49.-Old tale- 海の女王②
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夜の海岸を、二人の男が歩いていた。柔和な笑みの美男と、口ひげを生やし、目の細い華奢な中年の男だった。
「良い夜だなあ、ローリー」
優男の美青年が、両手をめいっぱい広げ、夜の空気をたっぷりと吸い込んだ。天に月と星が明るく輝き、海の水面がその模様をそっくりそのまま映しこんでいる。空と海が混じり、ひとつの大きな夜空が広がっているようだ。
「転ばないでくれよ、ヴァレリオ坊っちゃん」
ローリーと呼ばれた男は苦笑いし、ヴァレリオと呼ばれた男ははにかんだ。イタリアの海よりやってきたマフィア、キャバッローネのボスとその部下である。
「陛下はもうお休みだろうか」
海に面した崖にそびえ立つ城を見つめながら、ヴァレリオは呟いた。
「どうか良い夢を、女王」
「麗しい女王にうつつをぬかすのもいいが、しっかり探してくれよ」
ローリーはしゃがみこんで、転がっていた薄い貝殻戯れにひとつ拾うと、海へ投げた。
「もしかしたらこの国に、海の指輪に相応しい人物がいるかもしれねえ。俺たちは探しにきたんだからな」
ローリーは続けた。それが、彼らがこの小さな島国にやってきた理由のひとつだった。
「もし見つけてうまく連れてくることが出来れば、キャバッローネとボンゴレの仲は強固なものとなる」
「ローリー。ジョットはそんなことはしなくても、オレを友と呼んでくれるぜ? オレもそうだ。ジョットが頼んできたわけでもねえ」
「だがな、坊っちゃん。ボンゴレが今、フィオーリの指輪を託すに相応しい人物を探しているんだろ。俺らが一役買って、ここらで何かしらの恩を売っておくのも、悪くない」
彼らは人を探していた。協定を結んだ同業者が、今探し求めているふさわしい人材を。それは、能力の如何にかかわらず、摩訶不思議な指輪を託すに相応な、特別な何かを持って生まれた“選ばれし者”だ。
「案外、あの女王陛下がそうだったりしてな」
「おとぎ話みてえだな」
ローリーがからかう。
「そっちのほうがロマンチックだ」
ヴァレリオがそう言い返した途端だった。
そのときだ。
静かで、穏やかだったはずの海が、とつぜん、大きなうねりをあげて持ち上がり、城の、見える中では一番高いところにある部屋の窓を、押し流すように侵入しているのが見えた。
ヴァレリオとローリー、2人は顔を見合わせて、あわてて城へ向かった。
***
「……グラディウス」
刃物のひんやりとした冷気を首筋に感じながら、コーデリアは自身に馬乗りになっている少年を見上げる。鋭いぎらぎらした目が、暗闇の中で光ったときだった。
コーデリアのベッドのすぐ側にある窓辺から、大量の水がどっと流れ込んできたのだ。ただの水ではなく、海水だ。潮の香りと味をふんだんに味わいながら、グラディウスは波にのまれて部屋の端まで激しく流され、壁に叩きつけられた。
「!?」
刺客の少年は大いに混乱していた。確かにこの城は海に面した崖にあり、この部屋の窓からは地平線まで海が広がっている。だが海面からこの部屋はそれなりに高いし、天気はまったく荒れていなかったというのに、海の波が、まるで意思を持った生き物のようにうごめき、コーデリアの代わりに少年を押し退けたようであった。
ぐっしょりと濡れた体を奮い立たせながら、少年は更に不思議なものを見た。気づけば波の塊の端っこに、先ほどまで自分が握っていた短剣があったのだ。まるで大きな水の手が、剣を握っているように少年は感じた。海の波はそのままコーデリアに短剣を渡すと、再び窓の外へ引っ込んでいった。
「……」
暗殺が失敗したことより、今しがた目撃した非現実的な光景にあっけにとられていた。
コーデリアは短剣をしげしげと見つめた後「さて」といいながら少年に向き合った。
背後の部屋と廊下を繋ぐ扉が開き、城の衛兵と臣下数人が飛び込んでくる。刺客の少年は、ようやく自分におかれた状況を察した。
「我々は、よく話し合わなければなりませんね」
コーデリアが悲しげに言う。だが、少年もおとなしく捕まるような性分ではなかった。後ろから伸びてくる大人達の手を振り払い、濡れた床を強く蹴っ飛ばして女王に飛びかかる。
少年は今より幼い頃から、訓練を施されていた。人を殺すための術だ。いくら相手が大人とはいえ、細身の女一人くらいなら、手ぶらでも傷を与える自信があった。
しかし、小さな暗殺者──グラディウスにとっては青天の霹靂の出来事がまた起こった。女王コーデリアは、あきらかに手慣れた様子で少年を捕らえた。この女王もまた、幼い頃よりあらゆる護身術を父王から学ぶよう手配されていたのだ。
暗殺者は指の1本も触れられず取り押さえられた。
女王の嘆願により、拷問とまではいかなかったが、少年はそれなりに痛めつけられた。国と所属を吐けと命じられたが、しかし少年はがんとして口を割らなかった。
その様子を見守りながら、コーデリアはショックを受けていた。まだ年端もゆかぬ子供をスパイにし、人殺しに仕立て上げる国があるという話は聞いていた。そしてその国は、表面上は同盟国として友好関係を結んでいるF国であるという噂も知っていた。だが、それが真実であるとは思いたくなかったのだ。
グラディウスを警戒し始めたのは、最初に出会ったときからだった。子供とはとても思えぬ異様な佇まいや、教会の孤児に襲いかかろうとして止めたときの、素人とは思えない動き。さりげなく距離を詰めてくる言動。
まさかと思いつつ、用心して床に入ったが、せまってくる小さな足音、首に突きつけられた剣の冷たさを感じるまでは、信じたくなかった。
決して話そうとしないグラディウスに、コーデリアは尋問の手をとめさせ、しゃがみこんで視線を合わせた。
グラディウスと名付けた少年は、恨みや憎しみをこめた目でコーデリアを睨みつける。しかしコーデリアは、その視線が自分ではなく、もっと別のなにかに向けられているような気がしてならなかった。
「良い夜だなあ、ローリー」
優男の美青年が、両手をめいっぱい広げ、夜の空気をたっぷりと吸い込んだ。天に月と星が明るく輝き、海の水面がその模様をそっくりそのまま映しこんでいる。空と海が混じり、ひとつの大きな夜空が広がっているようだ。
「転ばないでくれよ、ヴァレリオ坊っちゃん」
ローリーと呼ばれた男は苦笑いし、ヴァレリオと呼ばれた男ははにかんだ。イタリアの海よりやってきたマフィア、キャバッローネのボスとその部下である。
「陛下はもうお休みだろうか」
海に面した崖にそびえ立つ城を見つめながら、ヴァレリオは呟いた。
「どうか良い夢を、女王」
「麗しい女王にうつつをぬかすのもいいが、しっかり探してくれよ」
ローリーはしゃがみこんで、転がっていた薄い貝殻戯れにひとつ拾うと、海へ投げた。
「もしかしたらこの国に、海の指輪に相応しい人物がいるかもしれねえ。俺たちは探しにきたんだからな」
ローリーは続けた。それが、彼らがこの小さな島国にやってきた理由のひとつだった。
「もし見つけてうまく連れてくることが出来れば、キャバッローネとボンゴレの仲は強固なものとなる」
「ローリー。ジョットはそんなことはしなくても、オレを友と呼んでくれるぜ? オレもそうだ。ジョットが頼んできたわけでもねえ」
「だがな、坊っちゃん。ボンゴレが今、フィオーリの指輪を託すに相応しい人物を探しているんだろ。俺らが一役買って、ここらで何かしらの恩を売っておくのも、悪くない」
彼らは人を探していた。協定を結んだ同業者が、今探し求めているふさわしい人材を。それは、能力の如何にかかわらず、摩訶不思議な指輪を託すに相応な、特別な何かを持って生まれた“選ばれし者”だ。
「案外、あの女王陛下がそうだったりしてな」
「おとぎ話みてえだな」
ローリーがからかう。
「そっちのほうがロマンチックだ」
ヴァレリオがそう言い返した途端だった。
そのときだ。
静かで、穏やかだったはずの海が、とつぜん、大きなうねりをあげて持ち上がり、城の、見える中では一番高いところにある部屋の窓を、押し流すように侵入しているのが見えた。
ヴァレリオとローリー、2人は顔を見合わせて、あわてて城へ向かった。
***
「……グラディウス」
刃物のひんやりとした冷気を首筋に感じながら、コーデリアは自身に馬乗りになっている少年を見上げる。鋭いぎらぎらした目が、暗闇の中で光ったときだった。
コーデリアのベッドのすぐ側にある窓辺から、大量の水がどっと流れ込んできたのだ。ただの水ではなく、海水だ。潮の香りと味をふんだんに味わいながら、グラディウスは波にのまれて部屋の端まで激しく流され、壁に叩きつけられた。
「!?」
刺客の少年は大いに混乱していた。確かにこの城は海に面した崖にあり、この部屋の窓からは地平線まで海が広がっている。だが海面からこの部屋はそれなりに高いし、天気はまったく荒れていなかったというのに、海の波が、まるで意思を持った生き物のようにうごめき、コーデリアの代わりに少年を押し退けたようであった。
ぐっしょりと濡れた体を奮い立たせながら、少年は更に不思議なものを見た。気づけば波の塊の端っこに、先ほどまで自分が握っていた短剣があったのだ。まるで大きな水の手が、剣を握っているように少年は感じた。海の波はそのままコーデリアに短剣を渡すと、再び窓の外へ引っ込んでいった。
「……」
暗殺が失敗したことより、今しがた目撃した非現実的な光景にあっけにとられていた。
コーデリアは短剣をしげしげと見つめた後「さて」といいながら少年に向き合った。
背後の部屋と廊下を繋ぐ扉が開き、城の衛兵と臣下数人が飛び込んでくる。刺客の少年は、ようやく自分におかれた状況を察した。
「我々は、よく話し合わなければなりませんね」
コーデリアが悲しげに言う。だが、少年もおとなしく捕まるような性分ではなかった。後ろから伸びてくる大人達の手を振り払い、濡れた床を強く蹴っ飛ばして女王に飛びかかる。
少年は今より幼い頃から、訓練を施されていた。人を殺すための術だ。いくら相手が大人とはいえ、細身の女一人くらいなら、手ぶらでも傷を与える自信があった。
しかし、小さな暗殺者──グラディウスにとっては青天の霹靂の出来事がまた起こった。女王コーデリアは、あきらかに手慣れた様子で少年を捕らえた。この女王もまた、幼い頃よりあらゆる護身術を父王から学ぶよう手配されていたのだ。
暗殺者は指の1本も触れられず取り押さえられた。
女王の嘆願により、拷問とまではいかなかったが、少年はそれなりに痛めつけられた。国と所属を吐けと命じられたが、しかし少年はがんとして口を割らなかった。
その様子を見守りながら、コーデリアはショックを受けていた。まだ年端もゆかぬ子供をスパイにし、人殺しに仕立て上げる国があるという話は聞いていた。そしてその国は、表面上は同盟国として友好関係を結んでいるF国であるという噂も知っていた。だが、それが真実であるとは思いたくなかったのだ。
グラディウスを警戒し始めたのは、最初に出会ったときからだった。子供とはとても思えぬ異様な佇まいや、教会の孤児に襲いかかろうとして止めたときの、素人とは思えない動き。さりげなく距離を詰めてくる言動。
まさかと思いつつ、用心して床に入ったが、せまってくる小さな足音、首に突きつけられた剣の冷たさを感じるまでは、信じたくなかった。
決して話そうとしないグラディウスに、コーデリアは尋問の手をとめさせ、しゃがみこんで視線を合わせた。
グラディウスと名付けた少年は、恨みや憎しみをこめた目でコーデリアを睨みつける。しかしコーデリアは、その視線が自分ではなく、もっと別のなにかに向けられているような気がしてならなかった。
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