15.体育祭 後編
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一点の雲留めぬ澄晴の空の下、鳴海の声が、高らかに響きわたる。太鼓の音と共に、応援団員を従え、先陣切って演舞を披露する鳴海。羽織と袴姿だ。風に髪をなびかせ、威風堂々たるその姿は、多くの者を惹き付けていた。
鳴海率いるA組の声援を受け、クラス対抗リレーで、山本は陸上部のホープと名高い生徒を追い抜き、一番乗りでゴールテープをきった。会場はかなりの大盛り上がりを見せていた。
それを横目に、神妙な面持ちで歩く二人の生徒。しきみと、風紀委員会福委員長、草壁だ。
「……草壁さん、あの人」
応援に来た保護者の群衆の、とある男を指差すしきみ。帽子を深く被った若い男だった。カメラを構える他の保護者の間をぬって、なんとか前に行こうとしている。
「理由は?」
「挙動が不自然です」
二人が探しているのは、盗撮犯である。
「ほう」
「視線の先に女子生徒がいるし、カメラもスマホも持ってないのにやたら前列に行きたがっている。最近はカメラを改造した靴にしのばせてたり、腹部のベルトについていたりするから、女子生徒の後ろへ行ったら確実かな」
言われてみれば確かに、男の視線の先には、制服姿の女子生徒が数名いた。生徒会や実行委員会、または放送部の生徒だろう。
一人の女子生徒が、何か用事を言いつけられてどこかへ歩き出したとたん、男の行動は早かった。その女子生徒の後ろをつけ始めたのだ。すかさず草壁も走り出し、男のもとへ駆け寄る。
男は草壁の図体に恐れおののき、抵抗もなかった。
「草壁さーん、どうですか?」
しきみが後ろから声をかけると、草壁は力強く頷いた。
「推察通り、靴の先に小型カメラが。こいつは生徒の押切ですね」
「わー最低、しょっぴいて!」
「もちろん、こってり絞ってやりますとも」
「お願いします!あ、あたし、チアダンスそろそろだから行きますね! 雲雀さんに、お礼言っててください!」手を降りながら去っていくしきみ。
その姿を見送りながら、草壁は感心していた。
***
雲雀を恐れて、教師ですら滅多にやってこない応接室。そこにしきみが女子生徒を引き連れて入って来たとき、草壁はいったい何事か戸惑っていた。
『体育祭で、チアダンスをしたいんです。承認お願いします!』
そう申請してきた彼女に、雲雀は最初首を縦に振らなかった。理由はあった。盗撮だ。
昔は生徒の自主性を重んじ、提案してきた種目はよく採用されていたが、盗撮被害が出てからは方針も変わった。新しい種目は慎重に議論され、露出の増える衣装や演技は却下されることが多くなった。
その旨を草壁が伝えたが、彼女は諦めなかった。
『じゃあ、あたしが犯人探し手伝います! 悪いのはそいつらなのに、やりたいこと我慢させられるなんて納得出来ない!』
しばらくの沈黙のあと、雲雀は小さくため息をつき、許可証の作成を始めるように草壁に命じた。当日は彼女と不審者を見つけることも。
この男で、しきみが見つけた盗撮者は3人目だった。
草壁はつかまえた男を引きずり、校舎裏にやってきた。先に捕らえていた別の不審者に、雲雀が制裁を加えている。
「副委員長、それも?」
「はい。証拠品はこちらに」
押収した小型カメラを手渡す。
「しきみは」
「そろそろチアダンスの出番とかで、また午後に回ります。なかなか観察眼の鋭いお方です。委員長にお礼を言っていました、許可をしてくれてありがとう、と」
「……喋りすぎだよ、持ち場にもどって」
雲雀はそっけなく背を向ける。
頭を下げ、その場を去りながら、草壁の胸中にあわい期待が宿っていた。
雲雀が個人の名前を呼ぶなど滅多にない。彼にとって自分以外の者は弱い小動物でしかない。だが、しきみのこととなると、ほんのわずかではあるが、彼を纏う冷たい空気が和らぐのだ。
彼の強さに惹かれ、ついていこうと覚悟を決めた。仕える最中ふと考えたことがある。
この方に、心を許せる人間はいるのだろうか、と。
もしかしたら、あのしきみという少女こそが、そういう存在になるのではないかと。
***
「しきみちゃーん、そろそろ最後の練習はじめよー!」
「はいはーい!」
チアダンスのメンバーに呼ばれ、A組ブースまで戻ってきたしきみ。テントの柱に貼られているプログラムを確認すると、これから始まるのはペアダンスだ。獄寺と真琴が出る。
(ペアダンスかー、あの人相悪い二人で踊るのかなー)
からかってやろうと思っていたときだった。
「あれ、獄寺くんの隣、一ノ瀬さんじゃない!?」
同じクラスの女子が、入場門前を指さして叫んだ。しきみも目を凝らした。待機しているペアダンスチーム、獄寺の隣にいるのは真琴ではなく、沙良ではないか。
クラスに、主に獄寺ファンクラブの女子たちの間に、動揺が走る。
「取り替えてもらった」
後方からドスの効いた声がふってくる。そこにいるのは真琴だった。しきみはわっと驚く。
「あれ、真琴なんでここに!?」
***
話は数分前に遡る。
ペアダンス最後の練習中、真琴がいずこへ消えた。かと思えば、沙良を引っ張ってきたのだ。突然のことに、沙良自身もかなり慌てふためている。
真琴は獄寺の隣に沙良を来させると、
「獄寺、自分と沙良、代わるから、」
と言い出したのだ。
「え!?」
「はあ?!」
ハトが豆鉄砲を食らったような顔をする2人。
真琴はただ、淡々と続ける。
「さっき、足くじいた。踊るの無理。障害物競争なら、平気」
「ま、待って、真琴」
「沙良はよく練習見てた、きっと踊れる」
呆気にとられている周囲をよそに、獄寺に沙良を預けると、近くにいた担任に「先生、自分と沙良、種目取り替えます」とだけ伝え、すたこらさっさと消えていったのだった。
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