69.Heart Attack
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並盛町の空一面を覆った鈍色の雲から、とめどなく雨が流れている。こまやかな銀糸の雨が、土や植物、建物、人に触れ合うたびに、鈴を鳴らしたときのような音があちこちで響いている。それは、無人のこの世の果てのような、放置されて長い廃墟でも同じだった。
「犬……千種……?」
じゃり、じゃりと、水と濡れた土埃を引きずる靴の音。ここに少女が一人、霧雨の中から現れたことなど、知る者は一人もいない。少なくとも、今は。
割れた窓ガラスの上、欠けた看板の錆びついた文字には、『黒曜ヘルシーランド』とあった。
*
ラル・ミルチから提示された課題。闇の炎を大きくするためにさまざまな感情でもって指輪と向き合え、とのことだった。
そのために、今までのさまざまな経験や記憶を思い出す作業をせよ、と。
容易なことではなかった。真琴はエテルナリングをはめた手を、もう片方の手でぎゅっと握りしめた。苛立ちと焦りで爪が皮膚に食い込む。いつまで経っても戦いに使えそうな炎を灯さないリング。眼の前には綱吉が閉じ込められた雲雀の匣兵器・球針態。
己を取り巻くすべてに追い詰められながらも、真琴はできる限りの記憶を辿ってみる。
父母との確執、幼少期の孤独な思い出。
退屈で鬱屈とした日常。
そこから一転して、友人と共に自分たち以外知る者のいない世界への渡航。大きな驚き。そして──不安にかられ、友人を一度裏切った負い目。自責の念。そこから、大切な友人たちとこの世界で過ごす安寧──しかし、炎は小さいままだった。
(ああもう、どうして)
停滞している自分に、真琴は怒りを覚えた。綱吉を助けに行きたい。さっさと修業を乗り越えて、この時代の沙良を助けに、しきみの行方を探しに行きたい。
こんなこと、している場合じゃないのに──
地団駄を踏みたくなった途端、指輪に灯った炎がゆらりと、体を大きくした。
ほんの一瞬だった。真琴は驚いて目を見張る。
炎はまた、弱々しくなる。
真琴はごくりと生唾を飲み込んだ。今、自分は何を考えたかと自問する。
「ツナ兄、真琴姉、がんばれ……」
トレーニングルームのすみで、ランボを抱いたフゥ太のつぶやきが、小さく虚空に消えていく。
綱吉のこめかみを、汗が玉となってつたっていく。どれほどの力を、炎を込めたところで、絶えず攻撃を繰り返しても己を包みこんだ膜はびくともしない。
しかし、綱吉はあることに気づいていた。わずかだが、球針態の壁の装甲が解けてめくれている部分を見つけたのだ。グローブをはめた手が置かれた周辺だ。綱吉の中で、ひとつの仮説が立つ。この丸い牢獄の突破口は、より純度の高い炎なのではないかと。
内部の酸素はどんどん薄くなり、綱吉の胸や肺を圧迫した。体力はみるみるうちに消耗し、息は乱れ、死ぬ気モードがあえなく終わってしまった。
綱吉はうつ伏せに倒れた。目の前に迫った右手に、きらりと光る大空のリングは今は少々恨めしい。
(これ以上、何が望みなんだ……なにが……)
そのときだった。
大空のボンゴレリングがひとりでに輝き始めた。紋章の刻まれた青い宝石は光をふきあげ、それが綱吉の眉間にぶつかったときだった。
"殺せ"
綱吉の脳内に、冷酷な声が響いた。
「!?」
これは一体、誰の視点の映像だろうか。綱吉の目は、幾重にも死体の重なった床に這いつくばり、命乞いをしている男を見下ろしていた。
『たのむ、どうか命だけは助けてくれ!! オレが死んだら、妻と子どもが……!』
しかし、その願いは聞き届けられなかった。次に見えたのは、男の血しぶきだった。
(何だ、これは……!!)
闇の中で、綱吉は頭を抱えた。頭に直接流れ込んでくる。多くの人間の悲鳴、絶叫、嘆き、数々の凄惨な光景が。そのどれもが、痛みを『与えた側』の追体験だった。まるで自分が当事者かのように、リアルに。
戸惑う綱吉に、声が語りかける。
“これが、ボンゴレの業”
綱吉は後ろを振り返る。いつの間にか、自分以外の誰かが闇の中に立っていた。
“抹殺、復讐、裏切り、あくなき権力の追求……マフィアボンゴレの血塗られた歴史だ”
その者たちの顔ははっきりと視認できなかったが、皆一様に額に炎が揺らめいていた。自分と同じ、橙色の炎が。
“大空のボンゴレリングを持つ者よ”
「え……!?」
突然問われ、綱吉は狼狽する。
“貴様に覚悟はあろうな”
“この業を 引き継ぐ覚悟が”
絶え間なく、綱吉の心に流れ込んでくる。
『助けてください!』『ぎゃああああ!!』『子どもは勘弁してくれ!!』『ぐああああ!!手が!』
「や……やめろ……」
ボンゴレが、どれほどの罪を犯してきたのかを。そしてその血が、確実に今の自分につながっているという事実に、綱吉は気も狂わんばかりに叫んだ。
「やめろおお!!」
(綱吉くんの悲鳴……!)
いてもたってもいられず、真琴は球針態のそばへ駆け寄った。「おい、真琴!」ラルの静止も聞かず、無数に生えている棘を避け、黒い球体に手をあてて声を上げる。
「綱吉っ、くん、綱吉、くん!」
代わりに返ってくるのは、綱吉の悶絶とした絶叫だった。
「酸素量は限界です。心身ともに危険な状態だ……」
草壁が冷や汗をかいている。
「や、やめて、これ以上は、やめて!」
真琴は叫ぶが、ラル・ミルチは険しい表情のまま立ち尽くし、雲雀はどこか笑みさえ浮かべている。真琴は動こうとしない大人たちをきっとにらみつけた。何か言え、何か言え。真琴の念が通じたのか、雲雀が口を開く。
「彼は極限状態の中、器を試されているんだ。我々の求める沢田綱吉になれるかどうか」
「試されて、いる……?」
真琴がしどろもどろになっていると、
「真琴」
呼びかけられ、真琴はその方を見た。リボーンが、腕組をしてこちらを見つめている。自分の生徒が死の危機に瀕しているというのに、なぜ悠然と構えていられるのか、真琴は理解が出来なかった。
「ど、どうして、こんな、ことを」
「考えろ。どうしてだと思う。何故、なにゆえ、このようなことをするのか」
「え……だって、それは、修業で……強く、ならないと……」
「ならないと?」
リボーンが強く繰り返す。真琴は必死に考えを巡らせた。
「み、ミルフィオーレ、に」
そうだ。ミルフィオーレに勝つために、自分たちは強くならなければならない。
「……っ!!」
ミルフィオーレのせいで。
この時代のしきみを、沙良を、山本の父を、大切な人たちを奪ったミルフィオーレのせいで。
自分たちは暗く太陽の光も届かない地下へ押し込められ、あまつさえ友達は今、瀕死の状態になりかけている。
ミルフィオーレ。奴らの、せいで。
真琴はぎり、と歯をくいしばった。抑えようのないやるせなさが、体中を満たしていく。
(絶対に許さない)
こんな思いをさせた敵を、絶対に。
真琴の指にはめられたエテルナリング。そこに灯った黒い炎が、ぶわりと燃え上がった。黒い塊は真琴を包み込み、彼女の手が置かれた部分にブラックホールのような穴を出現させる。
「!?」
その場に居た誰もが目を疑った。真琴自身、今自分の身に何が起きているのか理解しきれていない。
だが、現れた穴はどんどん深く、大きく、真琴の身長ほどにまで広がった。真琴は本能のままに、その中へ飛び込んでいった。
「やめろ!!やめてくれ!!」
綱吉の懇願は聞き届けられず、炎を冠した者達は淡々と続けた。彼らはただ綱吉の周囲を取り囲んで佇むだけだったが、綱吉はそれが恐ろしかった。こんなにもむごいことを繰り返してきたというのに、平然としている彼らが。
“これはボンゴレを継ぐ者の宿命 貴様が生を授かったことの意味そのものだ”
「いやだ、こんなひどいことはできない!! したくない!!」
“代価を払わずして力を手に入れることなど叶わぬ”
“偉大なる力がほしければ、偉大なる歴史を継承する覚悟が必要なのだ”
どんなに諭されても、綱吉には首を縦にふる気持ちはわかなかった。
「嫌だ……みんなを守るためなら何だって出来るって思ってた……でも……こんな……」
人を傷つけるために、自分は今まで戦ってきたわけではない。それが、叶わないというのならば。
声がかすれる。言葉が詰まりそうになる。それでも、綱吉は必死に声を張り上げた。
「こんな力なら、オレはいらない!!」
“何だと!?”
周囲の者たちに、あきらかな動揺が走る。
「こんな間違いを引き継がせるくらいなら……オレが!!」
そして、ひとおもいに言い切った。
「オレがボンゴレをぶっ壊してやる!!」
(何言ってるんだろう、オレ……)
自分の発言の支離滅裂さは理解していた。しかし言葉にしてみると、それが本心だったのだと痛感する。自分がふるってきた力がやがて、多くの人の悲しみの種になるというのなら、いっそのこと無くしてしまったほうがいい。
(みんな……ごめん……)
体力、気力に限界が来ていた。こんなところで力尽きている場合ではないのに。修業を得てミルフィオーレを倒し、仲間たちを元の時代へ返さねばならないのに。薄れゆく意識の中で、綱吉が仲間たちに詫びたときだった。
自分の頭が、とん、と誰かの胸になだれかかった感触がした。
「……?」
そっと目を開けると、見覚えのあるスーツがあった。顔を上げれば、そこに居たのはおだやかな面差しをした老紳士。綱吉は彼を知っていた。
「きゅ、9代目……!?」
ボンゴレ9代目はほほえみ、綱吉をそっと支えながらある方向へといざなった。綱吉が視線を移すと、
「!!」
少し離れた先に、綱吉と対峙して、マントを羽織った青年が座っていた。その間を、道を作るように、左右に人種、年齢、国籍、さまざまな人間が並んでいる。一人だけ、若い女性の姿もあった。彼らの足元で、ボンゴレの紋章が水族館の水槽に落ちた光のように浮かび上がった。
彼らの正体を、誰かに説明されずとも、綱吉は肌で感じ取っていた。
歴代ボンゴレのボス達。
彼らは各々自らの武器を手に、神々しい大空の炎を吹き上がらせる。それは福音だった。祝福だった。新たなボンゴレの後継者のために。
座っていた青年が静かに立ち上がる。彼の手元の炎が、その顔を優しく照らした。
──ボンゴレ一世。
“貴様の覚悟、しかと受け取った”
“E'la nostra ora incisa sull'anello ”
ボンゴレ一世の声が、彼らの言葉が重なる。
綱吉は、目の前で起こっていることを受け止めるのに精一杯だった。現実離れしたこのひととき。はるか昔に歴史の中に消えていったはずの彼ら。だが、己が極限状態の中で見た夢幻とするには憚られるほどの人の意志を感じた。
「栄えるも滅びるも好きにせよ、ボンゴレⅩ世」
はっきりとした肉声。唖然とする綱吉に、ボンゴレ一世は静かにほほえみ、手にしていた炎を綱吉の頭上に掲げた。
“ボンゴレの証を ここに継承する”
歴代のボスたちの姿が炎となっていく。直に、大きな大きな光がやってくる──綱吉が直感した時だ。
「綱吉くん!!」
空間の一部から、シミのように異質な黒い穴が浮かび上がり、そこから真琴が現れた。友の突然の来訪に、綱吉はあわてふためく。
「真琴……!」
「だ、だいじょうぶ!? つなよし、くん」
動揺しながらも、真琴は懸命に綱吉のもとに駆けつけた。床に置かれていた綱吉の手を取る。その途端、
「!!」
綱吉と真琴の脳裏に、不思議な光景が浮かんだ。4人の若い女性たちの映像だった。彼女たちは崩れかけた台座の上にあるものを──エテルナリングをおごそかに置いた。
「犬……千種……?」
じゃり、じゃりと、水と濡れた土埃を引きずる靴の音。ここに少女が一人、霧雨の中から現れたことなど、知る者は一人もいない。少なくとも、今は。
割れた窓ガラスの上、欠けた看板の錆びついた文字には、『黒曜ヘルシーランド』とあった。
*
ラル・ミルチから提示された課題。闇の炎を大きくするためにさまざまな感情でもって指輪と向き合え、とのことだった。
そのために、今までのさまざまな経験や記憶を思い出す作業をせよ、と。
容易なことではなかった。真琴はエテルナリングをはめた手を、もう片方の手でぎゅっと握りしめた。苛立ちと焦りで爪が皮膚に食い込む。いつまで経っても戦いに使えそうな炎を灯さないリング。眼の前には綱吉が閉じ込められた雲雀の匣兵器・球針態。
己を取り巻くすべてに追い詰められながらも、真琴はできる限りの記憶を辿ってみる。
父母との確執、幼少期の孤独な思い出。
退屈で鬱屈とした日常。
そこから一転して、友人と共に自分たち以外知る者のいない世界への渡航。大きな驚き。そして──不安にかられ、友人を一度裏切った負い目。自責の念。そこから、大切な友人たちとこの世界で過ごす安寧──しかし、炎は小さいままだった。
(ああもう、どうして)
停滞している自分に、真琴は怒りを覚えた。綱吉を助けに行きたい。さっさと修業を乗り越えて、この時代の沙良を助けに、しきみの行方を探しに行きたい。
こんなこと、している場合じゃないのに──
地団駄を踏みたくなった途端、指輪に灯った炎がゆらりと、体を大きくした。
ほんの一瞬だった。真琴は驚いて目を見張る。
炎はまた、弱々しくなる。
真琴はごくりと生唾を飲み込んだ。今、自分は何を考えたかと自問する。
「ツナ兄、真琴姉、がんばれ……」
トレーニングルームのすみで、ランボを抱いたフゥ太のつぶやきが、小さく虚空に消えていく。
綱吉のこめかみを、汗が玉となってつたっていく。どれほどの力を、炎を込めたところで、絶えず攻撃を繰り返しても己を包みこんだ膜はびくともしない。
しかし、綱吉はあることに気づいていた。わずかだが、球針態の壁の装甲が解けてめくれている部分を見つけたのだ。グローブをはめた手が置かれた周辺だ。綱吉の中で、ひとつの仮説が立つ。この丸い牢獄の突破口は、より純度の高い炎なのではないかと。
内部の酸素はどんどん薄くなり、綱吉の胸や肺を圧迫した。体力はみるみるうちに消耗し、息は乱れ、死ぬ気モードがあえなく終わってしまった。
綱吉はうつ伏せに倒れた。目の前に迫った右手に、きらりと光る大空のリングは今は少々恨めしい。
(これ以上、何が望みなんだ……なにが……)
そのときだった。
大空のボンゴレリングがひとりでに輝き始めた。紋章の刻まれた青い宝石は光をふきあげ、それが綱吉の眉間にぶつかったときだった。
"殺せ"
綱吉の脳内に、冷酷な声が響いた。
「!?」
これは一体、誰の視点の映像だろうか。綱吉の目は、幾重にも死体の重なった床に這いつくばり、命乞いをしている男を見下ろしていた。
『たのむ、どうか命だけは助けてくれ!! オレが死んだら、妻と子どもが……!』
しかし、その願いは聞き届けられなかった。次に見えたのは、男の血しぶきだった。
(何だ、これは……!!)
闇の中で、綱吉は頭を抱えた。頭に直接流れ込んでくる。多くの人間の悲鳴、絶叫、嘆き、数々の凄惨な光景が。そのどれもが、痛みを『与えた側』の追体験だった。まるで自分が当事者かのように、リアルに。
戸惑う綱吉に、声が語りかける。
“これが、ボンゴレの業”
綱吉は後ろを振り返る。いつの間にか、自分以外の誰かが闇の中に立っていた。
“抹殺、復讐、裏切り、あくなき権力の追求……マフィアボンゴレの血塗られた歴史だ”
その者たちの顔ははっきりと視認できなかったが、皆一様に額に炎が揺らめいていた。自分と同じ、橙色の炎が。
“大空のボンゴレリングを持つ者よ”
「え……!?」
突然問われ、綱吉は狼狽する。
“貴様に覚悟はあろうな”
“この業を 引き継ぐ覚悟が”
絶え間なく、綱吉の心に流れ込んでくる。
『助けてください!』『ぎゃああああ!!』『子どもは勘弁してくれ!!』『ぐああああ!!手が!』
「や……やめろ……」
ボンゴレが、どれほどの罪を犯してきたのかを。そしてその血が、確実に今の自分につながっているという事実に、綱吉は気も狂わんばかりに叫んだ。
「やめろおお!!」
(綱吉くんの悲鳴……!)
いてもたってもいられず、真琴は球針態のそばへ駆け寄った。「おい、真琴!」ラルの静止も聞かず、無数に生えている棘を避け、黒い球体に手をあてて声を上げる。
「綱吉っ、くん、綱吉、くん!」
代わりに返ってくるのは、綱吉の悶絶とした絶叫だった。
「酸素量は限界です。心身ともに危険な状態だ……」
草壁が冷や汗をかいている。
「や、やめて、これ以上は、やめて!」
真琴は叫ぶが、ラル・ミルチは険しい表情のまま立ち尽くし、雲雀はどこか笑みさえ浮かべている。真琴は動こうとしない大人たちをきっとにらみつけた。何か言え、何か言え。真琴の念が通じたのか、雲雀が口を開く。
「彼は極限状態の中、器を試されているんだ。我々の求める沢田綱吉になれるかどうか」
「試されて、いる……?」
真琴がしどろもどろになっていると、
「真琴」
呼びかけられ、真琴はその方を見た。リボーンが、腕組をしてこちらを見つめている。自分の生徒が死の危機に瀕しているというのに、なぜ悠然と構えていられるのか、真琴は理解が出来なかった。
「ど、どうして、こんな、ことを」
「考えろ。どうしてだと思う。何故、なにゆえ、このようなことをするのか」
「え……だって、それは、修業で……強く、ならないと……」
「ならないと?」
リボーンが強く繰り返す。真琴は必死に考えを巡らせた。
「み、ミルフィオーレ、に」
そうだ。ミルフィオーレに勝つために、自分たちは強くならなければならない。
「……っ!!」
ミルフィオーレのせいで。
この時代のしきみを、沙良を、山本の父を、大切な人たちを奪ったミルフィオーレのせいで。
自分たちは暗く太陽の光も届かない地下へ押し込められ、あまつさえ友達は今、瀕死の状態になりかけている。
ミルフィオーレ。奴らの、せいで。
真琴はぎり、と歯をくいしばった。抑えようのないやるせなさが、体中を満たしていく。
(絶対に許さない)
こんな思いをさせた敵を、絶対に。
真琴の指にはめられたエテルナリング。そこに灯った黒い炎が、ぶわりと燃え上がった。黒い塊は真琴を包み込み、彼女の手が置かれた部分にブラックホールのような穴を出現させる。
「!?」
その場に居た誰もが目を疑った。真琴自身、今自分の身に何が起きているのか理解しきれていない。
だが、現れた穴はどんどん深く、大きく、真琴の身長ほどにまで広がった。真琴は本能のままに、その中へ飛び込んでいった。
「やめろ!!やめてくれ!!」
綱吉の懇願は聞き届けられず、炎を冠した者達は淡々と続けた。彼らはただ綱吉の周囲を取り囲んで佇むだけだったが、綱吉はそれが恐ろしかった。こんなにもむごいことを繰り返してきたというのに、平然としている彼らが。
“これはボンゴレを継ぐ者の宿命 貴様が生を授かったことの意味そのものだ”
「いやだ、こんなひどいことはできない!! したくない!!」
“代価を払わずして力を手に入れることなど叶わぬ”
“偉大なる力がほしければ、偉大なる歴史を継承する覚悟が必要なのだ”
どんなに諭されても、綱吉には首を縦にふる気持ちはわかなかった。
「嫌だ……みんなを守るためなら何だって出来るって思ってた……でも……こんな……」
人を傷つけるために、自分は今まで戦ってきたわけではない。それが、叶わないというのならば。
声がかすれる。言葉が詰まりそうになる。それでも、綱吉は必死に声を張り上げた。
「こんな力なら、オレはいらない!!」
“何だと!?”
周囲の者たちに、あきらかな動揺が走る。
「こんな間違いを引き継がせるくらいなら……オレが!!」
そして、ひとおもいに言い切った。
「オレがボンゴレをぶっ壊してやる!!」
(何言ってるんだろう、オレ……)
自分の発言の支離滅裂さは理解していた。しかし言葉にしてみると、それが本心だったのだと痛感する。自分がふるってきた力がやがて、多くの人の悲しみの種になるというのなら、いっそのこと無くしてしまったほうがいい。
(みんな……ごめん……)
体力、気力に限界が来ていた。こんなところで力尽きている場合ではないのに。修業を得てミルフィオーレを倒し、仲間たちを元の時代へ返さねばならないのに。薄れゆく意識の中で、綱吉が仲間たちに詫びたときだった。
自分の頭が、とん、と誰かの胸になだれかかった感触がした。
「……?」
そっと目を開けると、見覚えのあるスーツがあった。顔を上げれば、そこに居たのはおだやかな面差しをした老紳士。綱吉は彼を知っていた。
「きゅ、9代目……!?」
ボンゴレ9代目はほほえみ、綱吉をそっと支えながらある方向へといざなった。綱吉が視線を移すと、
「!!」
少し離れた先に、綱吉と対峙して、マントを羽織った青年が座っていた。その間を、道を作るように、左右に人種、年齢、国籍、さまざまな人間が並んでいる。一人だけ、若い女性の姿もあった。彼らの足元で、ボンゴレの紋章が水族館の水槽に落ちた光のように浮かび上がった。
彼らの正体を、誰かに説明されずとも、綱吉は肌で感じ取っていた。
歴代ボンゴレのボス達。
彼らは各々自らの武器を手に、神々しい大空の炎を吹き上がらせる。それは福音だった。祝福だった。新たなボンゴレの後継者のために。
座っていた青年が静かに立ち上がる。彼の手元の炎が、その顔を優しく照らした。
──ボンゴレ一世。
“貴様の覚悟、しかと受け取った”
“
ボンゴレ一世の声が、彼らの言葉が重なる。
綱吉は、目の前で起こっていることを受け止めるのに精一杯だった。現実離れしたこのひととき。はるか昔に歴史の中に消えていったはずの彼ら。だが、己が極限状態の中で見た夢幻とするには憚られるほどの人の意志を感じた。
「栄えるも滅びるも好きにせよ、ボンゴレⅩ世」
はっきりとした肉声。唖然とする綱吉に、ボンゴレ一世は静かにほほえみ、手にしていた炎を綱吉の頭上に掲げた。
“ボンゴレの証を ここに継承する”
歴代のボスたちの姿が炎となっていく。直に、大きな大きな光がやってくる──綱吉が直感した時だ。
「綱吉くん!!」
空間の一部から、シミのように異質な黒い穴が浮かび上がり、そこから真琴が現れた。友の突然の来訪に、綱吉はあわてふためく。
「真琴……!」
「だ、だいじょうぶ!? つなよし、くん」
動揺しながらも、真琴は懸命に綱吉のもとに駆けつけた。床に置かれていた綱吉の手を取る。その途端、
「!!」
綱吉と真琴の脳裏に、不思議な光景が浮かんだ。4人の若い女性たちの映像だった。彼女たちは崩れかけた台座の上にあるものを──エテルナリングをおごそかに置いた。
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