57.霧戦と闇の試練②
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体育館の天井を突き破ったそれは、巨大な手足と鉤爪を持ち、蝙蝠のような翼をはためかせながら、同じく空中に浮くマーモンの背後に寄り添うように飛行している。体長は動物園で見る象と同じくらいで、爬虫類のような体から伸びた長い首の先には、げっ歯類のようにいかつい顔がくっついていた。
かの奇妙な生物の名を口にしたしきみに、綱吉が尋ねた。
「しきみ、ジャバウォックって何!?」
「想像上の動物だよ、昔、本で読んだの」
しきみが説明した。幼い頃に触れた物語の本に、ちょうど目の前の生物とほぼ同じ挿絵がついていた。
「何か、対処法はあるのか?!」
これは鳴海だ。
しきみはうう、と言葉に詰まる。
「わ、わかんない。作中作に出てきた怪物なだけで、それも倒されたときのことを表現している詩だったし……」
あの生き物もマーモンの創り出した幻覚のはずだ。だが、ジャバウォックの咆哮、空気を伝って感じる生物としての鼓動が、あまりにもリアルに感じさせられた。
「藍色のおしゃぶりのバイパー。アルコバレーノ一の、サイキック能力を持つ術士ならば、あんなにも現実味のある幻を創るのも頷ける」
リボーンが唸る。ヴァリアーのあの赤ん坊も、リボーンとコロネロの予想通り、選ばれし7人の一人だったのだ。
「なぜ今までおしゃぶりが光らなかったんだ?コラ」
自身のおしゃぶりを見ながら、コロネロが不思議そうに言った。アルコバレーノは互いの存在が身近になると、反応し合っておしゃぶりが輝くというのに。
「よく分かんねえが、さっきの鎖で、おしゃぶりの機能を封印してたみてえだな」
リボーンが答えた途端、
「バカチビ共にはわからぬ、研究の副産物さ」
マーモンが頭上より声高に言った。
「お前達と違って、僕は怠らなかったからね。呪いを解く努力を」
綱吉側にいる二人のアルコバレーノが沈黙した。呪い。いわくありげな言葉に、誰もが困惑するしかなかった。
突然、またもや荒々しい振動が体育館を、中にいる者達を激しく揺らした。今度は板張りの床から、のそりと別の生き物が出現したのだ。
「わ、わ、何あれ!?」綱吉がパニックを起こす。
全身がおどろおどろしいピンク色の、巨大なミミズのような生き物だ。口らしい穴から、白いぎざぎざした歯が生え、獲物を求めて蠢いている。目らしきものは無い。下半身は体育館の床に隠れているから分からないが、太さだけでも2mは超えている。
「あれは……!」
獄寺がかっと目を見開いた。
「隼人くん、何、どうしたの…!?」
突風に髪をおさえながら沙良が問う。
獄寺が叫んだ。
「モンゴリアン・デスワームだ!!」
「もん、何だって?」
山本がぽかんとする。
「知らねえのか野球バカ! あれは砂漠周辺に生息されているという未確認生物、UMAだ!!」
「ってことは、あの二体が真琴の相手ってこと!?」沙良が動揺する。
「いや、まだ分からないよ」しきみが苦笑いしながら眼前の光景を食い入るように見つめている。
モンゴリアンデスワームは巨体を揺らし、地中に潜っては這い出るのを繰り返して、対峙するマーモンとジャバウォック、クロームと真琴の周辺をぐるぐると囲むように周回した。モンゴリアンデスワームが顔を出すたびに床は崩れ、潜るたびに元通りになる。まるで水辺に姿を隠すかのように。
真琴はただ、平静を保つのに精一杯だった。ジャバウォックの遠吠えは、不協和音となって真琴の戦意を削ごうとしてくる。すると、クロームが三又の槍を持ち直し、言った。
「大丈夫。何が来ても……負けないから」
「く、クローム、」名前を呼ぶことさえいいのかと、ためらってしまう。
ジャバウォックはぐんと真琴に近づき、鉤爪を振り下ろした。それを真剣状態の蛇腹剣で受け止め、真琴は愕然とする。
重い。なんという重さだろう。幻覚とはいえ、すでに自分の脳は、マーモンの生み出した化け物を現実にいるものだと認識してしまっている。
真琴は遠くにいるマーモンめがけ、左手を突き出した。ひっそりとつぶやく。
「諸法無我」
真琴の口から放たれた言葉は衝撃波となってマーモンに襲いかかったが、「無駄だよ」と一蹴されてしまった。すでに真琴は視界のみならず、他の五感も取り上げられてしまっている。
突出しては潜り込むモンゴリアンデスワームの体を蹴り上げ、臆することなくクロームはマーモンに立ち向かっていった。
幻覚の大元を叩けばこの二体の化け物も恐れるに足らず。クロームが三叉の槍をふるうと、マーモンの頭上に大量の蛇が降りかかり、小さな赤子を覆い尽くした。
ジャバウォックの猛攻から必死に免れながら、真琴ははっとする。獣を召喚する技、六道骸の畜生道だ。
観覧席にいた皆も気付いていた。
「10代目! 間違いなくあの女、骸に憑依されてますよ!!」
「だ……だけど、」
なお綱吉は言いよどんだ。
ふるまいや言動、佇まいから確かに、クローム髑髏は骸そのもののように感じることがある。だが、それより強く、彼女自身の意志、決意が根底に在るような気がしてならなかったのだ。
幾重にも巻き付かれた蛇の塊が、一気に左右へ吹っ飛び、無傷のマーモンが現れた。真琴がジャバウォックを鎖状にした剣で巻き付き、遠くへ放り投げた瞬間、クロームが再び柄尻を床に付きたて、体育館の中いっぱいに噴火したマグマの火柱を起こした。モンゴリアンデスワームが地中へ逃れるように身を隠し、ジャバウォックが火に飲み込まれた。
あかあかと火柱に照らされながらも、真琴はその熱さを感じなかった。あえて真琴には影響が及ばないようにしてくれているのだろう。クロームは先程から何度も、自分を守ろうとしてくれている。
突如燃え盛る火柱に、両陣営の観覧席がどよめく。だが、天地を焼き尽くすがごとくあふれる炎の中から、マーモンは平然と現れ、飛行する。
急にマーモンの顔が消えた。フードの中は宇宙のように暗闇と化し、そこからまた、おしゃぶりのような輝きが放出される。
火柱は一気に凍てつき、氷柱が数多にもそびえ立つ。体育館はうだるような火山口から一転、肌を指すような冷たい世界へ様変わりする。
「視界だけ騙すことも、騙されることもあるんだ」
凍てつく空気の中を、マーモンはゆうゆうと滑空する。
「そこに聴覚や嗅覚、他の知覚を感じなければ問題ない。だが、一度別の五感で感知してしまえば、より現実感を持ち、術にかかる確率も高まる」
クロームの幻覚ではなんともなかった真琴は、マーモンの幻覚により今度は寒さを感じた。その場にいる全員の吐く息が白く染まる。……それは、クローム自身にも。
「術士にとって、幻術を幻術で返されるということは、知覚のコントロール権を完全に奪われたことを示している」
「!!」
真琴は息を呑んだ。自分の足から腰あたりが氷漬けになり、床に張り付けにされているではないか。
「真琴っ……!」
クロームがすぐにこちらへ駆けつけようとした。真琴に手を伸ばす。だが、その手も足にも、たちまち氷の拘束具に捉えられて広がっていく。
炎にやられたはずのジャバウォックが一瞬で出現し、少女二人を引き裂くように間に割って入る。
ジャバウォックに体当たりされ、クロームが床を転がった。マーモンの言ったとおり、視界だけでしか感知していなかった化け物を、クロームも現実だと騙されてしまったのだ。
真琴は必死にもがき、なんとか逃れようとするも、びくともしない。
「クロームっ……!」
思いっきり叫ぼうにも、寒さで肺に痛みが走る。声がかすれる。翻弄される少女たちに、マーモンが冷たく告げた。
「もう何をしても無駄だよ。君たちはすでに、僕の幻覚世界の住人なのだから」
ころがされたクロームは、我に返るとあわてて起き上がった。手にしていた三叉の槍を、大切そうに持ち上げる。まるで、壊してはいけない宝物を落とした子供のような反応だった。
マーモンは目ざとく気付いた。
「ムム、どうやらその武器は相当大事なもののようだね。君の正体に関わるのかな?」
「っ!、だ、だめ、」
三叉槍を握ったまま、かばうように後方へ身をよじる。マーモンの左手が、静かにかざされた。
「ダメーっ!!」
クロームの必死の懇願もむなしく、マーモンの左手が小さく動いた途端、クロームの槍はガラスのように粉々に砕かれた。
その瞬間、クロームは激しく咳き込んだ。口元を手で覆い隠す。何度か体を震わせるたびに、その手の指の間から真っ赤な飛沫が溢れ出た。
吐血しているのだ。
息を切らし、クロームの体から力が抜けた。倒れる寸前、クロームはほんの刹那、真琴の方を見た。
何か念を込めるように目を細めた後、三叉槍の残骸が散らばる床に、クロームは仰向けにひっくり返る。
同時に、真琴を縛っていた氷が一気に溶けた。
クロームはギリギリまで真琴を助けたのだ。真琴はそのことを直感で感じ取りながら、一心不乱に駆け出し、ジャバウォックの牽制を払い除け、苦しむ少女の元へ駆け寄る。
「お……おい、あれを見ろ!!」
観覧席の了平が真っ先に気づいた。クローム髑髏の腹部が、みるみるうちに陥没し、不自然なほどまでにひしゃげているではないか。
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