72.繋がる想い
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目が覚めたとき、頬がやけに熱かった。ぱちぱちとまばたきをして、上半身を起こし、沙良は自分が泣いていることに気づく。
リング争奪戦の修行中、感じていた違和感の正体。(44.参照)あのとき、自分が狼になったような感覚になったのは、〝そういうこと〟だったのだ。
前世の、記憶の断片だったのだ。
ぺろ、とざらりとした動物の舌の感触が頬に。元気のない主人を心配して、沙良の匣兵器、大空狼のクイニーが、涙で濡れた彼女の頬を幾度もなめてくれた。クイニーの豊かな毛並みの首や頭を撫でてやりながら、ありがとうね、と沙良は呟くように言う。
前世の自分は、人狼病にかかっていた。そして今、狼の動物兵器を使役することになるとは。沙良はなんともいえない気持ちになる。
「クイニー……あなたが私のもとに来たのも、何かの因果だったのかしらね……」
クイニーはきょとんとしている。そのとき、頭上から声が降ってきた。
「なにか、思い出しましたか」
そこで、沙良は自分の置かれた状況に我に返る。宇宙を模したプラネタリウムのような、暗くて広い空間に、レオナルド・リッピに連れられてやってきたのだ。
目の前には玉座に座らされて眠っている、大きな帽子を被った少女。気を失う前、彼女から言われたことを沙良は思い出していた。
〝私を殺して そう約束したでしょう〟
「確か『私を殺して』って……声がして……」
沙良はあらためて目の前の少女へ向き合った。身を乗り出し、必死に声をかける。
「ねえ、あなたは誰なの? さっき……私が倒れる前に、言っていたことを教えて!」
だが、〝声〟はまったく聞こえてこない。レオナルド・リッピはため息をつき、沙良の肩に手をおいた。
「これ以上時間はかけられません。さあ、こちらへ」
**********
それは、未来の時代からみて数年前のこと。
その日、風はおだやかに白木蓮を揺らし、陽光はあたたかく神社の境内の中を満たしていた。
ぐうぜん通りかかった子らの歓声が、甲高く空へ吸い込まれていく。子らの視線の先には、清らかな白無垢姿の乙嫁が、拝殿から出てくるところだった。
隣には、壊れ物を扱うがごとく、彼女の手を引く花婿の姿が。
幸せそうな二人を、またなごやかな笑みを浮かべた人々が囲んで祝福している。
厳かな雅楽が、しずかな海の波のように流れていた。
天より降りる光はやわらかく、落ちる影の闇はどれもが優しいものであった。
その影のうちのひとつに、男が一人で佇み、幸福な光景をただ、眺めていた。自身がそこへ行く資格などないといわんばかりに、離れて見守っていたのだ。
その存在に、花嫁のみが気付いた。
ちょうど神社での式が終わったばかりで、そろそろ二次会のために河岸を変えようと人々が車を呼んだり、立ち話を始めたときだったので、花嫁が適当な嘘をついてこっそりその場を離れても、不審に思われたりはしなかった。慣れない白無垢で足を引きずりつつ、花嫁は──真琴は、木の陰に向かってそっと話しかける。
「骸、来てくれたの」
「……」
木陰から、男──六道骸が姿を現した。
「……このたびは、おめでとうございます」
「式に出てくれても、よかったのに」
「晴れの日に、僕などが来ても困るでしょう? 貴方が」
「困らない」
真剣なまなざしで、きっぱり言い切る真琴。そんな彼女に、骸は苦笑する。
「白無垢、よく似合っていますよ、立花真琴。……いえ、もう〝山本真琴〟になるんですね」
「骸……」
「どうか、幸せに」
「むく、ろ」
真琴が手を伸ばす。しかしそれを、一陣の風がさえぎった。真琴は着物の裾を抑えながら思わず目を閉じる。次に開けたときは──ぽってりした白木蓮の花びらが舞い散って、足元を埋めていた。
骸の姿は、どこにもなかった。
*********
レオナルド・リッピ──否、不思議な黒髪の青年は、沙良の手をぐいぐいと引っ張って、ミルフィオーレタワーの奥へ奥へと進んでいった。あきらかに謀反行為であることは沙良にも感じ取れた。その手を振り払い、白蘭に報告することも沙良には出来たが、彼女は目の前の青年を信じる方を選んだ。そのほうが正しい気がしたのだ。あれだけ己に親身になってくれた白蘭を信じるよりも。
道中、ミルフィオーレの隊員とは誰ともすれ違わなかった。どのくらい歩いただろうか、沙良が青年に案内されたのは、ちいさな小部屋だった。真ん中に沙良をすっぽり包めそうなたまご型の透明なドームと、ドームに無数につながった管が室内に張り巡らされている奇妙な部屋だ。
青年がドームに向かってあごでしゃくる。中に入れということだろう。沙良は歩みを進めて、恐る恐るドームに身をすべらせる。
その瞬間、ビーッ、ビーッとけたたましいアラーム音が部屋中に鳴り響いた。この部屋だけではない、閉めた扉の向こうからも聞こえてくる。
沙良はてっきり自分がドームに入ったからかとおびえたが、青年は落ち着くように沙良に促した。
「今、ミルフィオーレの本部入口付近にて、奇襲が行われています。それ故の警告音でしょう」
「き、奇襲!?」
「正確には奇襲に見せかけた幻覚の敵、ですけどね」
青年の言葉に、沙良は察した。その幻覚も、すべてはこの青年の仕業なのだ。
青年はドームの機器に取り付けられたタブレットを起動させ、慣れた手つきで操作していく。
「一ノ瀬沙良、貴方にとって白蘭は敵です。この時代、貴方の大切な者たちを幾度も葬り、消し、奪ってきたのはあの男です。僕の言っている意味はわかりますか?」
沙良はこくこくと頷いた。信じられなかった。だが心のどこかで、白蘭を不審に思っていた自分が居たことはまぎれもない事実だった。それが、ようやく正しかったのだと認められたような気さえして、安堵すら覚えた。
青年は沙良にあるものを手渡してきた。大空狼──クイニーの匣だ。
「匣の外部に取り付けられていた発信機は外しておきました。内部にはなんの細工もされていません。匣の中身は繊細なので、ミルフィオーレの技術をもってしても改造は不可能だったようです」
沙良が、ぎゅっと匣を握りしめて胸元に置く。青年は完全にたまご型のドームを閉じた。
「この機械はリングの炎を利用した転送システムです。これから貴方を仲間の元へ送ります。いいですね?」
「貴方は一緒にいかないんですか、私だけ、なんて……!」
「僕には、やり残したことがありますから」
青年の姿。青年の声。未だに鳴り続けるアラーム音。ドーム越しのそれらは、少しだけ輪郭がぼやけていた。彼は己のリングから、体の全身へと炎をまとわせた。どこまでも暗いようで、濃くあざやかで、星影に照らされた夜空のような藍色の炎──
青年が口を開いた。
──もし向こうで真琴に会えたなら、伝えておいてくれますか。
とつぜん出てきた親友の名前に、沙良は狼狽する。
「え……真琴、ですか?」
──真琴。誰の手を取ろうとも、それが僕じゃなくても──
耳障りなアラーム音が特に大きくなり、沙良の耳をさえぎった。
──きみを想っていました。ずっと、ずっと。
ドーム全体が振動を始めた。転送が始まるのだと肌が感じる。沙良は青年の方へ駆け寄り、自分と世界を遮るたまご型ドームの耐炎ガラスに手を置いた。
「あの、もう一度言ってください! ごめんなさい、さっき聞こえなくて……!」
必死に謝りながら呼びかける沙良だったが、青年が返したのは微笑みだけだった。いつの間にか青年の隣に、藍色の炎で、幻の力で作られた〝沙良〟がいた。
そして。
沙良は見た。気を失う瞬間、青年の双眸が、紅と碧の色を宿したのを。赫々とした瞳に刻まれた、六の文字を──
「あ、あなたは──!!」
***
鹿威しの音が、静謐な和室に響き渡る。
「恭さん」
奥座敷の文机に向かっていた雲雀恭弥に対し、距離を取って、忠実な部下、草壁哲也が切り出した。
「マークしていた例の男が動き出したとの連絡が、イタリアから」
「ここへ来るのかい?」
その問いに、草壁は首を横に振る。
「まだ分かりませんが油断は禁物……。この情報は沢田側にも提供すべきかと」
部下の進言に、雲雀は首肯する。
「任せるよ。たしかアレの写真があったはずだ」
「へい」
そのとき、広々と開け放たれた座敷を一匹の黄色い小鳥が滑空し、雲雀の黒くて丸い頭にふわり、とその身を預けた。
「ヒバードとの撮影に成功したものが、一枚」
*
空腹を抱えて、クローム髑髏は黒曜ヘルシーランドの片隅でしゃがみ込み、自分の身に置かれた状況に混乱していた。
食料の買い出しに出かけたら、背後からロケットランチャーのようなものに襲撃されたこと。意識を取り戻したときには、根城にしていた黒曜ヘルシーランドにたどり着いていたが、その荒れ具合が尋常ではないこと。もとより廃墟ではあったが、最低限の生活の痕跡があとかたもなく消え去り、まるで、まるで──本当の廃墟になってから、数年以上の歳月が経ったかのようだった。
くわえて、右手の中指にはめていた霧のボンゴレリングが、なにかしらの覆いをつけられている。もちろん、クロームはこのような細工をした心当たりはない。
クロームの心配を助長するかのように、自分以外ここには誰もいないようだ。……だがそれは、数秒後のことだった。
ぼふん、とクロームの眼の前でやわらかな爆発がおきた。誰も何も、傷つける意思ひとつない、ただの煙の塊が、なんの予兆もなしに現れたのだ。
クロームはびくっとして、目を白黒させる。
パステルカラーの煙から出てきたのは──
「ごほっ、ごほ……こ、ここは……?」
「一ノ瀬……沙良……!」
クロームは思わず立ち上がり、沙良のもとに駆け寄る。沙良も、クロームを見て目を丸くした。
「クロームさん!!」
二人の少女は互いに寄り添い、ぎゅっと手を握り合う。沙良の右手にはめられた光のエテルナリングも、クロームと同じ処置が施されていた。
「どうして、ここにクロームさんが」
「わから……ない。沙良、さんも、どうしてここに」
「それがね、クロームさん、私、この時代の六道骸に、ミルフィオーレから、助けられて」
六道骸。その単語にクロームが瞠目する。できる限り手短に説明しようとした沙良の言葉は、その場に現れたもう一人によって阻まれた。
「ここの情報がガセではなかったとは……なんと喜ばしい。」
廃墟にこだまする、ねっとりとした男の声。ブーツの靴音、鳥の羽ばたき。
「あったあーった、本当にあった。」
登場してきたのはまっすぐな髪を肩口で切りそろえ、不気味な笑みを浮かべた、白い隊服の男。沙良はその服装が、自分が何度も見たミルフィオーレのものであることを痛いほど理解した。
「クローム髑髏、試食会……何っ……!?」
ニヒルな男の笑顔は、沙良の姿を見て一変する。沙良はとっさに、クロームをかばうように前に出た。
「まさか、まさか、まーさか、こんなことがあろうとは!!」
額に手をやり、背を反らしてくつくつと男は嗤った。その背後を、青い炎をまとったフクロウが旋回している。
「白蘭様の徒花 と相まみえるとは、しかも十年前の!!」
白蘭様の徒花。
自分がそう呼ばれたことに沙良は警戒を強めながら、まっすぐに男を見据える。
「貴方は誰? ミルフィオーレの人ですよね……!?」
「その通り。グロ・キシニアだ。その様子では、ある程度のことは知っているようだな」
「クロームさん、よく聞いて」
沙良は早口で後方のクロームに言う。
「ここは私達にとって十年後の世界。そして、ボンゴレの人間がたくさん、被害にあっているの。ミルフィオーレファミリーの手によって」
クロームが息を呑む気配がする。言いながら、沙良の中に自分へのやりきれない怒りが宿る。
それを知りもせず、のんきに自分は白蘭を頼っていたのだ。
「フフ、そう毛を逆立てた猫のように睨みつけるな。そそるじゃないか」
わざと大きな靴音を立てながら、グロ・キシニアは沙良へすばやく近づくと、沙良の不意をついて彼女の顎をつかみ、自分の方へ引き寄せた。
「一ノ瀬 沙良。私と取引をしないか」
リング争奪戦の修行中、感じていた違和感の正体。(44.参照)あのとき、自分が狼になったような感覚になったのは、〝そういうこと〟だったのだ。
前世の、記憶の断片だったのだ。
ぺろ、とざらりとした動物の舌の感触が頬に。元気のない主人を心配して、沙良の匣兵器、大空狼のクイニーが、涙で濡れた彼女の頬を幾度もなめてくれた。クイニーの豊かな毛並みの首や頭を撫でてやりながら、ありがとうね、と沙良は呟くように言う。
前世の自分は、人狼病にかかっていた。そして今、狼の動物兵器を使役することになるとは。沙良はなんともいえない気持ちになる。
「クイニー……あなたが私のもとに来たのも、何かの因果だったのかしらね……」
クイニーはきょとんとしている。そのとき、頭上から声が降ってきた。
「なにか、思い出しましたか」
そこで、沙良は自分の置かれた状況に我に返る。宇宙を模したプラネタリウムのような、暗くて広い空間に、レオナルド・リッピに連れられてやってきたのだ。
目の前には玉座に座らされて眠っている、大きな帽子を被った少女。気を失う前、彼女から言われたことを沙良は思い出していた。
〝私を殺して そう約束したでしょう〟
「確か『私を殺して』って……声がして……」
沙良はあらためて目の前の少女へ向き合った。身を乗り出し、必死に声をかける。
「ねえ、あなたは誰なの? さっき……私が倒れる前に、言っていたことを教えて!」
だが、〝声〟はまったく聞こえてこない。レオナルド・リッピはため息をつき、沙良の肩に手をおいた。
「これ以上時間はかけられません。さあ、こちらへ」
**********
それは、未来の時代からみて数年前のこと。
その日、風はおだやかに白木蓮を揺らし、陽光はあたたかく神社の境内の中を満たしていた。
ぐうぜん通りかかった子らの歓声が、甲高く空へ吸い込まれていく。子らの視線の先には、清らかな白無垢姿の乙嫁が、拝殿から出てくるところだった。
隣には、壊れ物を扱うがごとく、彼女の手を引く花婿の姿が。
幸せそうな二人を、またなごやかな笑みを浮かべた人々が囲んで祝福している。
厳かな雅楽が、しずかな海の波のように流れていた。
天より降りる光はやわらかく、落ちる影の闇はどれもが優しいものであった。
その影のうちのひとつに、男が一人で佇み、幸福な光景をただ、眺めていた。自身がそこへ行く資格などないといわんばかりに、離れて見守っていたのだ。
その存在に、花嫁のみが気付いた。
ちょうど神社での式が終わったばかりで、そろそろ二次会のために河岸を変えようと人々が車を呼んだり、立ち話を始めたときだったので、花嫁が適当な嘘をついてこっそりその場を離れても、不審に思われたりはしなかった。慣れない白無垢で足を引きずりつつ、花嫁は──真琴は、木の陰に向かってそっと話しかける。
「骸、来てくれたの」
「……」
木陰から、男──六道骸が姿を現した。
「……このたびは、おめでとうございます」
「式に出てくれても、よかったのに」
「晴れの日に、僕などが来ても困るでしょう? 貴方が」
「困らない」
真剣なまなざしで、きっぱり言い切る真琴。そんな彼女に、骸は苦笑する。
「白無垢、よく似合っていますよ、立花真琴。……いえ、もう〝山本真琴〟になるんですね」
「骸……」
「どうか、幸せに」
「むく、ろ」
真琴が手を伸ばす。しかしそれを、一陣の風がさえぎった。真琴は着物の裾を抑えながら思わず目を閉じる。次に開けたときは──ぽってりした白木蓮の花びらが舞い散って、足元を埋めていた。
骸の姿は、どこにもなかった。
*********
レオナルド・リッピ──否、不思議な黒髪の青年は、沙良の手をぐいぐいと引っ張って、ミルフィオーレタワーの奥へ奥へと進んでいった。あきらかに謀反行為であることは沙良にも感じ取れた。その手を振り払い、白蘭に報告することも沙良には出来たが、彼女は目の前の青年を信じる方を選んだ。そのほうが正しい気がしたのだ。あれだけ己に親身になってくれた白蘭を信じるよりも。
道中、ミルフィオーレの隊員とは誰ともすれ違わなかった。どのくらい歩いただろうか、沙良が青年に案内されたのは、ちいさな小部屋だった。真ん中に沙良をすっぽり包めそうなたまご型の透明なドームと、ドームに無数につながった管が室内に張り巡らされている奇妙な部屋だ。
青年がドームに向かってあごでしゃくる。中に入れということだろう。沙良は歩みを進めて、恐る恐るドームに身をすべらせる。
その瞬間、ビーッ、ビーッとけたたましいアラーム音が部屋中に鳴り響いた。この部屋だけではない、閉めた扉の向こうからも聞こえてくる。
沙良はてっきり自分がドームに入ったからかとおびえたが、青年は落ち着くように沙良に促した。
「今、ミルフィオーレの本部入口付近にて、奇襲が行われています。それ故の警告音でしょう」
「き、奇襲!?」
「正確には奇襲に見せかけた幻覚の敵、ですけどね」
青年の言葉に、沙良は察した。その幻覚も、すべてはこの青年の仕業なのだ。
青年はドームの機器に取り付けられたタブレットを起動させ、慣れた手つきで操作していく。
「一ノ瀬沙良、貴方にとって白蘭は敵です。この時代、貴方の大切な者たちを幾度も葬り、消し、奪ってきたのはあの男です。僕の言っている意味はわかりますか?」
沙良はこくこくと頷いた。信じられなかった。だが心のどこかで、白蘭を不審に思っていた自分が居たことはまぎれもない事実だった。それが、ようやく正しかったのだと認められたような気さえして、安堵すら覚えた。
青年は沙良にあるものを手渡してきた。大空狼──クイニーの匣だ。
「匣の外部に取り付けられていた発信機は外しておきました。内部にはなんの細工もされていません。匣の中身は繊細なので、ミルフィオーレの技術をもってしても改造は不可能だったようです」
沙良が、ぎゅっと匣を握りしめて胸元に置く。青年は完全にたまご型のドームを閉じた。
「この機械はリングの炎を利用した転送システムです。これから貴方を仲間の元へ送ります。いいですね?」
「貴方は一緒にいかないんですか、私だけ、なんて……!」
「僕には、やり残したことがありますから」
青年の姿。青年の声。未だに鳴り続けるアラーム音。ドーム越しのそれらは、少しだけ輪郭がぼやけていた。彼は己のリングから、体の全身へと炎をまとわせた。どこまでも暗いようで、濃くあざやかで、星影に照らされた夜空のような藍色の炎──
青年が口を開いた。
──もし向こうで真琴に会えたなら、伝えておいてくれますか。
とつぜん出てきた親友の名前に、沙良は狼狽する。
「え……真琴、ですか?」
──真琴。誰の手を取ろうとも、それが僕じゃなくても──
耳障りなアラーム音が特に大きくなり、沙良の耳をさえぎった。
──きみを想っていました。ずっと、ずっと。
ドーム全体が振動を始めた。転送が始まるのだと肌が感じる。沙良は青年の方へ駆け寄り、自分と世界を遮るたまご型ドームの耐炎ガラスに手を置いた。
「あの、もう一度言ってください! ごめんなさい、さっき聞こえなくて……!」
必死に謝りながら呼びかける沙良だったが、青年が返したのは微笑みだけだった。いつの間にか青年の隣に、藍色の炎で、幻の力で作られた〝沙良〟がいた。
そして。
沙良は見た。気を失う瞬間、青年の双眸が、紅と碧の色を宿したのを。赫々とした瞳に刻まれた、六の文字を──
「あ、あなたは──!!」
***
鹿威しの音が、静謐な和室に響き渡る。
「恭さん」
奥座敷の文机に向かっていた雲雀恭弥に対し、距離を取って、忠実な部下、草壁哲也が切り出した。
「マークしていた例の男が動き出したとの連絡が、イタリアから」
「ここへ来るのかい?」
その問いに、草壁は首を横に振る。
「まだ分かりませんが油断は禁物……。この情報は沢田側にも提供すべきかと」
部下の進言に、雲雀は首肯する。
「任せるよ。たしかアレの写真があったはずだ」
「へい」
そのとき、広々と開け放たれた座敷を一匹の黄色い小鳥が滑空し、雲雀の黒くて丸い頭にふわり、とその身を預けた。
「ヒバードとの撮影に成功したものが、一枚」
*
空腹を抱えて、クローム髑髏は黒曜ヘルシーランドの片隅でしゃがみ込み、自分の身に置かれた状況に混乱していた。
食料の買い出しに出かけたら、背後からロケットランチャーのようなものに襲撃されたこと。意識を取り戻したときには、根城にしていた黒曜ヘルシーランドにたどり着いていたが、その荒れ具合が尋常ではないこと。もとより廃墟ではあったが、最低限の生活の痕跡があとかたもなく消え去り、まるで、まるで──本当の廃墟になってから、数年以上の歳月が経ったかのようだった。
くわえて、右手の中指にはめていた霧のボンゴレリングが、なにかしらの覆いをつけられている。もちろん、クロームはこのような細工をした心当たりはない。
クロームの心配を助長するかのように、自分以外ここには誰もいないようだ。……だがそれは、数秒後のことだった。
ぼふん、とクロームの眼の前でやわらかな爆発がおきた。誰も何も、傷つける意思ひとつない、ただの煙の塊が、なんの予兆もなしに現れたのだ。
クロームはびくっとして、目を白黒させる。
パステルカラーの煙から出てきたのは──
「ごほっ、ごほ……こ、ここは……?」
「一ノ瀬……沙良……!」
クロームは思わず立ち上がり、沙良のもとに駆け寄る。沙良も、クロームを見て目を丸くした。
「クロームさん!!」
二人の少女は互いに寄り添い、ぎゅっと手を握り合う。沙良の右手にはめられた光のエテルナリングも、クロームと同じ処置が施されていた。
「どうして、ここにクロームさんが」
「わから……ない。沙良、さんも、どうしてここに」
「それがね、クロームさん、私、この時代の六道骸に、ミルフィオーレから、助けられて」
六道骸。その単語にクロームが瞠目する。できる限り手短に説明しようとした沙良の言葉は、その場に現れたもう一人によって阻まれた。
「ここの情報がガセではなかったとは……なんと喜ばしい。」
廃墟にこだまする、ねっとりとした男の声。ブーツの靴音、鳥の羽ばたき。
「あったあーった、本当にあった。」
登場してきたのはまっすぐな髪を肩口で切りそろえ、不気味な笑みを浮かべた、白い隊服の男。沙良はその服装が、自分が何度も見たミルフィオーレのものであることを痛いほど理解した。
「クローム髑髏、試食会……何っ……!?」
ニヒルな男の笑顔は、沙良の姿を見て一変する。沙良はとっさに、クロームをかばうように前に出た。
「まさか、まさか、まーさか、こんなことがあろうとは!!」
額に手をやり、背を反らしてくつくつと男は嗤った。その背後を、青い炎をまとったフクロウが旋回している。
「白蘭様の
白蘭様の徒花。
自分がそう呼ばれたことに沙良は警戒を強めながら、まっすぐに男を見据える。
「貴方は誰? ミルフィオーレの人ですよね……!?」
「その通り。グロ・キシニアだ。その様子では、ある程度のことは知っているようだな」
「クロームさん、よく聞いて」
沙良は早口で後方のクロームに言う。
「ここは私達にとって十年後の世界。そして、ボンゴレの人間がたくさん、被害にあっているの。ミルフィオーレファミリーの手によって」
クロームが息を呑む気配がする。言いながら、沙良の中に自分へのやりきれない怒りが宿る。
それを知りもせず、のんきに自分は白蘭を頼っていたのだ。
「フフ、そう毛を逆立てた猫のように睨みつけるな。そそるじゃないか」
わざと大きな靴音を立てながら、グロ・キシニアは沙良へすばやく近づくと、沙良の不意をついて彼女の顎をつかみ、自分の方へ引き寄せた。
「一ノ瀬 沙良。私と取引をしないか」
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