56.霧戦と闇の試練①
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4人掛けのダイニングテーブル。4つの椅子。今この部屋にいるのは3人。ひとつの空席に、真琴は自室から持ってきたぬいぐるみをそっと座らせた。夏祭りの屋台で、山本にとってもらった種族不明の動物である。(27.参照)
「真琴、どうしたの」
しきみが小首をかしげる。
「鳴海の、代わり」
「あははっ、いいねえ」
ぬいぐるみをぽんぽんと叩く真琴を横目に、しきみが沙良から料理を受け取り、くるくると手早くならべていく。
雨戦と海の試練から一夜明けた。しきみも沙良も真琴も、スクアーロの死を目の当たりにした鳴海のことが心配でたまらなかったし、家に帰ってきてほしいのが本音だったが、無理強いはできなかった。スマホのチャットアプリには、誰かが発言すれば反応は返してくれていたので、3人はなんとか安心するように心がけていた。
鳴海の分のお皿にラップをかけ、沙良が最後に席についた。
いただきますと手を合わせ、箸を手に取る。色んなおかずが乗ったワンプレートと、炊きたてごはん、お味噌汁、海苔付きである。
しきみがオリジナル海苔巻きを作りながらつぶやく。
「鳴海、大丈夫じゃないよね、絶対」
「ん」
味噌汁をすすりながら、真琴が頷いた。
「お肉料理、余計だったかな……」
沙良がうなだれる。昨夜帰宅してから、沙良はどうにも落ち着かず、試練を乗り越えた鳴海の好物の肉料理をこれでもかとこしらえていた。だが朝を迎え、冷静になった今、少々やりすぎだったかもしれないと反省していた。不安になると家事をしまくる沙良の癖が出てしまっていた。現在、冷蔵庫の中は若干圧迫されている。
「沙良の、そういうところ、大事」
真琴がうんうんと首を振る。
「大丈夫、きっと喜んで食べてくれるよ!」
しきみもフォローする。
「それに今夜は、真琴の試練だしね」
しきみがもきゅもきゅ海苔巻きを食べ終え、麦茶を飲み干した。
「あたし楽しみだなあ、真琴の新技」
「まだ、出来るかわからない、けど」
真琴はとても小さなひとくちで食事を取っている。
「がん、ばる」
「真琴は大丈夫だよ、絶対。応援しているから」
沙良は言葉ではそう言っても、心配でたまらないのだろう。加えて鳴海のこともある。表情はつらそうで、今にも泣き出しそうなのを我慢しているのが見て取れた。
いつも一生懸命に他者を思いやる彼女に、真琴の目尻がふっと下がった。ときだった。
家のインターフォンが響いた。
はあい、と沙良が立ち上がり、ぱたぱたとスリッパを鳴らしながら向かっていく。めだまやきには塩かコショウかマヨネーズか、しきみが真琴と他愛ない話を始めた数秒後、
「……」
顔を真っ青にした沙良が戻ってきた。
「ど、どうした、の」
真琴はあわてて立ち上がり、沙良にくっついた。しきみがサラダを頬張りながら小首をかしげた。
沙良は、絞り出すように言葉を吐いた。
「あ、あの、チェッカーフェイスさんが、来てる……」
「いやいやすまない。ごちそうになるよ」
数十分後、鳴海の椅子にチェッカーフェイスが腰を据えていた。(真琴はぬいぐるみを、「こっちにおいで」と彼から避難させるような仕草で片付けた)
チェッカーフェイスは、今回も4人の様子を見に来たという。
彼に対して聞きたいこと言いたいことはやまやまだが、下手に刺激すると自分たちに危害が及ぶかもしれない。しかも彼は、4人がこの世界で生活するためのパトロンなのだ。無下に扱うことも出来ず、沙良、しきみ、真琴は、彼を恐る恐る中に迎え入れたのだった。
沙良の「お食事は済みましたか?」という挨拶に、彼は首を横に振った。
「最近忙しくてね。まともに食べられていないんだ」
こんなことを言われては、何も出さずにはいられない。沙良は残り物のおかずを温め、手早く盛り付けて彼の前に差し出した。
さわやかな朝の時間に、この男とテーブルを囲むことになるとは。しきみはずっとチェッカーフェイスから目を離さないように努めていた。
「毎度急に申し訳ないね。食事中に」
「い、いえ……あまりちゃんとしたおかずじゃなくてすみません……」
律儀に謝る沙良である。いやいや、とチェッカーフェイスは手を振った。
「こんな手の込んだ料理を。私には袋麺でいいくらいだよ」
(それもそれでどうなのかな)
しきみが白ごはんと共に言葉をぐっと飲み込む。
チェッカーフェイスは身長が高く、肩幅も広い。帽子から出た髪の色は明るく、傍目からは流暢な日本語を話す白人男性に思えた。
沙良が気を使って出したフォーク、スプーン、箸、そのどれを取るのか、しきみは注目していた。箸だった。
「そういえば、もうひとりはいないのだね」
チェッカーフェイスが箸でものを食べている。ただそれだけなのに、3人にとっては異質な光景のように感じられた。
「昨晩の戦いで、その……休養中です」
沙良がおずおずと話す。言葉を必死に探しているようだった。
「そうか……君たちも苦労しているな」
「望んだことじゃ、ない、ですけど」
苦し紛れの真琴の嫌味を、彼はさらりと受け流した。
「ふむ、美味しいよ。……しかし、意外だったな。私は、覚醒は君がいちばん早いものだと思っていたが」
チェッカーフェイスが、向かいに座る真琴に視線を移した。真琴の肩が否応なくはねた。
「覚醒って、どういう」
「思い出したり、体に現れたり。現れなかったり」
彼は言いながら、肉じゃがのじゃがいもを箸で割った。
彼の言葉で、3人は直感的に理解した。
──思い出す。自分たちがここ最近感じる、まるで別の人間になったかのような不思議な感覚。
黒曜で閉じ込められたときや、指輪の試練の最終局面の際、沙良の目の前に沙良にそっくりな女性が現れた。
鳴海は夢でとある女性の人生を追体験し、真琴は骸の手によって一時的ではあるが大人の女性へ姿を変え、しきみは別の人間としての記憶がフラッシュバックした。
自分たちが、前世か何かで、この世界と繋がりがあるのかもしれない。その真相を彼は知っている。きっと今、4人が巻き込まれている指輪をめぐる戦いのことも。
「貴方の目的は何?」
しきみの声はめずらしく余裕が無かった。
「……馬鹿に、して、るの」
真琴の視線が鋭さを増した。
「事情を知りたいというのが、そんなに駄目なことなんでしょうか」
沙良が必死に訴える。
そのどれにも、彼が正面から答えることはなかった。
「……言ったとして、君達は何も変わらずにいられるかね? 昨日と同じように食べ、眠り、考え、やるべき課題をこなすことが出来ると?」
3人は言葉を失った。
平常心を保っていられないような事実が自分達には隠されている。
暗にそう言われているのだ。
「今言えるのは、私は君達の体を心配しているということだ。元気ならそれでいい。君たちの力を、いずれ借りねばならない時が来る。そのときに備えて、健康的かつ文化的な生活を提供したい、それだけのことだよ」
かちゃん、とチェッカーフェイスがナイフとスプーンを空の皿の上に置いた。しきみの脳裏に疑問符が浮かんだ。この人、お箸じゃなかったっけ?
「物事には順序がある。急がば回れだ。今はどうか、指輪の戦いに専念してほしい」
彼は立ち上がると、沙良に微笑みかけた。
「ご馳走様。君達と食事できて楽しかったよ。次はぜひ、もう一人も揃った状態で」
真琴がまばたきをしたとき、遠くの玄関のドアがガチャン、と閉まる音がした。チェッカーフェイスは、既にリビングから姿を消していた。
ふたたび、3人だけの部屋になった。誰もが動けずにいた。重くなった空気を払いのけるように、しきみがふーっと芝居がかったため息を付いた。
「あの人、摩訶不思議すぎて対処法がわかんないよ〜」
脱力するしきみ。反対に、真琴はじたばたしていた。チェッカーフェイス相手に、何も出来なかったことが悔しいのだろう。
そんな二人に、沙良が優しく語りかけた。
「とりあえず、ご飯食べちゃいましょう。お腹いっぱいになったら、きっと今の気持ちも落ち着くだろうし」
さんせい、としきみは元気よく手を上げながら、こうして日常へ戻ろうとすることが出来る、沙良は強いのかもしれないと思っていた。
真琴は避難させていたぬいぐるみを再度、鳴海の椅子に座らせる。チェッカーフェイスより数百倍、こっちのほうがかわいい。鳴海本人がいてくれれば、もっといい。
***
少女たちが穏やかなひとときを取り戻した一方、世界のどこかでは、平和なシーンばかりではなかった。
イタリア・ボンゴレファミリーの本拠地は、森の中に佇む静謐な普段とはうってかわって、あちこちに黒煙が立ち込め、けたたましい銃声が耳を貫き、死体が積み上がる戦場と化していた。
「D地区にまで潜り込まれたぞ!!」
各々武器を手に追いかけてきた敵──ボンゴレファミリーの構成員達。彼らを情け容赦なく撃ったのは、門外顧問機関、通称CEDEF。同じボンゴレに籍を置く者である。
「同志を撃つのは、気持ちのいいものじゃないわ」
物陰に隠れながら周囲を伺うオレガノ。彼女の放った弾丸は3人の成人男性に貫通し、その体を近くにあった水路へ追いやっていた。
オレガノの背後には、がっしりとした体躯のスキンヘッドの男が、援護に控えていた。
「これも9代目を救出するため。仕方あるまいて、オレガノ」
同僚のターメリックという男だ。
「それにしてもこの城、内部は隠し通路ばかりで、まるで迷宮ね……」
顔をしかめるオレガノに、ターメリックは険しい表情を緩ませず告げた。
「それだけボンゴレには、隠すべき秘密が多いということ……業が深いとも言えるがな……」
「見つけたぜ、お二方っ」
話し込む二人のもとに、もう一名、姿を現した。
黒く長い髪をざんばらになびかせ、ゴーグルをつけ、マントに身を包んだ赤ん坊である。赤子らしいふくふくとしたその手には、重厚なショットガンがしっかりと握られている。
「家光は最深部へ突入したぜ。最後のところではぐれてしまったが、あそこまで行けば大丈夫だろう」
この赤ん坊も、オレガノやターメリックと同じくCEDEFのメンバーである。彼女は、本拠地の突撃の際、沢田家光の護衛として傍に付いていた。
「でかしたぞ、ラル・ミルチ」
「さすがアルコバレーノというところかしら、ラル」
「からかうな、オレはなりそこないだ」
オレガノの軽口にも乗らない彼女の右頬は、火傷のように真っ赤な痣で侵食されていた。
「真琴、どうしたの」
しきみが小首をかしげる。
「鳴海の、代わり」
「あははっ、いいねえ」
ぬいぐるみをぽんぽんと叩く真琴を横目に、しきみが沙良から料理を受け取り、くるくると手早くならべていく。
雨戦と海の試練から一夜明けた。しきみも沙良も真琴も、スクアーロの死を目の当たりにした鳴海のことが心配でたまらなかったし、家に帰ってきてほしいのが本音だったが、無理強いはできなかった。スマホのチャットアプリには、誰かが発言すれば反応は返してくれていたので、3人はなんとか安心するように心がけていた。
鳴海の分のお皿にラップをかけ、沙良が最後に席についた。
いただきますと手を合わせ、箸を手に取る。色んなおかずが乗ったワンプレートと、炊きたてごはん、お味噌汁、海苔付きである。
しきみがオリジナル海苔巻きを作りながらつぶやく。
「鳴海、大丈夫じゃないよね、絶対」
「ん」
味噌汁をすすりながら、真琴が頷いた。
「お肉料理、余計だったかな……」
沙良がうなだれる。昨夜帰宅してから、沙良はどうにも落ち着かず、試練を乗り越えた鳴海の好物の肉料理をこれでもかとこしらえていた。だが朝を迎え、冷静になった今、少々やりすぎだったかもしれないと反省していた。不安になると家事をしまくる沙良の癖が出てしまっていた。現在、冷蔵庫の中は若干圧迫されている。
「沙良の、そういうところ、大事」
真琴がうんうんと首を振る。
「大丈夫、きっと喜んで食べてくれるよ!」
しきみもフォローする。
「それに今夜は、真琴の試練だしね」
しきみがもきゅもきゅ海苔巻きを食べ終え、麦茶を飲み干した。
「あたし楽しみだなあ、真琴の新技」
「まだ、出来るかわからない、けど」
真琴はとても小さなひとくちで食事を取っている。
「がん、ばる」
「真琴は大丈夫だよ、絶対。応援しているから」
沙良は言葉ではそう言っても、心配でたまらないのだろう。加えて鳴海のこともある。表情はつらそうで、今にも泣き出しそうなのを我慢しているのが見て取れた。
いつも一生懸命に他者を思いやる彼女に、真琴の目尻がふっと下がった。ときだった。
家のインターフォンが響いた。
はあい、と沙良が立ち上がり、ぱたぱたとスリッパを鳴らしながら向かっていく。めだまやきには塩かコショウかマヨネーズか、しきみが真琴と他愛ない話を始めた数秒後、
「……」
顔を真っ青にした沙良が戻ってきた。
「ど、どうした、の」
真琴はあわてて立ち上がり、沙良にくっついた。しきみがサラダを頬張りながら小首をかしげた。
沙良は、絞り出すように言葉を吐いた。
「あ、あの、チェッカーフェイスさんが、来てる……」
「いやいやすまない。ごちそうになるよ」
数十分後、鳴海の椅子にチェッカーフェイスが腰を据えていた。(真琴はぬいぐるみを、「こっちにおいで」と彼から避難させるような仕草で片付けた)
チェッカーフェイスは、今回も4人の様子を見に来たという。
彼に対して聞きたいこと言いたいことはやまやまだが、下手に刺激すると自分たちに危害が及ぶかもしれない。しかも彼は、4人がこの世界で生活するためのパトロンなのだ。無下に扱うことも出来ず、沙良、しきみ、真琴は、彼を恐る恐る中に迎え入れたのだった。
沙良の「お食事は済みましたか?」という挨拶に、彼は首を横に振った。
「最近忙しくてね。まともに食べられていないんだ」
こんなことを言われては、何も出さずにはいられない。沙良は残り物のおかずを温め、手早く盛り付けて彼の前に差し出した。
さわやかな朝の時間に、この男とテーブルを囲むことになるとは。しきみはずっとチェッカーフェイスから目を離さないように努めていた。
「毎度急に申し訳ないね。食事中に」
「い、いえ……あまりちゃんとしたおかずじゃなくてすみません……」
律儀に謝る沙良である。いやいや、とチェッカーフェイスは手を振った。
「こんな手の込んだ料理を。私には袋麺でいいくらいだよ」
(それもそれでどうなのかな)
しきみが白ごはんと共に言葉をぐっと飲み込む。
チェッカーフェイスは身長が高く、肩幅も広い。帽子から出た髪の色は明るく、傍目からは流暢な日本語を話す白人男性に思えた。
沙良が気を使って出したフォーク、スプーン、箸、そのどれを取るのか、しきみは注目していた。箸だった。
「そういえば、もうひとりはいないのだね」
チェッカーフェイスが箸でものを食べている。ただそれだけなのに、3人にとっては異質な光景のように感じられた。
「昨晩の戦いで、その……休養中です」
沙良がおずおずと話す。言葉を必死に探しているようだった。
「そうか……君たちも苦労しているな」
「望んだことじゃ、ない、ですけど」
苦し紛れの真琴の嫌味を、彼はさらりと受け流した。
「ふむ、美味しいよ。……しかし、意外だったな。私は、覚醒は君がいちばん早いものだと思っていたが」
チェッカーフェイスが、向かいに座る真琴に視線を移した。真琴の肩が否応なくはねた。
「覚醒って、どういう」
「思い出したり、体に現れたり。現れなかったり」
彼は言いながら、肉じゃがのじゃがいもを箸で割った。
彼の言葉で、3人は直感的に理解した。
──思い出す。自分たちがここ最近感じる、まるで別の人間になったかのような不思議な感覚。
黒曜で閉じ込められたときや、指輪の試練の最終局面の際、沙良の目の前に沙良にそっくりな女性が現れた。
鳴海は夢でとある女性の人生を追体験し、真琴は骸の手によって一時的ではあるが大人の女性へ姿を変え、しきみは別の人間としての記憶がフラッシュバックした。
自分たちが、前世か何かで、この世界と繋がりがあるのかもしれない。その真相を彼は知っている。きっと今、4人が巻き込まれている指輪をめぐる戦いのことも。
「貴方の目的は何?」
しきみの声はめずらしく余裕が無かった。
「……馬鹿に、して、るの」
真琴の視線が鋭さを増した。
「事情を知りたいというのが、そんなに駄目なことなんでしょうか」
沙良が必死に訴える。
そのどれにも、彼が正面から答えることはなかった。
「……言ったとして、君達は何も変わらずにいられるかね? 昨日と同じように食べ、眠り、考え、やるべき課題をこなすことが出来ると?」
3人は言葉を失った。
平常心を保っていられないような事実が自分達には隠されている。
暗にそう言われているのだ。
「今言えるのは、私は君達の体を心配しているということだ。元気ならそれでいい。君たちの力を、いずれ借りねばならない時が来る。そのときに備えて、健康的かつ文化的な生活を提供したい、それだけのことだよ」
かちゃん、とチェッカーフェイスがナイフとスプーンを空の皿の上に置いた。しきみの脳裏に疑問符が浮かんだ。この人、お箸じゃなかったっけ?
「物事には順序がある。急がば回れだ。今はどうか、指輪の戦いに専念してほしい」
彼は立ち上がると、沙良に微笑みかけた。
「ご馳走様。君達と食事できて楽しかったよ。次はぜひ、もう一人も揃った状態で」
真琴がまばたきをしたとき、遠くの玄関のドアがガチャン、と閉まる音がした。チェッカーフェイスは、既にリビングから姿を消していた。
ふたたび、3人だけの部屋になった。誰もが動けずにいた。重くなった空気を払いのけるように、しきみがふーっと芝居がかったため息を付いた。
「あの人、摩訶不思議すぎて対処法がわかんないよ〜」
脱力するしきみ。反対に、真琴はじたばたしていた。チェッカーフェイス相手に、何も出来なかったことが悔しいのだろう。
そんな二人に、沙良が優しく語りかけた。
「とりあえず、ご飯食べちゃいましょう。お腹いっぱいになったら、きっと今の気持ちも落ち着くだろうし」
さんせい、としきみは元気よく手を上げながら、こうして日常へ戻ろうとすることが出来る、沙良は強いのかもしれないと思っていた。
真琴は避難させていたぬいぐるみを再度、鳴海の椅子に座らせる。チェッカーフェイスより数百倍、こっちのほうがかわいい。鳴海本人がいてくれれば、もっといい。
***
少女たちが穏やかなひとときを取り戻した一方、世界のどこかでは、平和なシーンばかりではなかった。
イタリア・ボンゴレファミリーの本拠地は、森の中に佇む静謐な普段とはうってかわって、あちこちに黒煙が立ち込め、けたたましい銃声が耳を貫き、死体が積み上がる戦場と化していた。
「D地区にまで潜り込まれたぞ!!」
各々武器を手に追いかけてきた敵──ボンゴレファミリーの構成員達。彼らを情け容赦なく撃ったのは、門外顧問機関、通称CEDEF。同じボンゴレに籍を置く者である。
「同志を撃つのは、気持ちのいいものじゃないわ」
物陰に隠れながら周囲を伺うオレガノ。彼女の放った弾丸は3人の成人男性に貫通し、その体を近くにあった水路へ追いやっていた。
オレガノの背後には、がっしりとした体躯のスキンヘッドの男が、援護に控えていた。
「これも9代目を救出するため。仕方あるまいて、オレガノ」
同僚のターメリックという男だ。
「それにしてもこの城、内部は隠し通路ばかりで、まるで迷宮ね……」
顔をしかめるオレガノに、ターメリックは険しい表情を緩ませず告げた。
「それだけボンゴレには、隠すべき秘密が多いということ……業が深いとも言えるがな……」
「見つけたぜ、お二方っ」
話し込む二人のもとに、もう一名、姿を現した。
黒く長い髪をざんばらになびかせ、ゴーグルをつけ、マントに身を包んだ赤ん坊である。赤子らしいふくふくとしたその手には、重厚なショットガンがしっかりと握られている。
「家光は最深部へ突入したぜ。最後のところではぐれてしまったが、あそこまで行けば大丈夫だろう」
この赤ん坊も、オレガノやターメリックと同じくCEDEFのメンバーである。彼女は、本拠地の突撃の際、沢田家光の護衛として傍に付いていた。
「でかしたぞ、ラル・ミルチ」
「さすがアルコバレーノというところかしら、ラル」
「からかうな、オレはなりそこないだ」
オレガノの軽口にも乗らない彼女の右頬は、火傷のように真っ赤な痣で侵食されていた。
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