35.生徒たち
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夜のような暗闇のなかを、幼い少年は歩いていた。とくに目的地はなく、当て所もなく歩を進めていると、どこからか女の子の泣き声が聞こえてきた。
その声を聞いたとたん、いてもたってもいられなくなり、少年は急き立てられたように走り出した。一心不乱に声の主を探しまわり、ようやく、小さなうずくまる背中を見つけた。
自分と同い年くらいの女の子だった。肩を震わし、泣き続けている。
“大丈夫?”
少年が話しかけると、女の子がしゃくりあげながら振り返る。涙でしとどに濡れた顔がまっすぐこちらを見上げて、ぶっきらぼうに言った。
“大丈夫”
嘘だ、と直感的にわかった。少年はそっと手を差し出す。女の子は戸惑い、みじろいだ。
“一緒に遊ぼう?”
その誘いに、女の子はすぐに首を縦に振ろうとしなかった。迷っている。少年は根気強く待った。待ち続けた。
やがて、女の子は涙をごしごしぬぐって、少年の手に自分の手をおずおずと重ねた。小さな子らの手が、ぎゅっとすがるように握りしめあった。
“おれ、たけし。君は?”
相手の名前を聞くときはまず自分から。親からの教えを守る少年。
少女は、たどたどしく答えた。
“真琴”
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今、誰かが、自分の
目を開けた時、視界に飛び込んできた天井の高さに真琴は面食らった。寝かされていた古びたソファから起き上がり、辺りを見渡してみる。
元は劇場か、映画館だったのだろう。座席はすべて取っ払われ、腐りかけの床がむき出しになっている。真琴の座るソファは舞台のようにいちばん高いステージにあった。
「おや、もう起きてていいのですか」
『非常口』の表札が傾いたドアから、とんとんと足音を立ててやってきたのは六道骸。彼の声が、フロア中に反響する。ソファから立ち上がる真琴と、まっすぐ対峙し、黒い涙で汚れた真琴の頬を親指でぬぐった。
「これから、というより、すぐそこに、来ていますよ。本当にいいのですか」
骸の問いかけに、真琴は虚ろな目をしたまま頷いた。黒い涙を流し続けながら。
「もう、戻れない」
友人に刃を向けた。友人を殺そうとした。己の負の感情に負け、許されないことをしたのだ。
真琴は直感的に感じていた。ここが最後の、戦いの場所なのだと。自分は戻れないところまで、来てしまったのだと。
***
黒曜ヘルシーランドに足を踏み入れた綱吉達。さびた建物や何かの部品の破片がそこら中に散らばり、歩くたびに小さな砂ぼこりが舞い上がる。老朽化が進み、ぼろぼろの瓦礫がかろうじてまだ建物の形をしているといった状態だ。(心配した奈々がビアンキに、綱吉の着替え一式と靴を持たせなければとても進めなかっただろう)
ふと、獄寺が足を止めた。かがみこみ、何か板状のものを拾う。
「スマホが……壊れてんな」
何度か電源キーやあちこち押してみるも、まったく反応はない。それに、綱吉は見覚えがあった。
「それ、雲雀さんのだ。確か着信、うちの校歌にしてるんだよね」
「なっ、だっせえ……」
獄寺は笑いを噛みしめている。
「なんでー!! 可愛いじゃん!!」
抗議しながら、しきみは思案した。雲雀もここのどこかに閉じ込められているに違いない。
加えて、この場所でしきみの力──風の力をむやみやたらに使うべきではないと。建物が倒壊する危険性がある。
しきみはくるりと綱吉らに振り向いた。
「とりあえず手分けして探す? あたし沙良と雲雀さん探しに行ってもいい?」
「一人は危険だよ。俺も一緒に行く」
鳴海が長柄槍を持ち直す。
「だ、大丈夫なの?固まっていった方が…」
不安げな綱吉。
「真琴ともまた鉢合わせする可能性があるわ。沙良のそばなら」
ビアンキの指摘に、しきみはにこっとほほえんだ。
「ランチアさん言ってたよね。真琴は骸に力を与えられたって。憶測だけど、真琴はそれを扱い切れていない。山本の呼びかけにも反応していたし、あの様子だと……自分が沙良に危害を加える可能性があるならって一緒に居ないかも。もしくはまともに人と会話できる精神状態じゃないか、だね」
しきみは右手をそっと差し出し、力を込めた。そよ風が、さっと綱吉らの首筋をなでていく。
「それに……ごめん、あたしちょっと能力電池切れかも。足手まといになるよ、人質探した方がいい」
人質捜索と六道骸探し、2手に別れたい一行だったが、そう簡単に問屋は卸さなかった。崩れかけた壁や風化した人工物が行く手を阻み、部屋らしい場所はもぬけの殻ばかり。しかも階段という階段がすべて壊されており、2階にも行けそうにない。
ふむ、とリボーンが考え込む。
「どこかにひとつだけ、生きている階段があるぞ」
「え?どういうこと……」
綱吉が首をひねる。
「骸は上の階にいるとか?こっちの移動手段を絞った方が、守りに入りやすいから、とかかな?」
鳴海の意見に、良い線いってるぞ、とリボーンはうなづく。
「同時に、自分の退路を断っているんだ。勝つ気まんまんってことだ」
リボーンの言葉通り、ほどなくしてあっと綱吉が声を上げた。途中で切れていない、確実に上に繋がるであろうはしごを発見したのだ。おそらく非常用のものだろう。
1階にめぼしい場所もないし、2階へ行こうと一同がはしごへ近づいたときだった。
パシッと、空気を切る鋭い音。後方にはヨーヨーを自由自在に操る敵、柿本千種の姿が。
獄寺がすかさずダイナマイトを彼の方へ放り投げた。身構える千種だったが、ダイナマイトは爆発は起きず、円筒からは白い煙幕がもうもうと辺りを立ち込め始めていた。目くらましだ。
「10代目。ここは俺に任せて先に行ってください」
「獄寺君!!」
すでに次の攻撃への準備を始めている獄寺。柿本千種相手に、商店街での雪辱を遂げようとしている。加勢するか悩んだ鳴海だったが、やめておいた。リベンジマッチに部外者は無粋だろう。
「隼人!」
姉があわてて駆け寄る。
「シャマルの話だと、治療の際にかけた病気が完成するまで発作がまだ続くわ。胸の痛みも熱もあるんでしょう、それでもやるつもりなの?」
「あたりめーだ、そのためにオレはいる」
弟の覚悟を、姉もしかと感じ取ったようだ。「みんな、行きましょう」綱吉らを促す。
「で、でも」
綱吉は未だ迷っていた。これまで獄寺が治療の副作用により苦しんでいる姿を何度も見せつけられているからだ。そんな彼を一人残していくなんて。
不安げな綱吉を安心させるように、獄寺は笑顔を見せた。
「行ってください、10代目達は人質と、骸を。全部終わったら、またみんなで遊びに行きましょう」
綱吉、ビアンキ、鳴海としきみをそれぞれ見やる。頼んだぞ。言葉は少ないが、皆そう感じていた。
やりとりの間、そしてはしごをのぼって上の階へ、己の主人のもとへ向かう綱吉達を、柿本千種はやすやすと見過ごし、一切手出ししようともしなかった。
「ずいぶん大人しくいかせてくれたじゃねーか」獄寺が問う。
「骸様の、ご命令だ」
眼鏡のブリッジに手をやりながら、敵がそう呟いた。
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