・単発SS
「オマエとはそういう関係になりたいんとちゃうねん」
それはもはや口癖だった。
そしてその言葉を聞いた彼がぎゅっと眉根を寄せて、それから困ったように眉をハの字に下げて曖昧に笑うのがいつもの流れ。
「うん、知ってる」
ーーキョウヤとは、この街にふらりとやってきた若者で、今ではミアレの英雄と呼ばれる男の名前だ。
ずいぶん懐かれたなあ、とは思っていた。
最初に目をつけたのは自分だったけれど、まさかこんなに好意を持たれることになるなんて思っていなかった。その頃には自分も彼のことを、単なる監視対象としてではなく1人の人間として気に入っていたけれど。
気づけば随分と気安い仲になっていて、プライベートでも会うほどの距離感になっていた。
するりと懐に入り込んで、屈託なく笑う天性の人誑し。
カラスバを見つめるその目が、親愛を超えた熱を帯び始めたことに気づいたのは、比較的早い時期だった。
カラスバは、驚いた。それと同時に己の恋を自覚してーー同時に、怖くなった。
この関係を壊したくない、なんて三文小説みたいな気持ちが自分の中に芽生えてしまった。
友人のように笑い合い、仲間のように助け合い、家族のように寄り添う。心地よいその立ち位置を手放すのが惜しくて。
だから、線を引いたのだ。
「オマエとはそういう関係になりたいんとちゃうねん」
そしてそれは今日まで続いている。
キョウヤから送られる熱のこもった視線。
じわりと胸を焼くその感覚に目を逸らした。
彼の物言いたげな視線を躱すのは何度目だろうか。
◇
「あー…」
朝。カラスバは大抵、腹の奥の方に疼く不快な熱と共に目が覚める。ついでに兆した自身の感覚も。
最悪だ。毎朝罪悪感が止まらない。
『カラスバさん』
真剣に己の名を呼ぶ彼の声が耳の奥にリフレインする。それだけで脳の奥を揺さぶられるような心地がして、ほしいほしいと叫ぶ本能をねじ伏せるようにぐっと自分の頭を片手で押さえた。
脳裏によぎるのは、ついさっきまで見ていた甘く虚しい夢の記憶。
月明かりが差し込む部屋の中、自身に覆い被さる男の姿。額に滲む汗が、こめかみ、顎のラインを伝ってぽとりと己の白い肌の上に落ちる、
その時にようやく自分が何も纏っていないことに気がついた。
汗ばんだ肌が吸い付くように触れ合った。快楽に抗えず突き出した胸元で、さらりと男の髪が揺れる。それを己は、縋るように抱き抱えて。
生白い足の間を割り開かれた。ぐ、と引き寄せられる腰。腹の奥が満たされるような感覚がして、思わず喉を晒して背中を浮かせた気がする。
顔の両側についた、案外逞しい腕に囲われて、息も絶え絶えに男の顔を見上げる。
『カラスバさん』
目があった気がした。くすりと笑う空気の揺れを感じる。首筋にすり寄せられる鼻先。
は、と漏れる吐息の熱さは、果たして本物にどれほど近いだろう。わからない。
ぼんやり見上げた男の目は、その奥に慈愛と愛しさを湛えて、暗闇の中でも優しく光っている。恋と愛を煮詰めた暗灰色。
想像できてしまうのは、その目を見たことがあるからだ。
『カラスバさん』
名前を呼ぶ甘い声に、自分の体の輪郭がどろりと溶けてしまう気がした。
あいつはどんな風にーー己を、抱くのだろう。
言葉よりも多く名前を呼ぶのだろうか。甘やかすように、宥めるようにキスを落とすのだろうか。あの何よりも雄弁に語る目で、カラスバをシーツに縫い付けて、それから愛おし気に目を細めるのだろうか。
あぁでもきっとーー
『カラスバさん、いい?』
浅ましい熱を見透かしているような、それでいてカラスバの胸の奥まで焼き尽くすあの目をして、己の中の獣を飼い殺しながら律儀にそう許しを乞うのだろう。
「ほんま、堪忍せぇや…」
あぁ、今日もあいつの目が見れない。
それはもはや口癖だった。
そしてその言葉を聞いた彼がぎゅっと眉根を寄せて、それから困ったように眉をハの字に下げて曖昧に笑うのがいつもの流れ。
「うん、知ってる」
ーーキョウヤとは、この街にふらりとやってきた若者で、今ではミアレの英雄と呼ばれる男の名前だ。
ずいぶん懐かれたなあ、とは思っていた。
最初に目をつけたのは自分だったけれど、まさかこんなに好意を持たれることになるなんて思っていなかった。その頃には自分も彼のことを、単なる監視対象としてではなく1人の人間として気に入っていたけれど。
気づけば随分と気安い仲になっていて、プライベートでも会うほどの距離感になっていた。
するりと懐に入り込んで、屈託なく笑う天性の人誑し。
カラスバを見つめるその目が、親愛を超えた熱を帯び始めたことに気づいたのは、比較的早い時期だった。
カラスバは、驚いた。それと同時に己の恋を自覚してーー同時に、怖くなった。
この関係を壊したくない、なんて三文小説みたいな気持ちが自分の中に芽生えてしまった。
友人のように笑い合い、仲間のように助け合い、家族のように寄り添う。心地よいその立ち位置を手放すのが惜しくて。
だから、線を引いたのだ。
「オマエとはそういう関係になりたいんとちゃうねん」
そしてそれは今日まで続いている。
キョウヤから送られる熱のこもった視線。
じわりと胸を焼くその感覚に目を逸らした。
彼の物言いたげな視線を躱すのは何度目だろうか。
◇
「あー…」
朝。カラスバは大抵、腹の奥の方に疼く不快な熱と共に目が覚める。ついでに兆した自身の感覚も。
最悪だ。毎朝罪悪感が止まらない。
『カラスバさん』
真剣に己の名を呼ぶ彼の声が耳の奥にリフレインする。それだけで脳の奥を揺さぶられるような心地がして、ほしいほしいと叫ぶ本能をねじ伏せるようにぐっと自分の頭を片手で押さえた。
脳裏によぎるのは、ついさっきまで見ていた甘く虚しい夢の記憶。
月明かりが差し込む部屋の中、自身に覆い被さる男の姿。額に滲む汗が、こめかみ、顎のラインを伝ってぽとりと己の白い肌の上に落ちる、
その時にようやく自分が何も纏っていないことに気がついた。
汗ばんだ肌が吸い付くように触れ合った。快楽に抗えず突き出した胸元で、さらりと男の髪が揺れる。それを己は、縋るように抱き抱えて。
生白い足の間を割り開かれた。ぐ、と引き寄せられる腰。腹の奥が満たされるような感覚がして、思わず喉を晒して背中を浮かせた気がする。
顔の両側についた、案外逞しい腕に囲われて、息も絶え絶えに男の顔を見上げる。
『カラスバさん』
目があった気がした。くすりと笑う空気の揺れを感じる。首筋にすり寄せられる鼻先。
は、と漏れる吐息の熱さは、果たして本物にどれほど近いだろう。わからない。
ぼんやり見上げた男の目は、その奥に慈愛と愛しさを湛えて、暗闇の中でも優しく光っている。恋と愛を煮詰めた暗灰色。
想像できてしまうのは、その目を見たことがあるからだ。
『カラスバさん』
名前を呼ぶ甘い声に、自分の体の輪郭がどろりと溶けてしまう気がした。
あいつはどんな風にーー己を、抱くのだろう。
言葉よりも多く名前を呼ぶのだろうか。甘やかすように、宥めるようにキスを落とすのだろうか。あの何よりも雄弁に語る目で、カラスバをシーツに縫い付けて、それから愛おし気に目を細めるのだろうか。
あぁでもきっとーー
『カラスバさん、いい?』
浅ましい熱を見透かしているような、それでいてカラスバの胸の奥まで焼き尽くすあの目をして、己の中の獣を飼い殺しながら律儀にそう許しを乞うのだろう。
「ほんま、堪忍せぇや…」
あぁ、今日もあいつの目が見れない。