66.本心
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Ristrante Quiet Blue
ーMENUー
Aperitivo
「憧憬」
(桃のカクテル)
Antipasto
「黎明」
(サフランライスのリゾット)
Primo piatto
「僥倖」
(リングイネ ルーコラと青菜の魚醤あえ)
secondo piatto
「粋美」
(ビステッカ モストコット ソースがけ)
contorno
「刹那」
(旬の野菜のロースト)
Formaggi
「追懐」
(4種のチーズ)
dolce
「本心」
(アヴァランシュ)
ーMENUー
「憧憬」
(桃のカクテル)
「黎明」
(サフランライスのリゾット)
「僥倖」
(リングイネ ルーコラと青菜の魚醤あえ)
「粋美」
(
「刹那」
(旬の野菜のロースト)
「追懐」
(4種のチーズ)
「本心」
(アヴァランシュ)
『憧憬』
天井、壁、床、すべてが雪のごとく染められた広い部屋の中央には、淡いブルーのガラスがはめられたダイニングテーブルが佇み、周りを白い椅子が鎮座している。 テーブルの上には清潔なプレースマット、金の縁飾りの皿に、バラの形に折られたナプキンが添えられていた。
腰を下ろして対面しているのは、白蘭と沙良。
白蘭はいつも着ているミルフィオーレの隊服ではなく、白いスーツに薄い青色のシャツ、左襟には花を模したゴールドのラペルピンが輝いている。
沙良はグレー寄りのホワイトのドレスを着ていた。生地は透け感のあるオーガンジー、胸元や裾にビジューや花の刺繍が多く縫い込められている。
今日は外からとあるレストランのシェフを呼びつけていた。やがて給仕が現れ、恭しく挨拶をすると、それぞれにメニュー表を手渡す。
濃い群青色の品書きをしげしげと眺め、白蘭は切れ長の瞳をそっと沙良に向けた。
「どうかな、沙良ちゃん。食べられそう? 苦手なものはない?」
沙良は顔を上げ、「大丈夫です」と、消え入りそうな儚げな声で答えた。白蘭は満足そうに頷いて、「じゃあ、お願い」という言葉とともにメニュー表を給仕に返す。
ほどなくして、食前酒が運ばれてきた。細長いフルート型のグラスの中に、ほのかなピンクの海が凪いでいる。
「元気になってくれてよかった」
グラスをかかげた白蘭に、沙良もこくりと首を傾け、ほのかな微笑で返した。ほっそりしたグラスの透明な足を、沙良のたおやかな指がそっとつまんで持ち上げる。
一口、また一口と桃のカクテルを口元に寄せる彼女を見つめ、白蘭は不思議な感情に心をざわめかせていた。
こうして思うがままに、何かを自分のものにするのは満足感があった。ゲームをプレイして、ステージクリアやボスを倒して報酬を入手することに、罪悪感をおぼえる人間などいないだろう。それは現実でも白蘭にとっては同じことだった。手に入れるのが物でも人間であっても。
それでも、なんともいえない感情が胸のすみにこびりついて離れない。上品で華やかな桃の甘みと、繊細な泡を舌で味わいながら、白蘭はさまざまなことに考えを巡らせる。目の前の彼女は自分の手の中にあるようで、いつまでも届かない、幼い頃の渇望に似た感情を抱かせていた。
***
「……」
薄暗い部屋の中、真琴より少し上空から、4つの目が浮かび上がってこちらを見下ろしている。自分の拳ほどありそうな眼を向けられて、恐怖で固まる真琴に、動物的な本能が告げていた。自分はこのまま、この生き物の餌食になるのだと。
だがそれは、杞憂に終わった。
どれほどの時間が経っただろうか。暗闇に目が慣れ、その生き物のおどろおどろしい巨大な体躯、全貌が真琴にも飲み込めてきた。それでも、生き物が真琴に危害を加えるようなそぶりは一切見せなかった。
この匣を手に入れたのは数分前、食事を済ませた後、この時代の自分の荷物を漁っていたときである。中身は匣の外観だけで判断できなかったので、万が一を考え、京子やハル達に被害が及ばないよう人けの少ない部屋を選んだ。
部屋に入り照明のスイッチを押し、匣に炎を注入したとたん、何かしらの不具合が起きたのか電球の灯りが落ちてしまい、とつぜん現れた巨大な生き物と暗室で二人っきりという状態になってしまったのだ。
注入した炎がそれほど多くなかったのもあって、生き物はすっと頭を垂れて活動停止した。匣を傾けると、自然に真四角のすみかへ戻っていく。
部屋の電気も戻った。
真琴ははっと大きく息を吸い、吐き出した。なんどか繰り返し、息を整えようとする。緊張で呼吸するのを忘れていたようだ。
数分前の自分の判断に感謝していた。他に人のいる場所でうっかり開けるべきではなかった。
「……」
息を弾ませながら、まじまじと自分の匣に見入る。この生き物を使いこなせるのか、正直、自信が無い。
ふと、なんだか全てから離れてしまいたいな、と若干自棄気味な心持ちにもなった。
沙良の温かい雰囲気が恋しい。鳴海の、大黒柱のような頼もしさが恋しい。しきみのはつらつとした明るさが恋しくてたまらなかった。
真琴は体制を立て直し、よろよろと部屋から出た。京子たちの顔が見たくなったのだ。マフィアや血なまぐさい裏社会の世界ではなく、穏やかな日常の中にいる彼女たちと同じ空間に身をおいて、少し落ち着きたかった。
食堂に行ってみる。ハルと京子の姿はない。
お手洗いかもしれない。それとなく確認する。──いない。
真琴はだんだん嫌な汗をかいてきた。寝室に行ってみた。入って両側には二段ベッドが設置されており、奥には6畳ほどのスペースがある。折りたたみ式の小さなローテーブルがあり、その上に、白い紙切れが乗っていた。
心臓が強く鼓動する。嫌な予感がした。そしてそれは無情にも、当たるのだ。
紙切れは手紙だった。まるっこい可愛らしい文字で、こう書かれてある。
『みんなへ
いきなりいなくなってごめんなさい。一度、家に戻ります。ランボちゃんたちのおやつも取りに行きます。京子、ハルより』
「えっ……」
言葉を失う真琴。追い打ちをかけるように、部屋の天井付近に備え付けられているスピーカーから、けたたましいサイレンが鳴り響いた。
「今の音何!?」
サイレンを聞きつけ、主作戦室にあわただしく駆け込んできた綱吉、山本、獄寺。そこにはすでにラル、リボーン、ジャンニーニがいた。
部屋の壁ひとつを、多くのモニター画面が占拠している。一切を取り仕切るジャンニーニは迷いなくキーボードをたたき、信号の発信源を特定する。
「味方からの救難信号です。モニターに映しますね」
一番大きな画面に、ぱっと明るい外の風景が映し出された。住宅マンションの立ち並ぶ空を分け入って、黄色くて丸いひよこに類似した鳥が空を旋回している。この鳥に、綱吉たちは見覚えがあった。
「黒曜のジジイの鳥じゃねえか」と、獄寺。
骸退治に黒曜ヘルシーランドに乗り込んだ際、バーズが飼い慣らしていた鳥たちの一匹だ。
「名前はヒバードっていってな、雲雀が飼ってるらしいぞ」
リボーンが補足する。ストレートなネーミングだな、という感想を綱吉たちは飲み込んだ。
「まずいですね、ヒバードに取り付けられた発信機の信号が弱まっています」
ジャンニーニが苦虫を噛み潰したような表情でモニターを睨む。ヒバードがカメラのフレームから外れたため、ジャンニーニはモニターをレーダーに切り替えた。明るい昼間の画が一変し、漆黒の画面に、シンプルな線で描かれた簡素なマップが映し出される。
黒い地図上には白く輝いているポイントが数多く点在しており、まるで夜空のようだった。あの白い点は何を指し示しているのか、綱吉は興味を持ったが、気軽に質問できる雰囲気ではない。
「場所は?」とラル。
「現在、7丁目を時速37キロで移動中……高度が下がっています」
そしてほどなく、ヒバードの発信機の印が画面からぱっと消えた。すぐそばに、神社の鳥居のマークが。
「消えた場所は、並盛神社のようです」
綱吉たちにとっては今年の夏、夏祭りを堪能した場所でもある。
「雲雀のやつ、あんなところで何してんだ?」
いぶかしがる山本。ううむ、とジャンニーニが唸る。
「信号が弱まってましたし、単に発信機のバッテリー切れかもしれませんが……」
「もしくは、敵に撃ち落とされた、かもな」
リボーンの言葉に、少年たちの表情が一気にこわばった。あり得る話だと、ラルが続けた。
「あの強いリング反応を見てみろ」
ラルが指で指し示す。神社から数キロ離れた地点に、二重丸のマークがついていた。
「精製度はA以上……おそらく隊長クラスの人物だ」
「おい待てよ」獄寺が生唾を飲み込む。「っつーことは、あの点々は……」
「ええ」ジャンニーニが苦虫を噛み潰したような顔になる。
「画面に写っている点はすべて、ミルフィオーレのリングから発せられる信号です。……つまり、地上にはこれだけの敵がいるわけです」
「あ、あんなに!?」
頭を抱える綱吉。更に、追い打ちをかけるような出来事が待っていた。
「み、皆……!」
主作戦室に駆け込んできたのは真琴だった。よほど慌てているのか、息を切らしている。
「真琴?」山本がおずおずと様子をうかがう。
「み、皆っ、た、大変、たい、へん」
ぜえぜえと喘ぎながら、必死に言葉を紡ぐ真琴。真琴の焦燥が感染し、綱吉もあわあわしている。なんとか落ち着かせようと、山本が真琴の肩に触れた。
「だ、大丈夫か? ゆっくりでいいから、落ち着いて……」
真琴は頭をぶんぶんと左右に振った。これが落ち着いていられるか、といわんばかりに、手に持っていた紙切れを綱吉達に突き出す。
「き、京子ちゃんと、ハルちゃん、いなく、なっちゃった」
残された書き置きを確認し、綱吉達に衝撃が走る。同時に、ああ、とジャンニーニが嘆いた。
「今調べたら、D出入口に開いた形跡があります! 申し訳ありませんっ、ちょうどここだけ修理しておりまして……!」
通常、出入口はすべてロックがかかっており、メカニックであるジャンニーニに気づかれず地上に出ることは出来ないのだという。めったに起きないメンテナンスと京子・ハルの心痛が、最悪なタイミングで重なってしまったのだ。
(き、気づかなかった……!)
綱吉は気が遠くなりそうだった。「家族のことが心配だったんだな」リボーンの声も、どこか霞がかったように薄い。混乱する綱吉の意識を引き戻したのは、
「落ち着け、沢田。雲の守護者の鳥の件もある。全体を俯瞰して判断するべきだ」
冷静なラル・ミルチの声だった。
「この場合、最優先事項は彼女らを連れ戻すことだな。次にヒバードの探索、及び調査だ」
と、リボーン。軍人と殺し屋、踏んできた場数が違うのか、非常に泰然自若として、若者たちを導こうとしている。
「2人がまだ敵に捕まっていないと仮定して……できればまだ戦闘は避けたい。敵に見つからぬよう、少人数で連れ戻したほうがいいだろう」
「それは、ヒバード探索にも言えるな」
大人たちに引っ張られ、獄寺も落ち着いて意見を言った。
一方、進んでいく会話をよそに、真琴は後悔に苛まれていた。彼女たちが、何も思いつめていないわけじゃないのに。辛い思いをしていたのに、気づいてあげられなかった。それどころか手紙を見るまで、安易な理由で彼女たちを探していたのだ。
──こんな自分なんか、仲間たちを裏切った黒曜のときと何も変わっていないのではないか。
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