DQ3 夜明けの果てに君と

レーベの夜は、静かに更けていった。

 宿屋の小さな部屋で、カエデはベッドに腰掛け、窓の外を眺めていた。

 今日一日で、いろいろなことがあった。

 ナジミの塔でモンスターと戦い、とうぞくのかぎを手に入れた。そして、レーベでまほうのたまを受け取った。

 少しずつ、旅が進んでいる。

 けれど、画面越しに見ていた冒険と、実際に自分が体験する冒険はまるで違った。

 剣が石壁を打つ音も、モンスターの動きも、戦闘が終わったあとの疲労も、すべて現実のものだ。

「……明日も、頑張らないとな」

 カエデは小さく呟き、ベッドに横になった。

     * * *

 翌朝。

 身支度を整えた二人は、宿屋を出た。

「準備はいいか?」

「うん。忘れ物もないよ」

「なら、行こう。いざないの洞窟を抜ければ、次の大陸へ向かえるはずだ」

 アレルは村の外へ続く道に目を向けた。

 カエデもその視線を追う。

 その先にあるのは、いざないの洞窟。

 そして、その向こうにある国――ロマリア。

 カエデは気持ちを引き締め、アレルの後に続いた。

     * * *

 レーベの東へ進むにつれ、草原は徐々に険しい地形へと変わっていった。

 風が草を揺らし、遠くで鳥の鳴き声が響いている。

 平和な景色だった。

 しかし、カエデは油断せず、周囲を見回していた。

 そのとき、前方の草むらががさがさと揺れた。

「アレル、何かいる!」

 アレルはすぐに足を止め、剣の柄に手を掛けた。

 草むらから飛び出してきたのは、ウサギのような姿をしたモンスターだった。

 額には、鋭く尖った一本の角が生えている。

「いっかくうさぎ……!」

 思わず名前を口にしたカエデに、アレルがちらりと視線を向けた。

「知っているのか?」

「えっ? ええっと、角のあるウサギだから……そう呼んでみただけ!」

「……なるほど」

 アレルは少し不思議そうにしたものの、それ以上は追及せず、敵へ向き直った。

 いっかくうさぎが地面を蹴る。

 次の瞬間、一直線にアレルへ突進してきた。

「速いな!」

 アレルは横へ飛び退き、角による攻撃をかわした。

 いっかくうさぎは勢いを殺しきれず、少し離れた場所で向きを変える。

「アレル、正面から受けないで! 突っ込んでくるところを避けて!」

「わかった!」

 いっかくうさぎが再び地面を蹴った。

 アレルは相手の動きを見極め、直前で身をひねる。

 角がすぐ脇を通り過ぎた。

 その隙を逃さず、アレルの剣がいっかくうさぎを捉える。

 モンスターはよろめいたが、まだ倒れない。

 すぐさま体勢を立て直し、再び突進の構えを取った。

「また来るよ!」

 カエデの声に、アレルは剣を構え直した。

 今度は相手の動きを見ながら、無理に距離を詰めようとはしない。

 いっかくうさぎが飛び出した瞬間、アレルは攻撃をかわし、すれ違いざまに剣を振るった。

 いっかくうさぎは地面に倒れ、そのまま光となって消えた。

 戦闘が終わる。

 アレルは剣を収め、周囲にほかのモンスターがいないことを確認した。

「突進が厄介な相手だったな」

「うん。まともに受けたら危なかったと思う」

「お前の声がなかったら、避けるのが遅れていたかもしれない」

「見ていたら、わかっただけだよ」

 カエデはそう答えた。

 実際には、相手の行動を知っていたからこそ、動きを予測できたのだ。

 しかし、知識があっても、実際に戦うのはアレルである。

 彼が相手の動きを見極め、攻撃をかわしてくれなければ、カエデの助言も役には立たない。

「先へ進もう。洞窟までは、もう少しのはずだ」

「うん!」

 二人は再び歩き始めた。

     * * *

 しばらく進むと、岩山の麓に大きな洞窟が見えてきた。

 入り口は暗く、その奥から冷たい風が吹き出している。

「ここが、いざないの洞窟……」

 カエデは入り口を見上げた。

 知っている場所だ。

 けれど、実際に目の前にすると、ゲームの画面で見ていたときとは印象が違う。

 暗闇の向こうに何がいるのか。

 どこからモンスターが現れるのか。

 すべてを知っているつもりでも、身体には自然と緊張が走った。

「カエデ」

「なに?」

「これを返しておく」

 アレルが荷物から取り出したものを見て、カエデは目を丸くした。

「……あっ、ブーメラン!」

 ナジミの塔で手に入れたものの、練習中に投げてアレルに当たりかけたため、没収されていた武器だった。

「ここから先は、またモンスターが出てくる。自分の身を守る手段はあった方がいいだろう」

 アレルはブーメランを差し出した。

 カエデは両手で受け取る。

「ありがとう!」

「ただし、使うときは周囲をよく確認しろ。また俺に当たりそうになったら危ないからな」

「はい……」

 カエデは素直に頷いた。

 前回の失敗を思い出すと、反論できない。

「今度はちゃんと使ってみせるから!」

「まずは、まともに狙えるようになってからだな」

「うっ……。それはそうだけど」

 アレルはそれ以上何も言わず、洞窟へ視線を戻した。

「行くぞ」

「うん」

 二人は武器を確かめ、暗い入り口へと足を踏み入れた。

     * * *

 洞窟の地下1階は、ひんやりとしていた。

 天井から垂れた水滴が、石床に落ちて小さな音を立てている。壁にはところどころ苔が生え、足元は湿って滑りやすかった。

「足元に気をつけろ。滑るぞ」

「わかった」

 カエデは慎重に歩を進めた。

 そのとき、前方の岩陰から小さな影が飛び出してきた。

 続いて、もう一匹。

 さらに一匹。

「さそりばち……!」

 鋭い針を持ったモンスターが、羽音を立てながら二人の周囲を飛び回る。

「数が多いな……!」

 アレルが剣を構えた。

 さそりばちは一斉に距離を詰めてくる。

「アレル、針に気をつけて! 刺されたら危ないよ!」

「わかっている!」

 一匹がアレルの側面へ回り込んだ。

 アレルは剣を振って追い払おうとするが、さそりばちは素早く上昇し、刃をかわす。

「飛び回っていて、狙いにくい……!」

「無理に追いかけないで! 近づいてきたところを狙って!」

 カエデの声を聞き、アレルは剣を構え直した。

 さそりばちが再び接近してくる。

 アレルは動きを見定め、攻撃が届く距離に入った瞬間、剣を振り抜いた。

 一匹が床に落ちる。

 別のさそりばちが、すかさずカエデの方へ向かった。

「ひゃっ……!」

 カエデは身をすくめながらも、ブーメランを握り直した。

 まだ慣れていない。

 狙いを外せば、思わぬ方向へ飛んでいくかもしれない。

 それでも、何もしないわけにはいかなかった。

「それっ!」

 カエデがブーメランを投げる。

 弧を描いた武器が、さそりばちの体に当たった。

「当たった!」

 さそりばちが体勢を崩す。

 その隙に、アレルが別の一匹を斬り伏せた。

 残ったモンスターも、二人の攻撃を受けて次々に倒れていく。

 最後の一匹が光となって消え、ようやく羽音が止んだ。

「……終わった?」

「ああ。もういないようだ」

 アレルは剣を収めた。

 カエデはブーメランを拾い上げ、傷や汚れがないか確認する。

「今の、ちゃんと当たったよ!」

「見ていた。だが、投げたあとの動きにも気をつけろよ」

「うん。戻ってくるときも、ちゃんと確認する」

「それならいい」

 アレルは先へ進むよう促した。

 カエデはブーメランを握り直し、その後に続いた。

     * * *

 しばらく進むと、通路を塞ぐように積まれた壁が現れた。

「……行き止まりか?」

 アレルが壁に手を触れる。

 石を積み上げたような壁は、通路を完全に塞いでいた。

 カエデは、アレルの荷物へ視線を向けた。

「ねえ、まほうのたまを使うんじゃないかな?」

「これを使えば、この壁を壊せるのか?」

「たぶん。ここを通るには、それしかないと思う」

 アレルは荷物からまほうのたまを取り出した。

 壁の前に慎重に置き、二人は十分な距離を取る。

「離れていろ」

「うん!」

 やがて、洞窟内に大きな爆発音が響いた。

 轟音とともに壁が崩れ、石片が床へ散らばる。

 もうもうと立ち込める土煙が、少しずつ薄れていった。

 その向こうには、新たな通路が続いていた。

「……開いた!」

 カエデが声を上げる。

 アレルは崩れた壁を確かめ、先へ進めることを確認した。

「これで、奥へ行けるな」

「うん。気をつけて進もう」

 二人は再び歩き始めた。

 壁の先には、さらに下へ続く階段があった。

     * * *

 階段を下り、地下二階へ。

 そこは地下1階よりも天井が低く、通路も狭かった。

 壁の凹凸が影を作り、奥の様子が見えにくい。

 カエデは慎重に周囲を見回した。

 そのとき、前方から何かが這い寄ってくる音が聞こえた。

「……え?」

 緑色の大きな芋虫のようなモンスターが、一匹、暗がりから姿を現した。

 さらに、もう一匹。

 そして三匹目が、横の通路から現れる。

「キャタピラー……! 三体もいる!」

 アレルが剣を構えた。

「挟まれたか……!」

 キャタピラーたちは、じりじりと距離を詰めてくる。

 狭い通路では、三体の動きを同時に把握するのは難しい。

 カエデはブーメランを握る手に力を込めた。

 怖い。

 頭では知っているモンスターでも、実際に目の前から迫ってくると、その大きさと不気味な動きに身体が強張った。

 それでも、黙っているわけにはいかない。

「アレル、前の一体が近づいてる! 後ろにも気をつけて!」

「わかった!」

 アレルは正面のキャタピラーへ向き直り、剣を振るった。

 刃が硬い体表を打つ。

 キャタピラーは怯んだものの、すぐに体勢を立て直した。

「硬い……!」

「無理に正面から押し切らないで! 動きが止まったところを狙って!」

 カエデは後ろの二体にも目を配りながら、必死に声を上げた。

 一体が身体を丸め、アレルへ突進する。

 アレルはそれをかわし、体勢を崩したキャタピラーへ剣を振り下ろした。

 その間に、残る一体が側面から迫る。

「右! アレル、右!」

 アレルは反応した。

 だが、正面の一体を警戒した一瞬の隙を、もう一体が見逃さなかった。

 キャタピラーが死角から体当たりを仕掛ける。

「くっ――!」

 アレルが振り返る。

 しかし、避けるにはわずかに遅い。

「アレル!」

 考えるより先に、カエデの腕が動いていた。

 ブーメランが飛ぶ。

 回転しながら飛んだ武器が、アレルに迫っていたキャタピラーの体にぶつかった。

 攻撃の軌道がわずかに逸れる。

 その一瞬を使い、アレルは身をひねって体当たりをかわした。

「助かった!」

「まだ来るよ! 気をつけて!」

 カエデの声が通路に響く。

 アレルはすぐに剣を構え直した。

 だが、ブーメランを投げたことで、カエデ自身の手元には武器がない。

 しかも、彼女へ向かっていたキャタピラーが、今度は標的を変えたように接近してきていた。

「えっ、ちょっと……!」

 カエデは後ずさった。

 背後にも、別のキャタピラーが迫っている。

 左右を見ても、逃げられる場所がない。

「カエデ、下がるな! そこは――!」

 アレルの声が響いた。

 しかし、間に合わなかった。

 カエデの踵が、床の端を踏み外す。

「……え?」

 足元が消えた。

 身体がぐらりと傾き、視界が一気に崩れる。

「きゃあああっ!」

 カエデは、そのまま暗闇へと落ちていった。

「カエデ!」

 アレルの叫びが、洞窟内に反響した。

     * * *

 地下三階。

 カエデは石床に転がるように落ちた。

「いったぁ……!」

 全身に鈍い痛みが走る。

 幸い、致命的な怪我はなさそうだった。カエデは顔をしかめながらも、どうにか身体を起こす。

「……ここ、地下三階?」

 周囲を見回す。

 正規の進行ルートから外れた場所に落ちてしまったらしい。

 そのとき、近くの暗がりで物音がした。

 カエデは息を呑む。

 岩陰から、キャタピラーが姿を現した。

「うそ……まだいるの!?」

 別の方向からも、這いずる音が聞こえる。

 カエデは急いで立ち上がろうとしたが、落下の衝撃で足がもつれた。

 キャタピラーが迫る。

 その瞬間、上から声が響いた。

「カエデ!」

「アレル!?」

 次の瞬間、アレルが飛び降りてきた。

 着地すると同時に剣を抜き、カエデの前へ立つ。

「怪我はないか!」

「う、うん! ちょっと痛いけど、大丈夫!」

「なら、下がっていろ!」

 キャタピラーが突進してくる。

 アレルは正面から受け止めず、横へかわした。

 すれ違いざまに剣を振るい、一体を斬りつける。

 さらに、別のキャタピラーが背後から迫った。

「後ろ!」

 カエデの声に、アレルはすぐに反応する。

 身体をひねって攻撃をかわし、返す剣で相手を斬り伏せた。

 残る一体も、アレルへ向かって突進する。

 アレルは足場を確かめながら攻撃を避け、キャタピラーが方向を変える瞬間を狙った。

 剣が閃く。

 最後の一体が倒れ、光となって消えた。

 静寂が戻る。

 アレルはしばらく剣を構えたまま、周囲を警戒していた。

 やがて敵の気配がないことを確かめると、剣を下ろす。

「……もう大丈夫だ」

 カエデは、ようやく大きく息を吐いた。

「た、助かった……」

「まったく。無事でよかった」

 アレルはカエデの足元に目を向けた。

「歩けるか?」

「うん。たぶん」

「なら、無理をするな。戻るぞ」

 二人は周囲を確かめながら、近くの通路へ進んだ。

 地下三階の道は入り組んでいたが、少し進むと上へ戻れる階段が見つかった。

 拍子抜けするほど、あっさりと元の通路へ戻ることができた。

「……よかった。戻れたね」

「ああ。だが、さっきみたいに足元を見失うなよ」

「……はい」

 カエデは素直に頷いた。

 自分が落ちたせいで、アレルまで危険な場所へ来ることになった。

 そのことは、きちんと反省しなければならない。

 二人は来た道を慎重に戻り、改めて地下三階へ続く正規の通路を探した。

     * * *

 やがて、二人は地下三階へと続く階段を下りた。

 今度は足元を確かめながら、慎重に進む。

 地下三階の通路は、これまでの階とは少し様子が違っていた。

 進んだ先で道が三つに分かれている。

 左、真ん中、右。

 それぞれの道は暗く、先の様子はよく見えなかった。

「三つに分かれているのか……」

 アレルは立ち止まり、中央の道を見た。

「真ん中から進んでみよう。ひとまず、道が広そうだ」

「待って!」

 カエデは思わず声を上げた。

 アレルが振り返る。

「どうした?」

「右の道に行こう」

 口にしてから、カエデはしまったと思った。

 知っている。

 この先の正しい道を。

 けれど、それを説明するわけにはいかない。

「……どうして右なんだ?」

 当然の疑問だった。

 カエデは視線を泳がせ、少しだけ考えるふりをした。

「えっと……勘!」

「勘?」

「うん。なんとなく、右がいい気がするんだよね」

 アレルは三つの道を見比べた。

「何か目印があるわけでもないのに?」

「ないけど……。ほら、こういうときって、なんとなくこっちだって思うことない?」

「俺は、根拠のない勘だけで道を選ぶことはあまりないな」

「ですよね……」

 カエデは内心で冷や汗をかいた。

 やっぱり無理があっただろうか。

 アレルはしばらく黙って右の道を見ていたが、やがて小さく息を吐いた。

「……わかった。今回は、お前の勘を信じてみよう」

「えっ、いいの?」

「ここで迷っても仕方ない。それに、これまでお前の助言に助けられたこともある」

 アレルは右の道へ向き直った。

「ただし、危険があればすぐに引き返す。いいな?」

「もちろん!」

 カエデはほっと胸を撫で下ろし、彼の後に続いた。

 どうにか、ごまかせたらしい。

 けれど、アレルはこれまでとは少し違う目で彼女を見ていた。

 戦闘中、カエデは敵の動きをよく見ている。

 危険を察知するのも早い。

 そして今、何の目印もない分かれ道で、迷わず右を選んだ。

 偶然かもしれない。

 だが、これまでのことを考えると、彼女の勘は思ったほど当てずっぽうでもないのかもしれなかった。

「カエデ」

「なに?」

「もし何か気づいたことがあれば、遠慮せずに言ってくれ」

「……うん。わかった」

 カエデは頷いた。

 アレルが少しずつ自分の判断を信じてくれている。

 それはありがたい。

 けれど、彼女が道を知っている理由を知られるわけにはいかなかった。

 カエデは胸の内に秘密をしまい込み、前を向いた。

     * * *

 右の道を進んでいくと、やがて通路の先に不思議な光が見えてきた。

 青白い光が渦を巻き、周囲の空気を揺らしている。

「……あれは?」

 アレルが慎重に近づく。

 カエデには、それが何なのかすぐにわかった。

 旅の扉だ。

「ここを通れば、新たな大陸へ行けるんだな」

「うん。そうだと思う」

 ゲームで何度も見た光景に、カエデは頷いた。

けれど、実際に目の前にすると、まるで別の世界へ続く入り口のようだった。

 ここを抜ければ、次の冒険が始まる。

 新しい町。新しい出会い。そして、これまで以上に危険な戦い。

 知っているはずの世界なのに、知らないことばかりだった。

「行こう、アレル」

「ああ」

 二人は旅の扉へと足を踏み入れた。

 青白い光が、二人の姿を包み込む。

 こうして、二人は、いざないの洞窟を抜けた。

 その先に待つのは、次なる目的地――ロマリア。

 新たな冒険が、始まろうとしていた。
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