・単発SS
「あ!カラスバさん!」
街を見回っていた部下の1人から連絡を受けて、薄暗い路地の奥へと早足に向かう。到着したそこには、路地裏特有の饐えた臭いとーー独特の、まだ新しい生臭さ。最近組で目をつけていた組織の連中が倒れ伏す中で1人立ち尽くすのは、この場に似合わない素朴な出立ちの青年だ。彼は近づいてくる革靴の音に反応して振り返ると、読めない無表情だった顔にぱぁっと輝くような笑顔を浮かべた。
「みてみて、ちゃんと半殺し!」
褒めて褒めてと無垢な笑顔で駆け寄ってくる青年ーーキョウヤの顔には、その表情に不釣り合いなどす黒い赤色。
「おん。ちゃんと言うこと守ったんや、偉いなぁ」
「えへへ、だってカラスバさんが殺しちゃダメって言うから!」
だから全員生きてますよ!と顔と声音に一致していない内容を報告してくるキョウヤの言うとおり、周りにいる男どもはなんとか息があるらしい。
ーーまぁでも、間違いなく病院送りやし体のあちこちイッてもうてるやろなぁ。
そう思いながら、返り血だろうことはわかっているので心配していないけれど、キョウヤの頬についた赤色が嫌でハンカチで拭ってやった。キョウヤはされるがまま、オレの手が触れるのを嬉しそうに享受してうっとりしている。
キョウヤは、不思議な青年だった。
自分の意思がなく、言われたことを淡々と遂行するだけに見えて…感情はあるように見えるのに、なんだかたまに人形みたいで。
最初は、なんやけったいなやつやなぁ、と思った。意思が強そうに見えて、その実流されっぱなし。かといってそれが嫌そうとかそういうわけでもなく、きっとなんとも思ってないのだ。
カラスバは仕事柄、心を壊したやつや頭のいかれたやつなんていくらでも見てきた。だから、こいつもその1人なのだろうと思っていた。若いのにかわいそうに、なんてほんの少しの同情心だけ。
それが変わったのは、最初に共闘を果たした時。確信に変わったのは、ランクアップ戦で正面に立った時。
ポケモンバトルの中で鮮烈に輝く光。きっと、彼の中でくすんでしまった本来の光はこうなのだと察するに余りあるほどの、光だった。
あぁもったいない。そう思ったのと、彼がポケモンバトルに出会えてよかったな、なんて柄にもなく思って。
「オマエ、やるやん」
また表情がなくなった男の頭を、褒めるように撫で回した。ーーそれが何か、この男の琴線に触れたのだろう。
キョウヤに懐かれた。
そう自覚したのは、深い意味を持たせずに言った「また事務所に遊びにおいで」という言葉の通り、せっせとキョウヤが通い始めた時だった。
もしかしてあの時の言葉を義務か何かと勘違いしたのだろうか、と思ってやんわり「あれは依頼ではないから毎日来なくても良い」と伝えたところ、あの無垢な目を瞬いて首を傾げたのだ「来ちゃダメなんですか?」と。そして「毎日カラスバさんに会いにきていいってことじゃないんですか?」と続いて、そこで初めてどうやらこいつは自分の意思で己に会いに来ているらしいと気づいた。あとこいつ自分の意思あったんだな、なんて失礼なことを考えたりして。
なんや変わった犬に懐かれたもんやな、と、それくらいの認識だった。
ーーそれから間も無くだった。深夜に街中で、お行儀の悪い連中を血祭りにあげているキョウヤを見つけたのは。
「オマエ、なにやっとんねん!?!?」
「あ、カラスバさんだぁ」
血相を変えたオレを見てもキョウヤは焦った様子もない。ごくごく普通に、それこそカフェで偶然会ったかのようなテンションで「こんばんわ」と笑ったのだ。
ーー意識を失った男の胸ぐらを掴んで、もう片方の拳を血まみれにして。
「なんかあったんか!?」
倒れ伏して呻き声をあげている連中はもちろん、キョウヤも血塗れだった。まさかオレのところに出入りしているせいでこいつらに目をつけられたのか。とはいえこれは正当防衛としてはやりすぎだ、どうにか彼の経歴には傷をつけないようにーーなんて必死に思考を巡らせているオレにキョウヤは不思議そうにこてんと首を傾げた。
「こいつらが、カラスバさんのこと困らせてるって聞いたから、綺麗にしに来たんです」
俺、"掃除"は上手だって褒められるんですよ、なんて。一切邪気のない顔で笑ったから。得体の知れなさと共に、こいつをこのまま放ってはいけないと直感した。だからカラスバは逡巡した末に、辛うじてこう絞り出した。
「…殺したら、あかん」
「そうなんですか?」
心底不思議そうに、無垢に。ただ純粋になんで?とでも言いたげなその顔にーーあぁこいつはもう踏み外したことがあるのだなと悟った。
一体どこでどう育てばこうなるのか。
これまではまぁいいかと調べていなかったが、あんな光景に立ち会ってはそのままにしてはおけない。オレはあらゆる手段を駆使してあいつの生い立ちを調べ始めた。
しかし、キョウヤの過去はサビ組で裏のツテを使っても何一つ出てこない。恐ろしいくらいにまっさらなのだ。ミアレにくる前の情報がごっそり抜け落ちている。ますます怪しい。けれど、これまでの監視や調査でキョウヤの後ろに妙な後ろ盾の存在は感じなかった。ほんとうに、ただ"なにもない",
ーーそして結局、オレは諦めて本人に聞いた。聞いても問題ない、聞くしかないという半ば直感でもあった。
その答えは「わからない」だった。誤魔化しているのかと思ったがそうではない。本当に、わからないのだ。なら何か覚えていないかと問えば、ケロッとした顔で「白い大きな建物」「名前はなかった」「いろいろ検査する"先生"がいた」「番号が近い"兄弟"がいたけど、いまどこにいるかわからない」という。そしてこう言った。
「俺は"失敗作"なんですって」
「は…?」
「感情を、持っちゃったから」
「なん…やねん、それ」
「んー、わかんないです。失敗作だって分かったら、急に検査とかも無くなって。それで、気づいたらミアレ行きの列車にいました」
特に何とも思ってない様子でそう言ったのを聞いたその時に詮索はやめた。こいつはおそらく、ろくでもない人間たちの、ろくでもない企みの犠牲者なのだろう。そう察するのに十分だったから。
キョウヤにはあまり善悪の区別がない。良くも悪くもまっさらなのだ。きっと、周りにいる人間次第で白にも黒にも染まる。だからとても危うい。…アウトローな組織のボスが善悪を語るのも変な話だけれど。
けれどとても素直でまっすぐなのだ。教えたことはどんどん吸収するし、根本的な部分の"善性"はあるように思う。誰かの力になりたい、という感覚はあるようだから。
そして何より、素直に尻尾を振って駆け寄ってくる様子に絆されていないわけではないのだ。ふとした時に表情が抜け落ちるキョウヤが、オレを目に映すだけで綻ぶような笑みをこぼす。
ーー何も知らずに道を踏み外して誰かに利用されるより先に。この、頭のネジが外れた狂犬に道を示してやらなければ。
そんな使命感に似た思いがオレの中に芽生えていた。
街を見回っていた部下の1人から連絡を受けて、薄暗い路地の奥へと早足に向かう。到着したそこには、路地裏特有の饐えた臭いとーー独特の、まだ新しい生臭さ。最近組で目をつけていた組織の連中が倒れ伏す中で1人立ち尽くすのは、この場に似合わない素朴な出立ちの青年だ。彼は近づいてくる革靴の音に反応して振り返ると、読めない無表情だった顔にぱぁっと輝くような笑顔を浮かべた。
「みてみて、ちゃんと半殺し!」
褒めて褒めてと無垢な笑顔で駆け寄ってくる青年ーーキョウヤの顔には、その表情に不釣り合いなどす黒い赤色。
「おん。ちゃんと言うこと守ったんや、偉いなぁ」
「えへへ、だってカラスバさんが殺しちゃダメって言うから!」
だから全員生きてますよ!と顔と声音に一致していない内容を報告してくるキョウヤの言うとおり、周りにいる男どもはなんとか息があるらしい。
ーーまぁでも、間違いなく病院送りやし体のあちこちイッてもうてるやろなぁ。
そう思いながら、返り血だろうことはわかっているので心配していないけれど、キョウヤの頬についた赤色が嫌でハンカチで拭ってやった。キョウヤはされるがまま、オレの手が触れるのを嬉しそうに享受してうっとりしている。
キョウヤは、不思議な青年だった。
自分の意思がなく、言われたことを淡々と遂行するだけに見えて…感情はあるように見えるのに、なんだかたまに人形みたいで。
最初は、なんやけったいなやつやなぁ、と思った。意思が強そうに見えて、その実流されっぱなし。かといってそれが嫌そうとかそういうわけでもなく、きっとなんとも思ってないのだ。
カラスバは仕事柄、心を壊したやつや頭のいかれたやつなんていくらでも見てきた。だから、こいつもその1人なのだろうと思っていた。若いのにかわいそうに、なんてほんの少しの同情心だけ。
それが変わったのは、最初に共闘を果たした時。確信に変わったのは、ランクアップ戦で正面に立った時。
ポケモンバトルの中で鮮烈に輝く光。きっと、彼の中でくすんでしまった本来の光はこうなのだと察するに余りあるほどの、光だった。
あぁもったいない。そう思ったのと、彼がポケモンバトルに出会えてよかったな、なんて柄にもなく思って。
「オマエ、やるやん」
また表情がなくなった男の頭を、褒めるように撫で回した。ーーそれが何か、この男の琴線に触れたのだろう。
キョウヤに懐かれた。
そう自覚したのは、深い意味を持たせずに言った「また事務所に遊びにおいで」という言葉の通り、せっせとキョウヤが通い始めた時だった。
もしかしてあの時の言葉を義務か何かと勘違いしたのだろうか、と思ってやんわり「あれは依頼ではないから毎日来なくても良い」と伝えたところ、あの無垢な目を瞬いて首を傾げたのだ「来ちゃダメなんですか?」と。そして「毎日カラスバさんに会いにきていいってことじゃないんですか?」と続いて、そこで初めてどうやらこいつは自分の意思で己に会いに来ているらしいと気づいた。あとこいつ自分の意思あったんだな、なんて失礼なことを考えたりして。
なんや変わった犬に懐かれたもんやな、と、それくらいの認識だった。
ーーそれから間も無くだった。深夜に街中で、お行儀の悪い連中を血祭りにあげているキョウヤを見つけたのは。
「オマエ、なにやっとんねん!?!?」
「あ、カラスバさんだぁ」
血相を変えたオレを見てもキョウヤは焦った様子もない。ごくごく普通に、それこそカフェで偶然会ったかのようなテンションで「こんばんわ」と笑ったのだ。
ーー意識を失った男の胸ぐらを掴んで、もう片方の拳を血まみれにして。
「なんかあったんか!?」
倒れ伏して呻き声をあげている連中はもちろん、キョウヤも血塗れだった。まさかオレのところに出入りしているせいでこいつらに目をつけられたのか。とはいえこれは正当防衛としてはやりすぎだ、どうにか彼の経歴には傷をつけないようにーーなんて必死に思考を巡らせているオレにキョウヤは不思議そうにこてんと首を傾げた。
「こいつらが、カラスバさんのこと困らせてるって聞いたから、綺麗にしに来たんです」
俺、"掃除"は上手だって褒められるんですよ、なんて。一切邪気のない顔で笑ったから。得体の知れなさと共に、こいつをこのまま放ってはいけないと直感した。だからカラスバは逡巡した末に、辛うじてこう絞り出した。
「…殺したら、あかん」
「そうなんですか?」
心底不思議そうに、無垢に。ただ純粋になんで?とでも言いたげなその顔にーーあぁこいつはもう踏み外したことがあるのだなと悟った。
一体どこでどう育てばこうなるのか。
これまではまぁいいかと調べていなかったが、あんな光景に立ち会ってはそのままにしてはおけない。オレはあらゆる手段を駆使してあいつの生い立ちを調べ始めた。
しかし、キョウヤの過去はサビ組で裏のツテを使っても何一つ出てこない。恐ろしいくらいにまっさらなのだ。ミアレにくる前の情報がごっそり抜け落ちている。ますます怪しい。けれど、これまでの監視や調査でキョウヤの後ろに妙な後ろ盾の存在は感じなかった。ほんとうに、ただ"なにもない",
ーーそして結局、オレは諦めて本人に聞いた。聞いても問題ない、聞くしかないという半ば直感でもあった。
その答えは「わからない」だった。誤魔化しているのかと思ったがそうではない。本当に、わからないのだ。なら何か覚えていないかと問えば、ケロッとした顔で「白い大きな建物」「名前はなかった」「いろいろ検査する"先生"がいた」「番号が近い"兄弟"がいたけど、いまどこにいるかわからない」という。そしてこう言った。
「俺は"失敗作"なんですって」
「は…?」
「感情を、持っちゃったから」
「なん…やねん、それ」
「んー、わかんないです。失敗作だって分かったら、急に検査とかも無くなって。それで、気づいたらミアレ行きの列車にいました」
特に何とも思ってない様子でそう言ったのを聞いたその時に詮索はやめた。こいつはおそらく、ろくでもない人間たちの、ろくでもない企みの犠牲者なのだろう。そう察するのに十分だったから。
キョウヤにはあまり善悪の区別がない。良くも悪くもまっさらなのだ。きっと、周りにいる人間次第で白にも黒にも染まる。だからとても危うい。…アウトローな組織のボスが善悪を語るのも変な話だけれど。
けれどとても素直でまっすぐなのだ。教えたことはどんどん吸収するし、根本的な部分の"善性"はあるように思う。誰かの力になりたい、という感覚はあるようだから。
そして何より、素直に尻尾を振って駆け寄ってくる様子に絆されていないわけではないのだ。ふとした時に表情が抜け落ちるキョウヤが、オレを目に映すだけで綻ぶような笑みをこぼす。
ーー何も知らずに道を踏み外して誰かに利用されるより先に。この、頭のネジが外れた狂犬に道を示してやらなければ。
そんな使命感に似た思いがオレの中に芽生えていた。