身の上




◇◇◇◇


「…―――ラ!おいキラ!!」

「え?あ、ごめ…っ!」
(そうだった!バイト、バイト!!)


いつしか過去の記憶に浸り切っていて、ぼんやりしてしまっていたらしい。顔見知りになったバイト仲間に肩を叩かれて、キラはハッと我に返った。

大学にかかる費用と生活費はウズミから送られて来ていたが、余り手を付けたくないというキラの気持ちは変わらないどころか益々頑なになっている。とはいえ大学の勉強は存外に楽しくて、決まったローテーションのあるアルバイトは出来そうもなかった。従って大学に合格した後もバイトは時々単発で引き受けるものに留まっていた。




今はいかにも高級そうなクラブの黒服のピンチヒッターをやっている。通常こういうトコロではバイトの更に代打など認められないのだが、店長の男がキラを気に入ってくれて、短期間とはいえ採用の運びとなった。不本意だが可愛らしい容姿のせいか、慣れないことにも真面目に取り組む姿勢に好感を持たれたのかは分からないが、お世辞にもスマートとはいかない接客にも、客受けは上々で。
一週間の約束で始めた、最終日の今日に至っては、出勤するなり「常勤でバイトに入ってみないか?」とまで店長にお誘いを受けたが、もちろんそんな気は更々ない。バイト料アップの話には正直グラついたものの、結局丁寧に断りの台詞を述べたキラであった。
尤も今日で終わりとはいえ、決していい加減な仕事をすることなど出来やしない。これがまた次の実入りのいいバイトを紹介してもらえることにも繋がるのだから。





「具合でも悪いのか?」
心配してくれるバイト仲間に「ちょっとボーッとしちゃっただけだよ」と舌を出した時、数人の客がどやどやと店内に入って来た。
だいぶ慣れたキラは、暖かいおしぼりと水を用意しようと、客の人数を数えようとして。



その視線が止まった。




いかにも遊んでそうだが、決して下品には堕ちない育ちのよさそうな若い客たちの中に。




見知った宵闇色の髪を見付けたからであった。





20090331
6/6ページ
スキ