夜光雲
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「恭弥。前から言ってるが…あいつは」
「しつこいよ。貴方には関係ない」
「っ…お前なあ!」
執務室のドアはかすかに開いていた。跳ね馬が来ているらしい。駄々洩れの会話に呆れながら、ドアの前で気配を殺す。困ったな。綱吉様が雲雀に書類を持っていけというから来たのに。とても入れる雰囲気ではない。書類でもぶちまけて存在を主張してみようかな、なんて。
そう考えていると、ふと、静かになった。
「お話は済みましたか?」
閉じられていないドアをノックしつつ中の二人に声をかけた。確実にわたしの存在には気づいているだろうから、そのままドアを引いて顔を出す。跳ね馬が低い声で「ああ」と返事をした。この人にいい顔をされたことはあまりないけれど、こんなにあからさまなのは初めてだ。
「話、聞こえてたかい?」
「ええ、まあ。結構な声の大きさでしたし、ただならぬご様子でしたのでお声をかけるタイミングを失ってしまいました」
「…オレは帰る。邪魔したな、恭弥」
「お見送りいたします」
「いや、遠慮する」
「そうですか」
跳ね馬はドアの前でもう一度振り返り、雲雀に「よく考えろよ」と言って出て行った。
「めずらしいわね。あの人があんな顔するなんて。…ねえ雲雀、あいつってだあれ?」
「君は気にしなくていい」
「……そう」
わたしにいい顔しなくなったのは跳ね馬だけじゃない。獄寺さんも。山本さんも。他の人たちも。ランボさんなんてわたしと目も合わせない。雲雀の恋人じゃなかったら今頃きっと追い出されている。殺されないのが不思議なくらい。きっと、跳ね馬のいうあいつはわたしだ。そろそろ潮時かな。綱吉様の側近にはなれなかったけれど幹部の恋人にはなれたし、もう。
「君、両親のことどう思ってる」
「どう、って?」
好き?大事?綱吉様からの書類に目を通していた雲雀が声だけで尋ねる。わたしは淹れた紅茶を雲雀のデスクに置いて、顎に手を当て首を傾げた。両親、と言われても困る。
「育ててくれたことには感謝してるわ。天涯孤独だったわたしに居場所をくれたし、それなりの教養も得たし」
「そう」
わたしは養女だ。話に上がった両親はマフィアで、裏社会での生き方を教えてくれた。殺しの技、閨で手練手管、感情の殺し方。おかげでわたしは今最強のファミリーにいる。温かい家庭とは程遠かったけれど、感謝しているのは本当。
「この書類、なんて書いてあると思う?」
「え…?」
雲雀がわたしを手招きする。横に立って促されるまま書類を取ろうとした手を引かれて、膝の上に乗せられた。お腹に回された腕に甘えて体重を預けると、耳元で彼が言う。
「君のファミリーがボンゴレに敵意を持っていることが証明されたよ。今までは噂だけだったけどとうとう証拠が見つかってしまったんだ。……なまえも、情報を引き出した後処分しろってさ」
「………」
ひやりと雲雀の声が背を滑り落ちる。
ああ、判断が、遅かったな。もうチェックメイトだ。逃げることも、ファミリーにこの事を伝えることもできない。何も為せずわたしは殺されるのか。今までの、努力は。苦しみは。何の意味も。
「素直に吐いてくれたら助かるんだけど」
書類を手放した雲雀の手が優しく首を覆う。わたしの腹を抱える雲雀の腕を振りほどく力など持っていない。冷静な頭とは裏腹に心臓がどくどくと音を立て始め、脂汗が浮かんだ。慣れ親しんだ指が愛撫するように頸動脈を撫でる。
「わ、たし……」
口の中から水分が失われ、喉が詰まる。うまく声が出ない。雲雀の手がスーツの上から胸を撫でる。なにを、と口にしかけて首を絞められた。器用に片手でスーツとシャツのボタンが外されていく。その動作がやけにゆっくりに感じられて、いっそこのまま気を失いたいと思った。けれど気が遠くなる直前で血管を圧迫していた指は緩められ、ブラのホックが外された。酸素を得た脳に緊張と嫌な心臓の高鳴りが戻ってくる。この状況をどうやって切り抜ければいいのだろう。わたしじゃ雲雀を殺せない。雲雀から逃げるのも無理。どんなに誘惑してもきっと。何か話してしまう前にいっそ死んでしまった方がいい。そう、思うのに。雲雀の手が無慈悲に下着の中に侵入する。
「…っ」
「抵抗しないのは褒めてあげる。でも今考えてることは許さない」
下着の中に隠してたデリンジャーと弾一式、ナイフ、毒薬。すべて取り上げられデスクに置かれていく。スーツのポケットに入っていたリングと匣も。「リング、つけておけばよかったのに」と雲雀が嘲笑いながらわたしの右手を取って、指の間をゆるくなぞった。
「っは……屋敷の中でつけてると、警戒されるから」
「へえ」
何か、何か話さなければ。できるだけ有利になるように。
「さて、何から聞こうかな」
「わたしのこと拘束しなくていいの?」
「逃がさない自信があるからね。鼠は君ひとり?」
「ええ、そうよ。わたしひとりだけ。だからさっさと殺してしまえぁ゛ッ…ぅ」
「余計なことは言わなくていい」
今度は気管を押さえつけられて単純な苦しさに雲雀の手を掴んだ。すぐに解放されたけどかわいい抵抗だといわんばかりに鼻で笑った声が耳について恐怖を煽った。そう簡単に情報を吐かないよう躾けられているのに、この男相手に通用するとは全く思えなかった。
「げほっ…がはッ、やっ」
「言うべきことを言えば苦しまなくて済むよ」
咳き込むわたしの口の中に指が侵入した。余計に苦しくて涙があふれる。奥歯を指の腹で触って「まだ毒を隠し持ってたりしないだろうね」ってわたしの様子でもう何も手がないのはわかりきっているくせに!ついでとばかりに咥内を指が蹂躙する。
「僕は君を死なせるつもりは今の所無くてね」
「ぅあっ、…どう、して…」
「死んでしまったらつまらないだろ。まだ君の心からの悲鳴も聞いてないし、ぐちゃぐちゃの泣き顔も見てないし、内臓の色も」
何をされるのか想像して肝が冷える。そんなわたしをよそに雲雀は楽しそうに胸のラインをくすぐる。
「僕は助けてあげられる。但し、」
君だけだ、とびきり甘い声で雲雀が告げた。雲雀か家族か、天秤にかけろと言う。選択肢を与えておいて全くそちらを選ばせる気はないようで。わたしの意思とは関係なく傾いでいく。無理矢理分銅を乗せようと、脳に吹き込むために耳に唇が触れる。わたしがいつか裏切るために愛をささやいてきたこの男は、悪魔だった。
視界を覆いつくす、炎。
ようく知っているはずの形をした建物からうつくしいヴァイオレットの炎が上がっている。ごうごうと音を立てて燃やし、崩していく。そこにいた人も、在ったものたちも。そこで過ごしたわたしの記憶も。
呆然と立ち尽くしていると、黒髪の東洋人がわたしに手を差し出した。
男は血にまみれた手でわたしの頬に触れた。赤を塗り付けるように。鼻をつく、どこか甘いような鉄臭さ。じわりじわりと肺を侵し、思考が支配される。ぬるつくそれが肌の上を滴り落ちていく。ぽたりと垂れた赤がスーツに染みをつくった。
わたしのファミリーを屠ったその手で、わたしの家族の血液を。そんな目をして、自分の女に塗ったくるのがどうしてそんなに楽しいのか。
雲雀は、わらっていた。
いつも上物で気に入りのスーツしか着ないから、返り血なんて浴びないくせに。もしかしてヘマトフィリアの気でもあったの?わたしには、わたしにはない。やめてほしいなんて言えなかった。わたしの命運はこの男が握っている。たぶん、これから、一生。
血まみれの手が薄い皮膚の上を滑って顎を持ち上げる。強引な口づけ。おびき出された舌が噛まれる。鼻孔に入り込む血臭のせいで噛み千切られたのではないかと錯覚しそうだ。強く求められて、雲雀のスーツを掴む。わたしの手も赤黒くなっただろう。おかしい。家族が燃やされている中、それをした張本人とこんなことをしているなんて。
酸欠に喘ぐ最中、燃え盛る炎の方から爆発音がした。庇うように抱きしめられてむせ返るような血潮の臭いが肺を満たす。腕の中で身をよじって見れば、炎は紫から赤へと変わっていた。ガスか何かに引火したのだろうか。黒い煙を上げてめらめらと燃えている。化学物質が燃焼する悪臭が届き始めた。
「帰ろう」
一緒に
額にやわく唇が落とされる。雲雀の声が、目が、愛おしくてたまらないと告げてくる。生きているかぎり逃がさないと。
本来帰る場所は雲雀が焼いた。これからわたしはこの男とともに生き、同じ地獄に還るのだ。
2020.05.31
#復活夢版深夜の真剣創作60分一本勝負
お題「一緒に帰ろう」に参加させていただいた際のものに加筆しました
「しつこいよ。貴方には関係ない」
「っ…お前なあ!」
執務室のドアはかすかに開いていた。跳ね馬が来ているらしい。駄々洩れの会話に呆れながら、ドアの前で気配を殺す。困ったな。綱吉様が雲雀に書類を持っていけというから来たのに。とても入れる雰囲気ではない。書類でもぶちまけて存在を主張してみようかな、なんて。
そう考えていると、ふと、静かになった。
「お話は済みましたか?」
閉じられていないドアをノックしつつ中の二人に声をかけた。確実にわたしの存在には気づいているだろうから、そのままドアを引いて顔を出す。跳ね馬が低い声で「ああ」と返事をした。この人にいい顔をされたことはあまりないけれど、こんなにあからさまなのは初めてだ。
「話、聞こえてたかい?」
「ええ、まあ。結構な声の大きさでしたし、ただならぬご様子でしたのでお声をかけるタイミングを失ってしまいました」
「…オレは帰る。邪魔したな、恭弥」
「お見送りいたします」
「いや、遠慮する」
「そうですか」
跳ね馬はドアの前でもう一度振り返り、雲雀に「よく考えろよ」と言って出て行った。
「めずらしいわね。あの人があんな顔するなんて。…ねえ雲雀、あいつってだあれ?」
「君は気にしなくていい」
「……そう」
わたしにいい顔しなくなったのは跳ね馬だけじゃない。獄寺さんも。山本さんも。他の人たちも。ランボさんなんてわたしと目も合わせない。雲雀の恋人じゃなかったら今頃きっと追い出されている。殺されないのが不思議なくらい。きっと、跳ね馬のいうあいつはわたしだ。そろそろ潮時かな。綱吉様の側近にはなれなかったけれど幹部の恋人にはなれたし、もう。
「君、両親のことどう思ってる」
「どう、って?」
好き?大事?綱吉様からの書類に目を通していた雲雀が声だけで尋ねる。わたしは淹れた紅茶を雲雀のデスクに置いて、顎に手を当て首を傾げた。両親、と言われても困る。
「育ててくれたことには感謝してるわ。天涯孤独だったわたしに居場所をくれたし、それなりの教養も得たし」
「そう」
わたしは養女だ。話に上がった両親はマフィアで、裏社会での生き方を教えてくれた。殺しの技、閨で手練手管、感情の殺し方。おかげでわたしは今最強のファミリーにいる。温かい家庭とは程遠かったけれど、感謝しているのは本当。
「この書類、なんて書いてあると思う?」
「え…?」
雲雀がわたしを手招きする。横に立って促されるまま書類を取ろうとした手を引かれて、膝の上に乗せられた。お腹に回された腕に甘えて体重を預けると、耳元で彼が言う。
「君のファミリーがボンゴレに敵意を持っていることが証明されたよ。今までは噂だけだったけどとうとう証拠が見つかってしまったんだ。……なまえも、情報を引き出した後処分しろってさ」
「………」
ひやりと雲雀の声が背を滑り落ちる。
ああ、判断が、遅かったな。もうチェックメイトだ。逃げることも、ファミリーにこの事を伝えることもできない。何も為せずわたしは殺されるのか。今までの、努力は。苦しみは。何の意味も。
「素直に吐いてくれたら助かるんだけど」
書類を手放した雲雀の手が優しく首を覆う。わたしの腹を抱える雲雀の腕を振りほどく力など持っていない。冷静な頭とは裏腹に心臓がどくどくと音を立て始め、脂汗が浮かんだ。慣れ親しんだ指が愛撫するように頸動脈を撫でる。
「わ、たし……」
口の中から水分が失われ、喉が詰まる。うまく声が出ない。雲雀の手がスーツの上から胸を撫でる。なにを、と口にしかけて首を絞められた。器用に片手でスーツとシャツのボタンが外されていく。その動作がやけにゆっくりに感じられて、いっそこのまま気を失いたいと思った。けれど気が遠くなる直前で血管を圧迫していた指は緩められ、ブラのホックが外された。酸素を得た脳に緊張と嫌な心臓の高鳴りが戻ってくる。この状況をどうやって切り抜ければいいのだろう。わたしじゃ雲雀を殺せない。雲雀から逃げるのも無理。どんなに誘惑してもきっと。何か話してしまう前にいっそ死んでしまった方がいい。そう、思うのに。雲雀の手が無慈悲に下着の中に侵入する。
「…っ」
「抵抗しないのは褒めてあげる。でも今考えてることは許さない」
下着の中に隠してたデリンジャーと弾一式、ナイフ、毒薬。すべて取り上げられデスクに置かれていく。スーツのポケットに入っていたリングと匣も。「リング、つけておけばよかったのに」と雲雀が嘲笑いながらわたしの右手を取って、指の間をゆるくなぞった。
「っは……屋敷の中でつけてると、警戒されるから」
「へえ」
何か、何か話さなければ。できるだけ有利になるように。
「さて、何から聞こうかな」
「わたしのこと拘束しなくていいの?」
「逃がさない自信があるからね。鼠は君ひとり?」
「ええ、そうよ。わたしひとりだけ。だからさっさと殺してしまえぁ゛ッ…ぅ」
「余計なことは言わなくていい」
今度は気管を押さえつけられて単純な苦しさに雲雀の手を掴んだ。すぐに解放されたけどかわいい抵抗だといわんばかりに鼻で笑った声が耳について恐怖を煽った。そう簡単に情報を吐かないよう躾けられているのに、この男相手に通用するとは全く思えなかった。
「げほっ…がはッ、やっ」
「言うべきことを言えば苦しまなくて済むよ」
咳き込むわたしの口の中に指が侵入した。余計に苦しくて涙があふれる。奥歯を指の腹で触って「まだ毒を隠し持ってたりしないだろうね」ってわたしの様子でもう何も手がないのはわかりきっているくせに!ついでとばかりに咥内を指が蹂躙する。
「僕は君を死なせるつもりは今の所無くてね」
「ぅあっ、…どう、して…」
「死んでしまったらつまらないだろ。まだ君の心からの悲鳴も聞いてないし、ぐちゃぐちゃの泣き顔も見てないし、内臓の色も」
何をされるのか想像して肝が冷える。そんなわたしをよそに雲雀は楽しそうに胸のラインをくすぐる。
「僕は助けてあげられる。但し、」
君だけだ、とびきり甘い声で雲雀が告げた。雲雀か家族か、天秤にかけろと言う。選択肢を与えておいて全くそちらを選ばせる気はないようで。わたしの意思とは関係なく傾いでいく。無理矢理分銅を乗せようと、脳に吹き込むために耳に唇が触れる。わたしがいつか裏切るために愛をささやいてきたこの男は、悪魔だった。
視界を覆いつくす、炎。
ようく知っているはずの形をした建物からうつくしいヴァイオレットの炎が上がっている。ごうごうと音を立てて燃やし、崩していく。そこにいた人も、在ったものたちも。そこで過ごしたわたしの記憶も。
呆然と立ち尽くしていると、黒髪の東洋人がわたしに手を差し出した。
男は血にまみれた手でわたしの頬に触れた。赤を塗り付けるように。鼻をつく、どこか甘いような鉄臭さ。じわりじわりと肺を侵し、思考が支配される。ぬるつくそれが肌の上を滴り落ちていく。ぽたりと垂れた赤がスーツに染みをつくった。
わたしのファミリーを屠ったその手で、わたしの家族の血液を。そんな目をして、自分の女に塗ったくるのがどうしてそんなに楽しいのか。
雲雀は、わらっていた。
いつも上物で気に入りのスーツしか着ないから、返り血なんて浴びないくせに。もしかしてヘマトフィリアの気でもあったの?わたしには、わたしにはない。やめてほしいなんて言えなかった。わたしの命運はこの男が握っている。たぶん、これから、一生。
血まみれの手が薄い皮膚の上を滑って顎を持ち上げる。強引な口づけ。おびき出された舌が噛まれる。鼻孔に入り込む血臭のせいで噛み千切られたのではないかと錯覚しそうだ。強く求められて、雲雀のスーツを掴む。わたしの手も赤黒くなっただろう。おかしい。家族が燃やされている中、それをした張本人とこんなことをしているなんて。
酸欠に喘ぐ最中、燃え盛る炎の方から爆発音がした。庇うように抱きしめられてむせ返るような血潮の臭いが肺を満たす。腕の中で身をよじって見れば、炎は紫から赤へと変わっていた。ガスか何かに引火したのだろうか。黒い煙を上げてめらめらと燃えている。化学物質が燃焼する悪臭が届き始めた。
「帰ろう」
一緒に
額にやわく唇が落とされる。雲雀の声が、目が、愛おしくてたまらないと告げてくる。生きているかぎり逃がさないと。
本来帰る場所は雲雀が焼いた。これからわたしはこの男とともに生き、同じ地獄に還るのだ。
2020.05.31
#復活夢版深夜の真剣創作60分一本勝負
お題「一緒に帰ろう」に参加させていただいた際のものに加筆しました
1/2ページ