58.雲戦
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雲の守護者戦で、ゴーラ・モスカが負ければ、自分は後継者の座から降りる。XANXUSはそうきっぱりと明言した。
あんなにボンゴレボスの座に執着していた彼が、あのXANXUSがここまで言い切るということ。それはすなわち。
「……よほど自信があるんだろうな。あのモスカって奴が、絶対に雲雀に勝てると」
霧の守護者戦と闇の試練終了後、体育館でこぼしたリボーンの言葉は、綱吉、綱吉の守護者側、そして4人の少女たちに深く刻まれた。
「……」
仄暗い天井を見つめ、鳴海はぼうっとしていた。壁掛け時計は夜の1時を指している。 しっかり眠ることが出来ない。スクアーロの死を目の当たりにした日から。
掛け布団に足をからませながら、シーツの上でごろごろと体を揺らした。脳裏に浮かぶのはスクアーロの最期の微笑み、次にXANXUSのことだった。
あの人の圧倒的な強さはどこから来るのだろう。
そして気のせいだろうか、彼の居丈高な態度には嫌悪感というより、不思議とデジャヴュのようなものを鳴海は感じていた。
こんなにも自分たちにとって敵であるというのに、なぜか鳴海の胸中にあるのは敵意や警戒心だけではないのだ。
だが、そのことを仲間に話すのはやめておこうと鳴海は考えていた。恐らくそれは自分だけだろうから。
眠れそうにない。体はだるく、疲労が溜まっているのに、脳は冴え冴えとしている。体を起こしてベッドから這い出ると、その場で座り込んだ。
目をつぶろうとする気すら起きなかった。夜の宵闇にぼやけた輪郭たちを眺めていると、自分も無機物になったような心持ちになった。
そのときだった。
ドアがノックされた。
鳴海の部屋の前には、沙良が立っていた。
「鳴海、」
ドアへ呼びかけると、向こう側で人が意思を持って動く気配がした。やっぱり、と沙良は確信を持っていた。
「開けていい?」
いいよ、とこもった返答が聞こえた。壊れ物を扱うかのように、そっとドアノブをひねる。
暗がりの中で、鳴海がベッドの脇でうずくまっていた。腰を下ろしたまま、沙良をまっすぐ見上げる。
「どうしたの、沙良」
「あのね、これ、鳴海に」
沙良はゆったり鳴海に近づくと、目線を合わすようにしゃがみ込み、右手に持っていたものを見せた。
マグカップだった。注がれた中身から、ほんわりと湯気が立つ。
「白湯だよ。これ飲んだら、少しリラックスできるかも」
「沙良……」
「鳴海、すごく疲れてるでしょう。ちょっとでも、回復できたらと思って」
鳴海はおずおずとマグカップを受け取り、口をつけた。味のないあたたかな水は、若者には物足りなく思われがちではあるが、意外にも美味しく感じられた。一口、ふたくち飲んで、食道から胃のあたりが温められる。
鳴海は静かに笑う。その声も涙まじりだった。
数十分、二人は向かい合っておしゃべりをした。指輪戦にはまったく関係のない、他愛のない内容ばかりだった。
やがて鳴海はうつらうつらとし始め、申し訳無さそうにそろそろ眠るね、と告げる。沙良は快く承諾し、立ち上がった。
「じゃあ、おふとんかけてあげる」
「え、いいよ、そこまでしなくても…!」
「いいのいいの。ほら、寝て」
沙良にせかされ、しぶしぶ鳴海はベッドに横たわった。
沙良は丁寧に掛け布団をひいてやり、毛布越しに鳴海の肩と、頭を優しくなでた。その手は幼子を寝かしつける母親のような優しさがあった。多忙な母親と共に寝た記憶が少ない鳴海でも、懐かしさを覚えた。
眠気がぐっと強くなる。
「ありがとう、沙良……」
そう言ったつもりだったが、声がうまく出なかった。ちゃんと届いたのだろうか。明日また言わなきゃ。そこまで考えて、鳴海はとろりとした眠りに落ちていった。
沙良が廊下に出ると、壁に背を預けて座り込むしきみ、真琴の姿があった。しきみはせわしなく立ち上がり、スリッパを引きずりながら沙良へ駆け寄る。沙良があわてて制した。
「しきみ、鳴海寝たばかりだから、」
「あ、ごめんごめん!」密やかな声であったが、やはりしきみらしい騒がしさがあった。
「……よかった」真琴もほっと一息つく。
最初は3人で突撃するつもりだったが、人数が多ければ多いほど、鳴海が日中のように肩肘を貼る可能性が高いとみて、沙良に任せたのだった。
「沙良、」
真琴が恥ずかしそうにもじもじしている。「自分今日、一人で、寝たくないかも」
「あら、じゃあ一緒に寝る?」沙良が言うと、しきみも乗っかってきた。
「はい! あたしも一緒に寝る! 真琴の部屋で畳で寝よ!」
「え゛」
真琴が固まる。数秒考え込んだ後、別にいいけど、と呟いた。
翌朝、空のマグカップを片手に、鳴海が二階から降りてきた。
まだまだ哀しみは尾を引いているものの、熟睡できたのか、昨日より少しさっぱりした顔つきだった。
沙良は鳴海からマグカップを受け取り、はつらつと朝食の準備をしていた。
今夜で指輪争奪戦の決着がつく。そのことでそわそわとした空気感が漂っていたが、沙良の作り出す穏やかな日常の一コマは、皆に安堵感を与えていた。
*
霧戦と闇の試練から一夜明け、綱吉は家を飛び出した。制服を着てはいたが行き先は学校ではなく、廃墟の中山外科医院だ。
ディーノに、雲雀の近況を聞くために。
今夜の雲の守護者対決で綱吉たちとヴァリアーの勝敗が決まる。雲雀に、綱吉達の運命がかかっているといっても過言ではない。
そう考えると昨夜は寝付きが悪く、加えて夢見もかなり悪かった。(一方でリボーンは相変わらず、健康的に寝入っているのがまた腹立たしくもあった)
雲雀に直接会おうにも会える確信は持てず、結局彼の家庭教師を務めたディーノに問うのが手っ取り早いと考えたのだ。
小走りで向かっていると、道すがら、見慣れた4人の背中を発見した。もちろん鳴海、しきみ、沙良、真琴だ。
今夜綱吉達が負ければ、彼女たちの所属はヴァリアーに握られることになる。
「あ、ツナくんー!」真っ先に気づいたしきみが手を振り、綱吉もそれに応えながら距離を縮めた。
「みんな、おはよう」
「おはよう」沙良と鳴海が微笑んだ。
綱吉はひそかに安心した。鳴海は昨日よりも少し元気になったようだ。
「綱吉くんも、病院?」
真琴の問いかけに綱吉は頷いた。
「もしかして、4人も……?」
少女たちが肩をすくめる。皆、考えることは同じのようだ。
「まあ、やっぱ気になるよな」鳴海が頭をかく。
「一応ね、確認大事!」しきみがふざけて敬礼し、沙良がふふっと笑みをこぼした。
「クロームにも、会いたい、から」と真琴。
昨夜の戦いで倒れたクロームはその後、診察のためディーノの派遣した部下によって中山外科医院に運ばれたのだ。
「あ、」
綱吉はあることを思い出し、持っていた鞄の中を漁る。出発直前に母の奈々から、4人に会ったら渡してほしいとあるものを頼まれていたのだ。
「これ、母さんが、4人にって」
自然と手は、4人の中でも特に家庭的な沙良へ向かっていた。
「まあ、ありがとう……!本当、早く奈々さんにお礼しなくちゃ……」
渡された袋を、沙良は愛しげに見つめる。美味しいと有名な緑茶のギフトだった。
病院はディーノの手配で電気もガスも水道も通っている。さっそく淹れなきゃね、と沙良はうれしそうだった。
病院の正面玄関にたどり着いたとき、自動ドアが開いた。こちらが入ろうとしたからではなく、クローム髑髏が、今まさに中から出てきたのだ。
彼女は綱吉と4人を交互に見つめ、戸惑いながら呟いた。
「……ボス、……真琴、」
名前を呼ばれ、真琴がびくっと反応する。クロームはまっすぐに真琴の元へ行くと、控えめに目礼した。
「真琴…!」
何か言いたいことがあるのか、しきりに名前を呼び、もどかしそうにしているクローム。
真琴のほうも、いざクロームに会うとなんと言葉をかけてよいか分からず、わたわたと混乱していた。しきみは微笑ましそうにニヤけていた。
「く、クローム?」
「昨日は……ごめんなさい。私、真琴のこと守れ……なくて」
「そ、そんなことは、無い!」
真琴は一生懸命否定するも、クロームは首を左右に振り、申し訳無さそうにまた一礼して、その場を後にした。その背中に、綱吉がなんとか声をかける。
「あの、クローム、昨日は戦ってくれて……!」
骸にも言ったようにありがとう、と伝えたかったのだが、全速力でいなくなられてしまった。ショックを受ける綱吉の肩を、鳴海が励ますように叩き、一行は病院の中に入る。すると、
「おお、ツナに鳴海達じゃねえか」
ロビーには、さっそく探し人の姿が。ディーノとロマーリオが連れ立って会話をしている最中だった。
「こんな朝早くに、そんなに恭弥のこと気になるか?」
ずばり言い当てられ、皆苦笑いをする。
「そりゃあ心配だよな。恭弥が負けたら全部終わっちまうんだし。……こいつらも同じこと聞きに来たぜ」
言いながら、ディーノがとある部屋の戸をそっと開け、あごをしゃくった。
六畳ほどの広さで、ロータイプのアームレスソファーとテーブルが置かれた、簡単な応接間のような部屋だった。
そこに、獄寺、山本、了平が各々寝転んだり、もたれたりして、ぐっすりいびきをかいている。
「あら、」微笑ましさが募り、沙良が口元に手をあてる。
「かわいいね〜」しきみが忍び笑いをもらした。
聞けば彼らも、怪我の診療を口実に、ディーノから雲雀のことを聞き出そうと病院を訪ねてきたらしい。
「そんで、安心したのか寝ちまいやがった」
「え…じゃあ、」
綱吉が期待を寄せる。
「恭弥は完璧に仕上がってる。家庭教師としての贔屓目なしにも強えぜ、あいつは」
力強いディーノの発言に、皆が圧倒される。ヴァリアーに勝つ未来が現実味を帯び始め、皆の張り詰めた空気が少々、緩んだときだった。
「お前は修行だぞ」
飛び込んできたのはやはり、風変わりな赤ん坊家庭教師・リボーンだった。忍者のコスプレをしながら、窓からやってきている。額当ては擬態したレオンだ。
ぎくりと綱吉の体が跳ね、未だに生徒時代が骨身に染みるているのか、ディーノすらも姿勢を正した。
「今日中に、"死ぬ気の零地点突破”を完成させるぞ」
「リボーン!」
やる気満々の家庭教師に、綱吉が異議を唱える。
「今日の勝負で決まるんだぞ!?もう、オレが修業する意味なんてないんじゃ…」
綱吉の意見は一理あるように思えた。
だが、リボーンの意思は変わらない。
「最終決戦だからこそ、おまえ、もしものときどうすんだ?」
「もしも……?」
もしも、雲雀がゴーラ・モスカに負けたら。勝利したヴァリアーが、綱吉達に危害を加えてきたら。
それをリボーンは視野に入れているのだ。
「鳴海、昨日に引き続き、ツナの修業に付き合ってくれねえか。バジルもだいぶ疲弊してきている。人手があると助かるんだ」
「……いいよ、わかった」
「鳴海!」綱吉が叫ぶ。
鳴海はその場で屈伸運動を始めた。
「俺に出来ることがあるなら、協力するよ」
そこで、黙っていたしきみがはっと顔を上げた。
「……あたし、今から学校行ってくる。雲雀さんいるかも」
「え、」真琴が言うやいなや、すでにしきみは走り出し、自動ドアの向こうへ飛び出していた。その流れにリボーンも乗る。
「つべこべ言わずに行くぞ。ツナも、鳴海もだ」
「了解」
「ちょ、ちょっと待てよリボーン!」
ぐいぐい引っ張られる綱吉、鳴海、リボーンもあわただしくその場を後にする。ロビーに、ディーノと沙良、真琴らがぽつんと残された。
「相変わらず強引だな…」昔を思い出したのか、冷や汗をかくディーノ。
「と、とりあえず、お茶、淹れましょうか…?」
沙良が奈々からもらった緑茶のギフトセットを取り出した。お、とロマーリオが興味津々に身を乗り出した。
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