39.それから
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泣き疲れ、落ち着きを取り戻した真琴は、泥のように眠った。
夕食の時間もうつらうつらしており、食べてまたすぐに毛布にくるまった。陽が傾き、夜が訪れる気配を感じつつ、鳴海、しきみ、沙良がおしゃべりしたりくつろいでいるのを子守歌にしながら。
次に覚醒したとき、スマホで時刻を確認すると夜中の1時過ぎだった。
部屋は灯りが落とされ、皆の寝息が聞こえる。
「……」
真琴は眠りこける3人をまじまじと眺める。家ではいつもそれぞれの自室で寝ているので、あまり見たことはなかったから新鮮だった。皆すこやかにすやすや寝入っている。しきみの寝相はなかなかアクロバティックであった。むにゃにゃ楽しそうなので、夢の中でも自由に楽しんでいるのだろう。
「……どうしよう」
天井を仰いで、真琴は途方にくれた。盛大な夕寝で完全に覚醒してしまって、寝付けそうにない。なんならこのまま朝まで起きていられそうだ。
喉の乾きを覚え、真琴は友人達の眠りを妨げないよう細心の注意を払いながら、ベッドから降りてスリッパをはいた。
病室の小さな冷蔵庫をそっと開ける。好みの飲み物はなかった。
ふとベッドの脇には、真琴がいつも使っているバッグと、財布が入っていた。誰かが家から持ってきてくれたのだろう。(後で確認したら、沙良だった)
財布から小銭をいくつか取り出して握りしめ、戸を開けて廊下に出た。自販機を探しに、気晴らしがてら散歩したかった。
廊下は静かな闇が漂いながらも、青みがかった蛍光灯が等間隔で照らしていた。
夜の病院と考えると心霊的なイメージが先立つが、意外と恐怖は感じない。霊より理性を失って暴走した自分のほうが怖いかもしれない。
(……骸たちは、どうなったんだろう)
一時だったが、仲間だった彼らのことを考えた。六道骸とその一派がマフィア界の番人──復讐者 に連れ去られ、今後裁きを受けるというのは、その場に居合わせた沙良から教えてもらった。
(……自分も、罰を受けるべきじゃ、ないのか)
当初の目的を忘れかけ、廊下で立ち尽くしていると、突き当りのほうからスリッパがせわしなく床をする音が近づいてきた。
誰かがこっちに来ている。さすがに一瞬身構えた真琴だったが、
「真琴?」
山本だ。
「山本……」
「どうした、具合悪いのか?」
心配そうに顔を曇らせた彼に、真琴はぶんぶんと首を横に降った。
「自販機、探してた」
素直に言うと、山本が嬉しそうに笑った。
「俺もだ。場所知ってんだ、行こうぜ」
率先して案内してくれた。真琴が適当に向かっていた方向と反対側へ、2人は進んでいった。
3つの自販機が並ぶ休憩スペースについた。暗がりの中、わずかな電気音を発しながら、ぼうっと機体全体が光っている。
山本がさっと右手をはらい、お先にどうぞ、と真琴に譲ってくれた。真琴は小さく頭を下げた。
少し悩んで、小銭を入れた。ボタンを押す。がこん、と勢いよく取り出し口に落ちてきた缶を拾い、おつりの小銭も取り出した。
次に山本が、同じ動作をしているのを見つめながら、
「山本」
しゃがんでペットボトルを拾う山本の背中に、語りかける。
「今回のこと、本当に、ごめんなさい」
くるりと振り返った山本は一瞬驚いた顔をして、すぐにまた笑った。
「いいって、気にすんなよ」
あまりにもあっさりで、本当に嫌みの欠片も感じられない。真琴は申し訳なさが募った。
「で、でも……」
「ヤケ起こしたくなるときって、あるよな」
心当たりがあるのか、山本はしんみりしていた。
「……でも、何かまた辛いことがあったら、頼ってほしいのな。一人で思い詰めるんじゃなくてさ。オレじゃなくてもいい、鳴海とか、しきみにも」
「……うん、わかった」
頷く真琴。
出会ってから見たこともないくらい、ふんわりと穏やかな雰囲気を纏う真琴に、山本は気もそぞろである。誤魔化すように、急いでペットボトルのふたを開け、ぐいっと仰いだ。
炭酸の泡が口の中ではじける。
真琴は自分が選んだ缶をまじまじと見つめていた。自販機の白い灯りが、俯きがちな表情のふちをとらえていた。
「……夢に」
唐突に、話し出す。
「夢に、山本が出てきたような、気がする」
山本は驚いた。自分も、真琴がいる夢を見たような気がしていた。しかしそれを話題に出す理由もきっかけもなかったので、話すつもりはなかった。思春期な年頃の子供にとっては、ある意味気持ち悪いと受け取られかねないのもある。
「あー……実はオレも」
片足のつま先を床にとんとんしながら、勇気を出してみる。落ち着きのなさが、しぐさにも現れそうだ。
「まあ、学校とか、友達とか、野球の夢はよく見るからさ」
あわてて付け足す。
「……自分だけ、じゃなくて、よかった」
真琴はそれだけだったが、声音はそっけなくなかった。
夜の静謐が、2人の間にも訪れる。山本はなんとか会話の糸口を探していた。ぱっと浮かんだのは、やはり野球のことだった。
「来月に大会あるからさ、見に来いよ」
「野球、よく、わからない。けど、いいの」
「ああ、意外と楽しいぜ」
今までの真琴だったら、曖昧な返事で会話が終わっていただろう。沙良が行くなら行く、という枕詞もつけたかもしれない。
だが、
「うん。山本がよければ……応援にいく」
握っていた缶を開けて、ゆっくり飲む真琴。
こくこくと動く喉、顔を動かす度に流れる髪の毛。山本の心臓の鼓動は速まっていく。
「じゃ、もどっか」
「うん」
2人、来た道を戻る。スリッパの音だけが響く。真琴は缶のふちを指でなぞって、何か考えごとをしている。それを、山本は見ないように一生懸命だった。
(オレ、かっこわりー……)
自分一人浮き立っているようで、なんだか情けなくなる山本。
「山本」
「ん?」
とつぜん呼ばれ、立ち止まる。真琴が静かに顔を上げて、まっすぐ山本を見つめた。
「言うの、遅くなった。……助けてくれて、ありがとう」
雲隠れしていた月が顔を出したのか、辺りにやわらかい光が落ちた。
蛍光灯の灯りに、辺りに舞う淡い粒子が、真琴の輪郭をにじませる。
真琴が微笑んでいた。
沙良以外いらないと吐き捨てたあのときとは違う、平穏に満ちた笑顔だった。
山本は息が止まりそうになった。
胸をぐっと鷲掴みされたような衝撃だった。
真琴は気づいていないのだろう。今自分が、どれほど優しい顔をしているのかを。
早鐘を打つ心臓を感じながら、ただ、思った。
(真琴が、好きだ)
あまりにもストレートな感情だった。
「じゃあ、自分は、ここで」
先に自分の病室にたどりついた真琴が背を向ける。ここで別れるのが惜しくて、
「あ、あのさ、真琴!」
山本が一歩踏み出す。
引き留める理由が見つからない。もどかしくて、必死に言葉を探した。真琴は首をかしげて、山本の言わんとするのを待っていた。
山本は珍しくパニックになっていた。気を抜けば、好きだの3文字が喉から飛び出しそうになる。
「オレ、大会、頑張るからさ……」
口にしたのは、さっきの会話の続きだった。真琴の目尻がふっと下がった。
「……うん。応援してる。山本は、強い。大丈夫」
今度こそドアの向こうへ消えていく。引き戸の音さえ、彼女の一部のような気がして、胸が弾んだ。
夕食の時間もうつらうつらしており、食べてまたすぐに毛布にくるまった。陽が傾き、夜が訪れる気配を感じつつ、鳴海、しきみ、沙良がおしゃべりしたりくつろいでいるのを子守歌にしながら。
次に覚醒したとき、スマホで時刻を確認すると夜中の1時過ぎだった。
部屋は灯りが落とされ、皆の寝息が聞こえる。
「……」
真琴は眠りこける3人をまじまじと眺める。家ではいつもそれぞれの自室で寝ているので、あまり見たことはなかったから新鮮だった。皆すこやかにすやすや寝入っている。しきみの寝相はなかなかアクロバティックであった。むにゃにゃ楽しそうなので、夢の中でも自由に楽しんでいるのだろう。
「……どうしよう」
天井を仰いで、真琴は途方にくれた。盛大な夕寝で完全に覚醒してしまって、寝付けそうにない。なんならこのまま朝まで起きていられそうだ。
喉の乾きを覚え、真琴は友人達の眠りを妨げないよう細心の注意を払いながら、ベッドから降りてスリッパをはいた。
病室の小さな冷蔵庫をそっと開ける。好みの飲み物はなかった。
ふとベッドの脇には、真琴がいつも使っているバッグと、財布が入っていた。誰かが家から持ってきてくれたのだろう。(後で確認したら、沙良だった)
財布から小銭をいくつか取り出して握りしめ、戸を開けて廊下に出た。自販機を探しに、気晴らしがてら散歩したかった。
廊下は静かな闇が漂いながらも、青みがかった蛍光灯が等間隔で照らしていた。
夜の病院と考えると心霊的なイメージが先立つが、意外と恐怖は感じない。霊より理性を失って暴走した自分のほうが怖いかもしれない。
(……骸たちは、どうなったんだろう)
一時だったが、仲間だった彼らのことを考えた。六道骸とその一派がマフィア界の番人──
(……自分も、罰を受けるべきじゃ、ないのか)
当初の目的を忘れかけ、廊下で立ち尽くしていると、突き当りのほうからスリッパがせわしなく床をする音が近づいてきた。
誰かがこっちに来ている。さすがに一瞬身構えた真琴だったが、
「真琴?」
山本だ。
「山本……」
「どうした、具合悪いのか?」
心配そうに顔を曇らせた彼に、真琴はぶんぶんと首を横に降った。
「自販機、探してた」
素直に言うと、山本が嬉しそうに笑った。
「俺もだ。場所知ってんだ、行こうぜ」
率先して案内してくれた。真琴が適当に向かっていた方向と反対側へ、2人は進んでいった。
3つの自販機が並ぶ休憩スペースについた。暗がりの中、わずかな電気音を発しながら、ぼうっと機体全体が光っている。
山本がさっと右手をはらい、お先にどうぞ、と真琴に譲ってくれた。真琴は小さく頭を下げた。
少し悩んで、小銭を入れた。ボタンを押す。がこん、と勢いよく取り出し口に落ちてきた缶を拾い、おつりの小銭も取り出した。
次に山本が、同じ動作をしているのを見つめながら、
「山本」
しゃがんでペットボトルを拾う山本の背中に、語りかける。
「今回のこと、本当に、ごめんなさい」
くるりと振り返った山本は一瞬驚いた顔をして、すぐにまた笑った。
「いいって、気にすんなよ」
あまりにもあっさりで、本当に嫌みの欠片も感じられない。真琴は申し訳なさが募った。
「で、でも……」
「ヤケ起こしたくなるときって、あるよな」
心当たりがあるのか、山本はしんみりしていた。
「……でも、何かまた辛いことがあったら、頼ってほしいのな。一人で思い詰めるんじゃなくてさ。オレじゃなくてもいい、鳴海とか、しきみにも」
「……うん、わかった」
頷く真琴。
出会ってから見たこともないくらい、ふんわりと穏やかな雰囲気を纏う真琴に、山本は気もそぞろである。誤魔化すように、急いでペットボトルのふたを開け、ぐいっと仰いだ。
炭酸の泡が口の中ではじける。
真琴は自分が選んだ缶をまじまじと見つめていた。自販機の白い灯りが、俯きがちな表情のふちをとらえていた。
「……夢に」
唐突に、話し出す。
「夢に、山本が出てきたような、気がする」
山本は驚いた。自分も、真琴がいる夢を見たような気がしていた。しかしそれを話題に出す理由もきっかけもなかったので、話すつもりはなかった。思春期な年頃の子供にとっては、ある意味気持ち悪いと受け取られかねないのもある。
「あー……実はオレも」
片足のつま先を床にとんとんしながら、勇気を出してみる。落ち着きのなさが、しぐさにも現れそうだ。
「まあ、学校とか、友達とか、野球の夢はよく見るからさ」
あわてて付け足す。
「……自分だけ、じゃなくて、よかった」
真琴はそれだけだったが、声音はそっけなくなかった。
夜の静謐が、2人の間にも訪れる。山本はなんとか会話の糸口を探していた。ぱっと浮かんだのは、やはり野球のことだった。
「来月に大会あるからさ、見に来いよ」
「野球、よく、わからない。けど、いいの」
「ああ、意外と楽しいぜ」
今までの真琴だったら、曖昧な返事で会話が終わっていただろう。沙良が行くなら行く、という枕詞もつけたかもしれない。
だが、
「うん。山本がよければ……応援にいく」
握っていた缶を開けて、ゆっくり飲む真琴。
こくこくと動く喉、顔を動かす度に流れる髪の毛。山本の心臓の鼓動は速まっていく。
「じゃ、もどっか」
「うん」
2人、来た道を戻る。スリッパの音だけが響く。真琴は缶のふちを指でなぞって、何か考えごとをしている。それを、山本は見ないように一生懸命だった。
(オレ、かっこわりー……)
自分一人浮き立っているようで、なんだか情けなくなる山本。
「山本」
「ん?」
とつぜん呼ばれ、立ち止まる。真琴が静かに顔を上げて、まっすぐ山本を見つめた。
「言うの、遅くなった。……助けてくれて、ありがとう」
雲隠れしていた月が顔を出したのか、辺りにやわらかい光が落ちた。
蛍光灯の灯りに、辺りに舞う淡い粒子が、真琴の輪郭をにじませる。
真琴が微笑んでいた。
沙良以外いらないと吐き捨てたあのときとは違う、平穏に満ちた笑顔だった。
山本は息が止まりそうになった。
胸をぐっと鷲掴みされたような衝撃だった。
真琴は気づいていないのだろう。今自分が、どれほど優しい顔をしているのかを。
早鐘を打つ心臓を感じながら、ただ、思った。
(真琴が、好きだ)
あまりにもストレートな感情だった。
「じゃあ、自分は、ここで」
先に自分の病室にたどりついた真琴が背を向ける。ここで別れるのが惜しくて、
「あ、あのさ、真琴!」
山本が一歩踏み出す。
引き留める理由が見つからない。もどかしくて、必死に言葉を探した。真琴は首をかしげて、山本の言わんとするのを待っていた。
山本は珍しくパニックになっていた。気を抜けば、好きだの3文字が喉から飛び出しそうになる。
「オレ、大会、頑張るからさ……」
口にしたのは、さっきの会話の続きだった。真琴の目尻がふっと下がった。
「……うん。応援してる。山本は、強い。大丈夫」
今度こそドアの向こうへ消えていく。引き戸の音さえ、彼女の一部のような気がして、胸が弾んだ。
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