DQ3 夜明けの果てに君と

ロマリアの朝は、穏やかな陽射しに包まれていた。

宿屋の窓から差し込む光が、部屋の床に細長い影を落としている。

カエデは身支度を整えると、向かいのベッドで眠っているアレルへ目を向けた。

「アレル、朝だよ。起きて」

声をかけてみるものの、返事はない。

「アレル?」

もう一度呼んでみる。けれど、彼は寝返りを打っただけだった。

「……もう。そろそろ出発する時間なのに」

カエデはベッドのそばまで歩み寄り、少しかがんで顔を覗き込む。

「起きてってば。置いていくよ?」

そのとき、アレルの目がゆっくりと開いた。

「……ん?」

寝起きのぼんやりした目が、目の前にあるカエデの顔を捉える。

思っていたよりも近い距離に、アレルは一瞬だけ目を見開いた。

「……っ」

「やっと起きた!」

カエデは何事もなかったように顔を離す。

「おはよう。もう準備できてるからね」

「あ、ああ……おはよう」

アレルは少しだけ間を置いてから、身体を起こした。

「……近いって」

「え? だって起こしてたんだよ?」

「そうだけどさ」

「起きないアレルが悪いんじゃない」

「はいはい。悪かったよ」

いつもの調子で返すアレルに、カエデは小さく頬を膨らませた。

そんなやり取りをしながら、二人は出発の準備を済ませた。

*

ロマリアの城門を抜けると、街道にはカザーブへ向かう馬車が待っていた。

ダルグとボルドの馬車とは別の、乗り合いの馬車だ。御者に声をかけて乗り込むと、すでに二人の乗客が座っていた。

白髪の老夫婦だった。

「おや、若い冒険者さんたちかい?」

男性がにこやかに声をかけてくる。

「はい。カザーブまで行くんです」

カエデが答えると、隣に座る女性も柔らかく微笑んだ。

「私たちもカザーブへ向かうところなの。あちらで暮らすことになってね」

「引っ越しですか?」

「ええ。長いことロマリアに住んでいたんだけど、これからはカザーブでのんびり暮らそうと思ってね」

「そうなんですね。新しい場所での生活、楽しみですね!」

「ふふ、そうね。少し不安もあるけれど、この人が一緒だから大丈夫よ」

女性は隣の男性を見て笑った。

男性も照れくさそうに頬をかく。

「何十年も一緒にいるんだ。今さら離れて暮らすわけにもいかないだろう」

「まあ、あなたったら」

二人のやり取りに、カエデも思わず笑みをこぼした。

馬車がゆっくりと動き出す。

ロマリアの街並みが遠ざかり、窓の外には草原と街道が広がっていった。

「お二人は、ずっと一緒に旅をしてきたんですか?」

「旅というほど大げさなものじゃないよ。ただ、暮らしていく中で色々あってね」

男性は窓の外を眺めながら話し始めた。

「若い頃は仕事がうまくいかなかったこともあったし、病気で寝込んだこともあった。そんなとき、いつもそばにいてくれたんだ」

「私だって、あなたに助けられたことが何度もあるわ」

女性が穏やかに続ける。

「一人では乗り越えられなかったことも、二人だったから何とかなったのよ」

その言葉を聞き、カエデは二人の顔を見つめた。

長い時間を一緒に過ごしてきたからこその、自然なやり取りだった。

「……おふたりは、ずっと支え合ってきたんですね」

「そうねえ。気がつけば、いつも隣にいたわ」

女性はそう言って、隣の男性の手にそっと自分の手を重ねた。

アレルはその様子を静かに見ていたが、やがてカエデへ視線を向ける。

「いい夫婦だな」

「うん。素敵だね」

カエデが頷くと、老夫婦は顔を見合わせて笑った。

*

それからしばらく、馬車は順調に街道を進んでいた。

時折、車輪が石を踏む音が響く。窓から吹き込む風は心地よく、カエデは景色を眺めながら、老夫婦との会話を楽しんでいた。

そのときだった。

ガタンッ!!

「きゃっ!」

突然、馬車が大きく揺れた。

身体が座席から浮き上がり、カエデは慌てて手すりを掴む。

「な、何!?」

続けて、馬のいななきと御者の叫び声が聞こえた。

「魔物だ! しっかり掴まってくれ!」

馬車が再び激しく揺れる。

アレルはすぐに立ち上がり、窓の外へ目を向けた。

「カエデ、外だ!」

カエデが窓から覗くと、黄色い身体に一本の角を生やした魔物たちが、馬車に向かって突進してくるのが見えた。

「アルミラージ……!」

「数が多いな」

アルミラージたちは、少し距離を取っては勢いをつけ、次々と馬車へ向かってきている。

「おふたりはここで待っていてください! 絶対に外へ出ないで!」

アレルが老夫婦に声をかける。

「気をつけるんだよ!」

「ええ、無理はしないでね!」

二人の言葉に頷き、アレルは馬車の扉へ手をかけた。

「行くぞ、カエデ!」

「うん!」

二人は馬車から飛び出した。

*

地面に降り立った途端、アルミラージの一体がこちらへ向かってきた。

「来るぞ!」

アレルが横へ跳ぶ。

アルミラージは勢いを殺しきれず、そのまま背後の地面を蹴って走り抜けていった。

「危なっ……!」

カエデも間一髪で横へ避ける。

しかし、息をつく暇もなかった。

「カエデ、右!」

「えっ!?」

別のアルミラージが、横合いから突進してくる。

カエデはとっさに身をかがめた。角が頭上をかすめ、風を切る音が耳元を通り過ぎる。

「大丈夫か!?」

「大丈夫! でも、次から次へと……!」

一体を避ければ、もう一体が迫ってくる。

アレルが剣を構えても、アルミラージはすぐに距離を取って再び突進の構えを見せた。

「くそっ、落ち着いて攻撃する暇もないな!」

「アレル、あいつら、突っ込んでくる直前に少し頭を下げるよ!」

「それを見て避けろってことか!」

「うん! タイミングを合わせれば、かわしやすいはず!」

言い終わるより早く、一体がアレルへ向かって走り出す。

アレルはその動きを見極め、ぎりぎりまで引きつけてから横へ身をかわした。

アルミラージが通り過ぎる。

その隙を逃さず、アレルの剣が魔物を斬りつけた。

「よし!」

だが、残りのアルミラージも黙ってはいない。

一体がアレルへ向かい、もう一体は馬車の方へと進路を変えた。

「しまった、馬車に!」

「私が止める!」

カエデは、馬車へ向かうアルミラージの進路を塞ぐように動いた。

「こっちだよ!」

魔物の注意がカエデへ向く。

その瞬間、アレルが横から飛び込み、アルミラージの側面へ剣を振り下ろした。

「助かった!」

「こっちこそ!」

二人は短く声を交わす。

アルミラージたちは何度も突進を繰り返したが、次第に動きが鈍くなっていった。

最後の一体が再び角を向けて突っ込んでくる。

「アレル!」

「任せろ!」

アレルは正面から受け止めるのではなく、直前で身体をひねってかわした。

魔物の動きが止まったところへ、カエデが攻撃を加える。

アルミラージはその場に倒れ込み、やがて動かなくなった。

周囲を見回しても、もう突進してくる魔物の姿はない。

「……終わった?」

カエデが息を整えながら尋ねる。

「ああ。どうやら全部倒したみたいだな」

アレルも剣を下ろし、馬車へ目を向けた。

すると――

ぱち、ぱち、ぱち。

馬車の中から拍手が聞こえてきた。

扉の隙間から、老夫婦が嬉しそうに二人を見ている。

「すごかったよ!」

「お二人とも、息がぴったりだったわねえ」

カエデは少し照れくさそうに笑った。

「いえ、そんな……。結構ぎりぎりでしたよ」

「そうか? 俺はカエデが気づいてくれたおかげで助かったけどな」

「アレルだって、ちゃんと合わせてくれたじゃない」

二人がそう言い合っていると、老夫婦が顔を見合わせて、にこりと笑った。

「あなたたちも、支え合っているのね」

「え?」

カエデが目を瞬かせる。

「さっきの戦いを見ていて思ったのよ。お互いのことをよく見て、困ったときにはすぐに助けていたでしょう?」

「いや、まあ……仲間ですから」

アレルは少し困ったように笑った。

「そうそう。私たち、いつもあんな感じなんです」

カエデも頷く。

「ふふ。いいことだと思うわ」

女性は優しく目を細めた。

「これからも大変なことがあったら、二人で助け合うんだよ。旅は長いんだからね」

男性の言葉に、アレルとカエデは顔を見合わせる。

「はい。ありがとうございます」

アレルが答える。

「私も、そうします!」

カエデも明るく返した。

老夫婦は満足そうに頷くと、再び座席へ腰を下ろした。

*

その後、馬車は再びカザーブへ向けて走り出した。

魔物に襲われたこともあり、しばらくは少し慎重な空気が漂っていたが、やがて車内にはまた穏やかな会話が戻ってきた。

「それにしても、さっきは驚いたなあ」

カエデが座席に背中を預ける。

「俺もあんなに何度も突っ込んでくるとは思わなかった」

「アルミラージって、見た目はちょっとかわいいのにね」

「かわいい?」

アレルが不思議そうに聞き返す。

「えっ、だってウサギみたいだし……角はあるけど」

「そのウサギに突進されて、さっき危うく転びそうになってたのは誰だったか」

「うっ。それは言わないでよ!」

「ははっ」

「もう!」

二人のやり取りに、老夫婦も楽しそうに笑っていた。

それからも、旅の話やロマリアでの出来事など、いろいろな話をして過ごした。

日が傾く頃には、馬車は山道の途中にある休憩場所に到着した。御者が馬を休ませる間、乗客たちも身体を伸ばし、食事を取ることになった。

翌朝。

朝の空気がまだ少し冷たい時間に、馬車は再び動き出した。

やがて前方に、高い針葉樹に囲まれた村の姿が見えてくる。

「見えてきたわね。あれがカザーブよ」

老婦人の声に、カエデは窓の外へ目を向けた。

「うん、戻ってきたね」

見慣れた木造の建物が並ぶ、自然に囲まれた村、カザーブ。

3日前に出発したときのことを思い出しながら、カエデは懐かしそうに村を眺めた。

「またここから旅が始まるな」

アレルも窓の外を眺めていた。

馬車はゆっくりと村の入口へ近づき、やがて止まった。

「ここまで一緒に来られて楽しかったよ」

男性が二人に声をかける。

「私たちもよ。おかげで楽しい旅になったわ」

女性も微笑んだ。

「こちらこそ、ありがとうございました。お二人とも、カザーブでの生活を楽しんでくださいね!」

カエデがそう言うと、老婦人はふと思い出したように荷物を探り始めた。

「そうだわ。これをあなたに渡したかったの」

取り出されたのは、小さな石だった。

「これは……?」

「命の石よ。旅の途中で手に入れたものだけれど、私たちにはもう必要ないからね」

「そんな、大切なものをいただくわけには……」

「いいのよ。あなたたちと一緒に旅ができた記念に、受け取ってちょうだい」

女性はカエデの手に、そっと石を乗せた。

カエデは手の中の石を見つめ、それから老夫婦へ笑顔を向けた。

「ありがとうございます。大切にします!」

「うん。気をつけて旅を続けるんだよ」

「あなたたちなら大丈夫よ」

老夫婦は最後まで穏やかな笑顔を浮かべていた。

二人は馬車を降り、老夫婦に手を振って別れを告げる。

馬車がゆっくりと走り出すのを見送ってから、カエデは手の中の命の石を改めて眺めた。

「素敵な人たちだったね」

「ああ。長い間一緒に過ごしてきたんだろうな」

「私たちも、あんなふうに長く一緒に旅をしていけるかな」

何気なく口にしたカエデの言葉に、アレルは少しだけ笑った。

「どうだろうな。まだまだ先は長いし」

「そうだね。まずは次の目的地まで頑張らないと!」

「そういうこと」

アレルは村の入口へ向かって歩き出す。

カエデもその後を追い、隣に並んだ。
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