33.奇妙な男
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泣きながら家のことをやり続ける沙良。彼女の父親の怒号は止まる様子が見えない。それは躾というより、父親側のなんかしらの苛立ちを、我が子にぶつけているだけにしか見えなかった。
沙良の父親は厳しい人間だったという。否、厳しいという言葉で表していいのか、真琴は未だに甚だ疑問だった。
『家のことも出来ないなら追い出す』
『誰が食わせてやっていると思っているんだ』
『お前は要領が悪すぎる』
『しっかりしろ、ちゃんとやれ』
大人のがなり声の恐ろしさを、真琴は身をもって痛感した。自分は壁を隔てているからまだしも、こんな脅迫めいた言葉を直接浴びせられている沙良の恐怖は尋常じゃないだろう。
沙良の部屋の隅にうずくまり、真琴は震えていた。心細くてたまらなくて部屋を見渡すと、戸棚の上に行儀よく座っているぬいぐるみと目が合った。目のボタンは両方違う種類で出来ており、クマにも犬にも見える。
自然に体が動き、立ち上がった。おのずとその子に近づき、ぎゅっと抱きしめた。
“真琴ちゃんなんか、まだましじゃない”
あの子の言葉が、脳裏によみがえる。
そうかもしれない。自分の親は子に全くの無関心だった。楽しい思い出はほとんど無い、まるでその場にいないかのような扱いを受け、心は確実に削られていた。
でも、沙良の境遇は、もっと──
1時間ほど経って、ようやく父親の声が聞こえなくなった。沙良がよろよろしながら部屋に戻ってきた。目は真っ赤に泣きはらして、しゃくりあげていたが、真琴を見るなりにこっとほほえんだ。あまりに痛々しい笑顔であった。
『ごめんね、こわかったでしょう』
『沙良、お父さんはいつも、こうなの……?』
沙良はゆっくり首を横に振った。
『たまにああなるの。でも、今日は私が怒らせちゃったから…』
『……』
真琴は言葉を失った。あれは、沙良が悪いから仕方ないことなんだろうか。いくらなんでも言いすぎなのではないか。
だがそれを指摘したところで、まだ小学生で幼く、親に頼らざるを得ないこの現状では、何も変わらないことを真琴は感じていた。
『あ、その子……』
沙良が、真琴の腕に抱かれているぬいぐるみに気付いた。
『ご、ごめん、なんかその、』
いくらなんでも、勝手に友達のものを。おたおたしながらぬいぐるみを沙良に返そうとするが、沙良はそれを止めた。
『いいの。気に入ったなら、真琴にあげる』
『え、』
思ってもみない言葉だった。
『私の代わりに、真琴の家に連れてって』
『沙良……』
『ずっと思ってたの。お父さんじゃなくて、友達と…真琴と一緒に住めたら、楽しいだろうなあって』
沙良はぬいぐるみの手をそっと手に取り、真琴の手に握らせた。
『この子を、私だと思って』
夜の暗闇の中を、帰りたくもない家に向かって走りながら、真琴はぬいぐるみをぎゅっと抱きしめていた。大好きな友達の代わりに。
夜遅くに帰宅しても、真琴の父も母もうるさく言うことはなかった。だが運が悪いことに、この日ばかりは違った。
帰ってきた真琴を出迎えたのは、鬼の形相をした母親だった。
**********
廃墟の一室で、真琴は体育座りをして、顔を膝の上にうずめていた。
千種は少々迷ったが、そっと近づいてみた。起きてはいるのか、足音を感じ取って、丸まった体がびくっと反応する。
「……生きてる?」
千種の問いかけに、真琴は顔を上げた。虚ろな光の無い目、右頬に広がる黒い炎のような刻印。
彼女に対する不信感は、千種の中で自然と鳴りを潜めていった。僕らと同じ側の人間。信頼を置く主の言葉もあるが、真琴の言動や居方は千種の中では好ましいほうだった。犬は相変わらず警戒していたが。
主──骸は彼女には適性があると言っていた。今の彼女のおぞましい佇まいは、彼の手によるものだと千種は確信していた。
「……君には、何があったの」
真琴の過去を含めての問いかけだった。しかし真琴は真っ暗な目をしたまま、ふっと自嘲気味な笑みを浮かべるだけだった。
「……あなた達より、まし。何倍も」
「……」
千種は何故か、彼女から目を話すことが出来なかった。
***
鳴海の戦い方は、荒波のように力強い。
しきみの戦い方は、風のようにかろやかで機転が良く聞く。
真琴の戦い方はしなやかで、確実に獲物を狙う。
いつも格好良く活躍する友人たちを眺めながら、自分も持てたらいいのにと願ってやまなかったものが、やっと手に入った。
(これどうなるんだろう……)
沙良は扉の前でぺたんと座り込んだまま、ステッキに見入っていた。ふいに現れたそれは、鳴海、しきみ、真琴が持っている武器に形状が変形する不思議な武器。
確か小さなボタンが備え付けられていて、それを押せば各々の武器に姿を変えるのだ。ステッキに戻したい場合はまたボタンを押すだけ、鳴海に教えてもらったときは非常に便利だなと感心したものである。
「ボタン、ボタン……」
あちこち触っていると、カチッとしっかりした音が聞こえた。約10センチほどの長さの小さなステッキのあちこちから、さまざまな部品が出現し、組み合い、縦に伸びて行き、弓になった。全体的なシルエットは洋弓に近い。
(私の武器って……弓矢?)
武器なんて持ったことが無い沙良は、はじめはおろおろしていたものの、じんわりと喜びが胸に染みていくのを感じた。これで自分も戦える。役立たずじゃなくなる。みんなと一緒に戦えるのだ。
だが一つ、問題に気づいた。
「矢がない……?」
つい独り言が口をついて出る。ステッキが姿を変えたのは弓のみ、矢がどこにも見当たらない。ついボタンを連打し、ステッキにしたり弓にしたりを繰り返すが何も変わらなかった。
「うそ……」
浮き立っていた気持ちがどんどん沈んでいく。これではどうやって攻撃すればいいのか。
「どうしよう……」
そっと弓を膝の上に置き、途方に暮れる。そのとき、ふと太ももに鈍い痛みが走り、制服のスカートをたくし上げると打撲の痕があった。何かの折に打ち付けたのだろう。
そっと力を込めて、治癒能力でもある炎を生み出す。が、そこで思い出した。治癒能力は自分には効かないのだ。人生うまくいかないものである。深いため息をついたときだった。
「えっ?」
弓全体が、淡い光を放っている。その色は沙良の手のひらの炎の色とそっくりだった。ふと意識して炎を消してみる。弓からの光も消えた。
(もしかして……!)
ありったけの想いを込めて、沙良は治癒の炎を両手から吹き出し、そのまま弓に触れた。弓も共に輝き、そのまま沙良は左手で
弓弦が引っ張られると同時に、光が細い棒状に現れ──またたくまに沙良の手の炎はゆらめきながら、矢の形になった。
そのまま手をすかさず離す。炎の矢は扉を幕のように覆う真琴の黒い炎に突きささり、霧散して消えていった。黒い炎には、ひび割れを起こしている。
沙良の目がぱっと見開かれる。きっといける、そう確信していた。
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