・短編
エムゼット団エースのキョウヤとサビ組ボスのカラスバは、いわゆるお付き合いをしている。それはキョウヤの猛アタックで成就した恋であった。
アタックを始めた当初から今までキョウヤは毎日欠かさず、好き好き大好き愛してる!早く結婚してください!可愛い俺のマホイップちゃん!と、それはもう見てる側がげんなりしてしまうほどの熱量で、人目も憚らず愛情表現しているのだが、対するカラスバは塩対応であった。それも、付き合う前だけでなく、付き合ってから今までずっと、である。
たとえば、街中で偶然出会った時。キョウヤが両手を広げて駈け寄れば眉を顰めてサッと躱し、触れようと手を伸ばせば目も合わせずにパシッと弾かれる。
たとえば、キョウヤが「好きです」と言えば「うっさい」と返し、逆に「カラスバさんは俺の事好き?」と問えば「さあ、どう思う?」と煙に巻く。
かと思えば、急に電話で「はよ来い」とだけ告げてキョウヤを呼び出したり、健気に事務所に通うキョウヤに向かって「ちょうどええからこの依頼頼むわ」「暇そうやん、これ買ぉてきて」とパシリのような真似をさせたり、まるで女王様のような傍若無人っぷり。
塩対応どころか、なんなら少し扱いが酷いので、もはや付き合う方が仲良かったのでは? と周りは心配していた。
「キョウヤ、大丈夫なの?」
ある日、見かねたデウロがとうとうそう切り出した。
「なにが?」
「その、カラスバさんとのこと……」
「?」
唐突な問いにキョウヤが心底不思議そうに首を傾げたので、デウロは少し躊躇いながらもどうにか口を開く。
「えっと、ほら、カラスバさんって結構キョウヤに厳しくない?って思って。……付き合ってるんだよね?」
気遣わしげな顔をしながらそう尋ねたデウロ。対するキョウヤはと言えば、それを聞いた途端にデレ〜っと頬を垂らして幸せそうな顔を見せるので、その場にいたデウロと、更に偶然そこに通りがかったピュールは思わずギョッとした。
「もちろん!いやほんと、カラスバさんとにかく可愛くってさぁ、俺毎日幸せだよ」
可愛い?あの、額に青筋浮かべながらバチギレ顔で人を締め上げる合法(?)ヤクザが?恋人であるキョウヤのことでさえ顎で使う、あの怖くておっかない男が?
カラスバと対極にあるとしか思えない単語で恋人を形容したキョウヤに、デウロとピュールは思わず顔を引きつらせるしかない。しかし当の本人は心底幸せそうである。
「えぇ……あれで……?」
「まぁ、キミがそう言うなら良いんですけどね、別に……」
引き気味な仲間二人の反応にもキョウヤは気にしてない様子でへらりと笑うばかり。
ずっとこんな調子なので、エムゼット団の仲間たちや、二人の交際を知っているサビ組の下っ端は、彼のことをちょっと、いやかなり、だいぶ不憫に思っていた。
なんなら、あまりにも気にしていない様子に、もしかしてキョウヤは実はドMなのでは……?などと不名誉な噂まで立ち始めていることを本人は知らない。
そんなある日の夜、ホテルZでエムゼット団がのんびり団欒していると、キョウヤのスマホロトムが唐突に鳴り響いた。もしかしてまたカラスバからの呼び出しなんじゃ、と思わず眉を顰める仲間たちには目もくれず、キョウヤはむしろ嬉しそうに急いで応答する。
けれど聞こえてきたのは不機嫌そうなカラスバの声ではなく、ワイワイガヤガヤという賑やかな喧騒と困ったようなジプソの声だった。
「……ジプソさん?何かありました?」
『あぁキョウヤさん。突然すみません。今どちらに?』
「ホテルですけど」
その言葉に少しホッとした様子のジプソは、申し訳なさそうに大きな体を縮こまらせながら続ける。
『あの、申し訳ないのですが今から、』
『んん?キョウヤぁ〜?』
ジプソの言葉を遮るように、間延びした甘ったるい声が割り込む。どこか聞き覚えのある声にカチンと固まるデウロとピュール。キョウヤだけはぱぁっと目を輝かせて、途端にデレデレとした顔で画面に向かって笑顔を向けた。
『なんや、いまキョウヤの声せんかったかぁ?』
「はい!俺ですよ、カラスバさん!」
『んあ?なんや、通話しとったんかぁ』
ジプソの顔を映していた画面が動き、少しだけ背景の様子が映る。
飲食店の中だろうか。他にもサビ組の面々が後ろで楽しそうに過ごしている。画面の向こうがガヤガヤとうるさいのは、どうやら飲み会のせいらしいということがすぐに察せられた。そしてさらに画面が動いて、ジプソの隣にいた声の主が映し出される。
そこには、普段は血色の悪い白い肌を赤く染め、酔いのせいか金色の目を潤ませたカラスバが、画面を通してこちらを――キョウヤを、ぼんやりと見つめていた。
『あぁ、ほんまや。キョウヤがおる』
そう言ってカラスバは、いつもの怜悧な表情からは想像がつかないくらい、甘く蕩けるような笑みを浮かべた。
「「!?」」
デウロとピュールは思わずギョッと目を見開いて、顔を赤くしながら二度見した。なんせ大人の色気が持つ破壊力がとんでもなくて、年若い少年少女には刺激が強かったので。
そしてそんなカラスバの視線を受けたキョウヤはさらにデレ〜っと締まりのない顔を見せた……かと思えば、急にハッとして。
「わあ!もう、カラスバさん!そんな可愛い顔、そんなところで見せちゃだめです!食べられちゃう!」
『ふふ、キョウヤに?』
「俺はもちろんですけど!その辺の有象無象も寄って来ちゃう!」
『大丈夫やって。オレ、キョウヤにしか興味ないもん』
「んんんんぎゃわいいぃぃ〜!!」
誰だ。この、目の前でキョウヤとバカップルのようなやりとりをしている人は。本当にこれがいつもキョウヤを足蹴にしたり呼びつけたりパシリにしたりしているサビ組のボスなのか。
デウロとピュールは絶句したまま目の前のやり取りを眺める。なお、液晶画面越しには、ジプソがあーあ、と頭を抱えているのが見えた。
『キョウヤ、キョウヤぁ』
「はい!カラスバさんのキョウヤくんですよ〜」
『うん』
「うんって言ってくれた可愛い〜!」
甘えるような声で名前を呼ばれ、キョウヤが悶絶するのをエムゼット団の二人は信じられないものを見る目でただ見つめることしかできない。
『んん……』
そうこうしていると、カラスバがむずがるように小さく唸ったので、キョウヤが「どうしました?」と優しく声をかける。声と比例するように、見ている方が恥ずかしくなるような優しい蕩けた顔だ。
『なんや、キョウヤの声は聞こえとるけど、オマエがここにおらんのさびしいわ』
「ミ°」
キョウヤから奇声があがった。カラスバは気にした様子もなく、整った形の眉を下げて小さく唇を尖らせ、不満げにこう言った。
『きょーやぁ、なんでカラスバさんのとこおらんの?』
潤んだ目でそう言われ、横から見てただけで心臓にトスッと何かが刺さるような気分だった。ましてやそれを真っ直ぐ受けたキョウヤは言わずもがな。
彼は片手で顔を覆って天を仰ぎ、大きく深呼吸を一つ。
「ッスー……ジプソさん今すぐお店の位置情報送ってください五分で行きますあとそこにいる可愛い可愛い俺の恋人に悪い虫がつかないようにどっかに仕舞っといてください目に毒なんで!では!!」
こうかばつぐんどころか四倍弱点、さらにきゅうしょにあたった。ノンブレスで言い切ったキョウヤは慌てて上着を引っ掴むと、弾かれるように外へ飛び出した。その後ろを慌てて彼のスマホロトムが追いかける。
『きょーやぁ、通話切らんといて?』
「切りません!!」
そんな風に全力で返す声と共に、キョウヤの慌ただしい足音が遠ざかっていく。
そんな仲間の背中を見送り、嵐が去った後のような静けさに包まれたロビーでデウロとピュールは思わず顔を見合わせた。それから呆気にとられた顔のまま、まだ信じられない気持ちで口を開く。
「……デレデレだったね」
「でしたね。しかも、お互いに」
「うん。……キョウヤの片想いじゃなかったんだ」
「えぇ。というか、あれが本音なんですね……」
おそらくいつもの塩対応は照れ隠し。普段、二人きりの時なんかはあんな調子なのだろう。どうりでキョウヤがだらしない顔をしているわけだ。
「いやぁ……お似合いカップル、だね」
心配して損した、と笑うデウロにピュールは全くです、と深く頷いた。
◇
◇ ◇
例の一件以来、カラスバが隠している(?)だけで、二人がちゃんと両想いのバカップルであることを把握したデウロとピュール。
それからまた少し経ったある日。なにやらキョウヤに用事があるとかで、カラスバがホテルZにやってきた。それを出迎えたのが、ロビーで雑談をしていたデウロとピュールだった。タウニーは朝からクエーサー社に行っているため不在である。
いくらカラスバが仲間の恋人であるとは言え、最初のイメージは簡単に拭えるものではなく、相変わらず二人はカラスバに少々怯えながらの応対となった。酒に酔って年下彼氏に甘える姿を見た後であっても、そもそも彼が少々おっかない組織のボスであることには変わりないので。
しかもタイミング悪くキョウヤはお使いで外に出ていたのだが、この日のカラスバは時間に余裕があったらしく、「依頼とかちゃうならここで待たせてもらうわ」と言って、ロビーのソファにゆったりと腰を落ち着けたのだ。デウロとピュールは震えあがった。
カラスバはと言えば人に怯えられるのには慣れているのからか、分かりやすく引き攣った顔をする少年少女にふっと苦笑のような息を漏らすと、静かにスマホロトムをいじり始めた。
少々思うところがあるとはいえ、客人をただ待たせるのも忍びない。ぎくしゃくしながらも「ま、待ってる間に、もしよかったらどうぞっ!」とデウロがカラスバにコーヒーを淹れてやると、彼は眦を少し和らげて「あぁ、すまんな。おおきに」と穏やかに受け取った。「あれ、案外怖くないかも?」「いやいや何言ってるんですか」小声でそんなやり取りをしながらカラスバを少し遠巻きに眺めていた二人なのだが。
何を思ったのか、デウロが緊張した様子でそろりそろりとカラスバに近づいていった。
「カラスバ、さん」
「ん?」
「あの……」
ちらり、カラスバの金の眼が液晶画面からデウロに移る。まさか話しかけられるとは思っていなかったのか、少し驚いたような顔だった。そんな彼に、デウロは何事か言いにくそうに口ごもる。もじもじと躊躇う仕草をした挙句、彼女は両目をぎゅっと瞑って、意を決したようにこう言った。
「か、カラスバさんはキョウヤのどこが好きなんですか!?」
ギョッとしたのは、質問をぶつけられたカラスバよりも、横で聞いていたピュールの方だった。
「ちょ、デウロ!何を聞いてるんですか!?」
「だ、だってぇ……気になるんだもん!」
デウロは顔を赤く、ピュールは顔を青くしているのが見ていて面白い。珍しく話しかけられたと思えば、己と恋人の恋愛事情だとは思わなかった。なるほど、コイバナがしたい年頃か、可愛らしいなぁなんて思いながら、カラスバはくすりと笑って答える。
「顔」
「「え」」
「顔やな」
迷いなく言い切って、まだ温かいコーヒーを一口。インスタントではない、深みのある味がする。ヌーヴォの風味に似ているから、もしかしたらあの店で買った豆から挽いているのかもしれない。そんなことを考えながら、カラスバは反応のない少年少女へちらりと視線を向けた。二人とも同じような表情で固まっていた。何とも言えない、微妙な表情だ。なんなら怪訝そうですらある。
二人共あんなにビビっておきながらこれだ。まったく、キョウヤはもちろんだけれど、このチームは本当に面白い。気が小さいんだか肝が据わっているんだか。そんな風に思いながら、カラスバは二人から見えないようにコーヒーカップで口元を隠して小さく笑った。
むむ、と首を捻りながら、もうカラスバへの怯えが頭からすっこ抜けたらしいデウロが訝し気に口を開く。
「顔、ですか……?性格とかじゃなくて?」
「ん?やってあいつの顔、極上やん」
ふと年下の恋人の顔を思い浮かべる。恋人の贔屓目抜きにしても整った顔だ。ミアレの女性たちから黄色い声を上げられ、男性たちからは羨望の眼差しを受ける、あの年相応の爽やかさと成長の兆しを見せる甘さの混ざった端正な顔立ち。あと数年すれば、それはもう言葉にできないほどいい男になるだろう。
しみじみと思い返すカラスバの脳内など知る由もなく、デウロは眉根を寄せて首をひねった。
「いやまぁそれは否定しないですけど……カラスバさんって面食いだったんですか?」
「いや?まぁ、あいつの顔が好きって答えが面食いってことになるなら、そうなるんやろか」
「ううん……?」
あっけらかんと答えるカラスバに首を傾げる二人。実はキョウヤにベタ惚れなことを知った今、顔が好きなだけでああなる……?という表情だ。
カラスバの言葉は、ようは「キョウヤの顔だから好き」という、ある意味単純明快な答えなのだけれど、「好きなところは?」と聞いて初手で「顔」と答えられたせいで、その発想には至っていないらしかった。
その時、ちょうどホテルの玄関ドアがガチャリと開く。
「なになに、何の話?」
ひょこりと顔を出す話題の人物。タイミングよくキョウヤが戻って来た。
彼はロビーにいるカラスバの姿を見た途端、トレーナーを見つけたワンパチのように顔を輝かせ、両手を広げて抱き着きに行った。
そしてそれを他でもないカラスバ本人の容赦ない蹴りによって地面に沈められたのを見て、(ほんとにこの前のあれが本音なんだよね……?)と、デウロは不安になってきた。言葉には出さないが、ピュールもドン引きの顔である。
手厳しい扱いを受けてもへらへらデレデレ笑っているキョウヤは、拒絶にもめげずにぴったりカラスバの隣に張り付いて尻尾を振っている。
一方のカラスバはツン、と澄ました顔でちらりとキョウヤに視線を送るだけで、憮然とした表情のままデウロとピュールの方へ真っすぐ顔を向けた。
「オマエの好きなところどこ?って聞かれとってん」
「え!?どこですか!?」
「顔」
(あ、本人にも言うんだ)
取り付く島もないほどの即答。思わずデウロとピュールは遠い目をした。ベタ惚れの恋人に、好きなところは顔って真っ先に即答されたら、自分なら……いや嬉しくないわけじゃないけど、複雑な気分になる自信がある。ましてや、いつも見せつけているのかと思うほどカラスバへの愛を叫んでいるキョウヤだ。
かわいそうなキョウヤ。一体どんな顔するんだろう……と二人で心配しながら見守っていたら。カラスバの答えを聞いた途端、キョウヤはそれはもう嬉しそうにデレデレと相好を崩した。
「え~っ!カラスバさん俺の顔好きなの?なにそれ可愛い~!」
「うるさっ」
眉も目尻も頬も垂れ下がった顔でカラスバに飛びつきに行ったキョウヤはまたもや返り討ちに合っている。しかし彼の顔は幸せそうなままだ。
「は~母さん父さん、この顔に産んでくれてありがとう……後でお礼言っとこ……」
もはや両親に拝みだしそうな勢いである。デウロ達どころかカラスバでさえも引き気味だ。
「まぁ、キミがそれでいいならいいんですけどね……」
先日と同じように顔を引き攣らせながら言ったピュールの声は、果たして届いているのかいないのか。
――それからさらに数日後。再び、酒に酔ったカラスバを見る機会がやってきた。今回はサビ組とエムゼット団が協力して解決したとある大きな依頼の労いも兼ねていて、成人済みのエムゼット団も同席していた。
宴もたけなわ。キョウヤは頻繁にサビ組に出入りしているのはもちろん、ZAロワイヤルで馴染みの顔もいて組員に知り合いが多いので、ひっきりなしに絡まれて輪の中心にいた。
そんな中、休憩がてら端の方に座ってちびちびと甘いノンアルカクテルを飲んでいたデウロは、偶然近くに席を移動してきたカラスバに気が付いた。
ほんのり酒精で赤くなった頬。少し垂れた目尻。酔っているらしい彼を見て、デウロの胸にふと悪戯にも似た好奇心が疼く。これはチャンスかもしれない。
彼女はカラスバに数日前と同じ質問をしてみた。キョウヤのどこが好きなのか、と。酒に酔うと本音が聞けるというのは、この前学んだところなので。すると、カラスバは酒で赤くなった顔のままくすりと柔らかく笑ってこう言った。
「言うたやん、顔」
「えぇ?」
同じ答えだ。本気でキョウヤの顔が好きなんだ、となんだかちょっとがっかりしたような、複雑な気持ちになる。分かりやすく肩を落としたデウロを見たカラスバは、チョロネコのようににんまりと目を細めた。そして内緒話をするように口に手を当てて、デウロの耳に向ける。
それから吹き込まれたのは――どろりと甘い、毒のような声。
「そら見た目も好きやけどなぁ……あいつがオレを見て、あの目が甘ったるぅく蕩ける瞬間が好きやねん」
「ふぇ」
デウロはぴしりと固まった。なんだかとんでもない言葉が、とんでもない声音で囁かれている気がする。石像のように微動だにしないデウロに構わず、カラスバは楽しそうに続ける。
「バトルんときとか、真剣な時のヘルガーみたいな男らしい獰猛な顔も好き」
「へ」
「あとな、やっぱお天道さんみたいに笑って眩しい顔しとるんもええよなぁ。あいつが楽しそうにしとるの見るん、めっちゃ好きやねん」
「ちょ、ちょっと待ってカラスバさん!」
次々と飛び出してくる惚気にデウロはたまらず顔を真っ赤にして待ったをかけた。
たしかに、たしかにそれは「顔」が好き、に当てはまるけれど!
「んぁ?なんや、まだまだあんのに」
む、と唇を尖らせるカラスバは、いつもの威厳と近寄りがたさはどこへやら、どこか幼い。なのに妙な色気があって、余計にデウロは恥ずかしくなってきた。
「そ、それあたしが聞いて良いやつですか!?」
「ええもなにも、そっちが聞いたんやんか」
解せぬ、とばかりに首を傾げる年上の、怖い組織のボスに、デウロは思わず頭を抱えた。機嫌がいい時のチョロネコかレパルダスを相手にしている気分だ。
「ねぇ、なんの話?」
救世主の声だ。デウロはそう思った。けれどパッと声の方を向いたデウロは即座に後悔して「あ、前言撤回」と胸中で呟いた。いつかの日と同じようにまたもやタイミングよくやってきたキョウヤの視線は、しかしどこか棘がある。
ひそひそ話をするように顔を寄せ合っていたデウロとカラスバ。キョウヤはその間に割り込むように後ろから手を差し入れてテーブルに自分のグラスを置いた。
そのまま二人の間に割って入って座ると、流れるようにカラスバの腰に手を回し、堂々と抱き寄せた。ちらり、デウロが思わずキョウヤの顔を伺うと、目が笑っていない。
うわ、牽制されてる。
デウロはげんなりした目をキョウヤに向けたが、当の本人はどこ吹く風だ。
(逆にこっちは普段のワンパチじゃなくて独占欲丸出しヘルガーかぁ)
あぁ、これはまた余計な心配だったかな。デウロは既にそう悟っていたが、このお騒がせカップルはそんなことに気付く由もない。
隣へやってきた年下の恋人に、カラスバはやはり普段からは想像できないような甘えた顔を向ける。それから何か悪戯を企む子供のように目を輝かせ、キョウヤに向かってこう言った。
「んふふ、またオマエの好きなとこ聞かれとってん」
「この前の話の続き?俺の顔が好きなんでしょ?」
ドヤ顔で言ったキョウヤにデウロは苦笑したが、カラスバはふふ、と含み笑いを返してこう続けた。
「せやで。あとはバトルが強いところやな。まぁバトル強いやつはみんな好きやけど」
「は?」
ぴしり。キョウヤの顔が固まり、周囲の温度が体感で三度ほど下がった。デウロは思わず体を震わせて腕を摩る。
キョウヤはいつもの人当たりの良い顔はどこへやら、表情の抜け落ちた怖い顔をしているし、一方のカラスバは、それはそれは楽しそうな笑みを浮かべていた。
「まぁでも今はキョウヤがミアレで一番強いもんなぁ」
「あったり前でしょ。はー、またロワイヤルで強いランカーの人たちボコボコにしなきゃ……」
(こ、こわぁ……)
ぶつぶつと剣呑な目で呟くキョウヤの横顔を、カラスバはどこか恍惚とした目で眺めていて。
うわ、こっちも確信犯か。
好奇心はニャースをも殺すってこういうことだな、とデウロは遠い目をして、すっかり氷が解けて薄くなった甘ったるいノンアルカクテルを飲み干した。
終
アタックを始めた当初から今までキョウヤは毎日欠かさず、好き好き大好き愛してる!早く結婚してください!可愛い俺のマホイップちゃん!と、それはもう見てる側がげんなりしてしまうほどの熱量で、人目も憚らず愛情表現しているのだが、対するカラスバは塩対応であった。それも、付き合う前だけでなく、付き合ってから今までずっと、である。
たとえば、街中で偶然出会った時。キョウヤが両手を広げて駈け寄れば眉を顰めてサッと躱し、触れようと手を伸ばせば目も合わせずにパシッと弾かれる。
たとえば、キョウヤが「好きです」と言えば「うっさい」と返し、逆に「カラスバさんは俺の事好き?」と問えば「さあ、どう思う?」と煙に巻く。
かと思えば、急に電話で「はよ来い」とだけ告げてキョウヤを呼び出したり、健気に事務所に通うキョウヤに向かって「ちょうどええからこの依頼頼むわ」「暇そうやん、これ買ぉてきて」とパシリのような真似をさせたり、まるで女王様のような傍若無人っぷり。
塩対応どころか、なんなら少し扱いが酷いので、もはや付き合う方が仲良かったのでは? と周りは心配していた。
「キョウヤ、大丈夫なの?」
ある日、見かねたデウロがとうとうそう切り出した。
「なにが?」
「その、カラスバさんとのこと……」
「?」
唐突な問いにキョウヤが心底不思議そうに首を傾げたので、デウロは少し躊躇いながらもどうにか口を開く。
「えっと、ほら、カラスバさんって結構キョウヤに厳しくない?って思って。……付き合ってるんだよね?」
気遣わしげな顔をしながらそう尋ねたデウロ。対するキョウヤはと言えば、それを聞いた途端にデレ〜っと頬を垂らして幸せそうな顔を見せるので、その場にいたデウロと、更に偶然そこに通りがかったピュールは思わずギョッとした。
「もちろん!いやほんと、カラスバさんとにかく可愛くってさぁ、俺毎日幸せだよ」
可愛い?あの、額に青筋浮かべながらバチギレ顔で人を締め上げる合法(?)ヤクザが?恋人であるキョウヤのことでさえ顎で使う、あの怖くておっかない男が?
カラスバと対極にあるとしか思えない単語で恋人を形容したキョウヤに、デウロとピュールは思わず顔を引きつらせるしかない。しかし当の本人は心底幸せそうである。
「えぇ……あれで……?」
「まぁ、キミがそう言うなら良いんですけどね、別に……」
引き気味な仲間二人の反応にもキョウヤは気にしてない様子でへらりと笑うばかり。
ずっとこんな調子なので、エムゼット団の仲間たちや、二人の交際を知っているサビ組の下っ端は、彼のことをちょっと、いやかなり、だいぶ不憫に思っていた。
なんなら、あまりにも気にしていない様子に、もしかしてキョウヤは実はドMなのでは……?などと不名誉な噂まで立ち始めていることを本人は知らない。
そんなある日の夜、ホテルZでエムゼット団がのんびり団欒していると、キョウヤのスマホロトムが唐突に鳴り響いた。もしかしてまたカラスバからの呼び出しなんじゃ、と思わず眉を顰める仲間たちには目もくれず、キョウヤはむしろ嬉しそうに急いで応答する。
けれど聞こえてきたのは不機嫌そうなカラスバの声ではなく、ワイワイガヤガヤという賑やかな喧騒と困ったようなジプソの声だった。
「……ジプソさん?何かありました?」
『あぁキョウヤさん。突然すみません。今どちらに?』
「ホテルですけど」
その言葉に少しホッとした様子のジプソは、申し訳なさそうに大きな体を縮こまらせながら続ける。
『あの、申し訳ないのですが今から、』
『んん?キョウヤぁ〜?』
ジプソの言葉を遮るように、間延びした甘ったるい声が割り込む。どこか聞き覚えのある声にカチンと固まるデウロとピュール。キョウヤだけはぱぁっと目を輝かせて、途端にデレデレとした顔で画面に向かって笑顔を向けた。
『なんや、いまキョウヤの声せんかったかぁ?』
「はい!俺ですよ、カラスバさん!」
『んあ?なんや、通話しとったんかぁ』
ジプソの顔を映していた画面が動き、少しだけ背景の様子が映る。
飲食店の中だろうか。他にもサビ組の面々が後ろで楽しそうに過ごしている。画面の向こうがガヤガヤとうるさいのは、どうやら飲み会のせいらしいということがすぐに察せられた。そしてさらに画面が動いて、ジプソの隣にいた声の主が映し出される。
そこには、普段は血色の悪い白い肌を赤く染め、酔いのせいか金色の目を潤ませたカラスバが、画面を通してこちらを――キョウヤを、ぼんやりと見つめていた。
『あぁ、ほんまや。キョウヤがおる』
そう言ってカラスバは、いつもの怜悧な表情からは想像がつかないくらい、甘く蕩けるような笑みを浮かべた。
「「!?」」
デウロとピュールは思わずギョッと目を見開いて、顔を赤くしながら二度見した。なんせ大人の色気が持つ破壊力がとんでもなくて、年若い少年少女には刺激が強かったので。
そしてそんなカラスバの視線を受けたキョウヤはさらにデレ〜っと締まりのない顔を見せた……かと思えば、急にハッとして。
「わあ!もう、カラスバさん!そんな可愛い顔、そんなところで見せちゃだめです!食べられちゃう!」
『ふふ、キョウヤに?』
「俺はもちろんですけど!その辺の有象無象も寄って来ちゃう!」
『大丈夫やって。オレ、キョウヤにしか興味ないもん』
「んんんんぎゃわいいぃぃ〜!!」
誰だ。この、目の前でキョウヤとバカップルのようなやりとりをしている人は。本当にこれがいつもキョウヤを足蹴にしたり呼びつけたりパシリにしたりしているサビ組のボスなのか。
デウロとピュールは絶句したまま目の前のやり取りを眺める。なお、液晶画面越しには、ジプソがあーあ、と頭を抱えているのが見えた。
『キョウヤ、キョウヤぁ』
「はい!カラスバさんのキョウヤくんですよ〜」
『うん』
「うんって言ってくれた可愛い〜!」
甘えるような声で名前を呼ばれ、キョウヤが悶絶するのをエムゼット団の二人は信じられないものを見る目でただ見つめることしかできない。
『んん……』
そうこうしていると、カラスバがむずがるように小さく唸ったので、キョウヤが「どうしました?」と優しく声をかける。声と比例するように、見ている方が恥ずかしくなるような優しい蕩けた顔だ。
『なんや、キョウヤの声は聞こえとるけど、オマエがここにおらんのさびしいわ』
「ミ°」
キョウヤから奇声があがった。カラスバは気にした様子もなく、整った形の眉を下げて小さく唇を尖らせ、不満げにこう言った。
『きょーやぁ、なんでカラスバさんのとこおらんの?』
潤んだ目でそう言われ、横から見てただけで心臓にトスッと何かが刺さるような気分だった。ましてやそれを真っ直ぐ受けたキョウヤは言わずもがな。
彼は片手で顔を覆って天を仰ぎ、大きく深呼吸を一つ。
「ッスー……ジプソさん今すぐお店の位置情報送ってください五分で行きますあとそこにいる可愛い可愛い俺の恋人に悪い虫がつかないようにどっかに仕舞っといてください目に毒なんで!では!!」
こうかばつぐんどころか四倍弱点、さらにきゅうしょにあたった。ノンブレスで言い切ったキョウヤは慌てて上着を引っ掴むと、弾かれるように外へ飛び出した。その後ろを慌てて彼のスマホロトムが追いかける。
『きょーやぁ、通話切らんといて?』
「切りません!!」
そんな風に全力で返す声と共に、キョウヤの慌ただしい足音が遠ざかっていく。
そんな仲間の背中を見送り、嵐が去った後のような静けさに包まれたロビーでデウロとピュールは思わず顔を見合わせた。それから呆気にとられた顔のまま、まだ信じられない気持ちで口を開く。
「……デレデレだったね」
「でしたね。しかも、お互いに」
「うん。……キョウヤの片想いじゃなかったんだ」
「えぇ。というか、あれが本音なんですね……」
おそらくいつもの塩対応は照れ隠し。普段、二人きりの時なんかはあんな調子なのだろう。どうりでキョウヤがだらしない顔をしているわけだ。
「いやぁ……お似合いカップル、だね」
心配して損した、と笑うデウロにピュールは全くです、と深く頷いた。
◇
◇ ◇
例の一件以来、カラスバが隠している(?)だけで、二人がちゃんと両想いのバカップルであることを把握したデウロとピュール。
それからまた少し経ったある日。なにやらキョウヤに用事があるとかで、カラスバがホテルZにやってきた。それを出迎えたのが、ロビーで雑談をしていたデウロとピュールだった。タウニーは朝からクエーサー社に行っているため不在である。
いくらカラスバが仲間の恋人であるとは言え、最初のイメージは簡単に拭えるものではなく、相変わらず二人はカラスバに少々怯えながらの応対となった。酒に酔って年下彼氏に甘える姿を見た後であっても、そもそも彼が少々おっかない組織のボスであることには変わりないので。
しかもタイミング悪くキョウヤはお使いで外に出ていたのだが、この日のカラスバは時間に余裕があったらしく、「依頼とかちゃうならここで待たせてもらうわ」と言って、ロビーのソファにゆったりと腰を落ち着けたのだ。デウロとピュールは震えあがった。
カラスバはと言えば人に怯えられるのには慣れているのからか、分かりやすく引き攣った顔をする少年少女にふっと苦笑のような息を漏らすと、静かにスマホロトムをいじり始めた。
少々思うところがあるとはいえ、客人をただ待たせるのも忍びない。ぎくしゃくしながらも「ま、待ってる間に、もしよかったらどうぞっ!」とデウロがカラスバにコーヒーを淹れてやると、彼は眦を少し和らげて「あぁ、すまんな。おおきに」と穏やかに受け取った。「あれ、案外怖くないかも?」「いやいや何言ってるんですか」小声でそんなやり取りをしながらカラスバを少し遠巻きに眺めていた二人なのだが。
何を思ったのか、デウロが緊張した様子でそろりそろりとカラスバに近づいていった。
「カラスバ、さん」
「ん?」
「あの……」
ちらり、カラスバの金の眼が液晶画面からデウロに移る。まさか話しかけられるとは思っていなかったのか、少し驚いたような顔だった。そんな彼に、デウロは何事か言いにくそうに口ごもる。もじもじと躊躇う仕草をした挙句、彼女は両目をぎゅっと瞑って、意を決したようにこう言った。
「か、カラスバさんはキョウヤのどこが好きなんですか!?」
ギョッとしたのは、質問をぶつけられたカラスバよりも、横で聞いていたピュールの方だった。
「ちょ、デウロ!何を聞いてるんですか!?」
「だ、だってぇ……気になるんだもん!」
デウロは顔を赤く、ピュールは顔を青くしているのが見ていて面白い。珍しく話しかけられたと思えば、己と恋人の恋愛事情だとは思わなかった。なるほど、コイバナがしたい年頃か、可愛らしいなぁなんて思いながら、カラスバはくすりと笑って答える。
「顔」
「「え」」
「顔やな」
迷いなく言い切って、まだ温かいコーヒーを一口。インスタントではない、深みのある味がする。ヌーヴォの風味に似ているから、もしかしたらあの店で買った豆から挽いているのかもしれない。そんなことを考えながら、カラスバは反応のない少年少女へちらりと視線を向けた。二人とも同じような表情で固まっていた。何とも言えない、微妙な表情だ。なんなら怪訝そうですらある。
二人共あんなにビビっておきながらこれだ。まったく、キョウヤはもちろんだけれど、このチームは本当に面白い。気が小さいんだか肝が据わっているんだか。そんな風に思いながら、カラスバは二人から見えないようにコーヒーカップで口元を隠して小さく笑った。
むむ、と首を捻りながら、もうカラスバへの怯えが頭からすっこ抜けたらしいデウロが訝し気に口を開く。
「顔、ですか……?性格とかじゃなくて?」
「ん?やってあいつの顔、極上やん」
ふと年下の恋人の顔を思い浮かべる。恋人の贔屓目抜きにしても整った顔だ。ミアレの女性たちから黄色い声を上げられ、男性たちからは羨望の眼差しを受ける、あの年相応の爽やかさと成長の兆しを見せる甘さの混ざった端正な顔立ち。あと数年すれば、それはもう言葉にできないほどいい男になるだろう。
しみじみと思い返すカラスバの脳内など知る由もなく、デウロは眉根を寄せて首をひねった。
「いやまぁそれは否定しないですけど……カラスバさんって面食いだったんですか?」
「いや?まぁ、あいつの顔が好きって答えが面食いってことになるなら、そうなるんやろか」
「ううん……?」
あっけらかんと答えるカラスバに首を傾げる二人。実はキョウヤにベタ惚れなことを知った今、顔が好きなだけでああなる……?という表情だ。
カラスバの言葉は、ようは「キョウヤの顔だから好き」という、ある意味単純明快な答えなのだけれど、「好きなところは?」と聞いて初手で「顔」と答えられたせいで、その発想には至っていないらしかった。
その時、ちょうどホテルの玄関ドアがガチャリと開く。
「なになに、何の話?」
ひょこりと顔を出す話題の人物。タイミングよくキョウヤが戻って来た。
彼はロビーにいるカラスバの姿を見た途端、トレーナーを見つけたワンパチのように顔を輝かせ、両手を広げて抱き着きに行った。
そしてそれを他でもないカラスバ本人の容赦ない蹴りによって地面に沈められたのを見て、(ほんとにこの前のあれが本音なんだよね……?)と、デウロは不安になってきた。言葉には出さないが、ピュールもドン引きの顔である。
手厳しい扱いを受けてもへらへらデレデレ笑っているキョウヤは、拒絶にもめげずにぴったりカラスバの隣に張り付いて尻尾を振っている。
一方のカラスバはツン、と澄ました顔でちらりとキョウヤに視線を送るだけで、憮然とした表情のままデウロとピュールの方へ真っすぐ顔を向けた。
「オマエの好きなところどこ?って聞かれとってん」
「え!?どこですか!?」
「顔」
(あ、本人にも言うんだ)
取り付く島もないほどの即答。思わずデウロとピュールは遠い目をした。ベタ惚れの恋人に、好きなところは顔って真っ先に即答されたら、自分なら……いや嬉しくないわけじゃないけど、複雑な気分になる自信がある。ましてや、いつも見せつけているのかと思うほどカラスバへの愛を叫んでいるキョウヤだ。
かわいそうなキョウヤ。一体どんな顔するんだろう……と二人で心配しながら見守っていたら。カラスバの答えを聞いた途端、キョウヤはそれはもう嬉しそうにデレデレと相好を崩した。
「え~っ!カラスバさん俺の顔好きなの?なにそれ可愛い~!」
「うるさっ」
眉も目尻も頬も垂れ下がった顔でカラスバに飛びつきに行ったキョウヤはまたもや返り討ちに合っている。しかし彼の顔は幸せそうなままだ。
「は~母さん父さん、この顔に産んでくれてありがとう……後でお礼言っとこ……」
もはや両親に拝みだしそうな勢いである。デウロ達どころかカラスバでさえも引き気味だ。
「まぁ、キミがそれでいいならいいんですけどね……」
先日と同じように顔を引き攣らせながら言ったピュールの声は、果たして届いているのかいないのか。
――それからさらに数日後。再び、酒に酔ったカラスバを見る機会がやってきた。今回はサビ組とエムゼット団が協力して解決したとある大きな依頼の労いも兼ねていて、成人済みのエムゼット団も同席していた。
宴もたけなわ。キョウヤは頻繁にサビ組に出入りしているのはもちろん、ZAロワイヤルで馴染みの顔もいて組員に知り合いが多いので、ひっきりなしに絡まれて輪の中心にいた。
そんな中、休憩がてら端の方に座ってちびちびと甘いノンアルカクテルを飲んでいたデウロは、偶然近くに席を移動してきたカラスバに気が付いた。
ほんのり酒精で赤くなった頬。少し垂れた目尻。酔っているらしい彼を見て、デウロの胸にふと悪戯にも似た好奇心が疼く。これはチャンスかもしれない。
彼女はカラスバに数日前と同じ質問をしてみた。キョウヤのどこが好きなのか、と。酒に酔うと本音が聞けるというのは、この前学んだところなので。すると、カラスバは酒で赤くなった顔のままくすりと柔らかく笑ってこう言った。
「言うたやん、顔」
「えぇ?」
同じ答えだ。本気でキョウヤの顔が好きなんだ、となんだかちょっとがっかりしたような、複雑な気持ちになる。分かりやすく肩を落としたデウロを見たカラスバは、チョロネコのようににんまりと目を細めた。そして内緒話をするように口に手を当てて、デウロの耳に向ける。
それから吹き込まれたのは――どろりと甘い、毒のような声。
「そら見た目も好きやけどなぁ……あいつがオレを見て、あの目が甘ったるぅく蕩ける瞬間が好きやねん」
「ふぇ」
デウロはぴしりと固まった。なんだかとんでもない言葉が、とんでもない声音で囁かれている気がする。石像のように微動だにしないデウロに構わず、カラスバは楽しそうに続ける。
「バトルんときとか、真剣な時のヘルガーみたいな男らしい獰猛な顔も好き」
「へ」
「あとな、やっぱお天道さんみたいに笑って眩しい顔しとるんもええよなぁ。あいつが楽しそうにしとるの見るん、めっちゃ好きやねん」
「ちょ、ちょっと待ってカラスバさん!」
次々と飛び出してくる惚気にデウロはたまらず顔を真っ赤にして待ったをかけた。
たしかに、たしかにそれは「顔」が好き、に当てはまるけれど!
「んぁ?なんや、まだまだあんのに」
む、と唇を尖らせるカラスバは、いつもの威厳と近寄りがたさはどこへやら、どこか幼い。なのに妙な色気があって、余計にデウロは恥ずかしくなってきた。
「そ、それあたしが聞いて良いやつですか!?」
「ええもなにも、そっちが聞いたんやんか」
解せぬ、とばかりに首を傾げる年上の、怖い組織のボスに、デウロは思わず頭を抱えた。機嫌がいい時のチョロネコかレパルダスを相手にしている気分だ。
「ねぇ、なんの話?」
救世主の声だ。デウロはそう思った。けれどパッと声の方を向いたデウロは即座に後悔して「あ、前言撤回」と胸中で呟いた。いつかの日と同じようにまたもやタイミングよくやってきたキョウヤの視線は、しかしどこか棘がある。
ひそひそ話をするように顔を寄せ合っていたデウロとカラスバ。キョウヤはその間に割り込むように後ろから手を差し入れてテーブルに自分のグラスを置いた。
そのまま二人の間に割って入って座ると、流れるようにカラスバの腰に手を回し、堂々と抱き寄せた。ちらり、デウロが思わずキョウヤの顔を伺うと、目が笑っていない。
うわ、牽制されてる。
デウロはげんなりした目をキョウヤに向けたが、当の本人はどこ吹く風だ。
(逆にこっちは普段のワンパチじゃなくて独占欲丸出しヘルガーかぁ)
あぁ、これはまた余計な心配だったかな。デウロは既にそう悟っていたが、このお騒がせカップルはそんなことに気付く由もない。
隣へやってきた年下の恋人に、カラスバはやはり普段からは想像できないような甘えた顔を向ける。それから何か悪戯を企む子供のように目を輝かせ、キョウヤに向かってこう言った。
「んふふ、またオマエの好きなとこ聞かれとってん」
「この前の話の続き?俺の顔が好きなんでしょ?」
ドヤ顔で言ったキョウヤにデウロは苦笑したが、カラスバはふふ、と含み笑いを返してこう続けた。
「せやで。あとはバトルが強いところやな。まぁバトル強いやつはみんな好きやけど」
「は?」
ぴしり。キョウヤの顔が固まり、周囲の温度が体感で三度ほど下がった。デウロは思わず体を震わせて腕を摩る。
キョウヤはいつもの人当たりの良い顔はどこへやら、表情の抜け落ちた怖い顔をしているし、一方のカラスバは、それはそれは楽しそうな笑みを浮かべていた。
「まぁでも今はキョウヤがミアレで一番強いもんなぁ」
「あったり前でしょ。はー、またロワイヤルで強いランカーの人たちボコボコにしなきゃ……」
(こ、こわぁ……)
ぶつぶつと剣呑な目で呟くキョウヤの横顔を、カラスバはどこか恍惚とした目で眺めていて。
うわ、こっちも確信犯か。
好奇心はニャースをも殺すってこういうことだな、とデウロは遠い目をして、すっかり氷が解けて薄くなった甘ったるいノンアルカクテルを飲み干した。
終