31.Skinny Love
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沙良は夢を見ていた。
深い森の中を、ローブを身にまとった自分が歩いている。木々や季節の瑞々しい草花の間を歩き、風と太陽を仰ぎ、月に歌い、遠き海の地に思いを馳せながら生きる、一人の大人の女性だった。弓矢を手に狩りをして、森の恵みに感謝して、慎ましく生きる。ずっとずっとそんな生活が続くと思っていた。
ふと隣には、質素な農夫のような恰好をした赤髪の男がいた。一見純朴そうな人間に見えても、右頬にその髪の色と同じ、炎のような刻印と、険しくも凛々しい面立ちとふるまいは、上流貴族の出であることを物語っていた。
その男も、夢の中の沙良と同じく、弓を手にしていた。
男が訊ねてくるのはいつも不定期で、夢の中の沙良はそれをいつも心待ちにしながら日々暮らしていた。近くの病を抱えた村人が自分を頼りにやってくるので、薬を作り、まじないをかけてやり、また一人になって、家のことをする。
誰かの足音を感じるたびに、どうかあの人でありますようにと願った。何度も願った。やがて心が疲れて、もう来ないかもしれないと思ったときに、何かしらの贈り物を持って現れるその人に、夢の中の沙良の心はぱっと明るくなって、ひしと抱きついた。
赤髪の男の腕が、まるで宝物にふれるかのように優しく夢の中の沙良の頭をなで、頬を包んだ。多くのものを背負い生きている男の表情に、一瞬の安らぎが宿る。
泣きそうなほど、この人が好きだと思った。そしてこの気持ちに、終わりはないように感じられた。
****
横たわる沙良に、じっと見入る真琴。頭をなでて、頬にそっと触れる。先ほどから小さなうわ言のような何かを言っている。夢を見ているのだろう。時たま微笑むので、きっと幸せな夢なのだろう。
愛しい沙良。真琴はやるせない気持ちでいっぱいだった。
きっといつか沙良には、何よりも、自分よりも、大切なパートナーが出来るだろう。沙良は優しい子だ。とっても良い子だ。彼女を生涯大切にしたいと誓ってくれる人が、ゆくゆくは現れるだろう。
もしかしたらそれは、獄寺かもしれない。そのとき、心から祝福できる自分がうまく思い描けない。
「あ……」
沙良がゆっくりまぶたを開けた。見覚えのない廃墟の一室に、未だゆめうつつのようだ。天井からはぼろぼろのカーテンだった大きな布が釣り下がり、傍らのこれまた劣化の激しい窓辺にくっついている。差し込む光はするどく眩しいのに、部屋全体は暗がりのようだ。そして、傍に控えている真琴に気付いた瞬間、沙良はがばっと勢いよく上半身を起こした。
「真琴!」
「沙良……」
「ああ、よかった真琴、無事で……!」
ぎゅっと抱き合う2人。沙良は真琴の両腕に手をやったまま、嬉しそうに微笑む。
「怪我はしてない? 本当によかった、みんなすごく心配したんだよ……!」
「……」
だが、真琴の表情は曇ったままだ。ふと、沙良はあることに気付く。
「真琴、その格好は……」
無地の深緑の学ランにプリーツスカート。もちろん、並盛の制服ではない。真琴はバツが悪そうに沙良から視線をそらし、さっと離れた。
「……沙良、ごめんなさい」
「真琴……?」
「これから、じ、自分は、ボンゴレを、みんなを、裏切る」
沙良は自分の耳を疑った。
「ど、どうして、真琴、何があったの……?」
「何もない」
くるりと振り向いた真琴。黒々した瞳は、見つめているだけで不安になる。彼女の体全身に、真っ黒な炎のようなオーラが漂っている。
沙良は初めて、真琴に恐怖を抱いていた。
「沙良、獄寺隼人を、好き?」
唐突な質問に、沙良は面食らって言葉を失った。質問はイエスだが、それをそのまま目の前の彼女に伝えてはいけないような気がした。
「どうして、そんなことを、今……」
「沙良。沙良にはマフィアの世界は合わない。危ない。危険。だから」
真琴は一歩踏み出し、沙良の両手をそっと握る。
「貴方だけでも、守る。元の世界に、返す」
「な、何を言ってるの、真琴……」
「沙良。あの時のことを、覚えてる? 飛び降りようとして、止めてくれたことを」
「え……」
2人が知り合ったきっかけである。あれから何年も過ぎているが、もちろん沙良は忘れてなどいない。頷くと、真琴はどこか自嘲的な笑みを浮かべ、
「……よかった。それだけで、自分は、いい」
再び背を向けると、真琴は部屋の唯一の扉へ向かう。沙良は寝ていた出窓からあわてて立ち上がり、真琴を追いかけた。
しかし扉はすぐさまぴしゃりと閉められ、さびたドアノブはどんなにひねっても動かない。閉じ込められてしまった。
「真琴! どうして!!」
「守ってあげる。自分が、沙良を」
「やめて!! ここを開けて!!」
ドンドンと何度も叩く。鉄の扉は大きく身震いして音を響かせるが、びくともしない。
「やめてっ、真琴、ちゃんと話そうよ!!」
「……」
「真琴、真琴…!」
無駄だと頭の中では分かっていても、止められなかった。何度も何度も扉に手を打ち付け、ドアノブに力を込め、体全身でタックルする。だが何も変わらない。どんどん精神的に追い込まれていき、沙良は手を真っ赤に腫らしながら、その場にしゃがみ込んだ。その間も、頭は色んな事を考えていた。
なぜこんなことになったのか。なぜ真琴は急にこのような仕打ちをするのか。
(私……私の、せいで……?)
両目からたちまち涙があふれ出た。みっともないと自分を侮蔑する言葉が、頭のどこかから聞こえる。それでも沙良は、自分を責める以外に感情の置き方をあまり知らなかった。
(私がもっと……ちゃんと、真琴のこと、気にかけていれば……)
すると、炎がごうごうと上がる音が聞こえた。真琴の周りを漂っていたものと同じ、黒い影のような不思議な炎が、沙良のいる部屋の壁全体を覆う。沙良は直感的に理解した。ここは、檻なのだと。
「ああ、ああ…」
しゃくりあげ、泣き続ける沙良の声を、ドア一枚隔てて、真琴が聞いていた。
深い森の中を、ローブを身にまとった自分が歩いている。木々や季節の瑞々しい草花の間を歩き、風と太陽を仰ぎ、月に歌い、遠き海の地に思いを馳せながら生きる、一人の大人の女性だった。弓矢を手に狩りをして、森の恵みに感謝して、慎ましく生きる。ずっとずっとそんな生活が続くと思っていた。
ふと隣には、質素な農夫のような恰好をした赤髪の男がいた。一見純朴そうな人間に見えても、右頬にその髪の色と同じ、炎のような刻印と、険しくも凛々しい面立ちとふるまいは、上流貴族の出であることを物語っていた。
その男も、夢の中の沙良と同じく、弓を手にしていた。
男が訊ねてくるのはいつも不定期で、夢の中の沙良はそれをいつも心待ちにしながら日々暮らしていた。近くの病を抱えた村人が自分を頼りにやってくるので、薬を作り、まじないをかけてやり、また一人になって、家のことをする。
誰かの足音を感じるたびに、どうかあの人でありますようにと願った。何度も願った。やがて心が疲れて、もう来ないかもしれないと思ったときに、何かしらの贈り物を持って現れるその人に、夢の中の沙良の心はぱっと明るくなって、ひしと抱きついた。
赤髪の男の腕が、まるで宝物にふれるかのように優しく夢の中の沙良の頭をなで、頬を包んだ。多くのものを背負い生きている男の表情に、一瞬の安らぎが宿る。
泣きそうなほど、この人が好きだと思った。そしてこの気持ちに、終わりはないように感じられた。
****
横たわる沙良に、じっと見入る真琴。頭をなでて、頬にそっと触れる。先ほどから小さなうわ言のような何かを言っている。夢を見ているのだろう。時たま微笑むので、きっと幸せな夢なのだろう。
愛しい沙良。真琴はやるせない気持ちでいっぱいだった。
きっといつか沙良には、何よりも、自分よりも、大切なパートナーが出来るだろう。沙良は優しい子だ。とっても良い子だ。彼女を生涯大切にしたいと誓ってくれる人が、ゆくゆくは現れるだろう。
もしかしたらそれは、獄寺かもしれない。そのとき、心から祝福できる自分がうまく思い描けない。
「あ……」
沙良がゆっくりまぶたを開けた。見覚えのない廃墟の一室に、未だゆめうつつのようだ。天井からはぼろぼろのカーテンだった大きな布が釣り下がり、傍らのこれまた劣化の激しい窓辺にくっついている。差し込む光はするどく眩しいのに、部屋全体は暗がりのようだ。そして、傍に控えている真琴に気付いた瞬間、沙良はがばっと勢いよく上半身を起こした。
「真琴!」
「沙良……」
「ああ、よかった真琴、無事で……!」
ぎゅっと抱き合う2人。沙良は真琴の両腕に手をやったまま、嬉しそうに微笑む。
「怪我はしてない? 本当によかった、みんなすごく心配したんだよ……!」
「……」
だが、真琴の表情は曇ったままだ。ふと、沙良はあることに気付く。
「真琴、その格好は……」
無地の深緑の学ランにプリーツスカート。もちろん、並盛の制服ではない。真琴はバツが悪そうに沙良から視線をそらし、さっと離れた。
「……沙良、ごめんなさい」
「真琴……?」
「これから、じ、自分は、ボンゴレを、みんなを、裏切る」
沙良は自分の耳を疑った。
「ど、どうして、真琴、何があったの……?」
「何もない」
くるりと振り向いた真琴。黒々した瞳は、見つめているだけで不安になる。彼女の体全身に、真っ黒な炎のようなオーラが漂っている。
沙良は初めて、真琴に恐怖を抱いていた。
「沙良、獄寺隼人を、好き?」
唐突な質問に、沙良は面食らって言葉を失った。質問はイエスだが、それをそのまま目の前の彼女に伝えてはいけないような気がした。
「どうして、そんなことを、今……」
「沙良。沙良にはマフィアの世界は合わない。危ない。危険。だから」
真琴は一歩踏み出し、沙良の両手をそっと握る。
「貴方だけでも、守る。元の世界に、返す」
「な、何を言ってるの、真琴……」
「沙良。あの時のことを、覚えてる? 飛び降りようとして、止めてくれたことを」
「え……」
2人が知り合ったきっかけである。あれから何年も過ぎているが、もちろん沙良は忘れてなどいない。頷くと、真琴はどこか自嘲的な笑みを浮かべ、
「……よかった。それだけで、自分は、いい」
再び背を向けると、真琴は部屋の唯一の扉へ向かう。沙良は寝ていた出窓からあわてて立ち上がり、真琴を追いかけた。
しかし扉はすぐさまぴしゃりと閉められ、さびたドアノブはどんなにひねっても動かない。閉じ込められてしまった。
「真琴! どうして!!」
「守ってあげる。自分が、沙良を」
「やめて!! ここを開けて!!」
ドンドンと何度も叩く。鉄の扉は大きく身震いして音を響かせるが、びくともしない。
「やめてっ、真琴、ちゃんと話そうよ!!」
「……」
「真琴、真琴…!」
無駄だと頭の中では分かっていても、止められなかった。何度も何度も扉に手を打ち付け、ドアノブに力を込め、体全身でタックルする。だが何も変わらない。どんどん精神的に追い込まれていき、沙良は手を真っ赤に腫らしながら、その場にしゃがみ込んだ。その間も、頭は色んな事を考えていた。
なぜこんなことになったのか。なぜ真琴は急にこのような仕打ちをするのか。
(私……私の、せいで……?)
両目からたちまち涙があふれ出た。みっともないと自分を侮蔑する言葉が、頭のどこかから聞こえる。それでも沙良は、自分を責める以外に感情の置き方をあまり知らなかった。
(私がもっと……ちゃんと、真琴のこと、気にかけていれば……)
すると、炎がごうごうと上がる音が聞こえた。真琴の周りを漂っていたものと同じ、黒い影のような不思議な炎が、沙良のいる部屋の壁全体を覆う。沙良は直感的に理解した。ここは、檻なのだと。
「ああ、ああ…」
しゃくりあげ、泣き続ける沙良の声を、ドア一枚隔てて、真琴が聞いていた。
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