DQ3 夜明けの果てに君と

ナジミの塔の扉をくぐった瞬間、ひやりとした空気が二人を包んだ。

石造りの壁には細かなひびが走り、薄暗い通路の奥には、上階へ続く階段が見える。窓から差し込む光はわずかで、足元には乾いた埃が積もっていた。

外から見たときよりも、塔の内部はずっと広く、入り組んでいるように感じられた。

アレルは剣の柄に手を添え、周囲を見回した。

「……まずは、階段を探そう。何がいるかわからない。気をつけて進むぞ」

「うん」

カエデも声を潜めた。

見覚えのある場所。

けれど、記憶の中にある景色と、目の前の景色は違っていた。

壁の冷たさも、足音の反響も、薄暗い通路の奥から漂う湿った空気も、すべてが現実だった。

画面の中なら、敵が現れる場所も、次に進む道もわかっていた。

しかし、今は違う。

自分の知識がどこまで通用するのか。それさえ、確かではなかった。

「カエデ」

アレルが振り返る。

「敵を見つけても、無理に近づくな。何か気づいたことがあれば、すぐに教えてくれ」

「……わかった」

カエデは頷いた。

剣を振るうことはできない。呪文も使えない。

それでも、何もできないと決めつけるのは、まだ早い。

二人は足音を抑えながら、通路の奥へ進んだ。

* * *

最初の角を曲がったところで、カエデが足を止めた。

「……待って」

アレルがすぐに振り返る。

「どうした?」

「前に何かいる」

通路の向こうで、ひらひらと羽ばたく影が動いた。

蝶のような羽。その中央には、人の顔を思わせる不気味な模様が浮かんでいる。

じんめんちょう。

カエデは、その姿を見た瞬間に名前が浮かんだ。

「……じんめんちょう」

「知っているのか?」

「えっ……あ、ううん。見た目がそんな感じだから……!」

アレルは一瞬だけ彼女を見たが、それ以上は聞かなかった。

じんめんちょうが二人に気づき、羽を震わせる。

「来るぞ!」

アレルが剣を抜いた。

じんめんちょうは床すれすれまで降下したかと思うと、急に上昇し、アレルの頭上をすり抜けた。

剣が空を切る。

「くっ……!」

じんめんちょうは距離を取り、再び羽ばたいた。

その羽から、淡い光が広がっていく。

「アレル、気をつけて! 目を惑わす呪文かもしれない!」

アレルはすぐに身構えた。

じんめんちょうの動きを見失わないよう、剣先を向けたまま距離を保つ。

だが、光のせいで相手の動きがつかみにくい。

じんめんちょうが横へ回り込んだ。

「右!」

カエデの声が響く。

アレルは反射的に体をひねり、横薙ぎに剣を振った。

刃が羽を捉える。

じんめんちょうは床に落ち、羽をばたつかせた。アレルは間を置かずにとどめを刺した。

モンスターの姿が光の粒となって消える。

アレルは剣を構えたまま、しばらく周囲を警戒した。

ほかに敵の気配はない。

ようやく剣を下ろすと、カエデへ目を向けた。

「……さっきの光、よく気づいたな」

「羽が光ったから。何か仕掛けてくると思って」

「そうか」

短く答えたアレルは、再び通路へ視線を戻した。

「先へ進もう」

「うん」

カエデは頷き、後ろについていった。

役に立てた。

けれど、まだ安心はできない。塔の中には、ほかにもモンスターがいるはずだ。

* * *

通路を抜けた先に、小さな部屋があった。

壁際には古びた宝箱が置かれている。

「宝箱だ」

アレルは周囲を確認してから、慎重に近づいた。

その姿を見たカエデの頭に、宝箱の中身が浮かんだ。

――ブーメラン。

何度も見た。何度も手に入れた。

その記憶が、あまりにも自然に口からこぼれた。

「待って! それ、中身はブーメランだから!」

アレルの手が止まった。

「…………何?」

「…………あ」

カエデは固まった。

アレルはゆっくりと振り返る。

「……まだ開けていないぞ」

「う、うん」

「中身を見たわけでもない」

「……そうだね」

「なのに、どうしてわかる?」

まっすぐな問いだった。

カエデは目を泳がせた。

「えっと……予感?」

「予感」

「そう! なんとなく、そう思ったの!」

アレルは黙ってカエデを見つめた。

「……開けてみよう」

彼は宝箱の前に戻り、蓋を開けた。

中には、本当にブーメランが入っていた。

アレルはそれを取り出し、手の中で確かめる。

それから、カエデへ視線を戻した。

「……当たったな」

「そ、そうだね!」

「偶然か?」

「偶然だよ!」

返事が早すぎた。

アレルは何か言いたげな顔をしたものの、結局、それ以上は追及しなかった。

「武器として使えそうだ。持っていこう」

「うん……」

カエデは小さく頷いた。

――危なかった。

知っているからといって、何でも口にしていいわけではない。

これからは気をつけなければ。

そう考えていると、アレルがブーメランを差し出してきた。

「使ってみるか?」

「えっ、いいの?」

「使えるなら役に立つだろう。無理だと思ったらやめればいい」

カエデは少し迷ってから、ブーメランを受け取った。

「……やってみる」

戦えない自分でも、これなら何かできるかもしれない。

そう思ったのだ。

ただし、投げた武器がどこへ飛んでいくのかまでは、まだ想像できていなかった。

* * *

さらに先へ進むと、床の上を何かが滑るように動いていた。

青緑色の体。表面に浮かぶ不気味な泡。

バブルスライムだった。

「……アレル、待って!」

カエデはすぐに声を掛けた。

アレルが足を止める。

「あいつには触らないで!」

「毒か?」

「うん! 体に毒があるはず。剣で攻撃するなら、体液が飛んでこないように気をつけて!」

アレルは短く頷き、剣を構えた。

バブルスライムが跳ねる。

アレルは正面から斬りつけようとせず、相手の動きを見ながら横へ移動した。

バブルスライムは床を滑り、足元へ回り込もうとする。

「左に来る!」

カエデが叫んだ。

アレルはすぐに位置を変え、バブルスライムの進路を外した。

次の瞬間、剣が閃く。

一撃を受けたバブルスライムが大きく揺らいだ。さらにアレルが斬りつけると、その姿は光となって消えた。

アレルは剣を下ろさず、床や周囲に体液が残っていないか確かめた。

それから、カエデを振り返る。

「毒を持っていると、よくわかったな」

「……見た目が、いかにも危なそうだったから」

「見た目だけで、そこまで判断できるものか?」

カエデは一瞬、言葉に詰まった。

「……旅をしていると、危なそうなものには気をつけた方がいいでしょ?」

「それはそうだな」

アレルはそれ以上聞かず、通路の先を見た。

「先へ行こう」

カエデは息を吐いた。

また、怪しまれた。

けれど、今は説明できない。

自分にできるのは、知っていることを少しずつ役立てながら、秘密を守ることだけだった。

* * *

上階へ向かう階段を見つけた二人は、周囲を警戒しながら上っていった。

階段の先には、狭い通路が続いている。

その奥から、杖が石床を打つ音が聞こえた。

こつ、こつ、と一定の間隔で響く。

アレルは足を止め、剣を握り直した。

「……誰かいる」

通路の向こうから、まほうつかいが姿を現した。

杖を持ったモンスターは二人を見ると、すぐに身構えた。

「アレル、呪文に気をつけて!」

カエデの声と同時に、まほうつかいが杖を掲げる。

赤い光が集まり、火の玉が放たれた。

アレルは横へ跳び、炎をかわした。

火の玉が石壁にぶつかり、乾いた音とともに散る。

「……メラか!」

アレルは距離を詰めようとしたが、まほうつかいは再び杖を構えた。

「杖を上げたら、また来るよ!」

カエデはその動きを見逃さなかった。

まほうつかいが杖を掲げる。

「今!」

アレルは一気に踏み込んだ。

火の玉が放たれる直前、剣の間合いへ入り込む。

「はあっ!」

剣がまほうつかいを捉えた。

相手がよろめいた隙に、アレルはさらに一撃を加える。

まほうつかいは力尽き、光となって消えた。

アレルは剣を構えたまま、しばらく周囲を見回した。

敵の気配がないことを確かめてから、ようやく剣を下ろす。

「……杖を上げる動きか」

「うん。呪文を使う前に、動きに特徴があったから」

「次に同じ相手と戦うときも、役に立ちそうだな」

アレルはそれだけ言うと、再び歩き始めた。

カエデも後に続く。

長く話している余裕はない。

塔の中では、いつ何が襲ってくるかわからないのだから。

* * *

さらに階段を上り、細い通路を抜けた先に、小さな部屋があった。

そこには、一人の老人が座っていた。

二人の足音に気づくと、老人はゆっくりと顔を上げた。

「……おや。ようやく来たか」

アレルは警戒を解かず、老人の前で足を止めた。

「あなたが、この塔にいるという方ですか?」

「そうじゃ。わしに何か用かな?」

「盗賊の鍵を探しています。ここにあると聞いて来ました」

老人はアレルをじっと見つめた。

「なるほど……。おぬしが、あの勇者か」

「……俺を知っているんですか?」

「旅人の噂くらい、耳に入るものじゃよ」

老人は穏やかに笑った。

「バラモスを倒すために旅をしているそうじゃな」

「……はい」

アレルは背筋を伸ばした。

「必ず、バラモスを倒します」

老人はしばらく彼を見つめていたが、やがて懐から小さな鍵を取り出した。

「ならば、これを持っていくがよい。とうぞくのかぎじゃ」

アレルは鍵を受け取った。

「……ありがとうございます」

「この鍵があれば、今まで開けられなかった扉も開けられるじゃろう。旅を続けるなら、役に立つはずじゃ」

アレルは鍵を確かめ、しっかりとしまった。

「大切に使います」

「うむ。気をつけて行くのじゃぞ」

二人は老人に頭を下げ、部屋を出た。

塔の上までたどり着き、ようやく目的の鍵を手に入れた。

だが、まだ終わりではない。

アレルは来た道を振り返り、階段の先を確かめた。

「……戻ろう。下にも、鍵で開けられる扉があるかもしれない」

「うん」

カエデは頷いた。

彼女は知っている。

この鍵で開けられる扉があることも、その先に何が待っているのかも。

けれど、今度は口にしなかった。

* * *

帰り道は、行きよりも静かだった。

アレルが先を歩き、カエデは少し距離を取って後に続く。

塔の中では、わずかな物音も聞き逃せない。

階段を下り、薄暗い通路を曲がった、そのときだった。

「……アレル、前!」

カエデの声に、アレルが顔を上げる。

通路の先に、まほうつかいが立っていた。

杖の先が、かすかに赤く光っている。

先ほどの戦闘が脳裏をよぎり、カエデは思わず身構えた。

「またメラを――」

言い終える前に、まほうつかいが杖を掲げた。

しかし。

アレルは、すでに動いていた。

床を蹴る音が、狭い通路に鋭く響く。

まほうつかいが呪文を唱え始めるよりも早く、アレルは一気に間合いを詰めた。

杖が振り下ろされる。

その動きを見切ったように、アレルの体がわずかに傾いた。

杖の先が空を切る。

次の瞬間、剣が閃いた。

一撃。

まほうつかいが体勢を崩すより早く、アレルは踏み込み、もう一度剣を振るった。

まほうつかいの杖が石床に落ちた。

モンスターは呪文を放つことすらできず、その場に崩れ、光となって消えていった。

静寂が戻る。

アレルは剣を一度振り、刃についた埃を払うと、鞘へ収めた。

あまりにも鮮やかな決着だった。

カエデは、すぐには言葉が出なかった。

先ほどは、呪文の動きを見極めながら戦っていた。

けれど今は違う。

相手が何をしようとするのか、どの瞬間に踏み込めばいいのか。

まるで、すべてを見通していたかのようだった。

「……今の、呪文を使わせなかったの?」

思わず尋ねると、アレルは不思議そうに振り返った。

「使わせたら面倒だからな」

それだけだった。

アレルにとっては、当然の判断だったらしい。

「杖を上げる前から、動きに癖があった。構え直す瞬間に隙ができる。そこへ入っただけだ」

カエデは、彼の言葉を頭の中で繰り返した。

見ただけで、そこまでわかるのだろうか。

もちろん、アレルがここまで強くなるまでに、積み重ねてきた努力があるのだろう。

剣の握り方も、足の運びも、迷いのない判断も、一朝一夕で身につくものではない。

それでも――。

今の一連の動きは、ただ鍛錬を重ねただけでは説明しきれないほど、鮮やかだった。

生まれ持った才能。

戦いの中で相手の動きを見抜き、一瞬の隙を逃さない、天才的な剣の才。

それが、アレルにはある。

カエデは思わず、彼の剣を見つめた。

「……すごいね」

口にしたのは、それだけだった。

アレルは少しだけ目を瞬かせたが、すぐに通路の先へ視線を戻した。

「まだ先がある。油断するなよ」

「……うん」

短い言葉で、張り詰めた空気が戻ってくる。

カエデは気を引き締め直し、アレルの後を追った。

* * *

階段を下り、とうぞくのかぎで開けられる扉を確かめた二人は、ようやく塔の出口へたどり着いた。

アレルが扉を押し開ける。

その瞬間――。

まぶしい光が、二人の目に飛び込んできた。

「……っ!」

カエデは思わず目を細めた。

塔の中では、ずっと薄暗い景色しか見ていなかった。

それが今は、頭上いっぱいに青空が広がっている。

木々の葉が風に揺れ、枝の間から差し込む陽光が地面に模様を落としていた。

森を渡る風が頬を撫でる。

湿った石の匂いも、埃っぽい空気も、もう感じない。

カエデは入口から数歩進み、その場で大きく息を吸い込んだ。

「……はあーっ!」

胸の奥にたまっていた息を、ようやく吐き出す。

「外だ……!」

思わずこぼれた声に、アレルも足を止めた。

彼もまた、肩の力を抜き、空を見上げていた。

「……やっと出られたな」

「あの中、思ったより息が詰まるね。ずっと暗いし、音も響くし……」

「狭い場所で敵に囲まれると、逃げ道も限られるからな」

アレルは森の奥へ目を向けた。

「……それでも、目的は果たせた」

そう言って、腰の袋に手を当てる。

とうぞくのかぎ。

塔の中で何度も危険に遭いながら、ようやく手に入れたものだ。

カエデも、つられて塔を振り返った。

あの薄暗い通路。石の階段。いつ敵が現れるかわからない緊張感。

ようやく、そこから抜け出したのだ。

「……なんだか、外の空気ってこんなにおいしかったんだね」

「ずっと吸っていただろ」

「そうなんだけど、そういうことじゃなくて!」

カエデが思わず言い返すと、アレルはわずかに首を傾げた。

「……そうか」

真面目な返事に、カエデは小さく笑った。

張り詰めていたものが、ようやくほどけていく。

そのとき、風が森を抜け、木々の葉を一斉に揺らした。

さわさわと、柔らかな音が広がる。

カエデはもう一度、空を見上げた。

閉ざされた石の天井ではなく、どこまでも続く青。

それだけで、胸の奥が少し軽くなる気がした。

「……戻ろう。レーベまで、もう少しだ」

アレルの声に、カエデは頷いた。

「うん!」

二人は森の道を歩き始めた。

塔を出たからといって、旅の危険がなくなったわけではない。

それでも、今だけは。

外の光と風を感じながら、次の一歩を踏み出すことができた。

* * *

森を抜ける途中、カエデは手の中のブーメランを見下ろした。

「……ねえ、アレル」

「何だ?」

「これ、ちょっとだけ練習してみてもいい?」

アレルは足を止めた。

「……ここでか?」

「うん。周りには誰もいないし!」

「……本当に周りを確認したんだな?」

「したよ!」

アレルは少し考えたあと、短く頷いた。

「……一回だけだぞ。危ないと思ったら、すぐにやめろ」

「わかった!」

カエデはブーメランを構えた。

「それっ!」

ブーメランは勢いよく飛び出した。

しかし、狙いよりも右へ飛び、近くの岩に当たって軌道が変わる。

「……あれ?」

くるりと弧を描き、戻ってくる先には――。

「……ん?」

振り向いたアレルがいた。

「えっ」

カエデの顔が青ざめる。

「アレル、危ないっ!」

「は!?」

ブーメランが、アレルの顔のすぐ横をかすめた。

アレルは反射的に身を屈める。

ブーメランは背後の地面に落ち、乾いた音を立てた。

…………。

「……カエデ」

「……はい」

「周りを確認したんじゃなかったのか?」

「確認したよ! 投げる前は誰もいなかったの!」

「俺はいたけどな」

「ご、ごめんなさい……!」

アレルは深く息を吐き、地面に落ちたブーメランを拾い上げた。

「……これは、しばらく俺が預かる」

「ええっ!?」

「駄目だ」

「まだ一回しか投げてないのに!」

「その一回で俺に当たりかけたんだぞ」

「……はい」

カエデはしょんぼりと肩を落とした。

アレルはブーメランをしまい、歩き出した。

「練習するなら、もっと広い場所でだ」

「……わかりました」

二人は再びレーベへ向かった。

塔の中での緊張が嘘のような出来事だったが、アレルは最後まで周囲への警戒を怠らなかった。

カエデも、今度ばかりは余計なことを言わず、黙ってその後をついていった。

* * *

レーベへ戻るころには、日が傾き始めていた。

村の奥にある鍵の掛かった扉の前で、アレルはとうぞくのかぎを取り出した。

カチャリ。

扉が開く。

中には、一人の老人が待っていた。

「……おお。来たか」

老人はアレルを見ると、ゆっくりと頷いた。

「あなたが、ここで待っていた方ですか?」

「そうじゃ。おぬしが来るのを待っておった」

「……俺を?」

「バラモスを倒すために旅をしておるのだろう?」

アレルは真剣な表情で頷いた。

「……はい。俺は必ず、バラモスを倒します」

老人は、その決意を確かめるように彼を見つめ、やがて小さな玉を取り出す。

「ならば、これを持っていくがよい。」

アレルは差し出された物を両手で受け取り、頭を下げた。

「……ありがとうございます」

「これを持って、はるか東にあるいざないの洞窟を抜けた先へ向かいなさい」

「はい」

アレルは、まほうのたまを荷物にしまった。

とうぞくのかぎ。

そして、まほうのたま。

旅を続けるために必要なものが、少しずつ集まっていく。

老人の家を出ると、アレルは次の目的地を考えるように、村の外へ続く道を見た。

「……これで、次へ進めるな」

「うん」

カエデは短く答えた。

知っているはずの出来事が、目の前で起きている。

それでも、すべてが記憶どおりに進むとは限らない。

この世界で生きていくためには、知識だけに頼るのではなく、自分の目で見て、考え、行動しなければならない。

カエデは、アレルの隣で静かに拳を握った。

剣も、呪文も使えない。

それでも、自分にできることはある。

敵の動きを見抜くこと。

危険を予測すること。

そして、必要なときに声を上げること。

それが、今の自分にできる戦い方だった。

「……行こう、カエデ」

アレルの声に、カエデは顔を上げる。

夜に染まり出した村を、二人は歩き出した。
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