Buon Natale
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※諸々捏造 夢主黒曜生設定
寒空の下、会場のあちらこちらいっぱいに、柔らかな光があふれていた。
木製の小さな屋台が立ち並び、屋台の屋根や柱には赤や金、松ぼっくりなどが飾られて、その下のカウンターにはさまざまなものが所狭しと並んで売られている。
十二月の上旬から行われている、並盛町クリスマスマーケット。まだイブにもなっていないからそんなに混んでいないのではとたかをくくっていた私は、その人混みに圧倒されていた。
本当は一人で来る予定じゃなかった。どうしても一緒に来てほしいと誘ってくれた友人は体調不良で急きょ来られなくなってしまい、行く理由はさっぱりなくなった。なくなった、はずだった。
それなのにふと、一人でもいいから行ってみようと考え直したのである。
日々強まる街のクリスマスムードに影響されたか、もしくは、荒れに荒れた我が学校、黒曜中と、反りが合わない親がいる家庭、それでも迫りくる受験のための勉強、居場所のない息の詰まりそうな生活に、何かしらのアクションを起こしたかったのか。
特に行きたい店や見たいものもなく、ただ人の波に合わせて歩いた。歩を進めながら、心が重くなっていくのを感じる。
楽しい場所に来ると落ち込む私はおかしいのだろう。
視界のあちこちに見える親子連れ。腕を組む恋人達。もしくは気の良い仲間とだべっている人達。グラスを交わす乾杯の音。
大人子ども関係なくはしゃぐ声。
そのどれもが、自分には関係ないもの、手に入らないもののように思えて仕方がなく、こんな気持ちは思春期特有なのか、それとも生来のものかも判断できず、つい苛立って、コートの上から胸のあたりをぎゅっと握りしめる。
頭上ではそんな私にお構いなく、有名なクリスマスソングのアレンジが遠くのステージの端にあるスピーカーから流れてきている。
駄目だ。やっぱり帰ろう。
回れ右をしようとしたとき、私の斜め前を歩いていた人から、何かが落ちた。視力は抜群に良いというわけではないが、まるでそのときだけ、時間がゆっくりと再生されたときみたいに、スローモーションに見えた。
落ちたものを確認する。人工の芝生の上に、紺色の四角いもの。ハンカチだ。
「あの、落としましたよ!」
とっさにハンカチをすくい上げて声を張り上げていた。目の前の数人が振り返った。しかし当の本人は気づいていない。私は地面を蹴り上げ、小走りでぐっとその人と距離を詰めると、とんとんと背中を叩いた。
「あの、これ……!」
落としましたよ、と再度言いかけて言葉が出なかった。振り向いたその人を、私は知っていたから。
左右違う色の不思議な目が、少し丸みを帯びて私に向けられる。ふわ、と白い息を吐く口元に、藍色の艷やかな髪がかかっていた。
六道骸くん。同じクラスの。
「……!」
驚きと共に、見知った顔にホッとしてしまった。六道くんは名前からして本当に不思議な人だ。時々しか出席していないにも関わらず、黒曜中の不良たちをまとめあげ、支配下に置いているともっぱらの噂。裏では口で言うのも憚られるほどの悪事を行っているとも──でも私が教室で見る六道くんはいつも穏やかな物腰で、一緒につるんでいるらしい他の二人はともかく(?)人畜無害そうな雰囲気だった。
私は学級委員長だ。半分くらい崩壊しかけたクラスで、半ば強引に押し付けられた役割。学級委員の仕事の一環として、不登校なクラスメイトを気にかけてほしい、と先生に懇願され、珍しく六道くんが学校に来た日は話しかけてみたりしているが、そのときも邪険にされたことはない。いつも丁寧に応えてくれる。
私達は人通りの邪魔にならないよう、道の脇にある電飾が巻かれた街路樹のところまで移動した。六道くんは私からハンカチを受け取ると、クフフ、とこれまた個性的な笑みをこぼした。
「拾ってくださって、ありがとうございました。苗字さんも、このようなところに来るんですね」
「一緒に行く予定だった友達が風邪ひいちゃって。せっかくだし、一人でもいいかなって」
「それはお大事に。なるほど、僕とほとんど同じ理由だ」
「え、六道くんも?」
「来るつもりは無かったんですけどね。行かないのも少しもったいない気がしまして」
親近感が湧いた。けれど、少ししぼんだ。私の目の前に立つ六道くんはすらりとした体型にトレンチコートとマフラーがよく似合っていて、モデルと言われても違和感がない。対して私は、ウェーブだかナチュラルだか己の骨格など無視して適当に選んだヒザ下くらいまで隠れる寸胴コートだ。
六道くんを意識しているわけじゃないけれど、同年代の男の子の前だと、もうちょっとおしゃれを頑張れば良かったかな、なんて気がしてくる。
会話も途切れ、そろそろ別れようかと考えだした頃、六道くんが切り出した。
「ハンカチのお礼もしたいですし、よかったら一緒に周りませんか?」
どこからか、シナモンやオレンジを煮詰めたような香りが漂ってくる。考えるより先に、頷いている自分がいた。
六道くんと二人で、屋台をひとつひとつ見ていった。彼が先導を行き、私は後ろからついていく。こんなに多くの人がひしめきあっているのに、六道くんの行き先は上手く人が広がって避けていくみたいだ。
私達が最初に到着したのは雑貨が売られているコーナーだった。こう改めてみると、実にいろんなものが売られているんだなと感心する。
木製のマグカップやおもちゃ。くるみ割り人形なんて生で見たのは初めてかもしれない。手作りの華やかな飾りが施されたキャンドル。ツリーに飾るオーナメントの山。ニット帽子や手袋。これでもかとクリスマスの概念が大量に迫ってきて、まぶしい。
そんな気圧されそうになっている私の右隣で、六道くんは、そのひとつひとつを大切そうに、大事そうに眺めていた。買うわけでもなく、実際に手に取ってもいないけれど、とても真剣な様子で。
六道くんってこんな顔するんだ。私の視線はいつの間にか屋台の品物から六道くんに移っていた。
すると藍色の瞳が商品から私の方へ、彼の顔が静かにこちらに向かうにつれて、隠れていた右目の赤いほうも私を見つめた。
「なにか、僕の顔についてますか」
穏やかに、困ったように尋ねてくる。怒ってはない。
「ああごめん! 熱心に見てるから、なにか買わないのかなーって」
「クフフ。そうですね……こう、見ているだけでも楽しいと考えていました」
「確かにそうかもね」
きらびやかなモノたち。
実際に手に入らなくても、見ているだけでも。
別に悪いことじゃないし財布には優しいし、なのになんだかさみしくなってしまった。それは、欲しいものを買ってとねだってもめったに叶えられなかった幼い頃の経験を思い出したせいだろうか。
「それに、クリスマスが終われば、場所を取るものも多いですし」
「一理あるね」
ふふ、クフフ、と二人で笑いあった。ああでも、と私の目はあるものを見つける。
「これは、場所取らないんじゃない?」
つい、手を伸ばしてしまった。手のひらに乗せられるミニチュアサイズのガラス細工だ。ツリー、サンタクロース、プレゼント、天使、雪だるまにトナカイ、サンタが乗るソリ。細やかで、よくできている。
ふむ、と六道くんが口元に手をやってかがむ。そして、ひょいひょいといくつかのガラス細工を自分の手前へ置き始めた。ツリーと、トナカイ、ソリ。
「サンタ、どれがいいと思いますか」
ガラスのサンタクロースは実にいろんなタイプが居た。荷物をかかえているサンタ、チェロやバイオリンなど楽器を弾いているサンタ、ビールをかかげているサンタ。何も持ってなくて、変なポーズを取っているサンタ。
「そうだね……やっぱ王道なのが可愛いかも」
言いながら、私は六道くんが選んだガラス細工ツリーの隣に、荷物を背負うサンタを並べた。そこでふと、思う。
「お友達もいなくて、いいのかな」
「ほう?」
「サンタ一人で、さみしくないかな。ほら、もう一人くらい、サンタがいても……」
言いかけて、はっとする。これは六道くんの買い物なのに、つい口を挟みすぎてしまった。
「っ、ごめん忘れて」
「苗字さん?」
「変なこと言ってごめんね。……あ、」
振り向くと向かいの屋台群は、食べ物や飲み物を売っているコーナーだった。
「そうだ、お礼してくれるって言ってたよね。なにか見てきてもいい?」
「もちろん。僕も後で追いつきますよ」
六道くんのガラス細工は、店主の手によってきれいな箱に包まれ始めていた。そこから自分を引き剥がすために、軽く手を降って、人混みをかきわけて向かいの屋台へ突っ切っていく。
歩きながら、本当は、私もガラス細工が欲しかったのかもしれないと自分の声を消すのに必死だった。でもお金に余裕があるわけじゃないし、それを同級生に知られるのは嫌だった。
「は〜……あったか……!」
会場に設置されているテラス席に座って、冷えた手を赤いマグカップで温めながら、しみじみとする。中に入っているのは、ホットココア。六道くんは私のと色違いの黒いカップで、ホットチョコレートを飲んでいた。
「美味しいですか?」
「とっても。ありがとね、六道くん」
「いえいえ、こちらもお礼なので」
一口、また一口と飲むたびにマグカップを眺める。雪の結晶がいくつも、違うデザインのものが描かれた赤いマグカップ。飲み終わったら、お土産として持って帰っていいとお店の人が言っていた。なんだか嬉しい。
体内に染み込むあたたかさと甘さに身を委ねながら、マーケットと行き交う人々を見る。夜の眠気も相まって、少しだけ眼前の光景がぼやける。光のかたまりだ、と思う。
「……やっぱ来て、良かったかも」
ふと呟く。自分にはあまり縁のないものと感じていても、飛び込んでしまえば割と居心地が良かった。一緒に居てくれた人のおかげでもある。六道くんのおかげで、楽しかった。けれど、それを口にするのはなんだか気恥ずかしくて、なんだか悶々としている私に、六道くんは目を細めて言った。
「ひとつ、かのこさんにお願いがあるんですが」
「え、何?」
すると、
「あーっ、骸さんいたあ!」
「骸さま」
急に騒々しい気配がして、振り返ると遠くから二人の人間がこちらに駆け寄ってきていた。城島犬くんと柿本千種くんだ。学校で六道くんとよく一緒にいる。
「骸さま、良かった……」
「やっと見つけたびょん! ずーっと探したんれすよう、……げっ、学級委員!」
城島くんが私に気づいて、顔をしかめる。ずっと探していた、という彼の発言に、どういうことかと六道くんに視線を戻すと、彼は肩をすくめて申し訳無さそうに言った。
「すみません。嘘をついてしまいました。本当は、彼らとはぐれただけなんです」
「そんな、言ってくれたら一緒に探したのに」
「でも、それだと二人きりで見て回れないかと思いまして」
──チャンスだと思ったんです。
六道くんの発言に、一瞬、時が止まる。とん、と急に心臓のあたりに意識が行ったような、変な感覚が走って、戸惑う私に、六道くんは続ける。
「そうだ、お願いの件なんですが。これ、」
テラス席のテーブルの上に置いてあったガラス細工の入った箱を、六道くんはすっと私の方に差し出してきた。
「君がもらってくれませんか」
「え、えっ、」
「我が家には、イヌといいますか動物っぽいといいますか、居たのを思い出しまして……こんな繊細なものがあったら、割ってしまうかもしれない」
六道くんの曖昧な言い方に、私は疑問符を浮かべる。心なしか六道くんの視線が、私を通り越して二人組のほうへ向けられているように感じるのは、気のせいだろうか。
「でも、六道くんがお金出したものだし……」
「頼みます。人助けだと思って」
断りながらも、内心かなり、かなり揺れていた。さっきの六道くんの発言然り、まるでプレゼントをもらっているみたいで。
散々迷ったあげく、結局、私はガラス細工の箱を手に取った。
「あ、ありがとう。……大切にするね」
「助かります。では、僕はそろそろここで」
六道くんはマグカップ片手に立ち上がり、ゆったりと私の隣を通り過ぎ、二人組のもとへ歩いていく。最後に、音もなく一度振り向いた。
「また、学校で」
六道くんが去った後も、私はしばらくの間テラス席に座ったままだった。六道くんとここではち合わせしたのも、一緒に屋台巡りしたのも、すべてが夢幻のような心地がしてくる。
ただひとつ、目の前に残された箱。ほしかったもの。これまでのすべてが現実であったことを確かめるように、私は結ばれたリボンをほどいて、丁寧に箱を開けた。
包装紙にくるまれたミニチュアのガラス細工をひとつひとつ、テーブルに並べていく。クリスマスツリー、トナカイ、ソリ。それから、
「あ、」
ガラスでできたサンタクロース。
しかも、二人いる。
荷物をしょっているサンタと、両手でバンザイみたいなポーズをしているサンタ。『お友達』も、買ってくれたんだ。
小さな彼らは、今年は私のせまい勉強机のかたすみで、クリスマスを彩ってくれるのだろう。六道くんに学校でまた会えたら、ちゃんとお礼を言おう。二人のサンタを両手に、つい、口元が緩んだ。
寒空の下、会場のあちらこちらいっぱいに、柔らかな光があふれていた。
木製の小さな屋台が立ち並び、屋台の屋根や柱には赤や金、松ぼっくりなどが飾られて、その下のカウンターにはさまざまなものが所狭しと並んで売られている。
十二月の上旬から行われている、並盛町クリスマスマーケット。まだイブにもなっていないからそんなに混んでいないのではとたかをくくっていた私は、その人混みに圧倒されていた。
本当は一人で来る予定じゃなかった。どうしても一緒に来てほしいと誘ってくれた友人は体調不良で急きょ来られなくなってしまい、行く理由はさっぱりなくなった。なくなった、はずだった。
それなのにふと、一人でもいいから行ってみようと考え直したのである。
日々強まる街のクリスマスムードに影響されたか、もしくは、荒れに荒れた我が学校、黒曜中と、反りが合わない親がいる家庭、それでも迫りくる受験のための勉強、居場所のない息の詰まりそうな生活に、何かしらのアクションを起こしたかったのか。
特に行きたい店や見たいものもなく、ただ人の波に合わせて歩いた。歩を進めながら、心が重くなっていくのを感じる。
楽しい場所に来ると落ち込む私はおかしいのだろう。
視界のあちこちに見える親子連れ。腕を組む恋人達。もしくは気の良い仲間とだべっている人達。グラスを交わす乾杯の音。
大人子ども関係なくはしゃぐ声。
そのどれもが、自分には関係ないもの、手に入らないもののように思えて仕方がなく、こんな気持ちは思春期特有なのか、それとも生来のものかも判断できず、つい苛立って、コートの上から胸のあたりをぎゅっと握りしめる。
頭上ではそんな私にお構いなく、有名なクリスマスソングのアレンジが遠くのステージの端にあるスピーカーから流れてきている。
駄目だ。やっぱり帰ろう。
回れ右をしようとしたとき、私の斜め前を歩いていた人から、何かが落ちた。視力は抜群に良いというわけではないが、まるでそのときだけ、時間がゆっくりと再生されたときみたいに、スローモーションに見えた。
落ちたものを確認する。人工の芝生の上に、紺色の四角いもの。ハンカチだ。
「あの、落としましたよ!」
とっさにハンカチをすくい上げて声を張り上げていた。目の前の数人が振り返った。しかし当の本人は気づいていない。私は地面を蹴り上げ、小走りでぐっとその人と距離を詰めると、とんとんと背中を叩いた。
「あの、これ……!」
落としましたよ、と再度言いかけて言葉が出なかった。振り向いたその人を、私は知っていたから。
左右違う色の不思議な目が、少し丸みを帯びて私に向けられる。ふわ、と白い息を吐く口元に、藍色の艷やかな髪がかかっていた。
六道骸くん。同じクラスの。
「……!」
驚きと共に、見知った顔にホッとしてしまった。六道くんは名前からして本当に不思議な人だ。時々しか出席していないにも関わらず、黒曜中の不良たちをまとめあげ、支配下に置いているともっぱらの噂。裏では口で言うのも憚られるほどの悪事を行っているとも──でも私が教室で見る六道くんはいつも穏やかな物腰で、一緒につるんでいるらしい他の二人はともかく(?)人畜無害そうな雰囲気だった。
私は学級委員長だ。半分くらい崩壊しかけたクラスで、半ば強引に押し付けられた役割。学級委員の仕事の一環として、不登校なクラスメイトを気にかけてほしい、と先生に懇願され、珍しく六道くんが学校に来た日は話しかけてみたりしているが、そのときも邪険にされたことはない。いつも丁寧に応えてくれる。
私達は人通りの邪魔にならないよう、道の脇にある電飾が巻かれた街路樹のところまで移動した。六道くんは私からハンカチを受け取ると、クフフ、とこれまた個性的な笑みをこぼした。
「拾ってくださって、ありがとうございました。苗字さんも、このようなところに来るんですね」
「一緒に行く予定だった友達が風邪ひいちゃって。せっかくだし、一人でもいいかなって」
「それはお大事に。なるほど、僕とほとんど同じ理由だ」
「え、六道くんも?」
「来るつもりは無かったんですけどね。行かないのも少しもったいない気がしまして」
親近感が湧いた。けれど、少ししぼんだ。私の目の前に立つ六道くんはすらりとした体型にトレンチコートとマフラーがよく似合っていて、モデルと言われても違和感がない。対して私は、ウェーブだかナチュラルだか己の骨格など無視して適当に選んだヒザ下くらいまで隠れる寸胴コートだ。
六道くんを意識しているわけじゃないけれど、同年代の男の子の前だと、もうちょっとおしゃれを頑張れば良かったかな、なんて気がしてくる。
会話も途切れ、そろそろ別れようかと考えだした頃、六道くんが切り出した。
「ハンカチのお礼もしたいですし、よかったら一緒に周りませんか?」
どこからか、シナモンやオレンジを煮詰めたような香りが漂ってくる。考えるより先に、頷いている自分がいた。
六道くんと二人で、屋台をひとつひとつ見ていった。彼が先導を行き、私は後ろからついていく。こんなに多くの人がひしめきあっているのに、六道くんの行き先は上手く人が広がって避けていくみたいだ。
私達が最初に到着したのは雑貨が売られているコーナーだった。こう改めてみると、実にいろんなものが売られているんだなと感心する。
木製のマグカップやおもちゃ。くるみ割り人形なんて生で見たのは初めてかもしれない。手作りの華やかな飾りが施されたキャンドル。ツリーに飾るオーナメントの山。ニット帽子や手袋。これでもかとクリスマスの概念が大量に迫ってきて、まぶしい。
そんな気圧されそうになっている私の右隣で、六道くんは、そのひとつひとつを大切そうに、大事そうに眺めていた。買うわけでもなく、実際に手に取ってもいないけれど、とても真剣な様子で。
六道くんってこんな顔するんだ。私の視線はいつの間にか屋台の品物から六道くんに移っていた。
すると藍色の瞳が商品から私の方へ、彼の顔が静かにこちらに向かうにつれて、隠れていた右目の赤いほうも私を見つめた。
「なにか、僕の顔についてますか」
穏やかに、困ったように尋ねてくる。怒ってはない。
「ああごめん! 熱心に見てるから、なにか買わないのかなーって」
「クフフ。そうですね……こう、見ているだけでも楽しいと考えていました」
「確かにそうかもね」
きらびやかなモノたち。
実際に手に入らなくても、見ているだけでも。
別に悪いことじゃないし財布には優しいし、なのになんだかさみしくなってしまった。それは、欲しいものを買ってとねだってもめったに叶えられなかった幼い頃の経験を思い出したせいだろうか。
「それに、クリスマスが終われば、場所を取るものも多いですし」
「一理あるね」
ふふ、クフフ、と二人で笑いあった。ああでも、と私の目はあるものを見つける。
「これは、場所取らないんじゃない?」
つい、手を伸ばしてしまった。手のひらに乗せられるミニチュアサイズのガラス細工だ。ツリー、サンタクロース、プレゼント、天使、雪だるまにトナカイ、サンタが乗るソリ。細やかで、よくできている。
ふむ、と六道くんが口元に手をやってかがむ。そして、ひょいひょいといくつかのガラス細工を自分の手前へ置き始めた。ツリーと、トナカイ、ソリ。
「サンタ、どれがいいと思いますか」
ガラスのサンタクロースは実にいろんなタイプが居た。荷物をかかえているサンタ、チェロやバイオリンなど楽器を弾いているサンタ、ビールをかかげているサンタ。何も持ってなくて、変なポーズを取っているサンタ。
「そうだね……やっぱ王道なのが可愛いかも」
言いながら、私は六道くんが選んだガラス細工ツリーの隣に、荷物を背負うサンタを並べた。そこでふと、思う。
「お友達もいなくて、いいのかな」
「ほう?」
「サンタ一人で、さみしくないかな。ほら、もう一人くらい、サンタがいても……」
言いかけて、はっとする。これは六道くんの買い物なのに、つい口を挟みすぎてしまった。
「っ、ごめん忘れて」
「苗字さん?」
「変なこと言ってごめんね。……あ、」
振り向くと向かいの屋台群は、食べ物や飲み物を売っているコーナーだった。
「そうだ、お礼してくれるって言ってたよね。なにか見てきてもいい?」
「もちろん。僕も後で追いつきますよ」
六道くんのガラス細工は、店主の手によってきれいな箱に包まれ始めていた。そこから自分を引き剥がすために、軽く手を降って、人混みをかきわけて向かいの屋台へ突っ切っていく。
歩きながら、本当は、私もガラス細工が欲しかったのかもしれないと自分の声を消すのに必死だった。でもお金に余裕があるわけじゃないし、それを同級生に知られるのは嫌だった。
「は〜……あったか……!」
会場に設置されているテラス席に座って、冷えた手を赤いマグカップで温めながら、しみじみとする。中に入っているのは、ホットココア。六道くんは私のと色違いの黒いカップで、ホットチョコレートを飲んでいた。
「美味しいですか?」
「とっても。ありがとね、六道くん」
「いえいえ、こちらもお礼なので」
一口、また一口と飲むたびにマグカップを眺める。雪の結晶がいくつも、違うデザインのものが描かれた赤いマグカップ。飲み終わったら、お土産として持って帰っていいとお店の人が言っていた。なんだか嬉しい。
体内に染み込むあたたかさと甘さに身を委ねながら、マーケットと行き交う人々を見る。夜の眠気も相まって、少しだけ眼前の光景がぼやける。光のかたまりだ、と思う。
「……やっぱ来て、良かったかも」
ふと呟く。自分にはあまり縁のないものと感じていても、飛び込んでしまえば割と居心地が良かった。一緒に居てくれた人のおかげでもある。六道くんのおかげで、楽しかった。けれど、それを口にするのはなんだか気恥ずかしくて、なんだか悶々としている私に、六道くんは目を細めて言った。
「ひとつ、かのこさんにお願いがあるんですが」
「え、何?」
すると、
「あーっ、骸さんいたあ!」
「骸さま」
急に騒々しい気配がして、振り返ると遠くから二人の人間がこちらに駆け寄ってきていた。城島犬くんと柿本千種くんだ。学校で六道くんとよく一緒にいる。
「骸さま、良かった……」
「やっと見つけたびょん! ずーっと探したんれすよう、……げっ、学級委員!」
城島くんが私に気づいて、顔をしかめる。ずっと探していた、という彼の発言に、どういうことかと六道くんに視線を戻すと、彼は肩をすくめて申し訳無さそうに言った。
「すみません。嘘をついてしまいました。本当は、彼らとはぐれただけなんです」
「そんな、言ってくれたら一緒に探したのに」
「でも、それだと二人きりで見て回れないかと思いまして」
──チャンスだと思ったんです。
六道くんの発言に、一瞬、時が止まる。とん、と急に心臓のあたりに意識が行ったような、変な感覚が走って、戸惑う私に、六道くんは続ける。
「そうだ、お願いの件なんですが。これ、」
テラス席のテーブルの上に置いてあったガラス細工の入った箱を、六道くんはすっと私の方に差し出してきた。
「君がもらってくれませんか」
「え、えっ、」
「我が家には、イヌといいますか動物っぽいといいますか、居たのを思い出しまして……こんな繊細なものがあったら、割ってしまうかもしれない」
六道くんの曖昧な言い方に、私は疑問符を浮かべる。心なしか六道くんの視線が、私を通り越して二人組のほうへ向けられているように感じるのは、気のせいだろうか。
「でも、六道くんがお金出したものだし……」
「頼みます。人助けだと思って」
断りながらも、内心かなり、かなり揺れていた。さっきの六道くんの発言然り、まるでプレゼントをもらっているみたいで。
散々迷ったあげく、結局、私はガラス細工の箱を手に取った。
「あ、ありがとう。……大切にするね」
「助かります。では、僕はそろそろここで」
六道くんはマグカップ片手に立ち上がり、ゆったりと私の隣を通り過ぎ、二人組のもとへ歩いていく。最後に、音もなく一度振り向いた。
「また、学校で」
六道くんが去った後も、私はしばらくの間テラス席に座ったままだった。六道くんとここではち合わせしたのも、一緒に屋台巡りしたのも、すべてが夢幻のような心地がしてくる。
ただひとつ、目の前に残された箱。ほしかったもの。これまでのすべてが現実であったことを確かめるように、私は結ばれたリボンをほどいて、丁寧に箱を開けた。
包装紙にくるまれたミニチュアのガラス細工をひとつひとつ、テーブルに並べていく。クリスマスツリー、トナカイ、ソリ。それから、
「あ、」
ガラスでできたサンタクロース。
しかも、二人いる。
荷物をしょっているサンタと、両手でバンザイみたいなポーズをしているサンタ。『お友達』も、買ってくれたんだ。
小さな彼らは、今年は私のせまい勉強机のかたすみで、クリスマスを彩ってくれるのだろう。六道くんに学校でまた会えたら、ちゃんとお礼を言おう。二人のサンタを両手に、つい、口元が緩んだ。
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