
「本人たちにも聞こえているだろうが」
「なにー? 自分が候補にないから嫉妬ですかー?」
フレミアがわざとらしく笑いながら、ライザの顔を覗き込む。
「誰が嫉妬するか!」
ライザは思わず声を荒らげた。
「はいはい。そういうことにしておいてあげる」
フレミアは楽しそうに笑う。
「お前な……!」
ライザは呆れたように額を押さえた。
その横で、アレルは困ったように笑っている。どう反応すればいいのか迷っているようだった。
シオンはというと、露骨に面倒そうな顔をしていた。
「……くだらない」
その一言を聞き逃さなかったフレミアが、すかさず彼の方へ顔を向ける。
「あなたはどうなのよ、シオン?」
「俺を巻き込むな」
「照れちゃって」
「誰がだ」
カエデは二人の手を握ったまま、深く息を吐いた。
「もう……フレミアちゃんには敵わないよ」
「ふふ。気に入ったわ、あなた」
フレミアはそう言って、繋いだ手を軽く揺らした。
カエデも、今度は素直に笑った。
それから一行は、再びピラミッドを目指して歩き始めた。
***
どれほど歩いただろうか。
夜はさらに深まり、月は空の高いところへ昇っていた。
砂漠の風は冷たく、歩き続けた足には少しずつ疲れがたまっている。
それでも六人は歩みを止めなかった。
そのとき。
「止まって!」
先頭を歩いていたジゼルが、再び足を止めた。
後ろを歩く五人も、彼女の声に反応して立ち止まる。
「どうした?」
アレルが前方からジゼルへ尋ねた。
「……砂の動きがおかしい」
ジゼルは槍を構え、足元へ視線を落とした。
月明かりに照らされた砂地。その一角が、まるで水面のようにゆっくりと波打っている。
「何かいるのか?」
ライザが剣の柄に手をかけた。
次の瞬間だった。
砂の中から、干からびた手が伸びてきた。
「きゃっ!」
カエデの足首が掴まれる。
強い力で引かれ、身体が大きく傾いた。
「カエデ!」
アレルが即座に駆け寄る。
剣を抜き、砂から伸びた腕を斬り払うと、カエデの身体を支えた。
「大丈夫か!」
「う、うん……!」
カエデが息を整える間もなく、砂の中から別の影が這い出してくる。
腐敗した包帯を全身に巻きつけた魔物――ミイラ男だった。
一体、二体。
さらにその後ろから、もう一体が砂をかき分けて現れる。
「ミイラ男か!」
ライザが両手剣を構える。
「数は少ないように見えるが……」
シオンが短剣を構えながら、周囲を警戒した。
「油断しないで。砂の中にまだいるかもしれない」
ジゼルが槍を構えたまま告げる。
その言葉を裏付けるように、少し離れた場所で砂が大きく盛り上がった。
「来るぞ!」
アレルの声と同時に、ミイラ男が砂の中から飛び出してくる。
ライザが一歩踏み込み、両手剣を横薙ぎに振るった。
重い刃がミイラ男の身体を捉える。
吹き飛ばされた魔物は砂の上を転がり、そのまま動かなくなった。
「一体!」
ライザが剣を構え直す。
しかし、倒れた魔物の向こう側から、さらに二体が現れる。
「まだいるの!?」
フレミアが杖を構える。
「フレミア、後ろだ!」
ジゼルの声に、フレミアが振り返る。
足元の砂から腕が伸びていた。
「くっ!」
咄嗟に飛び退くフレミア。砂を突き破って現れたミイラ男が、彼女のいた場所へと手を伸ばす。
その隙を逃さず、シオンが背後から接近した。
短剣が鋭く閃き、ミイラ男の身体を斬り裂く。
「助かったわ」
フレミアがシオンへ礼を言う。
「周りを見ろ。まだいる」
シオンは短剣を構えたまま、彼女の背後へ視線を向けた。
「わかってるわよ!」
二人が言い合う間にも、砂地のあちこちが盛り上がっていく。
「右側にもいる!」
ジゼルが声を上げた。
槍を大きく振り、砂から這い出したミイラ男を押し返す。
「散開しないで! 互いの死角を補いなさい!」
彼女の指示に、全員が位置を調整する。
「アレル、左を頼む!」
ライザが前方の敵を引き受けながら叫ぶ。
「わかった!」
アレルはその横を抜け、二体のミイラ男へと向かった。
一体が腕を振り下ろす。
アレルは身体を低くしてかわし、踏み込む勢いのまま剣を斜めに振り上げた。
続けてもう一体が迫る。
アレルは剣を返し、相手の腕を弾き飛ばすと、間髪入れずに胸元へ刃を突き込んだ。
二体が砂の上に崩れ落ちる。
「まだ来るぞ!」
シオンが叫んだ。
砂の中から現れたミイラ男が、彼の背後へと回り込もうとしていた。
シオンは振り向きざまに短剣を構える。
敵の腕が届く寸前、身をひねってかわし、その懐へ滑り込む。
短剣が包帯を切り裂き、ミイラ男の動きが止まった。
一方、ライザは複数の敵を相手にしていた。
両手剣を大きく振り抜き、一体を押し返す。
その反動を利用して身体を回転させ、もう一体へと刃を叩きつけた。
「まとめて来るなら、まとめて相手をしてやる!」
豪快な一撃が砂を巻き上げる。
その後方では、フレミアが杖を掲げていた。
「まとめて吹き飛ばしてあげるわ!」
呪文の詠唱とともに、周囲の空気が揺らぐ。
「イオ!」
爆発が砂地を揺らした。
ミイラ男たちの身体が大きく吹き飛び、砂煙が夜空へ舞い上がる。
しかし、爆発の煙が晴れた先で、まだ二体が立ち上がろうとしていた。
フレミアが舌打ちする。
「フレミア、無理をするな!」
ライザは声をかけながらフレミアの元へ走り、彼女を守るように再び大剣を構え直した。
「その言葉、そのまま返すわよ!」
フレミアはライザの背中越しに、杖を構え直す。
ライザは苦笑する余裕もなく、迫る敵へと向き直った。
一方で、ジゼルは前方から迫る敵を槍で牽制しながら、周囲を見渡していた。
「左後方、砂が動いている!」
その声にカエデが振り向く。
月明かりの下、砂の表面が不自然に盛り上がっていた。
「シオン、後ろ!」
カエデが声を張る。
「わかってる!」
シオンが振り返り、飛び出してきたミイラ男の腕をかわす。
カエデはブーメランを投げた。
風をまとった刃が弧を描き、ミイラ男の肩を打つ。
体勢を崩した敵へ、シオンが短剣を突き立てた。
「助かった」
「うん!」
カエデは戻ってきたブーメランを受け止める。
しかし、足元の砂が再び動いた。
「また……!」
今度はカエデのすぐ横から、二本の腕が伸びてくる。
「カエデ、下がれ!」
アレルが駆け寄り、剣で腕を斬り払った。
そのままカエデの前に立ち、迫ってきたミイラ男を受け止める。
「アレル!」
「大丈夫だ。ここは俺に任せろ!」
アレルの剣が月明かりの中を走る。
ミイラ男の攻撃を受け流し、懐へ踏み込むと、鋭い一撃で敵を斬り伏せた。
カエデは一歩後ろへ下がり、周囲を見渡した。
敵はまだ残っている。
けれど、最初のような混乱はなくなっていた。
ジゼルが敵の出現を知らせ、ライザが前方を押し返す。アレルとシオンが隙を埋め、フレミアが後方から攻撃を重ねる。
六人がそれぞれの役割を果たし、少しずつ敵の数を減らしていた。
「残りは正面!」
ジゼルが声を上げる。槍の穂先で敵を牽制しながら、最後の群れへと視線を向けていた。
「よし、押し切るぞ!」
ライザが両手剣を構え直した。
アレルがその隣に並ぶ。
「シオン、右を頼む!」
「言われなくてもわかってる」
「フレミア、準備はいいか!」
アレルが後方へ声を飛ばす。
「いつでもいいわよ!」
フレミアは杖を掲げ、狙いを定めた。
ジゼルは槍を構え、最後のミイラ男たちの動きを封じるように前へ出た。
カエデもブーメランを握り直す。
「いくよ!」
フレミアの杖が掲げられる。
「イオ!」
爆発が敵の群れを襲う。
その爆風に乗るように、ライザが踏み込んだ。
両手剣が大きく振り抜かれ、ミイラ男たちをまとめて薙ぎ払う。
逃れた一体へアレルが斬りかかり、別の一体はシオンの短剣が仕留めた。
最後に残った魔物へ、ジゼルの槍が突き出される。
動きを止めた敵の脇を、カエデのブーメランが通り抜けた。
鋭い風の音とともに、ミイラ男が砂の上へ倒れる。
それきり、砂の中から新たな手が伸びてくることはなかった。
「……終わったか」
ライザが剣を下ろす。
「どうやらね」
フレミアは杖を肩にかけ、息を整えた。
ジゼルは槍を構えたまま周囲を見渡し、敵の気配がないことを確かめてからようやく構えを解いた。
「全員、怪我はない?」
ジゼルが一人ずつ顔を確かめるように見回す。
「大丈夫だ」
アレルが答える。
「こちらも問題ない」
シオンも短く返した。
カエデは足元に目を落とした。
先ほど掴まれた感触が、まだ残っているような気がする。
「カエデ?」
隣からフレミアが覗き込んだ。
「大丈夫?」
「うん。ちょっとびっくりしただけ」
「まったく。砂の中から手が出てくるなんて、気味が悪いったらないわ」
フレミアは顔をしかめながら、カエデの手を取った。
「今度は私が隣にいるから、気をつけなさいよ」
「ありがとう」
カエデは彼女の手を握り返した。
その様子を見ていたライザが、少しだけ口元を緩める。
「ずいぶん仲良くなったな」
「何よ。悪い?」
フレミアがライザを見上げる。
「いや。別に悪くない」
「ならいいじゃない」
フレミアは胸を張った。
シオンが小さく息を吐く。
「まるでパレードだ」
「シオンも混ざればいいのに」
カエデが笑いながら声をかけると、彼はすぐに顔を背けた。
「遠慮しておく」
その返事に、フレミアが楽しそうに笑った。
こうして六人は、再びピラミッドへ向かって歩き始めた。
***
それからしばらくして。
砂漠の向こうに、巨大な影が浮かび上がった。
最初は夜の闇が作り出したものかと思った。
しかし、近づくにつれて、その輪郭ははっきりと姿を現していく。
巨大な石造りの建造物。
幾重にも積み重なった石壁が月明かりを受け、暗い砂漠の中にそびえ立っていた。
「……あれが」
アレルが足を止める。
「到着しました、ピラミッドです」
ジゼルが静かに答えた。
六人は、目の前にそびえる建造物を見上げた。
夜の闇に包まれた巨大なピラミッドは、昼間に見るものとはまるで違っていた。
月明かりに照らされた石壁は冷たく、長い年月を経た建造物の威圧感が、遠くからでも伝わってくる。
その姿は、まるで砂漠そのものを見下ろしているかのようだった。
「……大きいね」
カエデがぽつりと呟く。
「ここまで大きな建造物は、そうそうないな」
ライザも感心したように見上げていた。
これが、調査に向かった者たちが戻らなかった場所。
ジゼルの表情が引き締まる。
「中に何がいるのか、わかりません。十分に警戒してください」
「そうだな」
アレルは剣の柄に手を添えた。
ここからが本番だ。
そう思った、そのとき。
「ねえ、カエデ」
フレミアが隣から声をかけた。
「なに?」
カエデがフレミアの方へ顔を向ける。
「それにしても、シオンって本当に顔がいいわよね」
「……またその話?」
シオンが少し離れたところから、呆れたように視線を向けた。
「だって本当のことでしょう? アレルもなかなかだけど」
「フレミアちゃん!」
カエデは慌ててフレミアの腕に触れる。
「何よ。褒めてるだけじゃない」
「本人たちがいるところで言わなくても……」
カエデが小声で訴えても、フレミアは気にした様子もない。
「いいじゃない。どうせ聞こえてるんだから」
シオンが呆れたように振り返った。
「お前は本当に口が減らないな」
「あら、褒め言葉として受け取っておくわ」
「褒めてない」
「ふふっ。そういうところも含めて、いい男ってことかしら?」
「……勝手にしろ」
シオンは再び前を向いた。
その様子を見て、カエデは思わず口元を押さえる。
「もう、二人とも……」
「何よ、カエデ。あなたも気になるでしょう?」
「だから、そういう話は今じゃなくていいでしょ!」
「はいはい。わかったわよ」
フレミアは悪戯っぽく笑い、カエデの手を軽く握った。
少し離れたところでは、ライザが呆れたように息を吐いている。
「お前たちは、こんな場所でもよく喋れるな」
「何よ。緊張しているよりいいでしょう?」
フレミアが振り返る。
「それはそうだが……」
ライザはピラミッドへ視線を戻した。笑っているようにも、呆れているようにも見える表情だった。
「ライザも少しは笑ったら?」
「俺は十分笑っている」
「どこがよ!」
フレミアの声に、カエデがとうとう小さく吹き出した。
アレルも、シオンも、張り詰めていた表情をほんの少しだけ緩める。
ジゼルはそんな一同を見渡し、静かに息を吐いた。
「……出発前より、ずいぶん賑やかになったな」
「そうですね」
アレルが答える。
けれど、彼らの目の前にそびえるピラミッドは、相変わらず静かに闇の中へと立ち尽くしていた。
笑い声が収まると、夜風が砂漠を吹き抜ける。
カエデはもう一度、巨大な建造物を見上げた。
ここから先に何が待っているのか。
どんな危険が潜んでいるのか。
それは、まだ誰にもわからない。
六人はそれぞれ武器を確かめ、目の前のピラミッドを見据えた。
長い夜は、まだ終わらない。
