51.嵐戦と風の試練①
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並盛中、保健室。
獄寺としきみはパイプ椅子に腰掛け、二人であくせく紙飛行機を作っていた。シャマルが買ってきた大量の紙は既に底を尽きかけ、受け皿代わりの段ボールは満杯状態である。
──修行の仕上げをする。昨夜、シャマルは確かにそう告げた。何か策があるに違いない。家庭教師の言葉に望みを託し、獄寺は保健室前で居合わせたしきみを引っ張り、こうして修行の準備をすすめていた。
しきみのほうも、新技やそれらしい必殺技を思い付いたわけではない。ビアンキ、ランボ、イーピンの3人と訓練と称して対戦し、ビアンキから「自分らしさを忘れないこと」とふんわりしたアドバイスをもらっただけである。
シャマルはしきみにも、「自分探しの旅」が必要だと言った。具体的なことを訪ねるために、しきみもこうして保健室にいる。
当のシャマルはというと、本来具合の悪い生徒が使うべきベッドに横になり、ぐっすり眠っていた。
「よく寝てるね」
そう言ったしきみに、獄寺が呟いた。
「こいつ、保健室に酒持ち込んでるからな」
「え、ほんと!?」
興味が湧き、しきみは備え付けの冷蔵庫に駆け寄って中を確かめた。湿布や水枕に混じって、並盛の地酒や日本酒やワイン、缶ビールにカップ酒……今にも宴が開かれそうな品揃えに、しきみは感動しつつ、椅子に戻って折り紙の作業を再開する。
「……」
獄寺が何か言いたげに、しきみに何度か視線をやった。もちろんしきみはすぐに気付き、手元に視線を落としたまま言った。
「どうしたの? 沙良のこと?」
心を読まれて、獄寺がぎくりと身を震わす。分かりやすい仕草にほほえましくなりつつ、しきみは続けた。
「まだ起きてないよ。本当に異常ないんだって。眠ってるだけ」
しきみの回答に、獄寺がもどかしそうな顔をしながら俯いた。
沙良が光の試練にて力を使い、気を失って倒れてから今日で2日目だ。中山外科医院では、ディーノの部下たちが交代で見張りと検査を行ってくれている。
「沙良起きたら、告白するの?」
余計なお世話かと思いつつ、大切な友人の恋の行方が気になり、尋ねずはいられなかった。獄寺が沙良にネックレスのプレゼントを用意しているのは知っている。その後すぐヴァリアーとのごたごたや修行、後継者争いが始まってしまったので、聞くチャンスが無かったのだが。
「……この争奪戦自体が、終わったらな」
「そっか」
「今日はぜってえ負けられねえ」
獄寺が負ければ1勝3敗。綱吉たちが今後負けることが一切許されなくなる。
しかも、雷戦のときのXANXUSの発言を踏まえると、7つのリング争奪戦に勝利した側が、エテルナリングの試練に合格した後継者の所属先を有するのだ。
今夜はしきみも試練だが、既に合格した沙良はヴァリアーの元へ行かねばならなくなる可能性が高くなるのだ。それだけは、なんとしても阻止したい。
「よーし、告白のために、作戦立てよ!」
「べ、別にいい、変な気使うんじゃねえ」
だが、しきみはおかまいなしである。
「やっぱりさあ、ストレートに言っちゃう? 言葉って大切だよ。優しい言葉を尽くすの、どんなときも。……そういえば、あたしのお父さんもお母さんも、いつもありがとうとか大好きだよとか、お互い言い合ってたなあ」
「……」
顔を赤くして俯く獄寺。しきみにとっては見慣れた家庭の光景だが、愛の言葉は中学生にはハードルが高いものである。
紙がすべて飛行機に姿を変えた。「起こす?」としきみが、隣のベッドに横たわるシャマルを指差し、獄寺は頷きながら大声を出した。
「シャマル起きろ! ほら、飛行機出来たぜ」
シャマルはあくびをかみつつ上体を起こし、事務机の上にある大量の紙飛行機を見てため息をついた。
「なにやってんだお前……」
「何って、修業に決まってんだろ! 新技、仕上げるって言ったじゃねえか!」
噛みつく獄寺。シャマルはやれやれと首をふった。
「あー……もう紙飛行機はいいんだ」
「なあ!?」
「あちゃあ~」
しきみが苦笑いしながら、紙飛行機のひとつをふざけて飛ばした。白くて薄い機体は、窓の外へ飛び出していった。
「仕上げるっつったのはなぁ、そいつの成果がもう十分でてるからだよ」
「え、やったじゃん獄寺! 成果出てるって!」
しきみが獄寺の肩を叩く。獄寺はもちろん納得していない。
「ま、待てよ! まだ一度も、紙飛行機撃ち落としてねえぞ!」
「わっかんねー奴だな、こっから先はド根性の世界じゃねえ、ナンパと同じなのよ」
ナンパ。突然出てきた単語に戸惑う生徒二人をよそに、シャマルは質問を投げてきた。
「ナンパする時、一番大事なのは何か? しきみちゃんも、シンキングタイムスタート!」
しきみは小首をかしげる。ナンパする側に回ったことがないのであまりピンと来ないが、とりあえず口に出してみた。
「うーん……相手の雰囲気とかしぐさとか、好みのタイプとか、観察して分析すること?」
「……セクシーさ?」
ぽつりと呟いた獄寺の言葉に、しきみは吹き出した。シャマルもつられて笑い出す。
獄寺が顔を真っ赤にして抗議した。
「なっ、てめえが聞いたんだろうが!!」
「やっぱ中坊だなあお前。しきみちゃんの答えが近いな。ここだ、ここ」
シャマルが、自身のこめかみを人差し指でとんとんと示した。
「モテねえ奴は結局、頭が足りねえのさ。頭をちょいとひねって、タネと仕掛けを作りゃあ、大体上手く行くもんだ。ほら、また紙やるから考えろ」
呆気にとられる獄寺に、シャマルは空白のメモ帳を渡した。「もう飛行機つくんなよ」と付け加えて。
「技が出来ねえなら、勝負には行かせねえからな」
「はあ!? ふざけんなよ! 何だよそれ!!」
目の色を変える獄寺。シャマルは淡々と続けた。
「お前の相手のベルフェゴールって奴な、ヴァリアー中で一番の天才なんだとよ。ヤバイ話もわんさか聞いてる。このまま行きゃ無駄死にするだけだ」
「っ……こんなまどろっこしいことしてねえで、教えてくれてもいいだろうが」
なお食い下がる獄寺だったが、シャマルは頑として考えを変えなかった。
「お前のいる世界はな、自分で自分の生きのびる術を見つけられる奴しか、生き残れねえんだ」
真剣な声音に、獄寺は言葉を失った。しきみもつい、彼に見入った。
シャマルは手のひらでいじっていた小さなカプセルをひとつ、宙に放って開けた。どこか嫌悪感を抱かせる羽音──トライデント・モスキートが、室内を飛び回る。
「オレのダチも、素直で聞き分けのいい奴は皆死んだ。生き残ったのは腹に一物もった、きかん気の大バカばっかりだ。自分の首を繋げるために、何でもやるような、な」
「……」
「足りねえ頭絞り出せ、オレは意味もなく紙飛行機飛ばしてたんじゃねえぜ」
獄寺は言葉に詰まりつつ、周囲を飛ぶトライデントモスキートを数秒見つめた後、座り直して紙に向き合った。えんぴつをメモ用紙の上にたどたどしくすべらせていく。
シャマルが立ち上がり、今度はしきみをまっすぐ見た。
「さて、ちょっと歩こうか、しきみちゃん」
シャマルとしきみ、二人は当て所なく校内を歩き回った。授業中の時間帯だからか、教室以外に人の気配は感じられない。
「どこ行きます?」
「しきみちゃんにお任せだ」
「じゃああたしも、自分の足にお任せで!」
隣を歩くしきみを見つつ、シャマルはどうしたもんかと頭を悩ませていた。
修行開始の当初、しきみはどこか浮き足立ち、気もそぞろであったが、今はだいぶ落ち着いたようだ。あともう少し、あともうひと押しあれば、どんな試練でも乗り越えられるに違いない、と。
2人は屋上に来た。視界が一気に広がる。
シャマルは人知れず、ため息を吐く。
──シャマルには苦手なことがあった。真面目な話をすることだ。話し相手が、例え女性であっても。
なぜなら、相手の中に切り込んで話をするには、自分も手の内を明かしたり、普段はあまり見たくない心の閉じた部分にも、目を向けねばならないからだ。その作業は、決して楽しいことばかりではない。
歳を重ねれば、傷や苦い思い出は増えていく。それらは時に、自分を助けてくれることもあるのだが。
「で、なんでここに来たのかな? しきみちゃん」
「分かんないです!」
屈託のない笑顔を浮かべるしきみ。シャマルは断りをいれてから懐からたばこの箱を取り出し、少女と少し距離をとる。昨夜の長雨が嘘のように、からりと晴れている。
「修行中、ビアンキちゃんからは何か言われたかい」
「『自分らしさを忘れないこと』って、言ってました」
ふむ、とシャマルは考えながら煙を吸い、吐き出した。白く細い煙が、風にのって空にたなびいた。
「つまりは、今のしきみちゃんに足りないものはそれなんだな」
「だと、思います」
「心当たりはあるのか」
「……」
しきみは黙り込んだ。
元の世界。
両親への思慕。
雲雀とのやり取りでいくぶん落ち着いたとはいえ、やはりどこか心に引っ掛かる。
2人とも元気か。病気や事故に合っていないか。そしてやはり、自分のことは忘れてしまったのか。気になってしかたがない傍らで、ヴァリアーとの戦いは幕を切った。
「自分らしさっていえばなあ……自分のルーツとか、アイデンティティだな」
「ルーツ?」
「日本じゃあんましやらねえか。オレの学生の頃なんかはよ、自分のご先祖について詳しく調べて発表しろって授業がよくあった」
「あ! なんか見たことあるかもです」
しきみはネットの動画サブスクを、この世界に来てからも利用していた。海外の映画やドラマで、学生が自分の数世代前の人物について調査し、クラスメイトの前でスピーチするシーンは何回か見たことがある。
獄寺としきみはパイプ椅子に腰掛け、二人であくせく紙飛行機を作っていた。シャマルが買ってきた大量の紙は既に底を尽きかけ、受け皿代わりの段ボールは満杯状態である。
──修行の仕上げをする。昨夜、シャマルは確かにそう告げた。何か策があるに違いない。家庭教師の言葉に望みを託し、獄寺は保健室前で居合わせたしきみを引っ張り、こうして修行の準備をすすめていた。
しきみのほうも、新技やそれらしい必殺技を思い付いたわけではない。ビアンキ、ランボ、イーピンの3人と訓練と称して対戦し、ビアンキから「自分らしさを忘れないこと」とふんわりしたアドバイスをもらっただけである。
シャマルはしきみにも、「自分探しの旅」が必要だと言った。具体的なことを訪ねるために、しきみもこうして保健室にいる。
当のシャマルはというと、本来具合の悪い生徒が使うべきベッドに横になり、ぐっすり眠っていた。
「よく寝てるね」
そう言ったしきみに、獄寺が呟いた。
「こいつ、保健室に酒持ち込んでるからな」
「え、ほんと!?」
興味が湧き、しきみは備え付けの冷蔵庫に駆け寄って中を確かめた。湿布や水枕に混じって、並盛の地酒や日本酒やワイン、缶ビールにカップ酒……今にも宴が開かれそうな品揃えに、しきみは感動しつつ、椅子に戻って折り紙の作業を再開する。
「……」
獄寺が何か言いたげに、しきみに何度か視線をやった。もちろんしきみはすぐに気付き、手元に視線を落としたまま言った。
「どうしたの? 沙良のこと?」
心を読まれて、獄寺がぎくりと身を震わす。分かりやすい仕草にほほえましくなりつつ、しきみは続けた。
「まだ起きてないよ。本当に異常ないんだって。眠ってるだけ」
しきみの回答に、獄寺がもどかしそうな顔をしながら俯いた。
沙良が光の試練にて力を使い、気を失って倒れてから今日で2日目だ。中山外科医院では、ディーノの部下たちが交代で見張りと検査を行ってくれている。
「沙良起きたら、告白するの?」
余計なお世話かと思いつつ、大切な友人の恋の行方が気になり、尋ねずはいられなかった。獄寺が沙良にネックレスのプレゼントを用意しているのは知っている。その後すぐヴァリアーとのごたごたや修行、後継者争いが始まってしまったので、聞くチャンスが無かったのだが。
「……この争奪戦自体が、終わったらな」
「そっか」
「今日はぜってえ負けられねえ」
獄寺が負ければ1勝3敗。綱吉たちが今後負けることが一切許されなくなる。
しかも、雷戦のときのXANXUSの発言を踏まえると、7つのリング争奪戦に勝利した側が、エテルナリングの試練に合格した後継者の所属先を有するのだ。
今夜はしきみも試練だが、既に合格した沙良はヴァリアーの元へ行かねばならなくなる可能性が高くなるのだ。それだけは、なんとしても阻止したい。
「よーし、告白のために、作戦立てよ!」
「べ、別にいい、変な気使うんじゃねえ」
だが、しきみはおかまいなしである。
「やっぱりさあ、ストレートに言っちゃう? 言葉って大切だよ。優しい言葉を尽くすの、どんなときも。……そういえば、あたしのお父さんもお母さんも、いつもありがとうとか大好きだよとか、お互い言い合ってたなあ」
「……」
顔を赤くして俯く獄寺。しきみにとっては見慣れた家庭の光景だが、愛の言葉は中学生にはハードルが高いものである。
紙がすべて飛行機に姿を変えた。「起こす?」としきみが、隣のベッドに横たわるシャマルを指差し、獄寺は頷きながら大声を出した。
「シャマル起きろ! ほら、飛行機出来たぜ」
シャマルはあくびをかみつつ上体を起こし、事務机の上にある大量の紙飛行機を見てため息をついた。
「なにやってんだお前……」
「何って、修業に決まってんだろ! 新技、仕上げるって言ったじゃねえか!」
噛みつく獄寺。シャマルはやれやれと首をふった。
「あー……もう紙飛行機はいいんだ」
「なあ!?」
「あちゃあ~」
しきみが苦笑いしながら、紙飛行機のひとつをふざけて飛ばした。白くて薄い機体は、窓の外へ飛び出していった。
「仕上げるっつったのはなぁ、そいつの成果がもう十分でてるからだよ」
「え、やったじゃん獄寺! 成果出てるって!」
しきみが獄寺の肩を叩く。獄寺はもちろん納得していない。
「ま、待てよ! まだ一度も、紙飛行機撃ち落としてねえぞ!」
「わっかんねー奴だな、こっから先はド根性の世界じゃねえ、ナンパと同じなのよ」
ナンパ。突然出てきた単語に戸惑う生徒二人をよそに、シャマルは質問を投げてきた。
「ナンパする時、一番大事なのは何か? しきみちゃんも、シンキングタイムスタート!」
しきみは小首をかしげる。ナンパする側に回ったことがないのであまりピンと来ないが、とりあえず口に出してみた。
「うーん……相手の雰囲気とかしぐさとか、好みのタイプとか、観察して分析すること?」
「……セクシーさ?」
ぽつりと呟いた獄寺の言葉に、しきみは吹き出した。シャマルもつられて笑い出す。
獄寺が顔を真っ赤にして抗議した。
「なっ、てめえが聞いたんだろうが!!」
「やっぱ中坊だなあお前。しきみちゃんの答えが近いな。ここだ、ここ」
シャマルが、自身のこめかみを人差し指でとんとんと示した。
「モテねえ奴は結局、頭が足りねえのさ。頭をちょいとひねって、タネと仕掛けを作りゃあ、大体上手く行くもんだ。ほら、また紙やるから考えろ」
呆気にとられる獄寺に、シャマルは空白のメモ帳を渡した。「もう飛行機つくんなよ」と付け加えて。
「技が出来ねえなら、勝負には行かせねえからな」
「はあ!? ふざけんなよ! 何だよそれ!!」
目の色を変える獄寺。シャマルは淡々と続けた。
「お前の相手のベルフェゴールって奴な、ヴァリアー中で一番の天才なんだとよ。ヤバイ話もわんさか聞いてる。このまま行きゃ無駄死にするだけだ」
「っ……こんなまどろっこしいことしてねえで、教えてくれてもいいだろうが」
なお食い下がる獄寺だったが、シャマルは頑として考えを変えなかった。
「お前のいる世界はな、自分で自分の生きのびる術を見つけられる奴しか、生き残れねえんだ」
真剣な声音に、獄寺は言葉を失った。しきみもつい、彼に見入った。
シャマルは手のひらでいじっていた小さなカプセルをひとつ、宙に放って開けた。どこか嫌悪感を抱かせる羽音──トライデント・モスキートが、室内を飛び回る。
「オレのダチも、素直で聞き分けのいい奴は皆死んだ。生き残ったのは腹に一物もった、きかん気の大バカばっかりだ。自分の首を繋げるために、何でもやるような、な」
「……」
「足りねえ頭絞り出せ、オレは意味もなく紙飛行機飛ばしてたんじゃねえぜ」
獄寺は言葉に詰まりつつ、周囲を飛ぶトライデントモスキートを数秒見つめた後、座り直して紙に向き合った。えんぴつをメモ用紙の上にたどたどしくすべらせていく。
シャマルが立ち上がり、今度はしきみをまっすぐ見た。
「さて、ちょっと歩こうか、しきみちゃん」
シャマルとしきみ、二人は当て所なく校内を歩き回った。授業中の時間帯だからか、教室以外に人の気配は感じられない。
「どこ行きます?」
「しきみちゃんにお任せだ」
「じゃああたしも、自分の足にお任せで!」
隣を歩くしきみを見つつ、シャマルはどうしたもんかと頭を悩ませていた。
修行開始の当初、しきみはどこか浮き足立ち、気もそぞろであったが、今はだいぶ落ち着いたようだ。あともう少し、あともうひと押しあれば、どんな試練でも乗り越えられるに違いない、と。
2人は屋上に来た。視界が一気に広がる。
シャマルは人知れず、ため息を吐く。
──シャマルには苦手なことがあった。真面目な話をすることだ。話し相手が、例え女性であっても。
なぜなら、相手の中に切り込んで話をするには、自分も手の内を明かしたり、普段はあまり見たくない心の閉じた部分にも、目を向けねばならないからだ。その作業は、決して楽しいことばかりではない。
歳を重ねれば、傷や苦い思い出は増えていく。それらは時に、自分を助けてくれることもあるのだが。
「で、なんでここに来たのかな? しきみちゃん」
「分かんないです!」
屈託のない笑顔を浮かべるしきみ。シャマルは断りをいれてから懐からたばこの箱を取り出し、少女と少し距離をとる。昨夜の長雨が嘘のように、からりと晴れている。
「修行中、ビアンキちゃんからは何か言われたかい」
「『自分らしさを忘れないこと』って、言ってました」
ふむ、とシャマルは考えながら煙を吸い、吐き出した。白く細い煙が、風にのって空にたなびいた。
「つまりは、今のしきみちゃんに足りないものはそれなんだな」
「だと、思います」
「心当たりはあるのか」
「……」
しきみは黙り込んだ。
元の世界。
両親への思慕。
雲雀とのやり取りでいくぶん落ち着いたとはいえ、やはりどこか心に引っ掛かる。
2人とも元気か。病気や事故に合っていないか。そしてやはり、自分のことは忘れてしまったのか。気になってしかたがない傍らで、ヴァリアーとの戦いは幕を切った。
「自分らしさっていえばなあ……自分のルーツとか、アイデンティティだな」
「ルーツ?」
「日本じゃあんましやらねえか。オレの学生の頃なんかはよ、自分のご先祖について詳しく調べて発表しろって授業がよくあった」
「あ! なんか見たことあるかもです」
しきみはネットの動画サブスクを、この世界に来てからも利用していた。海外の映画やドラマで、学生が自分の数世代前の人物について調査し、クラスメイトの前でスピーチするシーンは何回か見たことがある。
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