18.跳ね馬
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『謎の巨大カメ、目撃例あとをたたず!』
テレビ画面いっぱいに、体長3メートルは優に越えていそうなカメが、仰々しい派手なテロップ付きでのっしのっしと
「巨大なカメさんだってー」
歯みがきをしながら、しきみがのんきな声で友人たちに語りかける。それにつられ、台所からは沙良が顔をだし、洗面台からは鳴海が戻り、ソファに寝転んでいた真琴は面倒くさそうに顔をあげた。
「巨大カメ?」
鳴海が訪ねる。しきみがテレビを顎でしゃくると、先程から2つ3つほど、巨大なカメを目撃者がスマホのカメラで捉えたという映像が繰り返し流れていた。どの映像も、尋常じゃないほどの大きさのカメだ。
「偽物、くさい」
真琴は画面に一瞥だけくれると、のろのろと起き出した。
「わあ、怖い…」
沙良は真面目に映像を本物と受け止め、本気で怖がっている。「冗談だろ?」と鳴海が呟いた。
しきみはぱたぱたと洗面台へ駆け出していく。歯磨き粉の泡だらけの口をゆすぎ、慌ただしく戻ってきた。
「よし、あたし準備終わり。鳴海、本当に来なくて良いの?」
しきみが言っているのは、ハルと京子主催のお茶会だった。先日、沙良が並盛で美味しいと評判のケーキ店に訪れた際、ハルと京子、イーピンに出くわしたのだ。スイーツが好きな者同士意気投合し、本日のティーパーティーが企画され、それに4人が誘われたのだが、鳴海一人だけ断ったのだ。
「いいよ。また今度で」
甘いものも苦手ではないが特別好きというわけでもないし、もとからこの日は自主連をすると決めていたのだ。
「その、鳴海気を付けてね、あれが…」
沙良が心配そうに、テレビの巨大カメを指差す。鳴海はおかしくて吹き出してしまった。
「フェイク動画だって! 大丈夫だよ。沙良たちも、事故とか気を付けて。ハルちゃんと京子ちゃんに、来れなくてごめんって伝えておいて」
3人が出掛けたのを見送り、鳴海も本格的に準備を始める。動きやすい服に着替え、持ち物を確認する。スマートフォン、財布、そして大槍に形状変化するステッキ。
*
鳴海の行き先は郊外にある空き地だった。静かで、人はめったに来ない。そこで鳴海は、動画サイトに投稿されている槍さばきの動画を見て真似したり、筋トレをするのが好きだった。
コンビニで昼食を買って、小走りで住宅街を通り抜けている時だった。
数十メートル先に、大学生くらいの若者がたむろしていた。並盛中学校でさんざん見てきた不良に負けず劣らず柄の悪い。そして案の定、誰かに絡んでいる。顔はよく見えなかったが、金髪で外国人のようだ。
「てめえ、無傷で帰れると思うなよ!」
一人がその人物の肩を小突いたのを皮切りに、次々と若者たちが蹴りや拳を浴びせようとしている。理由はわからないが、鳴海はこれを見過ごせなかった。せっかく日本に来てくれた外国人が、嫌な思い出を作ったらどうしてくれるのだ。鳴海はステッキを握りしめた。
*
悪いことは重なるものだ―男は苦虫を噛み潰したような思いだった。相手は4人の成人男性、皆それぞれナイフや棒といった武器を手に持っている。穏便に話をするために、部下をつけずに一人で来たが相手は思ったより血の気の多い連中だった。
さてどうするか、金糸の髪をぐしゃぐしゃとかきわけたときだった。
「っ!!!」
突如、小柄な人物が、4人の若者と男との間に滑りこんできた。一瞬少年に見えたが、きりっと勝ち気な顔立ちの女の子だ。彼女は手に、なにやら装飾の施されたステッキを持っていた。細工がしてあるのだろう、それは瞬く間に大槍と姿を変えた。少女は男を守るように 大槍を向ける。
若者たちは面食らっている。
「な、なんだよてめえ!!」
「邪魔すんなよ!!」
「くそ女!!」
次々と罵声が浴びせられるが、少女も負けていなかった。
「一人によってたかって暴力はやめろ! みっともないぞ!!」
「このやろう!!」
激昂し、若者たちのターゲットは男から少女に切り替わった。男もすぐさま懐から得物を取り、彼女に応戦しようとしたが──やめた。
若者の一人が、ヒュン、と風を切って警棒を振り下ろす。が、彼女はそれを素早く横にかわし、くるりと振り返って持っていた大槍にて相手を抑えつけた。と同時に、背後から迫っていた拳を受け止め、振り払って転ばせた。
若者たちは彼女を傷つけようとやっきだが、にっちもさっちも行かない。ただ地面に転がされるだけだ。頬を赤く高揚させ、汗の玉が光る。しなやかな身のこなしは、よせては返す海の荒波を思い出させ、幼い頃教養として教えられた神話の神々の姿を男の脳裏に蘇らせた。
「くそっ、てめえ顔は覚えたからな!」
「桃巨会敵に回して、生きていけると思うなよ!!」
若者たちは口々に捨て台詞を吐きながら逃げていく。少女は息を切らしながら、己の勝利に高揚感を覚えつつ、くるりと振り向く。
「あ、そうだ、えーと、アーユーオーケイ?」
日本語では通じないと気を使ってくれたのだろう。男の胸の高鳴りは、収まるを知らなかった。勢いで、彼女の手を取る。びくりと肩を震わせ、彼女は小首をかしげた。
「え、えっと…?どうしました…?」
「
口から零れ落ちるのは故郷の言葉。この島国の言語を、男はすらすらと話せた。だがつい母国語が出るほどに、この状況に、男は感嘆していたのだ。
「
心からの言葉と共に、両手で少女の手を大切に包み込み、そのまま手の甲にキスをする。
「え!?なんで!?」混乱する少女に向かって、男はこの上ないほどやさしく微笑んだ。
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