32.猛獣とマテリアルガール
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野球は、山本にとって人生で一番多くの時間を捧げた、生活の一部だった。真剣なものだ。命の支えでもあった。
だが中1のとき、怪我をして、選手生命も、これまで築き上げてきた立場も危ういと知った時、あっさりとその選択肢は浮かんできた。
自殺。自らの命を絶つということ。
死というのはかなり身近にあって、それに対してあまりためらわない自分の一面に、気付いたのだ。
こんな自分を、育ててくれた親はなんと思うだろうか。死を選ぶ自分を、クラスメイト達は、野球部の仲間は、相当驚くだろう。らしくないと。想像するだけでどこかおかしな気持ちにもなった。
屋上のフェンスを越えてあと一歩というところで、山本はある一人の人間と出会った。初対面だった。季節外れの転校生だと後から知った。人生は奇妙である。死のうとした直前にも、出会いがあるとは。
普通なら、目の前で命を絶とうとしている人間を見れば必死に止めるだろう。だが彼女は、湖面のように静かに告げた。
『……考えた末なら、止めない』
『何もかもが嫌になって、消えたいって気持ち、初めてじゃないから』
言いながら、彼女は自分の隣に立った。あと数センチ足がずれたら、地上へ叩きつけられてしまうような、危険な場所に。
突き放すわけでも、勝手に知ったような口ぶりでもなかった。ただただ頷き、共感し、同じ目線に来た。それが、思ったよりも心地よかった。
その数十分後、綱吉に助けられて、生きることを改めて決意したわけだが。
『沙良以外、何もいらない!』
悲痛な面持ちで叫ぶ彼女──真琴を見つめながら、山本は気づかされた。彼女は今も、あの時と同じ気持ちでいるのだと。
(ごめん、ごめんな、真琴)
心の中で、山本は何度も真琴に謝り続けた。彼女が去っていってしまった後も、ずっとずっと。
(気付いてやれなくて、ごめんな)
*
家に帰り、心配して待っていた父に、山本は出来る限り事情を話した。沙良と真琴を助けに行く、今起こっている事件の犯人も捕まえると言うと、案の定父親は顔をしかめたが、
「武、これ持っていきな。まかない用にとっといたもんだが」
と言いながら、あきらかに量の多い握り飯や軍艦巻き、寿司を丁寧に、保存がきくように包んでくれた。
「今日のうちに食べろよ。綱吉君達によろしく言っといてくれ」
「親父……」
「ほんとはな、親としては行かせたくねえ。こういうときは大人に任せておけって言いたいんだ」
父はくしゃっと笑った。
「……だけど、行かなきゃならねーんだろ、無事で帰ってこい。友達のために、頑張りな」
「ありがとな、親父」
山本は力強く頷くと、竹寿司の引き戸を引き、のれんをくぐって、家を後にした。
***
並盛町を走っている大型バスでしばらく揺られていた。目的地に近づくにつれ一人、また一人と降り、ついに乗客は綱吉達のみになっていた。
『次はー、黒曜センター前、黒曜センター前ー、お降りの方は……』
しきみがすかさず降車ボタンを押し、かしこまりました、と運転手の声も聞こえてきた。
腐食の進む標識版『黒曜センター前』。下車して、しばらく歩いた。
静かね、とビアンキが呟く。数分後、鬱蒼とした木々に囲まれ、覆われた廃墟一帯が現れた。元々は山だったところを切り開いたのだろう。
黒曜センターは、さまざまな店が立ち並ぶ総合娯楽施設だった。長く人の手が入っていない建物は、今にも自然と一体になろうとしている。
かつては多くの客が訪れ、にぎわっていたのだろう。煤けて色あせたポップな看板やイラストのついた人工物たち。盛者必衰。諸行無常を、否応に無く感じさせられた。
「改築計画もあったらしいが、おととしの台風で土砂崩れが起きてな、それから正式に閉鎖してこのありさまだ」
リボーンの説明を聞きながら、はた、と綱吉が思い出した。
「オレ昔、ここに来たことある」
幼稚園くらいの頃だっただろうか。奈々と、蒸発したと教えられた父親と3人、親子で手を繋いで、ゲートをくぐった記憶がよみがえった。
「確か、カラオケや映画館とか、ショッピングモールも、動植物園もあって……」
「へえーいいな! 楽しそう~」
しきみがはしゃいだ声を上げる。
正面の大門は閉じられ、立派な錠前がかかったまま錆付いていた。よじのぼればなんとか越えられそうではある。
「よし、俺土台になるから、誰か上に」
鳴海が言いかけたときだった。
「そんなまどろっこしいことやってられないわ。正面突破よ」
ビアンキの手には、かなり怪しい色をした煙と悪臭をまく桜餅が。いわずもがなポイズンクッキングである。獄寺がぎょっと後ろへのけぞった。
「ポイズンクッキング・溶解桜餅」
食べものが独りでに出すような音じゃない音を立てながら、ビアンキが頑丈な錠前に餅をぴったりはりつけ、溶かしていく。
その様子を、一匹の獣が草むらから覗き見ていた。
黒曜センター内の建物はいくつもあった。どこに六道骸とその一派がいるかわからないので、とにかくしらみつぶしに見ていくことに。
「ツナ、来たことがあんなら、お前が案内しろ」
リボーンに言われ、綱吉はわたわたしつつ必死に記憶を探る。
「え!? 超昔の話だよ!?」
「なにか、印象的なものとか覚えてないかな?」
鳴海の質問に、
「覚えてんのは確か、正面ゲート入ってしばらくいくと、ドーム型でガラス張りの温室があったことくらいかな……」
だが、どこを見渡そうにも温室らしきものは見当たらない。風化していく建物と、根や葉を伸ばす植物、土砂崩れの残骸らしい土が盛られたところしかなかった。
すると、鳴海が急に動きを止め、立ち止まった。ある一点に見入っている。山本が首をかしげた。
「どうした、鳴海」
「なあ、あれ」
鳴海がさっと小走りでかけより、山本もそれについていく。2人が注目していたのは、動物の足跡だった。ついさっき、付けられたかのように真新しい。
「犬?」
鳴海が思ったことを口にする。だが犬にしては幅が大きすぎる。大人が広げた手より一回りふた回りほど大きいのだ。
「爪の部分……血よ、まだ固まりきってないわ」
ビアンキの言葉に、全員の背に悪寒が走る。
「ね、ねえ! あれ!」
しきみが指差すほうに、幹が大きくえぐられ、歯形のついている木が。その隣には、食い千切られた痕跡がある檻。
なにか危険で、獰猛な動物がここにいた。いや、居るのだ。ごく最近のうちに。
そのときだった。
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