身の上




逃げたって行くところなんかないのだと、キラはよく知っていた。いざとなれば働いて自活出来ない年でもないが、残念なことにそこまで意地を通すほど、キラはウズミやカガリのことが嫌いではなかった。悔しいがあのアスランへ嫁ぐことで少しでもこの家のためになるのなら、キラは従ってしまう。
その程度にはウズミには恩を感じているし、カガリは憎み切れない人だったのだ。
(もっと厭な人たちなら良かったのに)
そうすればキラだって、彼らの手を振り払うことが出来たから。


折角の晩餐にも殆ど手を付けず、そそくさと“団欒”の場を去るしか、キラには方法がなかった。




◇◇◇◇


『貴方のお父様は立派な方なのよ』
二言目にはそう言って笑う母の顔を思い出す。ごく最近与えられた部屋のベッドに潜り込んでも、疲れているはずのキラに、中々眠りは訪れてはくれなかった。馴染まない高級なシーツの肌ざわりさえ煩わしく感じる。
キラは眠るのを諦めて、暗い天井を眺めた。


「何でこんなことになっちゃったのかなぁ」
物心ついた時にはキラは母親と二人暮しだった。寂しい思いをさせてごめんねと儚く笑う母親にキラが何を言えただろうか。それに途中から居なくなれば寂しいと思うこともあったろうが、最初から居ない父親を恋うる気持ちはまるでなかった。
母は綺麗な優しい人で、キラにはそれで充分だったのだ。



いつだったか忘れてしまったが、自分の父親があのアスハ家の当主だと知った時も、全然実感なんてなかった。多少興味を持ってその人物を調べたりもしたが、政財界のライブラリーから見付けた数少ない“父親”の映像は尊大に発言する姿で、自分との共通点など皆目見当たらなかったのだ。




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