・ワンドロワンライ
深い水の底からゆっくりと体が浮き上がるような感覚。水面に近付くにつれて、光が顔に当たるのにも似た眩しさを覚えて、キョウヤはぼんやり意識を浮上させた。同時に冷やりとした空気が肌を撫でた気がして、小さく身じろぎをする。すると、どうやら顔に当たっていたらしい朝日の直撃から免れて、再びとろとろした眠気に襲われた。
「……Raindrops on roses and whiskers on kittens」
(バラの上の雨粒と子猫のひげ)
もうひと眠り、と意識を飛ばしかけたところに、何かの旋律を紡いでいる低く甘いテノールが耳に届いた。聞き慣れた声の、聞き慣れない響きを持った、囁くようなそれがあまりにも美しくて。キョウヤは微睡みながら耳を澄ませた。
「Bright copper kettles and warm woolen mittens」
(明るい銅のやかんと暖かい毛糸のミトン)
あぁ、俺の恋人は一体どんな顔をしてこんな可愛らしい歌を口ずさんでいるのだろう。眠気を上回る好奇心が湧き上がり、キョウヤは瞼を持ち上げてうっすら目を開く。朝日に照らされた恋人の自室。まだ早朝の日差しの彩度は低く、それに覆われた室内は全体的に白っぽくやけに幻想的に見えた。
キョウヤが目を開けた先には、恋人が寝ていたのであろう痕跡が残る白いシーツ。そしてその奥に、素肌にシャツを羽織っただけの無防備な姿で片膝を立てて、窓枠に腰掛ける恋人がいた。寝乱れた髪をそのままに、いつものグラスコードが付いた眼鏡だけを引っ掛け、立てた膝に肘をついて。静かにミアレの街並みを見下ろしている。シャツに加えて、昨晩脱ぎ捨てた下着は辛うじて身に着けてくれているようだけれど、それにしたって昨晩の情事の痕跡が色濃く残る白い肌をほとんど晒したままの姿はひどく目に毒だ。爽やかな朝の陽ざしとのギャップに目が眩みそうになりながら、キョウヤはこちらに気付いていない彼の――カラスバの横顔をそっと盗み見る。おだやかで、優しい顔だった。歌っている声が掠れてるのは、昨夜少し無理をさせてしまったからだろうか。
「Brown paper packages tied up with strings」
(紐で結ばれた茶色の紙包み)
カラスバは、まだキョウヤに気付いていないらしい。独り言のように、ゆったりとしたテンポで歌の続きを口ずさむ。可愛らしい、有名な曲だ。昔の映画か何かのものだったはず。子守歌のような優しい声を聞いているうちに、キョウヤの意識は再びゆっくりと微睡んでいく。それほど心地の良い旋律で、柔らかい声で。いつものカラスバからはきっと誰も想像できないような音遊びに、キョウヤはどうしようもない優越感と幸福感を味わっていた。きっと誰も聞いたことがない彼の歌。もう少し、もう少しと思いながらも、愛しい人の柔らかな声はキョウヤを穏やかな眠りへと誘っていく。
「Snowflakes that stay on my nose and eyelashes…
(鼻とまつげに残る雪の結晶)
Silver white winters that melt into springs
(春に溶ける白銀の冬)
……These are a few of my favorite things
(それが私のお気に入り)」
そこまでのフレーズが室内に響いて、歌が途切れる。あぁ、もう終わりか、残念だな。心底そう思って、続きを強請ってしまおうか、なんて考えていたタイミングだった。ぎしり、フローリングが軋む音がして、それからベッドのスプリングが沈む。シーツかシャツの衣擦れの音が耳に届いた。そして不意にさらりと髪を撫でられて、キョウヤは内心で飛び上がる。そして咄嗟に、深い呼吸を繰り返して寝ているふりをした。触れた指先の感覚だけで、もうすっかり目は覚めてしまったけれど。
「……吊り目の大きな、グレーの瞳」
さっきの歌の続きだろうか。けれど知らないフレーズが始まって、キョウヤは頭を捻る。
「バトルん時の、肉食獣みたいなごっつ熱い視線」
そこでキョウヤは、あ、と思った。そして同時に愛おしさで胸がいっぱいになる。カラスバさんが、俺のことを歌ってる。狸寝入りを続けていたキョウヤは、今にも顔がにやけそうになるのを必死に堪えていた。だって、こんなの。可愛すぎる。
「オレの名前を呼ぶ時の優しい声
ぬくい子供体温
オレと目が合うと、へにゃへにゃになる口元」
替え歌、と言っていいのだろうか。もうメロディーにも乗せていない、ただの独り言のような優しいそれ。カラスバの歌は、止まらない。
「When I'm feeling sad
(寂しい気持ちになったとき)
I simply remember my favorite things
(私のお気に入りを思い出す)
And then I don't feel so bad
(そうすると悪くない気分になる)」
再びメロディーに乗せて歌いあげたフレーズの後、またカラスバの指先がキョウヤの寝乱れた髪を梳いた。そしてキョウヤが投げ出した手に触れると、その指先をする、と弄ぶ。
「オレのために爪を短くしてる指先」
一本ずつ確かめるように撫でて、それから脱力した腕をそっと持ち上げられて――ちゅ、なんて可愛らしいリップ音。そして指先に触れた柔らかい感触に、キョウヤは頭が沸騰したかと思った。
何なんだ。一体何なんだ!?
一人で心をかき乱されている間も、カラスバの悪戯な指先は移り気に移動して、再びキョウヤの長い前髪へ。そして再び髪を梳いたと思ったら、そのまま頬、唇へとするする辿っていく。小さく開けたままの口の、下唇をふにふにと触って。
「キスが上手なった、唇」
あまりにも可愛すぎる振る舞いに今にも飛びついてしまいそうだ。けれどもう少し、もう少し聞きたい。普段はなかなか聞けない恋人の貴重な愛の言葉を、可愛らしい思いを、もっと聞きたい。ただその一心で、キョウヤはこっそり口の中を噛んで、表情筋から必死に力を抜くように全意識を集中させていた。そして。
「――オレのことがだぁい好きで、すぐ真っ赤になるかわええ耳」
そこでくすくすと笑いながら耳元に口付けられて、キョウヤは閉じていた瞼を開いて恨めしげな視線を向けた。先ほどよりも彩度を増した日差しの中、キョウヤが愛してやまない恋人が、ひどく機嫌良さそうに笑いながらキョウヤの顔を覗き込んでいた。
「おはようさん、もう狸寝入りはおしまいでええの? my favorite」
まるで歌の続きのようにそう言われれば、キョウヤは顔を両手で覆うしかなくなった。
耳どころか、顔が全部熱い。
「……勘弁してください……」
「ほんま、かわええやっちゃなぁ」
くふくふと、無防備に喉の奥で笑う声が響く。カラスバがプライベートでよくする柔らかい笑い方だった。あぁ、この笑い方するときのカラスバさん、本当に可愛くて好きなんだよなぁと思いながら、キョウヤは己の狸入りを見抜いていながら揶揄っていた意地悪な年上の恋人を、指の隙間からじとりと見上げた。
「いつから気付いてたんですか」
「ん? 最初にオマエに触った時やな。すぐ耳赤くなっとったで」
「ほぼ最初からじゃん……!」
人のこと弄んで! と自分の手のひらにさらに顔を押し付けるキョウヤに、カラスバはとうとう声を上げて笑った。ずいぶんと機嫌がよろしいようで。そりゃあ不機嫌よりはいいけれども。可愛くて怒れないじゃん、なんて思いつつ、まぁそもそも怒る必要もないかと思い直す。なんせそれ以上に良いものを聞かせてもらったので。
「でもいいや、カラスバさんが俺のこと大好きってことが分かったし」
「……」
「あ、カラスバさんも耳赤くなった」
「やかましい!」
カラスバは都合が悪くなると、すぐに黙って顔を逸らす癖がある。しかしその白い耳が人のことを笑えないくらい赤く染まったのが可愛らしくて、キョウヤは遠慮せずに指摘してあげた。即座に噛みつくような勢いで振り返られたけれど、それはキョウヤの予想通り。彼が振り向くと同時にその腕を引いてベッドの中へと引き込んでやる。突然のことに驚いて咄嗟に反応できなかったらしい恋人を押し倒して、マウントポジションを取る。キョウヤの眼下にははだけたシャツと下着だけをまとった美味しそうな据え膳が転がっていた。
少し目元が腫れた金の目。それをじっと見つめているだけで、カラスバの目は気恥ずかしそうにゆらゆらと揺れて、ふいと逸らされる。視線と共に顔が横を向くので、目の前に差し出されたほんのり桜色の耳殻へと歯を立てた。そのまま半分圧し掛かるようにして、その体を掻き抱いた。
「俺の目と、声と、あったかい体温が好きなんだよね?」
「ちょ、なに、」
焦ったようなカラスバの声には、隠しきれない照れが入っている。それに満更でもなさそう。本当に俺の事好きなんだな、とどうしようもなく愛しくて可愛くて。今度はキョウヤの方が小さく笑いながら、歌うように囁いてやる。
「あとはカラスバさんのために手入れしてる爪と、キスが上手になった唇、だっけ」
引っ掛かりのないように短く切り揃えてやすりをかけた爪先で、カラスバの白い肌を辿る。腹筋の筋を撫でるだけでびくりと体が震えたのは、きっと昨夜の記憶が呼び起されたから。
「お、おい、まだ朝……」
文句を言おうとした口を優しく吸い上げてあげれば、泣く子も黙るサビ組のボスは顔を真っ赤にして何も言えなくなってしまった。こんな顔を見れるのも、自分だけ。キョウヤはカラスバのこの反応が、一等お気に入りだ。
ああ、今日は朝から良いことばかりだ。
いつの間にか顔どころか、全身をほんのり上気させてなんとも煽情的な姿に仕上がった恋人を、キョウヤは夜を思わせるぎらついた、しかし甘い視線で縫い付ける。
「カラスバさんが寂しくなった時にすぐ思い出せるように、たくさん刻み込んであげるから。もっとよく覚えて」
そのままその白い首筋に顔を埋めて、数時間前の自分が付けた赤い鬱血痕を上書きする。
「あっ、ン……」
漏れ出る甘い声は、もうすっかり情欲に濡れている。物欲しげに潤んだ目をしてるくせに、それでも素直じゃない男は年下の恋人を睨んだ。
「もう、キョウヤのあほ……」
「でもそれが『お気に入り』なんでしょ?」
「……ほんま、あほちゃう」
しぶしぶ背中に回された白い腕が何よりの証拠で、キョウヤはふっと笑いながら恋人と共に、再度、朝日に照らされたシーツの海へと沈んでいった。
「……Raindrops on roses and whiskers on kittens」
(バラの上の雨粒と子猫のひげ)
もうひと眠り、と意識を飛ばしかけたところに、何かの旋律を紡いでいる低く甘いテノールが耳に届いた。聞き慣れた声の、聞き慣れない響きを持った、囁くようなそれがあまりにも美しくて。キョウヤは微睡みながら耳を澄ませた。
「Bright copper kettles and warm woolen mittens」
(明るい銅のやかんと暖かい毛糸のミトン)
あぁ、俺の恋人は一体どんな顔をしてこんな可愛らしい歌を口ずさんでいるのだろう。眠気を上回る好奇心が湧き上がり、キョウヤは瞼を持ち上げてうっすら目を開く。朝日に照らされた恋人の自室。まだ早朝の日差しの彩度は低く、それに覆われた室内は全体的に白っぽくやけに幻想的に見えた。
キョウヤが目を開けた先には、恋人が寝ていたのであろう痕跡が残る白いシーツ。そしてその奥に、素肌にシャツを羽織っただけの無防備な姿で片膝を立てて、窓枠に腰掛ける恋人がいた。寝乱れた髪をそのままに、いつものグラスコードが付いた眼鏡だけを引っ掛け、立てた膝に肘をついて。静かにミアレの街並みを見下ろしている。シャツに加えて、昨晩脱ぎ捨てた下着は辛うじて身に着けてくれているようだけれど、それにしたって昨晩の情事の痕跡が色濃く残る白い肌をほとんど晒したままの姿はひどく目に毒だ。爽やかな朝の陽ざしとのギャップに目が眩みそうになりながら、キョウヤはこちらに気付いていない彼の――カラスバの横顔をそっと盗み見る。おだやかで、優しい顔だった。歌っている声が掠れてるのは、昨夜少し無理をさせてしまったからだろうか。
「Brown paper packages tied up with strings」
(紐で結ばれた茶色の紙包み)
カラスバは、まだキョウヤに気付いていないらしい。独り言のように、ゆったりとしたテンポで歌の続きを口ずさむ。可愛らしい、有名な曲だ。昔の映画か何かのものだったはず。子守歌のような優しい声を聞いているうちに、キョウヤの意識は再びゆっくりと微睡んでいく。それほど心地の良い旋律で、柔らかい声で。いつものカラスバからはきっと誰も想像できないような音遊びに、キョウヤはどうしようもない優越感と幸福感を味わっていた。きっと誰も聞いたことがない彼の歌。もう少し、もう少しと思いながらも、愛しい人の柔らかな声はキョウヤを穏やかな眠りへと誘っていく。
「Snowflakes that stay on my nose and eyelashes…
(鼻とまつげに残る雪の結晶)
Silver white winters that melt into springs
(春に溶ける白銀の冬)
……These are a few of my favorite things
(それが私のお気に入り)」
そこまでのフレーズが室内に響いて、歌が途切れる。あぁ、もう終わりか、残念だな。心底そう思って、続きを強請ってしまおうか、なんて考えていたタイミングだった。ぎしり、フローリングが軋む音がして、それからベッドのスプリングが沈む。シーツかシャツの衣擦れの音が耳に届いた。そして不意にさらりと髪を撫でられて、キョウヤは内心で飛び上がる。そして咄嗟に、深い呼吸を繰り返して寝ているふりをした。触れた指先の感覚だけで、もうすっかり目は覚めてしまったけれど。
「……吊り目の大きな、グレーの瞳」
さっきの歌の続きだろうか。けれど知らないフレーズが始まって、キョウヤは頭を捻る。
「バトルん時の、肉食獣みたいなごっつ熱い視線」
そこでキョウヤは、あ、と思った。そして同時に愛おしさで胸がいっぱいになる。カラスバさんが、俺のことを歌ってる。狸寝入りを続けていたキョウヤは、今にも顔がにやけそうになるのを必死に堪えていた。だって、こんなの。可愛すぎる。
「オレの名前を呼ぶ時の優しい声
ぬくい子供体温
オレと目が合うと、へにゃへにゃになる口元」
替え歌、と言っていいのだろうか。もうメロディーにも乗せていない、ただの独り言のような優しいそれ。カラスバの歌は、止まらない。
「When I'm feeling sad
(寂しい気持ちになったとき)
I simply remember my favorite things
(私のお気に入りを思い出す)
And then I don't feel so bad
(そうすると悪くない気分になる)」
再びメロディーに乗せて歌いあげたフレーズの後、またカラスバの指先がキョウヤの寝乱れた髪を梳いた。そしてキョウヤが投げ出した手に触れると、その指先をする、と弄ぶ。
「オレのために爪を短くしてる指先」
一本ずつ確かめるように撫でて、それから脱力した腕をそっと持ち上げられて――ちゅ、なんて可愛らしいリップ音。そして指先に触れた柔らかい感触に、キョウヤは頭が沸騰したかと思った。
何なんだ。一体何なんだ!?
一人で心をかき乱されている間も、カラスバの悪戯な指先は移り気に移動して、再びキョウヤの長い前髪へ。そして再び髪を梳いたと思ったら、そのまま頬、唇へとするする辿っていく。小さく開けたままの口の、下唇をふにふにと触って。
「キスが上手なった、唇」
あまりにも可愛すぎる振る舞いに今にも飛びついてしまいそうだ。けれどもう少し、もう少し聞きたい。普段はなかなか聞けない恋人の貴重な愛の言葉を、可愛らしい思いを、もっと聞きたい。ただその一心で、キョウヤはこっそり口の中を噛んで、表情筋から必死に力を抜くように全意識を集中させていた。そして。
「――オレのことがだぁい好きで、すぐ真っ赤になるかわええ耳」
そこでくすくすと笑いながら耳元に口付けられて、キョウヤは閉じていた瞼を開いて恨めしげな視線を向けた。先ほどよりも彩度を増した日差しの中、キョウヤが愛してやまない恋人が、ひどく機嫌良さそうに笑いながらキョウヤの顔を覗き込んでいた。
「おはようさん、もう狸寝入りはおしまいでええの? my favorite」
まるで歌の続きのようにそう言われれば、キョウヤは顔を両手で覆うしかなくなった。
耳どころか、顔が全部熱い。
「……勘弁してください……」
「ほんま、かわええやっちゃなぁ」
くふくふと、無防備に喉の奥で笑う声が響く。カラスバがプライベートでよくする柔らかい笑い方だった。あぁ、この笑い方するときのカラスバさん、本当に可愛くて好きなんだよなぁと思いながら、キョウヤは己の狸入りを見抜いていながら揶揄っていた意地悪な年上の恋人を、指の隙間からじとりと見上げた。
「いつから気付いてたんですか」
「ん? 最初にオマエに触った時やな。すぐ耳赤くなっとったで」
「ほぼ最初からじゃん……!」
人のこと弄んで! と自分の手のひらにさらに顔を押し付けるキョウヤに、カラスバはとうとう声を上げて笑った。ずいぶんと機嫌がよろしいようで。そりゃあ不機嫌よりはいいけれども。可愛くて怒れないじゃん、なんて思いつつ、まぁそもそも怒る必要もないかと思い直す。なんせそれ以上に良いものを聞かせてもらったので。
「でもいいや、カラスバさんが俺のこと大好きってことが分かったし」
「……」
「あ、カラスバさんも耳赤くなった」
「やかましい!」
カラスバは都合が悪くなると、すぐに黙って顔を逸らす癖がある。しかしその白い耳が人のことを笑えないくらい赤く染まったのが可愛らしくて、キョウヤは遠慮せずに指摘してあげた。即座に噛みつくような勢いで振り返られたけれど、それはキョウヤの予想通り。彼が振り向くと同時にその腕を引いてベッドの中へと引き込んでやる。突然のことに驚いて咄嗟に反応できなかったらしい恋人を押し倒して、マウントポジションを取る。キョウヤの眼下にははだけたシャツと下着だけをまとった美味しそうな据え膳が転がっていた。
少し目元が腫れた金の目。それをじっと見つめているだけで、カラスバの目は気恥ずかしそうにゆらゆらと揺れて、ふいと逸らされる。視線と共に顔が横を向くので、目の前に差し出されたほんのり桜色の耳殻へと歯を立てた。そのまま半分圧し掛かるようにして、その体を掻き抱いた。
「俺の目と、声と、あったかい体温が好きなんだよね?」
「ちょ、なに、」
焦ったようなカラスバの声には、隠しきれない照れが入っている。それに満更でもなさそう。本当に俺の事好きなんだな、とどうしようもなく愛しくて可愛くて。今度はキョウヤの方が小さく笑いながら、歌うように囁いてやる。
「あとはカラスバさんのために手入れしてる爪と、キスが上手になった唇、だっけ」
引っ掛かりのないように短く切り揃えてやすりをかけた爪先で、カラスバの白い肌を辿る。腹筋の筋を撫でるだけでびくりと体が震えたのは、きっと昨夜の記憶が呼び起されたから。
「お、おい、まだ朝……」
文句を言おうとした口を優しく吸い上げてあげれば、泣く子も黙るサビ組のボスは顔を真っ赤にして何も言えなくなってしまった。こんな顔を見れるのも、自分だけ。キョウヤはカラスバのこの反応が、一等お気に入りだ。
ああ、今日は朝から良いことばかりだ。
いつの間にか顔どころか、全身をほんのり上気させてなんとも煽情的な姿に仕上がった恋人を、キョウヤは夜を思わせるぎらついた、しかし甘い視線で縫い付ける。
「カラスバさんが寂しくなった時にすぐ思い出せるように、たくさん刻み込んであげるから。もっとよく覚えて」
そのままその白い首筋に顔を埋めて、数時間前の自分が付けた赤い鬱血痕を上書きする。
「あっ、ン……」
漏れ出る甘い声は、もうすっかり情欲に濡れている。物欲しげに潤んだ目をしてるくせに、それでも素直じゃない男は年下の恋人を睨んだ。
「もう、キョウヤのあほ……」
「でもそれが『お気に入り』なんでしょ?」
「……ほんま、あほちゃう」
しぶしぶ背中に回された白い腕が何よりの証拠で、キョウヤはふっと笑いながら恋人と共に、再度、朝日に照らされたシーツの海へと沈んでいった。