44.芽生え
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獄寺はしばらくの間、なかなか泣き止まない沙良を必死になだめていた。邪魔しては悪いと周りが退散する中、しきみは何度か振り返り、穴の中で寄り添う二人を見た。そのたびに、
(お父さん、お母さん……)
元の世界にいる、自分の両親の姿が重なった。
互いを尊重し、助け合い、子にたくさんの優しさと愛情をくれた2人が。
──きっと両親は、しきみがいなくなり、我が子の存在を忘れても、仲睦まじい夫婦として生きているだろう。
だがそれで、己の寂しさがまぎれるわけではない。
「……しきみちゃん、」
道中、シャマルがそっと話しかけてきた。
「少し考えたんだがな、しきみちゃんの戦闘スタイルはオレとちったあ相性が悪すぎるな。互いに不利だ」
「あーですよねー……」
しきみの武器は風の力と、遠距離、近距離ともに使えるチャクラム。対してシャマルは、病原体を抱えたトライデントモスキート。対人戦に特化したしきみと、あきらかに暗殺目的のシャマルが向かい合ったところで、である。
「それでだ。オレの知り合いに協力を要請中だ。乗り気でな、準備してくると言ってたよ」
つまり、しきみの修業はまだ始まらないのだ。まあ想定の範囲内ではあったので、特段驚きもせずしきみは了承した。
だが次のシャマルの発言に、ぴたりと足を止めた。
「しきみちゃん、ちっとばっかし地に足がついてねえな」
気付かれてた。見透かされていた。
それは、大人から見れば子供のかわいい虚勢でしかないが、しきみにとっては許容しがたい、苦い敗北の味である。
「オレの言いたいことは、分かるな?」
シャマルの言葉に、しきみは頷く。
(誰にも、知られたくない)
元の世界に戻りたい。両親に会いたい。
そんなわがままを言える状況ではないと言うのは、重々承知している。裏社会で暗躍する者達との戦いが控えている。今はそれに集中せねばならない。頭では、分かっているのに。
「先生、あたしの方もちょっとだけ、時間もらっていいですか」
しきみから願い出た。遠回しに放っておいて欲しいという願いだった。獄寺との件がまとまりかけた矢先に、一難去ってまた一難。
子供は難しいと内心じれながらも、シャマルはぽりぽり髭をかき、承諾してくれた。
*
そんなこんなで、結局初日も無作為に過ごすことになったしきみ。しかしふらふらするのも気が引けた。仲間たちは強くなろうと研鑽を積んでいる真っ最中、なにかせねば。
あれこれ考えた結果、しきみは4人の家で切れかけの調味料や食材やらを買いに出かけることにした。
帰り道にあった、黒曜町と並盛の堺にあるスーパーを訪れてみた。ディーノの部下が家までの送迎を申し出てくれたが、自分の足で帰らねば悪いと気を使い、駐車場で別れて店内に入る。
「えーと、みりんと、マヨネーズ……あー確か洗剤も少なかったな……」
店内はスーパーの名前を連呼するオリジナルソングが流れ、夕飯の買い出しに来た人でごった返しになっていた。
必要な日用品を求め、しきみは商品棚と人の間をあちこち行ったり来たり。あらかた選び終え、会計を済ませ、レジ袋に詰め込む。
ふと、向かいに人の気配がした。なんの気なしに反射的にそちらを向き、その人物のどこか個性的な風貌にしきみは少し目を丸くした。
しきみと同じくらいの歳の、深緑の学生服を来ている少女だった。黒曜生だ。右目にドクロマークの眼帯をした、藍色の髪のショートカット。頭部の髪の束が、特徴的にはねている。少女の買い物かごには様々な駄菓子が入っていたが、全体的に麦チョコの割合が高いように思えた。
(黒曜って制服おしゃれだなあー)
などと考えていると、しきみの視線に気づいた少女が肩をびくりと震わし、驚いて後ろにのけぞった。
「え……?」
そんなにじろじろ見すぎただろうか。しきみが反省する間もなく少女ははっと口元を隠し、早々にレジ袋に買ったものを突っ込むと、足早にその場を立ち去ってしまった。ぱたぱたと駆けていく少女のレジ袋から、お菓子の袋がひとつ落っこちた。
「!!」
考える前に体が動いた。床に転がるお菓子袋をさっとひっつかみ、しきみも店外へ。
幸い駐車場は人がまばらだった。しきみは少し力み、わずかな風の力を巻き起こし、少女を追った。
「ねえ、待って! 落としたよ!!」
しきみがよく通る声で呼びかける。意外にも、黒曜生の少女はすんなりと止まった。まだ戸惑いで頬を赤くしているが、振り返り、しきみを待ってくれた。
「ごめん! その、びっくりさせちゃったね、嫌な思いさせたよね?」
しきみは息を切らしながら膝に手を置き、呼吸を整える。恐る恐る顔を上げると、黒曜生の少女は、大きな瞳をぱちくりさせてしきみを見おろしていた。吸い込まれそうな煌めきに、しきみの脳は回転して、さまざまなことを連想する。宇宙、宝石、星、水晶のようなフクロウの瞳。
しきみが差し出した麦チョコの袋を、少女はそっと受け取った。
「じろじろ見て本当ごめん! 制服、可愛いなーってつい見入っちゃって……」
少女はもじもじと身じろぎし、気まずそうに俯いて、ぽつりとこぼした。
「だ、大丈夫……そ、その、ありがとう……」
「いえいえ! 引き止めてごめん、じゃあね!!」
大きく手を振り、去っていくしきみ。彼女のもとから、爽やかな風が吹いているようだった。
取り残された少女は、やわらかい空気の流れに身を任せつつ、静かに呟いた。
「あれが……風の守護者……」
「おい、何ぼーっとしてるびょん!!」
「帰ろう」
突如、少女の背後からがなり声と、穏やかな声、両方がふってきた。
***
夜。
家にいるのは沙良としきみの2人だけだった。鳴海と真琴は待てども待てども帰ってこない。2人は夕食を取り、風呂をすませ、各々寝る準備を始めた。
布団に潜り込む直前、沙良はあることを思い出し、机の引き出しから新品のノートを取り出したときだった。
「沙良ー、入るよー?」
ノックと共に、しきみが室内に入ってくる。沙良は微笑みかけながらベッドに腰掛け、しきみも隣にやってきた。ぎし、とスプリングが跳ねる振動がつたわってきた。
「それ、なあに?」
「日記……みたいなものかな。コロネロ先生から言われてたの」
眠る前、今日その日に出来たことをノートに書く。それが沙良のトレーニングのひとつである。その旨を話すと、しきみははっと、何か思い当たるような顔をした。
「しきみ?」
「沙良、それね……」
沙良はしきみの言葉を待ちながら、今日の日付と、滝行、筋トレ、と書いた。
「それ、どんなことでも書いていいと思うよ。朝起きて着替えられたとか、お風呂入れたとか」
「え、」
沙良は少し目を丸くする。そんなことも書いていいのだろうか。
「コロネロに聞いたら、たぶんいいよって言うんじゃない?」
「そ、そう? じゃあちょっと追加しようかな」
お料理、お弁当作り。隼人くんに、伝えたいことを言えた。この項目で、沙良としきみは互いを見て、小さく笑う。
そのときだった。
「ただいまー!!」
鳴海の声が響き渡り、沙良としきみはあわてて立ち上がって階段を降りる。
玄関に、肩を貸し合う鳴海と真琴がいた。鳴海はぜえはあと息を切らし、顔を真赤にして汗をかいている。反対に真琴は俯き、げっそり死んだような表情だった。
「真琴っ!」
沙良が真っ青になって助けにはいる。
「え、どうしたの真琴」
しきみもびっくりしている。
「俺さっき帰ってきたんだけど、真琴は庭でずっと自主練してたみたいなんだ、ばったり倒れてて」
「へ、平気、だから、心配、しないで」
消え入りそうな声に説得力はゼロだ。しきみは真琴をソファに寝かせてやり、鳴海がくつろぐのを手伝った。その傍らで、沙良がせっせと飲み物や食べ物の用意を始める。
「そっち修行どうだったの?」
しきみが問う。
「いやもう、ほんとすごいよ」
鳴海が汗をぬぐいながら言う。
「ディーノさんも雲雀さんも人間じゃないよ……!」
修行というよりもはや本気の戦闘で、なかなか終わりが見えず、やっとの思いで抜け出してきたという。
「山本のお父さん、めちゃくちゃ、怖い……」
真琴も律儀に答えてくれた。水と簡単な食事を持ってきてくれた沙良に、しがみつくように体を寄せた。
「倒れるまで、しなくても……」
心配そうな沙良に、真琴はぶんぶんと首を横に振った。
「がんばる、がんばらなきゃ」
(時雨蒼燕流、ものにできない……)
真琴はかなりの危機感を覚えていた。一方で、切羽詰まった真琴の様子に、残り3人は顔を見合わせた。
(お父さん、お母さん……)
元の世界にいる、自分の両親の姿が重なった。
互いを尊重し、助け合い、子にたくさんの優しさと愛情をくれた2人が。
──きっと両親は、しきみがいなくなり、我が子の存在を忘れても、仲睦まじい夫婦として生きているだろう。
だがそれで、己の寂しさがまぎれるわけではない。
「……しきみちゃん、」
道中、シャマルがそっと話しかけてきた。
「少し考えたんだがな、しきみちゃんの戦闘スタイルはオレとちったあ相性が悪すぎるな。互いに不利だ」
「あーですよねー……」
しきみの武器は風の力と、遠距離、近距離ともに使えるチャクラム。対してシャマルは、病原体を抱えたトライデントモスキート。対人戦に特化したしきみと、あきらかに暗殺目的のシャマルが向かい合ったところで、である。
「それでだ。オレの知り合いに協力を要請中だ。乗り気でな、準備してくると言ってたよ」
つまり、しきみの修業はまだ始まらないのだ。まあ想定の範囲内ではあったので、特段驚きもせずしきみは了承した。
だが次のシャマルの発言に、ぴたりと足を止めた。
「しきみちゃん、ちっとばっかし地に足がついてねえな」
気付かれてた。見透かされていた。
それは、大人から見れば子供のかわいい虚勢でしかないが、しきみにとっては許容しがたい、苦い敗北の味である。
「オレの言いたいことは、分かるな?」
シャマルの言葉に、しきみは頷く。
(誰にも、知られたくない)
元の世界に戻りたい。両親に会いたい。
そんなわがままを言える状況ではないと言うのは、重々承知している。裏社会で暗躍する者達との戦いが控えている。今はそれに集中せねばならない。頭では、分かっているのに。
「先生、あたしの方もちょっとだけ、時間もらっていいですか」
しきみから願い出た。遠回しに放っておいて欲しいという願いだった。獄寺との件がまとまりかけた矢先に、一難去ってまた一難。
子供は難しいと内心じれながらも、シャマルはぽりぽり髭をかき、承諾してくれた。
*
そんなこんなで、結局初日も無作為に過ごすことになったしきみ。しかしふらふらするのも気が引けた。仲間たちは強くなろうと研鑽を積んでいる真っ最中、なにかせねば。
あれこれ考えた結果、しきみは4人の家で切れかけの調味料や食材やらを買いに出かけることにした。
帰り道にあった、黒曜町と並盛の堺にあるスーパーを訪れてみた。ディーノの部下が家までの送迎を申し出てくれたが、自分の足で帰らねば悪いと気を使い、駐車場で別れて店内に入る。
「えーと、みりんと、マヨネーズ……あー確か洗剤も少なかったな……」
店内はスーパーの名前を連呼するオリジナルソングが流れ、夕飯の買い出しに来た人でごった返しになっていた。
必要な日用品を求め、しきみは商品棚と人の間をあちこち行ったり来たり。あらかた選び終え、会計を済ませ、レジ袋に詰め込む。
ふと、向かいに人の気配がした。なんの気なしに反射的にそちらを向き、その人物のどこか個性的な風貌にしきみは少し目を丸くした。
しきみと同じくらいの歳の、深緑の学生服を来ている少女だった。黒曜生だ。右目にドクロマークの眼帯をした、藍色の髪のショートカット。頭部の髪の束が、特徴的にはねている。少女の買い物かごには様々な駄菓子が入っていたが、全体的に麦チョコの割合が高いように思えた。
(黒曜って制服おしゃれだなあー)
などと考えていると、しきみの視線に気づいた少女が肩をびくりと震わし、驚いて後ろにのけぞった。
「え……?」
そんなにじろじろ見すぎただろうか。しきみが反省する間もなく少女ははっと口元を隠し、早々にレジ袋に買ったものを突っ込むと、足早にその場を立ち去ってしまった。ぱたぱたと駆けていく少女のレジ袋から、お菓子の袋がひとつ落っこちた。
「!!」
考える前に体が動いた。床に転がるお菓子袋をさっとひっつかみ、しきみも店外へ。
幸い駐車場は人がまばらだった。しきみは少し力み、わずかな風の力を巻き起こし、少女を追った。
「ねえ、待って! 落としたよ!!」
しきみがよく通る声で呼びかける。意外にも、黒曜生の少女はすんなりと止まった。まだ戸惑いで頬を赤くしているが、振り返り、しきみを待ってくれた。
「ごめん! その、びっくりさせちゃったね、嫌な思いさせたよね?」
しきみは息を切らしながら膝に手を置き、呼吸を整える。恐る恐る顔を上げると、黒曜生の少女は、大きな瞳をぱちくりさせてしきみを見おろしていた。吸い込まれそうな煌めきに、しきみの脳は回転して、さまざまなことを連想する。宇宙、宝石、星、水晶のようなフクロウの瞳。
しきみが差し出した麦チョコの袋を、少女はそっと受け取った。
「じろじろ見て本当ごめん! 制服、可愛いなーってつい見入っちゃって……」
少女はもじもじと身じろぎし、気まずそうに俯いて、ぽつりとこぼした。
「だ、大丈夫……そ、その、ありがとう……」
「いえいえ! 引き止めてごめん、じゃあね!!」
大きく手を振り、去っていくしきみ。彼女のもとから、爽やかな風が吹いているようだった。
取り残された少女は、やわらかい空気の流れに身を任せつつ、静かに呟いた。
「あれが……風の守護者……」
「おい、何ぼーっとしてるびょん!!」
「帰ろう」
突如、少女の背後からがなり声と、穏やかな声、両方がふってきた。
***
夜。
家にいるのは沙良としきみの2人だけだった。鳴海と真琴は待てども待てども帰ってこない。2人は夕食を取り、風呂をすませ、各々寝る準備を始めた。
布団に潜り込む直前、沙良はあることを思い出し、机の引き出しから新品のノートを取り出したときだった。
「沙良ー、入るよー?」
ノックと共に、しきみが室内に入ってくる。沙良は微笑みかけながらベッドに腰掛け、しきみも隣にやってきた。ぎし、とスプリングが跳ねる振動がつたわってきた。
「それ、なあに?」
「日記……みたいなものかな。コロネロ先生から言われてたの」
眠る前、今日その日に出来たことをノートに書く。それが沙良のトレーニングのひとつである。その旨を話すと、しきみははっと、何か思い当たるような顔をした。
「しきみ?」
「沙良、それね……」
沙良はしきみの言葉を待ちながら、今日の日付と、滝行、筋トレ、と書いた。
「それ、どんなことでも書いていいと思うよ。朝起きて着替えられたとか、お風呂入れたとか」
「え、」
沙良は少し目を丸くする。そんなことも書いていいのだろうか。
「コロネロに聞いたら、たぶんいいよって言うんじゃない?」
「そ、そう? じゃあちょっと追加しようかな」
お料理、お弁当作り。隼人くんに、伝えたいことを言えた。この項目で、沙良としきみは互いを見て、小さく笑う。
そのときだった。
「ただいまー!!」
鳴海の声が響き渡り、沙良としきみはあわてて立ち上がって階段を降りる。
玄関に、肩を貸し合う鳴海と真琴がいた。鳴海はぜえはあと息を切らし、顔を真赤にして汗をかいている。反対に真琴は俯き、げっそり死んだような表情だった。
「真琴っ!」
沙良が真っ青になって助けにはいる。
「え、どうしたの真琴」
しきみもびっくりしている。
「俺さっき帰ってきたんだけど、真琴は庭でずっと自主練してたみたいなんだ、ばったり倒れてて」
「へ、平気、だから、心配、しないで」
消え入りそうな声に説得力はゼロだ。しきみは真琴をソファに寝かせてやり、鳴海がくつろぐのを手伝った。その傍らで、沙良がせっせと飲み物や食べ物の用意を始める。
「そっち修行どうだったの?」
しきみが問う。
「いやもう、ほんとすごいよ」
鳴海が汗をぬぐいながら言う。
「ディーノさんも雲雀さんも人間じゃないよ……!」
修行というよりもはや本気の戦闘で、なかなか終わりが見えず、やっとの思いで抜け出してきたという。
「山本のお父さん、めちゃくちゃ、怖い……」
真琴も律儀に答えてくれた。水と簡単な食事を持ってきてくれた沙良に、しがみつくように体を寄せた。
「倒れるまで、しなくても……」
心配そうな沙良に、真琴はぶんぶんと首を横に振った。
「がんばる、がんばらなきゃ」
(時雨蒼燕流、ものにできない……)
真琴はかなりの危機感を覚えていた。一方で、切羽詰まった真琴の様子に、残り3人は顔を見合わせた。
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